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(10)冥土教

 前後編の前編くらいのノリ。

 最後の数行が重要で、それ以外は行間を埋める日常シーンだから色々話題は飛んでるかも。

 奴らの第一陣がやって来た時、幸いな事に第六十四番ダンジョンには、安全ヘルメットと顔を隠す溶接の保護具を身に付けた人物で溢れていた。その手にはカジヤとは違うがバールが有り、革の上下の古着を揃えてくる者も少なからず居た。

 十月に入ってからクラスメート達の引率をしていた俺が、奴らに目を付けられるまで時間を要したのには、その事が功を奏したところも有ったに違い無い。


「ここに、坂鳥風牙という名の探索者がいらっしゃるとお伺いしているのですが、何方(どなた)になりますでしょうか」

「申し訳ございませんが、探索者の個人情報についてはお答え致しかねます」


 新乃木さんと交わすそんな遣り取りが聞こえて来て、思わず俺の背筋に冷や汗が流れる。


「ねぇ、行こ?」

「あ、ああ、そうやな」


 その日の俺が身に付けていたのは、ヘルメットと保護具は今迄と同じながら、他は単なるジーパンと長袖のシャツだ。

 既に低層で防具を必要としない実力に鍛え上げていたという事も有るが、その日引率する女子四人を前にして、使い古した剣道道具の様な匂いがしている革の上下を着るのには躊躇いが有ったからだ。

 結局その判断に助けられて、俺達は丸で疑いを持たれる事無くダンジョンの入り口を潜り抜ける。

 そっと振り返った後ろには、今も誰かを探している奴らの姿。

 燕尾服やフロックコートを着て、口髭、片眼鏡、巻き毛の鬘、山高帽、白ネクタイ等を思い思いにあしらった、執事姿の男達。

 裾の長さも区々(まちまち)な黒いドレスにエプロンを着けて、ヘッドドレスやキャップが華やかな、メイド姿の女達。

 今の日本に、彼らを揶揄する者は居ない。

 或る意味日本の存在を再び世界に知らしめた、恐るべき宗教集団。

 それが彼ら冥土教の信徒達だった。



 世の中に満ちた集団意識が、呪いを世界に解き放った。

 ならば統制された集団意識は、奇跡をも起こし得る――そう考える者は、決して少なく無かったという。

 特に白人至上主義者達や、独裁体制を敷く国家元首達。彼らは自らの主張に正当性を持たせる為に、自らの手で王権の神授を成り立たせようとしたのである。

 しかし、その様な自分本位の思惑には、対立する思想も同時に立ち上がる物だ。

 悉く失敗した彼らの試みに対し、日本のオタク達が発端となって発信された呼び掛けは、政治的な思惑を何も含まない極々単純な欲求に基づいていた。

 即ち、“理想のメイドさんを一目見たい”。そんな欲望丸出しの思惑から始まったにも拘わらず、世間は呆れはしてもそれを妨げる意思を持たなかった。

 結論として、彼らは理想のメイドさんの降臨に成功してしまったのである。


 俗に言う日本橋の奇跡。秋葉原では無く、東京の日本橋でも無く、大阪の日本橋である。

 呼び掛け人の一人は、本来なら神戸にしたかったと述べたと言われているが、真相は定かでは無い。恐らくメイド喫茶寄りになってしまうと、不純物が混じるとでも考えたのだろう。

 映像に残る僅か十三秒の奇跡は、映像の中では人の形をした光の塊が出現したとしか分からないが、居合わせた者達はそこに理想のメイドさんの姿を見たらしい。


 或る意味、神の具現化。それ故に彼ら“理想のメイドさんを一目見る会”は凡ゆる団体からリスペクトを受け、そして彼ら自身も一気に宗教団体と化した。


「それにしても、冥土教に目を付けられるなんて、風牙君も大変ねぇ」


 女子四人の内の一人、おっとりとした仁科さんが言う。

 メイド狂いの冥土教。死後の世界では理想のメイドさんが一人一人に宛がわれる事を教義の一つとしているらしい。

 それこそ信じるならば実現すると彼らはそう理解している。


「エロメイドも、クラシックメイドも、カフェメイドもおったで? 何か冥土教再結集みたいになっとったけど大丈夫なん?」


 更にもう一人の榊さんが言うけれど、その答えを俺が持ち合わせている筈は無い。

 奇跡を起こした冥土教は、彼らが見たメイドさんの姿が区々だったと知って、あっと言う間に分裂した。

 ビクトリアンなクラシックメイド派閥から、エロメイドキャバクラ派閥まで。十以上の分派に別れた彼らは、日夜メイドさんへの祈りを捧げているという。

 それが呪いと同じならば、一度現出した今、理想のメイドさんは既に現世に存在していると信じて。


「めっちゃ怖いなぁ。彼奴らメイドにしか興味無いんとちゃうんかい」

「風牙君がお仕置きでメイド服を着せたりしたから……」

「うちらもメイド服着て対抗する?」


 卒業旅行から帰ってきて、一時(いっとき)の大胆な状態からは正気に戻っているけれど、山根さんと柳原さんの距離が近い。ダンジョンの中だと注意しても、時々体が触れ合いそうに寄って来ている。

 とは言え、絵面は悪い。俺提案の完全装備をしているのは、俺達の中では俺とこの二人だけだから、こちらも或る意味怪しい集団になっている。

 それを仁科さんと榊さんがによによと見守っていて、少し居心地が悪かった。少しで済んでいるのは、まぁ、男として嬉しい気持ちが湧いてくるのも、仕方が無いと思って欲しい。


「何もせんでええで? 要らん事したら余計に目を引きそうや。今は他にも似た様な格好の奴らが居るし、流石に管理部ももう阿呆な事はせんやろから大丈夫やって」

「そう?」

「そやで? それよりほら、第一スライム発見や! まずはスライムの生態から確認しよか。

 まぁ、見ての通り動きは鈍いな。歩くより遅いから、他のダンジョンより対処は楽に思えるかも知れん。

 でも、音も無く忍び寄ってきて、思いの外に攻撃力は高いから、そういう意味では油断は出来へん。武器も溶かされるから、言ってみれば嫌われ者に近いな。

 じゃ、ちょっと腕を押し付けてみるで? ――と、こんな風に一秒押し付けた程度でも、皮をべろべろに溶かして火傷みたいになってしまう――」

「「「「ギャー!! 何してんのよっ!!」」」」

「それな。安全な遣り方しか知らんとそうやっていざと言う時に焦って何も出来んから、知っとくのは大事やで。こんなんなっても――ほら、初級ポーションで溶けた産毛除いて元通りや」

「「「「ばかー!! 吃驚するやんか!!」」」」


 ちょっとスパルタ加減かも知れないが、実際に怪我をして欲しくないが為の級友心というものだ。



 引率をしない探索の日も、随分と様子が変わってきた。

 強化石を集めるのはもう充分と考えて、専らスキルオーブ集めをすることにしたのだ。

 諸々の称号効果で、レアドロップやスキルオーブの獲得確率が増加しているというのは本当らしく、以前には三ヶ月掛かった『錬金』のスキルオーブが、その気になって探索すれば僅か数日で手に入った。他にも『分析』が手に入り、拾った物では『採取』と『採掘』が既に三セット。普通に歩いているだけに見えて、魔力の感覚に宝箱が引っ掛かった瞬間に【アポーツ】で引き寄せているのだから、効率は抜群だった。

 けれど特筆すべきはボスの間を利用したスキルオーブの増殖法に違い無い。


 錬金ダンジョン五階層のボスをソロで討伐すれば、スキルオーブと武器が手に入るというのは良く知られた話だった。

 しかし、それはそう簡単な話では無いのである。


 錬金などを用いた魔術によるダメージならば斃すのは簡単。しかし、物理によるダメージでは、それなりにレベルが上がった俺がロプスの指輪を嵌めた上で、たこ殴りにしなければ斃せなかったのである。

 つまり、二十階層レベルの探索者でも、魔術的効果が籠められた武器を手に入れていなければ、簡単に達成出来ないのがこの条件だった。それでいて、斃せる実力が有るなら安全確実に稼げる事から、戦闘系のスキルオーブはそれ程値上がりせずに、十万程度の値段で落ち着いているのも事実である。


 俺としては、家族のスキルオーブを稼ぎ、序でに友人に譲れる程度に集めておきたいという思いも有って、多少面倒でもボスの周回をするのに否やは無い。

 『武芸百般』任せに『剣』としてバールで叩き伏せ、『槍』としてバールで穿つ。当然『投擲』にもバールを用い、弦を張ったバールの『弓』でバールの矢を放つ。『鎚』としても用いれれば、『杖』としても『棒』としても不足は無い。『鶴嘴』や『鍬』が武具なのかは知らないまでも、得られたからには問題無い。『銃剣』が有り得るのも、またロマンに溢れた話では無いだろうか。

 そうやって得られたスキルオーブを妹や母に使って貰えば、どうやら初期技能として【身体運用】が含まれる物だけが『武芸百般』へ統合されるらしく、『投擲』や『弓』は別扱いだった。代わりに『棍』と『格闘』でコンプリート。

 俺も新しく『弓』を手に入れたけれど、ちょっとネタ過ぎて使えない。そして俺自身はかーくんが『武芸百般』を持っていた為に、【身体運用】を持つスキルオーブは使えなかった。


「兄さん~、何か最近体育の時間が罪悪感で辛いわ~」


 何の問題もなくスキルオーブを使って、十種統合で『武芸百般』を手に入れた妹を、羨ましいと思う気持ちも多少有りはした物の、可愛い妹には違い無い。


「まぁ、仕方無(しゃーな)いんとちゃうか? 雅が運動で活躍したかったんなら悪い事したとは思うけど。でも、雅はダンジョンで大暴れしてるとこしか何かイメージ出来へんくてなぁ」

「それはそうやけど」

「まぁ、心配性の兄が経験値を分配するスキルを手に入れて、勝手に雅に使ったんやとでも言ったらどうや? 間違いではあらへんやろ?」

「間違いや無いけどなぁ~。ん~……」

「どうしてもと言うなら、前にも言ったかも知れんけど、魔力の出し入れとかの訓練続けて『アレンジ』のアビリティ手に入れるしか無いわ。そしたら諸々の効果をオンオフ出来るしな」

「気の長い話やなぁ~」


 布団の上でじたばたとする妹に呆れながらも、俺は手に入れたばかりの自分のスマホを母のパソコンに繋げて、ダンジョン管理部のサイトで調べ物だ。

 バールを利用して『武芸百般』で再現出来そうな武術や、近場のダンジョンで手に入るスキルオーブを調べている。『錬金』に限らずともスキル同士の連携は重要に思えるから、チェックしない理由が無かった。

 なんて言ってはみても、結局の所は遣り込みマニアの悪癖が出て来てしまっているだけなのだが。

 ボスのソロ討伐で得られるもう一つの報酬、即ちボスを斃した武器種だが、俺が手に入れたのは全てバール。


・バール

 装備種別:剣


・バール

 装備種別:槍


・バール

 装備種別:弓


 ・・・

 ・・

 ・


 『格闘』以外では全てバールを使ってボスを斃したからこんな事になったのだろう。

 全種類集めてみたいと思うのは当然だし、最終強化したそれらのバールを十種集めて合成出来無いかとか、色々と夢は尽きない。

 本当はまた二十日程のボスの間籠もりでもしたいのだが、それが出来るのは卒業後になるだろう。それに、今それをした所で、錬金ダンジョンのボスの間で出来そうなのは、指輪を【分解】しての『解体』のレベル上げと、分解した指輪を用いての『錬金』――いや、寧ろ素の各種魔力の鍛錬くらいしか思い浮かばない。

 正直に言えばそれはそれで楽しそうなのだが、もっと軽い、昼に学校から帰ってきてからでも出来る何かを俺は欲していた。


「お母さんはお母さんで図書館に籠もってるし、うちはどうしよっかなぁ~」


 因みに母は最近は図書館に入り浸りだ。渡した『分析』が甚く気に入ったのか、図書館の本を全て【記録】してしまうつもりらしい。

 ここ数年間だけでは無く、結婚してからの二十年近くを取り戻すとでも言う様に、我武者羅に知識を取り込もうとしている様に見える。どうにも数年若返っている様にも見えるから、気持ちの持ち様と言うのはかなり大きく働くのだろう。

 これはちょっと邪魔出来ないし、しようとも思えない。


「雅にも『分析』が手に入ったら渡そか? 母さんと一緒に図書館行けばええやん」

「ん~、学校有る内は何かずるしてる気分になるしなぁ」

「それやったら、『魔術』手に入れる為に特訓するしか無いんちゃう? ああ見えて、母さんいっつも魔力出し入れする訓練してるで? 多分雅より先に魔術が使える様になるんとちゃうやろか」

「え、そうなん!? ……でも、『罅』と違て全然感覚が分からへんねん」

「それなら『罅』の感覚で魔力を動かしてみたらええんちゃう? 雅のステータスで伸びてるのはどれなん?」

「筋力と魔力と白と黒」

「筋力が伸びてんのは羨ましいなぁ。単純に言ったら白は光で黒は物質やろか。いや、力学的なんには何か筋力値が関わってそうやから、黒で物質を指定して筋力で罅を入れてんのやろか? ――今なら分かるかも知れへんな。ちょっと何か『罅』入れてみてくれへん?」

「え? えと、兄さんの銅でいい? ――こう?」

「……筋力と黒は動いた感じがするけど、白は分からんな。――うん、もっかいええ?」

「――ほい!」

「……う~ん、――黒で掴んで。――筋力でこう! ……手応えは有るけどそう簡単や無いか」


 後になってから、この時上乗せされていたステータスの制限や、ロプスの指輪の無効化を解いていたならば、もしかしたら俺でも“罅”を入れれたのでは無いかとも思った。

 ただ、何と無く妹の才能を掠め取る様な事に気が引けて、結局試す事はしていない。


 そんな日常を送りながらも、ダンジョン管理部から冥土教徒達が姿を消すことも無く、十月も半ばを迎えようとしていた或る日の事。

 妹が投下した爆弾が、もしかしたらこの後の狂った展開を象徴していたのかも知れない。


「兄さん、助けて~。確率が分からへん~」

「ん~? 確率なぁ。捕らぬ狸の皮算用って感じの奴やな」


 兄妹揃って家の中で宿題と中間テストに向けた勉強をしていた時に、妹に泣き付かれて思わずそんな答えを返してしまう。


「何やのそれ!? ちょっと分からへんねやけど!?」

「ん~、事前に色々考えた所で、運のいい奴も悪い奴もおるいう事やな。滅多に起こらんから対策は要らんのと違うくてな、少しでも起こり得るんやったら起こる時は起こるんやから対策しとかんとあかんねん。宝くじかて誰かが当たってるやろ? 確率計算した結果で都合のええ事考えてもあかんって事や」

「そ、そんな事訊いてるんとちゃうわ! もうええし! 兄さんうちのドッペル召喚して!」

「え、ドッペル?」

「二人でやったら効率も倍やろ!」


 衝撃の言葉に、俺の体が一瞬震える。

 【ドッペル召喚】は、アバターを呼び寄せると言うよりも、分身の術だった?

 慌てて自分の感覚を確かめてみても、自分自身を【ドッペル召喚】出来そうに無い。


「うわ、何でや!? 何で自分自身は【ドッペル召喚】でけんねん!?」

「そんな事より早く~!」

「――あ~、もう! 雅ばっかりずっこいなぁ。ええよ、ほら【ドッペル召喚】!」


 俺が【ドッペル召喚】を使用した瞬間、俺と向かい合わせで卓袱台(ちゃぶだい)に向かって座る雅の直ぐ隣に、同じ体勢の雅がもう一人現れて、床に転がっていた枕で体勢を崩して床へと腕を突く。

 そしてその床に腕を突いた流れで四つん這いで這ってきて、右側から俺に抱き付いた。


「ほら! そっちも! そっちも捕まえて!」

「え? え? 何? 何なん!?」


 ドッペル妹の言葉に動揺しながらも、立ち上がった本物妹が左側から俺を捕まえた。


「どうや! ダブル妹くっ付きでお兄ちゃんもめろめろやろ!」

「……は?」

「ふふん♪ 今日は一緒にダブルお風呂したってもええねんで♪」

「ちょ、ちょっと何を言ってんねや!?」

「ふっふっふ、可愛い妹のダブルくっ付きに耐えられるお兄ちゃんが居るやろうか。いや! 耐えられる筈は無い! 今こそお兄ちゃん陥落の時!!」

「うわ、何なん!? おかしいって! こいつおかしいから!!」

「お兄ちゃんくっ付きラブラブ妹ストリームっ!!」

「ぎゃー! やめ! 離れろ! 離れなさい!! あほー!!」


 ……酷い事になった。

 何としてでも俺とくっ付こうとするドッペル妹と、それを引き剥がそうとする本物妹との仁義無き戦い。

 同じ妹ながら、【ドッペル召喚】の効果で強化されている妹の方が常に優勢で、最終的にはドッペル妹と俺との間に本物妹が割り込もうとして却って密着する様な、そんな有り様となっていた。

 勝者なき戦いは、三十分の時間切れでドッペル妹が姿を消した事で終了となり、暫し呆けていた妹は凄い勢いで布団を敷くと真っ赤な顔でその中に引き籠もった。


「あ、あれはうちとちゃうねんからな! あんなんおかしいねんからな!」


 布団の中から呻き声が聞こえてくる。


「今更何を言ってんねんな。この前かて一緒にお風呂入ったやん」

「あ、あれも違う!! 変な記憶が入り込んで、おかしなってたんや!!

 お兄ちゃ――兄さんのその力って、ほんまにやばいから!! 多分召喚したんが言う事聞かへんかったらあかんから、好感度MAXにして召喚してんねんで!

 妹やからこれで済んでるけど、女の人に使ったら犯罪やからな!!」

「もぉ~、雅は心配性やなぁ。そんな必死にならんでも、雅とペルの他は、時々母さんが召喚出来る様になるくらいで他には――」


 自分の中の感覚を確かめていて、俺は思わず顔を掌で覆って横に倒れた。

 ごろごろ転がりながら雅の敷いた布団の中へと潜り込んだ。


「ぎゃー!! 何で入って来るん!?」


 妹の悲鳴が響き渡るけれど、相談出来るのは妹しか無い。


「……【ドッペル召喚】出来るんに、クラスの女子が二人入ってるんやけど、どうしたらいい?」

「女子二人? この前遊びに来た二人か!? あかんっ!! 兄さん襲われてしまうで!!」

「え? 俺が襲われる側なん?」

「当たり前やん! あんな秋波振り撒いて女の顔した人らが、我慢なんてする筈無いわ!! あかんからな!! 絶対あかんねんで!!」


 恐れ戦く妹の言葉に、俺も布団の中へと沈み込む。


「ところで秋波って何や?」

「そんなん自分で調べぇ!」


 それが何かは分からなかったが、それでも何と無く分かる様な気がしたのだった。


「……あかんわ。今日は勉強になる気がせん」

「……うちもや。今日はもうお休みや」

「まぁ、進学組や無いし? 期末と違て中間やし?」

「うわ、最低な事言うてはる。でもうちも同罪やな。あー、怖いわー。兄さんのアビリティ滅茶苦茶怖いわー」

「いや、俺も今回ばかりはそう思たわ。寝惚けん様に気を付けよ」


 布団の中で妹とどきどきしていたその日から、山根さんと柳原さんとは少し顔を合わせ辛くなったけれど、その動揺を乗り越えて、何とか無事に中間テストも乗り越える事が出来た。

 そこでテスト明けに、一っ走り東雲さんの所まで走って行って、第一弾の俺の防具を受け取ってきた。走って来たと言ったら頭のおかしい人扱いされてしまったが、そこはほんのりご愛敬という物だろう。


「おお~、何かコスプレって感じがせぇへん」

「ほんまやなぁ。何か昔の飛行機乗りが実際に来てそうやんか」

「ライト兄弟とか?」

「そうそう」

「本物に仕上げてくれた東雲さんには大感謝やな」


 そうは言いつつも、「マスクと盾はちょっと待ってくれ」と、注文していない品物について謝られてしまっているのは、どうにも落ち着かない気持ちになる。

 端に置かれていたスポーツカイト(競技用凧)の形をしたのを盾と言いたいのだろうか。

 現時点でコスプレでは無くても、完成形はどうにもコスプレの中のコスプレを行きそうな予感がする。


「うちのも早よ出来へんかなぁ~」

「雅はまだまだ入れへんから、母さんのが先やな」

「ふーちゃんのが茶色で、私のが緑、みゃーちゃんが青。緑色の服来たキャラって、よくよく考えたらおらんかったなぁ」

「ヒドラとか緑色っぽそうやで?」

「いやや、もうみゃーちゃんやめて、酷いわぁ」


 母も妹もその辺りは気にしないと見えて、俺ももう気にしない事にした。

 何より良い装備だというのは着ている自分が一番分かっているのだ。

 既にバールと同じく強化石を用いて最終強化品に強化済み。走るだけで擦り切れたり、スライムに溶かされる心配はもう必要ない。

 その日から風の谷装備へと姿を変えて、俺はダンジョンへと潜るのだった。



 ダンジョンの探索も、この頃になると少し変化が出て来ていた。

 スキルオーブが必要数集まった事も有って、各階層の調査に重点を置いて詳細に調べていく。まぁ、マップは『分析』頼みだが。

 その御蔭で幾つもの隠し部屋を見付けた。天井近くの凸凹の影が実は穴だったり、大岩を動かすと洞窟が続いていたりという他に、金属の棒を鍵穴に入れたまま【鉱石加工】で変形させて鍵を開ける様な『錬金』を利用した仕掛けまで有った。

 隠し部屋を見付けた時に“発見者”の称号を得て、スキルとして『発見』を得た。

 一階層のマップを埋めた時に“探索者”の称号を得て、スキルとして『調査』を得た。

 称号能力では無くスキルなのは、簡単な条件達成で得られる称号だからだろうか。

 勿論隠し部屋の中にはちゃんと箱の形をした宝箱や、祭壇の様な形をした仕掛け宝箱が鎮座していて、金銀銅の他にもファンタジーな鉱石の塊や、スキルオーブが手に入った。

 簡単に手に入るスキルオーブは『錬金』や『分析』といった既に手に入れている物ばかりだが、仕掛けを解いたりと簡単には手に入らなかったスキルオーブは『耐性』と『操作』といった聞き慣れない名前の物が得られている。

 『耐性』がその言葉通りの物ならば、かなり重要なスキルになるだろう。しかし『操作』は『アレンジ』と似た様な物に思えて少し微妙だ。覚えるだけ覚えて、感覚を掴んだ後はきっと『アレンジ』でオフにする様な予感がする。

 もう一つ、一階層の隠し部屋では錬金の道具も手に入れている事から考えると、まだ三階層までしか探索が進んでいない現状と照らし合わせて、どうも一階層毎に一つ貴重な品物を配置しているものと思われた。


「――となると、やっぱり次はテレパシー系のスキルが欲しいわなぁ」


 丁度欲しいと思っていた探査系のスキルは、『発見』と『調査』を手に入れた事で満足してしまっている。この二つはスキルオーブでも得る事が出来るから、こんな条件で入手出来るとは思ってもいなかった。

 こうして探索寄りのスキルまで手に入れてしまえば、今の自分の様にかーくん頼みとは言え『武芸百般』を持っていて、更に『錬金』の様な生産系のスキルや、『採取』なども持っているとなれば、大凡必要とされるスキルは揃ってしまっている。ここから先は趣味の世界だ。

 勿論『分析』の様な或る意味必須のスキルも有るが、ダンジョン管理部から貰ったリストを眺めていても、欲しいと思える様なスキルは中々見付ける事が出来無いでいる。

 特に戦闘系のスキルは五階層のボスから幾らでも得られる現状、欲しいスキルと言われてもピンと来ないのだ。


「う~ん、そうなると後は補助スキルやけど、そんなんに手を出してもなぁ……」


 テレパシーが出来るスキルが有れば真っ先に要求しているのだが、どうにもそんなスキルは見当たらない。一番有り得そうなのがかーくんの持っている『誘発』で、その次に有りそうなのは自分でそういう魔術を創れという事なのだろう。だとしたらかなりの無茶振りだ。

 因みに、補助スキルと言われているが、中身はアーツである。魔法のスキルオーブと同じ様に、アーツしか覚えないスキルオーブが存在しているのだ。但し、関連するスキルを持っていれば、そのスキルの幾つ目かの【アーツ】として追加される事になる。言ってみれば『剣』のスキルを持っているだけでは覚えない必殺(アーツ)が、補助スキルオーブとして別に有ると思えばいいだろうか。でも、それは遣り方さえ知っていれば、元々のスキルの枠内でも出来る事なのだと思えば、やはりこれもチュートリアルなのだろうと思えてやっぱり食指は動かない。


「今月分は母さんに譲るかねぇ?」


 俺とは違う方面で好奇心を募らせている母なら、何か違うものを希望してもおかしくは無いだろう。


 と、思索に一応の完結を見た俺に、声を掛けるのを遠慮していたらしい二人が話し掛けて来た。


「風牙君、考え事終わった?」

「ちょっと相談。また海住山寺ダンジョンに連れてって貰いたいんやけど、いいかな?」


 因みに今は一時限目が終わった休み時間。山根さんと柳原さんの猛攻は(とど)まる所を知らない。


「いや、今はちょっとな。まだメイド狂いの奴らが居座っとるから何が起こるか分からへんし」


 そう言うと、一度その不気味さを目の当たりにした二人は、残念そうに口を噤む。

 しかし今日は、ここで余り会話をした事が無いクラスメートから声が掛かった。


「ふーん……坂鳥って、今も錬金ダンジョンに通っているんだ。余り話した事が無いから頼み辛かったけれど、僕も連れて行って貰う事は出来るのかな?」


 ちょっとオタクが入った雰囲気の坂井は、話をした事が少ないとは言っても、一緒に卒業旅行に行った仲だ。

 俺は二つ返事で引き受けたのである。


「ええよ。次の日曜に現地待ち合わせでええならな」

「うん、それでいいよ」


 案外気の良さそうな感じにほっとする。

 しかし、それで収まらないのは先の女子二人。


「何で私達は駄目で坂井君ならええん!?」

「いや、だって冥土教やで? のこのこ女子が出向いたりして、無理矢理メイド服着せられたらどうすんねん?」

「ははは、馬鹿な。そんな事が有る筈――……いや、それも有りかも知れないね」

「「キモッ!」」

「いや、坂井君御免。――でも、今の目付きめっちゃ気持ち悪かったし」

「坂井君、あんな目で女の子見たあかんよ。絶対アウトやったから!」


 気が良さそうに見えて、やっぱりオタクはオタクなのだろうかと、その時の俺はそんな事を考えていた。



 結局の所、今月のお楽しみは母に選んで貰う事にした。


「え、ええん? ならお母さんは『図画』が欲しいわ」

「『図画』なんて何に使うん?」

「あんな、ふーちゃんに貰った『分析』がすっごい便利なんやけどな、あれやと頭の中で図面書いても出力出来へんし、その頭の中で書いた図面も歪んでる感じがしてな、『図画』が有ればピシッと描けておまけに書き出せる様になるかなぁって」

「……それ言われたら、俺も欲しくなるなぁ。『図画』の後は『計測』やろか?」

「そうそう、それでええかな?」

「ん~、ええよ? 雅もそれでええよな?」

「構へんよ? 『罅』の訓練は続けてるけど、他のんは今一つ分からへんねん」

「分からんのは感覚が一筋も繋がってへんからやろうけど、分からんなりに特訓せんかったら何時までも分からへんままやで?」

「そやから、『罅』は特訓してんねんてぇ。兄さんが罅を入れてるのは筋力の魔力や言うたから、筋力と黒属性は何か感覚掴めそうな気もするねんわ」

「それやったらええけど。満遍無く鍛えよう思たらボスの間籠もりが一番効率ええんやけど、雅は流石に無理やしなぁ」

「ええて。高校初っ端で魔術使える様になってたら充分やし、まだ一年以上有るねんで?」


 家に帰って雅が仕切る畑仕事を手伝いながら、母に相談したら、直ぐに欲しいスキルを言ってきたのである。

 その言葉に成る程と思いつつ、俺も『図画』が欲しくなってくる。『図画』の次に母は『計測』だろうけれど、俺ならそこは『工作』としたい。そしてその次は『建築』だ。『大工』のスキルオーブが有るという話は聞かないから、きっと『工作』を育てればしたい事は出来る様になると思っている。


「その一年の内に大きい家を建ててしまいたいなぁ」

「前言ってたログハウス?」

「そう、それ。でも、電気工事士は試験受けたら資格貰えるみたいやけれど、建築士は大学通うか実務経験が要るみたいやねんな。春蔵爺さんも建築士って訳や無いみたいやし」

「え!? じゃあ建てられへんの?」

「床面積合わせて百平米までやったら建築士要らんねんて。でも、ちょっと小さいやろ?」

「ふーちゃん、ふーちゃん。それ、建築士事務所に頼んだええだけやから。大工の人らが皆建築士持ってる訳や無いで?」

「……え、そうなん!? ――みたいやわ。そうなると、その辺りが出易いランダムダンジョンが確か奈良の若草山に有るって聞いた事が有るから……いや、その前にレアドロップ率上げとこか」

「簡単に言うけどそんな事出来るん?」

「レコードホルダーの称号が、もう一つぐらい頑張れば取れるんちゃうかと思ってんねん」

「何を言うてるんか全然分からん」

「ボスの間を手下が埋め尽くした状態で、それを一瞬で斃せば何か条件満たさへんかなぁって。多分魔法スキルか魔術でも無いと無理そうやし、可能性は有るで?

 そういう事で、十一月初っ端の三連休は、その前の日からまたダンジョンに籠もるかも」

「え~、また~?」

「今度は三泊四日だけやし、毎日喚ぶから」

「三連休に文化祭が無くなったんは寂しいなぁ」

仕方無(しゃーな)いわ。ダンジョンで力を手に入れたら勘違いする奴も出てくるやろ。文化祭の替わりが奈良の博物館言うんもしょうもないけどな。クラスで二割も希望せぇへんかったみたいやし」


 本来なら文化祭が有る筈だった三連休も、去年別の学校で暴れた奴や、無茶な出し物をしようとして怪我をする人が続出した為に、今年は中止となってしまっている。級友達が卒業旅行をこの時期に企画したのも、きっとそれを含めての事だったのだろう。

 それにしても、こんな事にまでダンジョンの存在が関わっている。


「なぁ、何か兄さんの収穫した野菜だけ、凄い瑞々しい気がするんやけど、これもスキルが利いてんのやろか?」


 そう、こんな事にまでも。



 坂井と約束した日は直ぐにやって来た。俺はダンジョン管理部の入り口でおっさんが着る様なカジュアルな服を厚着した坂井と合流する。


「済まん。待たせたか? ……その格好は既に着替えてそれなんか?」

「うん、お早う。ツナギとどっちにするかを迷ったけれど、厚着をした方がいいかと思ってね。手袋も着けるし、帽子も用意したし。一階層だけならこれで大丈夫なんだよね?」

「……まぁ、坂井がそれでええなら構わんけど」

「僕よりも坂鳥こそ――コスプレという訳では無いんだよね?」


 布バケツに入れて持ち運んでいた額当て付きの帽子を見て、坂井がそんな事を言う。

 目を付けられている今は迂闊に『召喚』も使えないと、今は装備を着込んでダンジョンへと通っていたのだ。

 羞恥心? そんな物は感じない。


「ええやろ? 結構知られた防具職人が、理に適っていると気合いを入れて造り上げてくれた本物(・・)や。コスプレ言うんは前みたいななんちゃって作業員な格好か、今周りに居る彼奴らやろ? 泉川ダンジョンからは減ってるって聞くのに、今日はまた矢鱈と多い様な気がするわ」


 俺がこの風の谷装備を着ているのは、偏にその機能性が優れているが故だ。巨匠の慧眼と東雲さんの拘りの逸品。これは既に衣装では無く装備なのである。

 そして、そんな事を言うのなら、周りのなんちゃって執事やなんちゃってメイドこそ、大衆の面前で己のコスプレ趣味を晒している痛い人だ。羞恥心と言うならば、彼らこそが感じるべきだろう。


「それはそうだろうね。動画で坂鳥は顔を隠していたけれど、職員の人は隠していなかったから、何れここに行き着く事になるよ」

「そうかも知れへんけど、不気味やわ~。

 まぁ、行こか。取り敢えずスライム倒してステータスが見える様になればええんやろ?」

「うん、坂鳥には面倒を掛ける。助かるよ」


 一度先に改札を抜けて、窓口で引率の申請を出す。もう何度もやった事だったから手慣れたものだ。

 改札まで戻って、逆側から渡されたICカードを当てると、閉じていたゲートが申請した人数分だけ開きっ放しになる。


「坂井、通って」

「うん、分かった」


 ゲートを抜けた坂井の後ろに執事達の団体様が見えて、俺は少し足を速める。

 丁度集合の時間だったのか、待機所に居た執事やメイド達もうねる様にその位置を変えようとしていて、俺はダンジョンの入り口へと向かえず、其処に足止めされてしまった。


「うわ、参ったなぁ」

「坂鳥って人混みが苦手な方?」

「苦手で無い奴はおらんやろ」

「う~ん、コミケとかの方がもっと凄いよ? ちょっとここは僕に任せてくれるかな?」

「え、まじで!? これをどうにか出来るんやったら頼もかな」


 京都も片田舎となると満員電車とも縁は無い。

 人に酔いそうな状況で平然としている坂井が頼もしくその時は見えていた。

 その坂井が人波へ向かって二歩足を進めてから、服の中から取り出したステッキ(・・・・)で床を打って、声を張り上げる。


「――同士達よっ!!」

「へ!?」

「ここに(おわ)すのがフーガ大先生であるっっ!!!」


 左手を俺に差し延べる様に体を開いた坂井の口元には付け髭が、そして右目には片眼鏡が。

 そう言えば、何故坂井は冥土教の標的が俺だと知っていたのだろうか。

 何故今日に限って、冥土教徒が三倍増しでこの六十四番ダンジョンに集まって来ていたのだろうか。


「ちょ、おまっ――坂井ぃいいいい!!!!」


 俺の日常はこの時から狂い始めたのだ。

 俺達の間に紛れ込んでいた裏切り者、冥土教の尖兵の手によって。

 前後編的に、次の更新はこっちの作品かな?

 女子二人がノクタ方面へと引っ張っていこうとしていてやばい。ハーレムタグ必要?

 一応高校生している間はそういう展開は無しの予定なんだけどね。


 うーん、難産で書き方が崩れとるな。

 “最狂”召喚術の名に違わぬ様にここから主人公をどんどんおかしくしていく所存。

 楽しみにしていてくれると幸いです。

 ではでは~、また次回で~♪

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