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(1)ダンジョン探索はご安全に!

 ストック分一時間毎に全放出~♪

 今から数えて凡そ二十年前、世界中にダンジョンが出現した。

 時を同じくして、人々の中に能力者が生まれる様になった。

 そして今では能力者もダンジョンも、生活の一部となっている。




 学校が終わって、軽いジョギングで家へと向かう。

 本当は電車通学出来る距離だけれど、定期代も馬鹿にならない。自転車を使わないのはちょっとした探索者としての意地だ。

 線路沿いに起伏の多い道を登って下りて、森の中の小道を駆けて、見えてきた住宅地には入らずにその手前をまた森の中へと折れて、辿り着いたのが幾つも並んだ十畳一間の平家建て。家賃は一月二万円。ここに母と妹、家族三人で暮らしている。

 昔暮らしていた一軒家は、三年前に父が借金を残して蒸発した所為で、今は人手に渡っている。ローンも残っていた筈だから、借金を相殺する事も出来無くて、こっそり調べた分だとまだ六百万円近い借金が残っていた筈だ。

 本当なら自分も高校なんて行っている場合では無いけれど、そこは母に泣きつかれてしまった。折角合格したのだから、高校には通って欲しいと。

 だから、俺は高校入学と同時にダンジョン探索者予備役に登録したんだ。


 二十年前に、世界中にダンジョンが現れたと言われているけれど、日本ではネットで情報が流れるだけで、殆ど報道はされなかったらしい。海外で盛んに未知の生物で溢れた洞窟や、魔法としか思えない現象が報告されていても、丸で取り合わずに頭のおかしい戯れ言とされていたそうだ。

 状況が変わったのは十年前。その魔法の様な現象や未知の素材が、海外では次々と技術に転用される様になって、日本は一気に世界から取り残された。その頃になって漸く政府が日本にも封鎖したダンジョンが有ると言い出したが、与党は正しい処置だと強弁し、メディアは何故か擁護と解説ばかりに明け暮れて、議会は踊らず民衆は踊り、結局何の進展も無い儘に数年が過ぎた。

 それを変えた転機は、この上無く強引で無慈悲で理不尽な出来事だった。ダンジョンの活用に反対していた議員を含め、与野党含めて多くの議員が不審死し、或いは体調を崩して政界から退く事となったのだ。その後も政治家の不審死は続き、メディアの関係者にも体調を崩す者が現れたが、ノルウェーの占い師がテレビ番組に招聘されるまで、誰もその答えを持ち得なかったのである。

 その占い師は、テレビカメラの前で当然の事として言い放った。

『私利私欲で政治を行う者、思い込みで他者を貶める者に罰が下る様な呪いが掛かっています』

 更に重ねて言う事には、

『十年前から能力者が現れる様になりましたが、能力として顕現していなくても、何らかの小さな力を誰もが持っているのが今の世界です。多くの民衆は公平で公正な政治や、正しい事が正しく評価され、悪人は正しく裁かれる世の中を望んでいます。ダンジョンの隠蔽が曝かれた事で、それらの思いが増幅され、呪いとして現れたのでしょう。

 既に世界の多くの国は、同様の呪いを抱え、呪いと共存する道を選びました。政治に関わる者が悪徳に手を出すのは自滅を意味するというのは、今や世界の常識ですよ?』

 そんな事は嘘だ詭弁だ陰謀だと大騒ぎしたにも拘わらず、次の選挙では政権の顔ぶれは一変した。利権構造は否応なく解体されかなりの混乱を招いたが、利権側でも不審死が相次ぐと反発の動きも風船が萎む様に勢いを無くしていった。集団意識が呪いの本質と紐解いたメディア関係者が、メディアによる意識操作を試みようとして、その動き自体が呪いの標的となって位牌の数を増やす事になった。

 そして騒ぎ続ける者は何時までも居なくならなかったが、実際に暮らし向きが良くなっていく事を実感した民衆は、次第に呪いが存在する世の中を受け入れていったのである。

 それが僅か六年前。

 ダンジョンの活用が五年前から研究され、世界に十年以上遅れて民間のダンジョン探索者が生まれたのが四年前。調査の結果、五階層までにはそれ程危険な未知生物は居ないとの結論を得て、三年前には義務教育を終えた者は探索者登録が出来る様になった。

 逆に言うならば、高校生をもダンジョンへ送り込まなければならない程に、日本の状況は逼迫していたのである。


 重大なパラダイムシフトが生じていたにも拘わらず、十年以上それを無視した時代後れの国が、国際社会で生き残れる筈が無い。大都市で有ってもシャッター街が増えて来て、誰もが声を潜めて毎日を凌いでいる状態だった。政治家への信用は疾っくの昔に失墜しているのに、何故か同じ政党が政権を取って好き勝手に振る舞っていた。SNSばかりは盛り上がっていたけれど、それも憤りや諦めにも似た感情ばかりが溢れて、世の中に閉塞感と不満ばかりが漂っていた。

 何が正しくて正しくないのかももう何も分からない状況だったが、呪いという劇薬が全てを吹き飛ばした。

 何と言っても、汚職に手を出したり、独り善がりな考えで強引に物事を進めようとすれば、最悪死ぬのだからこれ以上の抑止力は無い。崩壊間際だった政治への信用は皮肉な事に呪いによって持ち直し、少しずつ閉塞感も晴れていった。

 そして厚く垂れ込めていた暗雲が晴れてみれば、世界から取り残されている事を弥が上にも突き付けられて、国を挙げての巻き返しが図られる事になったのである。


 それが、ダンジョンの一般開放と、ダンジョン探索者登録制度。俺が中学三年だった頃の夏休み前に施行されたその制度を利用して、俺も中学卒業と同時に探索者登録した。ただし、恐らく国も高校生がダンジョンに入り浸る事を余り望んではいないのだろう。高校生が探索者をする場合においては、予備役という身分に置いて、探索範囲にある程度の制限が掛けられた。俺には関係無いからうろ覚えだが、確か潜っても十階層まで。それ以上潜る為には、何か条件を満たさなければならなかった筈だ。代わりに免除されているのが、所謂仮免期間の制限が無くなって、通常登録後三ヶ月間で五階層を突破しなければ探索者証を失効させられてしまうところが、高校卒業までに延ばされている。

 つまり、余程の才能が無ければ中卒で探索者一本に絞るのでは無く、高校に通いながら進路を模索しろという制度だ。


 それに助けられる日が来るとは思っていなかったが、実際に探索者になってみれば、戦闘方面へ能力が伸びずに立ち往生しているのが俺の現状である。

 だから、他の探索者なら散歩する様に走り抜ける道を、只管全力で走って少しでも体を鍛えようとしているのだ。


 そんな現状を思い出して、少しだけ溜め息を吐く。

 走る速さは大して上がってないが、持久力はかなり付いた。強くなっていない訳では無い。

 でも、明後日から始まる夏休みが終わってもまだ五階層を突破出来なければ、高校卒業時に探索者証を取り上げられてしまう可能性がぐっと高くなってしまう。

 だからと言って、高卒を採用してくれる仕事先を探すのもかなり厳しい。肉体労働はダンジョンで鍛えた者には丸で敵わず、頭で勝負出来る程に賢くは無い。それ以外の平凡な人間は既に会社の中を埋め尽くしている為に、ダンジョン探索により得られる特殊な能力が無ければまず受け入れてくれる会社は無い。


 つまり、全てはダンジョンを中心にして、追い付け追い越せで動いている現状では、ダンジョンの探索を続けられない限りは母と同じ様にパートと内職で生きて行くしか無い世の中なのだ。


「まぁ、仕方無(しゃーな)いな。最悪、強い武器を借りられれば行けるやろ」


 そうごちながら、雨樋に隠した鍵で引き戸を開けて、狭い我が家へと入って靴を脱ぐ。

 高校のブレザーを脱いで、硬くてごわごわの革ズボンに履き替える。安物で酷く硬いが、逆にそれがいい。他に必要なのは、着替えのシャツとゴーグルとケブラー手袋、溶接工が頭から被っている保護具。これらは安全ヘルメットの中に突っ込んで用意済み。それとズボンと揃いの革の上着を併せてリュックの中に入れてしまう。ああ、腰袋の付いた作業ベルトも忘れてはいけない。こういう作業者の装備類は、案外安く手に入るから助かっている。手製の手鑓はホームセンターで手に入れた千五百ミリのバールに大型のナイフを括り付けた物。正直これが一番高かった。

 でも、用意だけすれば取り敢えずの準備は完了だ。これらはここに残して、探索者証を入れた財布だけをポケットに、安全スニーカーに履き替えて外へ出る。忘れず引き戸に鍵を掛けて、鍵は何時もの隠し場所へ。


 再びジョギングで向かった先は、住宅地の中に在る生鮮食品店だ。


「母さん、ただいま! 今日は何か有った?」


 品出しをしていた母に声を掛けると、身振りで手招きされて、ささっと袋を渡される。


「ふーちゃん、こっち! こっち! ほら、これ! ほんまに捨てるところのやさかい、匂い嗅いで変な味したら食べたあかんよ」

「何? 肉? 俺は大丈夫やけど、(みやび)には有らへんの?」

「みゃーちゃんに腐った肉なんか食わせれへんやん。今からか? ほんまに気ぃ付けてや? 怪我せんようにな?」


 父が失踪したというのに丸で変わらない母に苦笑しつつ、店の人達に頭を下げて外へ出る。

 母が確保してくれる廃棄品は或る意味御馳走の一つだけれど、店の人には多分余りいい顔はされていないと思っている。

 それでも、父が借金を残して失踪した事情を聞いているから、見逃してくれているのだろう。

 その分、自分も返せる事では返して行く事を肝に銘じている。まぁ、その手段には当てが有るから、心配は要らない。


 店を出たなら住宅地の反対側へと降りていって、そこからまた三十分もジョギングした先の山の中に、目当てのダンジョンが潜んでいる。

 良くもまあこんな所に在るダンジョンを隠し通したものだとは思う。そしてこんな所にも在るという事は、日本中の至る所にダンジョンが有る事を示していた。

 これは海外でも同じで有り、それ故に態々海外から日本のダンジョンへ遠征に来る者もおらず、今更ながらのダンジョン探索にも拘わらず、邪魔の入らない状況で日本も確実に前へ進む事が出来たのだ。


 ダンジョンの入り口を囲って建つダンジョン管理部の建物は、良く有るファンタジーのギルドを頭に描いて貰えれば近いだろう。入り口を入って右へ行けば食堂が有り、正面左が更衣室、左へ進めば駅に有る様な改札と、その向こうに窓口が有る。ぐるっと裏側に回れば、洞窟の入り口その物なダンジョンの入り口が鎮座して、その周りが待機所になっている。其処を行き過ぎて食堂の裏側辺りの突き当たりが買い取りカウンターだ。


「何や彼奴、手ぶらで来よったで」

「気にするな。あれが『溶接工』や」

「彼奴がか!? ……おっさんとちゃうかってんな」


 ひそひそと噂されるのは慣れたものだ。俺は無言で更衣室へと入り込んだ。


 手ぶらで来た俺が、更衣室で何をするのか。それを語るには世界が変わってしまってから人類が――もしかしたら人類に限らないかも知れないが――得る事になった特殊な能力について話す必要が有るだろう。

 ダンジョンの中に入れば、其処に広がっているのはそれこそゲームで見られるダンジョンの姿だ。海外ではエネミーやモンスター、ザ・シング等と呼ばれた未知生物が徘徊し、それらの未知生物は倒すと消えてドロップアイテムを残す。そんな恐ろしく奇妙な世界が広がっている。

 日本でも一時期未知生物を魔物と呼ぼうとする動きが有ったが、敵対的では無い未知生物や、ダンジョンの中で生態系を育む未知生物が居る可能性が提起され、今も未知生物と呼ばれる事となった。魔物と呼ぶより、UMAの類と思う方が、ゲーム思考からの思い込みも抱かないだろうという事だ。

 とは言っても、今の所対話が出来る未知生物と遭遇したという話も聞かず、専ら未知生物はゲームと同じく倒すだけの存在となっている。五階層毎にボスまで配置されているのだから、もしも違う真実が有ったとしても、ゲーム的解釈に成ってしまうのは仕方が無い。

 そして、そんな未知生物を倒すと、どうやら経験知的な何かを得て、身体レベルが上がっていく。一体でも未知生物を倒せば、自分のステータスを確かめる事が出来る様になって、ドロップアイテムや宝箱で出てくるスキルオーブやスキルブックを使えば、特殊な能力であるスキルを覚える事が出来る。当然スキルにも熟練度によるレベル有りだ。

 これでは全く以て、ゲーム以外の何物でも無い。


 ステータスはゲームに良く有る数値では無く、素の強さにレベルアップでどれだけ上乗せされているのかが、感覚的に分かるだけの物だ。項目は、筋力、魔力、体力、反応速度、感覚、赤属性、青属性、黄属性、白属性、黒属性の十種類。運だとかが入っていないからステータスに表されていない能力値が他にも有るのか、それとも良く分からない魔力や属性値に含まれるのか、その辺りはまだ分かっていない。例えば海外での情報だが、炎を出すだけでも幾つかの属性に対応する(アーツ)が有るらしく、炎だから赤属性という物でも無いらしい。そこから、属性は熱力学や電磁気学という区分で分けられているのでは無いかとも言われているらしいが、まだ結論は出ていないそうだ。


 ステータスで他に分かるのは、スキルとアビリティの状態だ。

 スキルはスキルオーブやスキルブックから得られる特殊能力。単に技能と呼ばれたり、或いはコモンスキルと呼ばれる事も有る。或る意味魔法の様な力だから、剣の修練をしたからと言って『剣』のスキルを得られる訳では無い。飽く迄オーブやブックを使って覚えられる力だ。

 そしてアビリティは、単に能力と呼ばれたり、或いはユニークスキルと呼ばれる、ダンジョンが現れた頃からダンジョンに関わらずとも得る者が出始めていた特殊な能力だ。スキルよりも強力な物が多いとされ、それ故にアビリティ持ちはダンジョン探索者を志す者が多かった。

 強力な特典武器を初めから与えられたなら、それを活かしたいと思う。そういう事なのだろう。

 ダンジョンが(おおやけ)になるまでずっと隠していたが、俺も妹の(みやび)もアビリティを得た能力者だった。

 それ故に、俺は見込みの無い会社勤めを諦めて、ダンジョン探索者と成る事を選んだのである。


 その力がこれだ。


「【召喚】」


 別に言葉に出す必要は無いが、その呼び掛けに応えて、家に置いていた筈の自分の装備が更衣室に居る俺の手元に現れる。

 俺のアビリティは『召喚』。妹とは違って、戦闘力に何の寄与もしないが、使い勝手はかなりいい。

 汗で濡れたシャツを着替えて、革の上着を着込んでから、手袋、作業ベルトを身に着ける。保護具を被ってからゴーグルを着けて、その上に安全ヘルメット。空になったリュックには、脱いだシャツと肉が入った袋。リュックに手製の手鑓を引っ掛けて、背中に背負えば準備は完了だ。

 そんな格好で更衣室を出れば、ぎょっとされるのはいつもの事だが、顔見知りからは気軽に声を掛けられる。


「ご安全に!」

「ご安全に!」

「指さし確認ヨシ!」

「ご安全に!」


 俺も「ご安全に」と片手を上げて挨拶を返し、改札へと向かうのだった。


「風牙さん、今日もご苦労様。それで、今日は何本?」

「最近成功率が上がったから、有るなら五十本で」

「五十本ね。はい! ご安全に!」

「ご安全に」


 何故か管理部の職員からも「ご安全に」と声を掛けられる様になっている。俺が居ない所でもご安全にとの声が聞こえてくるのを考えると、良く分からない文化を根付かせてしまったのかも知れない。

 因みに、良く有るラノベみたいな窓口の綺麗なお姉さんとのラブロマンスなんて物は無い。無いったら無い。有ったとしても高校生が何を言ってるかというものだが、周りの様子を見ても百戦錬磨に軽くあしらわれているのを見るばかりで、あれはファンタジーだからなのだと思わせた。


 その職員から受け取った物は、試験管の様な小瓶が五十本差し込まれた箱形の鞄だ。

 今の俺の、頼れる金蔓である。


「さて、行くか」


 言葉に出して軽く気合いを入れて、ダンジョンの入り口へと向かう。

 ダンジョンの一階層から五階層の手前までは、そこ迄危険な未知生物は現れない。

 しかし、ソロで行くのは無謀だ。

 ステータスにHPやMPが無い様に、幾ら強くなったとしても急所を突かれれば死ぬし、毒にやられても死ぬ。HPが残り数ポイントでも普通に歩き回れる様な事は無く、怪我をすれば動きは鈍り、やがて失血で死に到るだろう。

 そんな無謀をしなければならないのが今の自分の状況だった。


 俺の名前は坂鳥風牙(さかとりふうが)

 名前だけは強そうな、しかし恐らくは最弱の探索者だ。




 ダンジョンに入れば、暫くは洞窟が続く。何人かはライトを付けているが、そういった灯りを持たない者の方が多い。何故ならば、入り口の明かりが届かない位に奥へ入ると、其処からは壁に(たいまつ)が掲げられているからだ。

 炎が揺れるが煙は出ず、空気を悪くしている気配も無い。知る者は多くは無いが、そんな便利な炬は、実は壁から取り外す事が出来た。ただし、一定時間が過ぎると手元から消えてしまうのはお約束だろうか。ボス部屋手前までに出てくる未知生物は、炬の一撃で斃せてしまうが、俺は専ら肉を焼いたりするのに使っている。


「ご安全に!」

「ああ、ご安全に」


 時折擦れ違う探索者とは、声掛けの習慣が出来ている。何だこれ?

 ほぼ最初期から毎日ダンジョンには潜っていた為に、その頃の知り合いからはからかい混じりに声を掛けられる事も多いが、もしかしたらそれ以降に探索者になった者はこれがダンジョンでの礼儀だとでも思っているのかも知れない。

 まぁ、悪意は無いみたいだから、山に行けば「こんにちは」と挨拶する様なものだろう。


 炬の明かりの下を暫く行くと、岩陰にぷるぷる震える寒天状の未知生物を見付けた。

 スライムと名付けられている未知生物だ。透明な饅頭型で、中に色の違う核が見える。

 手慣れたもので、後ろ手にリュックに引っ掛けたバールの手鑓を掴み取って、前に回す勢いで手鑓を突き出し核を穿つ。修練でスキルは得られないとは言ったが、手鑓に魔力を回せば何か起こるのでは無いかと、魔力を流すのも忘れない。

 核を穿たれたスライムはその場で萎み始めるが、腰袋から取り出したスコップでその体液を掬い、布バケツへと放り込んでいく。死んだ未知生物は消えてドロップアイテムを残すが、その前に回収すれば素材を残す。精々魔石しか落とさないスライムならば、体液を回収した方が余程価値が高かった。


 流れ作業でスライムの体液を回収しながら、唐突に現れる人工的な階段を二回下り、三階層へと到達する。目指すのは三階層外れた場所の大広間。天井から水が滴り落ち、数種の薬草が生い茂る広間は、俺にとっては二年近く通い慣れた仕事場だった。


「よっ……と。――ほい、【召喚】」


 いつもの平石の近くにリュックを置いて、包丁と俎板(まないた)、鍋と鍋を吊す為の三脚を召喚する。三脚に鍋を吊し、その中に布バケツからなみなみとスライムの体液を注ぐ。壁際の炬を一本取り外し、鍋の下へ放り込めば準備は完了。

 手早く辺りの薬草を採取して、布バケツに残るスライムの体液を掛け回して洗い、俎板の上で包丁を使って微塵切り。湯気を上げ始めたスライムの体液へざっと突っ込み、左手を翳して魔力を注ぎながら、右手の菜箸で掻き混ぜる。

 スライムの体液は物凄い勢いで嵩を減らしていくので、ここぞという所で火から離して足元の水溜まりで直ぐに冷やす。鍋に残るのは、試験管が二本から三本分の緑色に光る液体。即ち初級低位回復ポーションだ。

 打ち身なら掛けて飲めば治る。軽い火傷なら掛ければ治る。骨が折れたのは治らないけれど、痛みはちょっとましになる。

 ダンジョン管理部の店売りで二千円。買い取りならば三百から千円。多分この出来なら七百円にはなるだろうから、五十本仕上げれば三万五千円。でも実際にはそんなに上手くは行かないから、二万円を超えれば大成功だ。

 それだけ稼げれば充分と思われそうだが、これだけ稼げる様になったのはここ一ヶ月ばかりの事だ。それまでは数千円稼げれば良い方。万札なんて見た日には、何か悪い事が起きるのでは無いかと心配になったものである。


 俺が探索者になったのは、日本の中ではまだ黎明期と言っていい頃だ。海外の情報は入って来るが、実際にダンジョンへ入るのはまだ手探りと言っても良かった。しかし少なくともダンジョンがゲームの様な遊び場では無く、死ぬ事も有り得る魔境との認識は有って、中学を出たばかりの子供がうろうろするのには顔を顰められるのも屡々(しばしば)だった。

 その頃は革の上下も持っておらず、身に付けているのは丈夫目のズボンと安全スニーカー。それから今も使っているバールだけでの探索だったから、目に付くのも仕方が無いと言えた。

 それでもこちらにも事情が有るから、身内の恥も利用する勢いで、父が借金を残して蒸発して、アビリティ持ちだから探索者になったと、文句が有るかと言ったのだ。


 その時話をした相手が、真実こちらを心配して声を掛けた面倒見の良い人達だったのは、本当に運が良かったのだろう。就職浪人から探索にのめり込んだという武士(たけし)さんとその仲間は、見ちゃいられないから自力で十層に行ける程度迄は鍛えてやると言い放って、実際に数ヶ月にも亘って俺をパーティに入れて鍛えてくれた。

 俺が持つ『召喚』についても、召喚獣を見たいという好奇心が有ったからかも知れないが、レベル上げに協力をして貰ったのだ。


 武士さんに連れられて、俺は九階層を体験したり、基本的な武器の振り方や索敵の注意点を教えて貰ったり、探索の仕方を殆ど一から教えて貰う事となった。しかし、身体レベルと『召喚』のスキルレベルが共に十を超えた時、済まなそうな顔をした武士さんに、流石にこれ以上は付き合えないと頭を下げられてしまった。

 だが、それも仕方が無い。本当なら、レベルが一上がれば身体能力は二から三割向上すると言われているのに、俺の場合はレベルが十で元の身体能力のやっと七割増し程度だったからだ。

 『召喚師だから、本人は弱いという事なのかしら』と武士さんの仲間の良枝(よしえ)さんに言われて、誰もがもうそうとしか思えなくなっていた。

 それに加えて、『召喚』のレベルが十になって覚えたのが、自分の持ち物を距離に関わらず召喚するとの能力だった為、次の能力を覚えるレベル二十まではとても付き合えないというのは納得出来る理由だった。


『いえ、武士さんにはとてもお世話になりました。武士さんや無ければ、俺は自分の特性も知らんと死んでおったに違い有りません。今はまだ何が出来るかは分かりませんが、何時かお礼をさせて下さい。有り難うございました!』


 深く頭を下げて、俺は攻略に戻る武士さん達を見送ったのである。


 ただ、その時から薄々気付いていながらも、武士さんに言えなかった事が有る。

 レベルと共に上がるステータスは、使ったスキルに関わるステータスでは無いのかと。

 他の殆どの探索者が何かしらの戦闘用スキルを得てダンジョンに潜っているのに対し、『召喚』しか持たずにダンジョンへ潜っていた自分だから、筋力にステータス値が割り振られる事が無かったのでは無かろうかと。

 実際に、魔力や各種属性は、レベル二十近い武士さんの仲間達の誰よりも飛び抜けた値になっていたと思われるのだから、その推測の信憑性は高かった。ただそれを言うのは何ヶ月も付き合ってくれた武士さん達に申し訳なく、そしてその上がった魔力を活かすのも現実的では無かったのである。


 筋力のステータスを上げようと思っても、一般的な『剣』や『槍』の様なスキルオーブでも十万円以上は確実にする。上がった魔力を活かそうと思っても、攻撃魔法のスキルオーブは軽く百万円を超えてくる。しかも攻撃魔法のオーブで覚えるスキルには、覚える(アーツ)が一つしか無いというのにだ。

 先行投資と思っても、借金の有る身ではちょっと手が出せないのがスキルオーブという物なのである。


 アビリティやスキルはレベルアップでも特殊な能力、と言うよりもアーツなどとも呼ばれる技を覚えるが、それに賭けるのもこれまた現実的とは言えなかった。


 例えば身体レベルが上がると身体能力が上がるが、十レベル毎に大きな飛躍を得る事が分かっている。多くはステータスの大幅な向上だが、極稀にアビリティやスキルを得る事も有るらしい。

 そういう意味では俺の場合、身体レベルの初期アーツは自己ステータスの閲覧で、レベル十では魔力と属性値が大幅に伸びた。

 だから、次はレベル二十でアーツかステータス加算を得る事になるが、それがいつになるのかは見当も付かない。


 スキルレベルも同じく十レベル毎に飛躍が有る。多くの場合はアーツが増えた。

 『召喚』の初期アーツは、目に見える範囲で且つ自分から一定の距離に有る物を手元に召喚するという物だった。俗に言うアポーツ(引き寄せ)という奴だ。但し、良く有る事だが、生き物は引き寄せる事は出来無かった。

 レベル十で得たのは先程も言った通り、自分の持ち物なら召喚出来るという力だ。これは、召喚した物に限るなら送還する事も可能だった。

 どちらも戦闘能力には大きく関わらず、次のアーツも期待出来ない上に、レベル十になったばかりの状況では次を得られるのはずっと先の事になる。


 そこでじっくりと考えて、出た結論が生産系の探索者に成る事だった。

 幸いにして、この第六十四番ダンジョンは錬金ダンジョンとも呼ばれており、一から四階層までに居る未知生物でも『錬金』のスキルオーブを落とす事が分かっている。稀に見付かる宝箱からもスキルオーブが出る事が有ると聞くから、それを狙ってみるのもいい。


 そう思ってスライムやアメーバ、ブロップ、ポリプ等と呼ばれる錬金ダンジョンらしい未知生物を、狩って狩って狩りまくり、結局『錬金』が出るのに三ヶ月掛かった。

 その間はずっとソロだ。戦闘スキルが無く、レベル三程度の力しか無いというのは、パーティにとってはお荷物にしかならない。

 だから一人で駆け抜けた。まぁ、俺にとっても報酬の配分を考えないで済むのは気が楽だったと言うのは負け惜しみだろうか。


 そこから二年近く『錬金』に明け暮れて、色々と分かって来た事も有る。

 まずは今の俺のステータスだ。

 身体レベルは十一に上がった。二年で一しか上がってないが、レベル十がレベル二や三の狩場でちまちま狩りをしていたと考えると、そんなのは経験と認められなかったと言う事なのだろう。

 筋力は素の力の約二倍。とは言われても、自分では余り実感が無い。

 魔力は元々持っていた力では無いから指標が無いが、かなり飛び抜けている様だ。それに、何故か素の魔力として、それなりの魔力を持っている様にも思えた。

 体力は十倍近いが、恐らくレベル十一ならそれ位有って当然なのだろう。

 反応速度は何故か六倍。何が効いているのか分からないが、少なくとも反応速度が走る速さに影響するのでは無いらしい。

 感覚は二十倍。つまり、見えているけれど避けられないという事で、そんな状況には自分でも何と無く覚えが有る。

 属性は青が飛び抜けていて赤が少し低めだが、これも比較対象が無いので分からない。ただ、少なくとも武士さん達よりはずっと高い筈だ。これもちょっぴり素の能力が有る様に見えるのは、少しは自力で魔力を動かそうと特訓した事が効いているのだろう。


 そして持っているスキルは、『錬金』『投擲』『調理』『採取』『採掘』。

 『錬金』は遠距離攻撃をするスライムといった感じのブロップから出た。既にスキルレベルは三十を超えている。初期アーツは【鑑定】と【ポーション作製】。レベル十で【魔石加工】と【鉱石加工】。レベル二十で【生体素材加工】。そしてレベル三十で【強化錬金】を覚えた。

 『投擲』は武士さん達に貰った。その御蔭で筋力も伸びたから、感謝してもしきれない。『アポーツが有るなら基本だよな!』と気前良くくれた武士さんには何を返せばいいのだろう。これもレベル三十を超えている。未知生物を倒す事が条件にならないスキルは、スキルレベルの伸びがいい。初期アーツは【照準】と【投擲】。レベル十で【曲射】。レベル二十で【投擲力強化】。レベル三十で【消える魔弾】。レベル三十のアーツは良い物が多いと聞くだけに、投擲物が消えるのには恐れ入ったが、何故か避けられてしまう事も多い。『投擲』を手に入れて、投擲用の小さなバールを多数腰袋に入れる様になった為、益々作業員染みて見える様になった。

 『採取』と『採掘』は宝箱から。何れもこの大広間で見付けている。と言っても、宝箱らしい宝箱は見た事が無いが。薬草の根元に草で出来た瘤が有れば、その中に入っている事が多い。不自然に丸い石も、見付ければ拾う様にしている。全て拾い尽くしたつもりでも、何時の間にか別の場所に復活しているのが宝箱である。

 『採取』はレベル二十を超えた所。恐らく採取物のランクが関係して伸び悩んでいる。初期アーツは【鑑定】と【採取】。【鑑定】は生産系のスキルならどれでも初期アーツとして入っている様だが、スキルに関係無い物は名前ぐらいしか分からない。【採取】は何処をどう切って採取すればいいのかが何と無く分かる物で、こういう何と無く分かるというのは他の生産系スキルでも共通している。レベル十で【採取物感知】。レベル二十で【採取品質向上】。海外の情報では、レベル三十で【摘み取り】を覚えるらしい。ナイフや鋏を用いなくても、触れるだけで摘み取れるのだとか。

 『採掘』は育てる機会が少なくて、まだレベル六。初期アーツが【鑑定】と【採掘】だから、恐らく『採取』と傾向は同じなのだろう。

 そしてこの『採掘』が何故か二つダブって手に入り、悩みに悩んで一ヶ月前にダンジョン管理部で交換したのが、『調理』のスキルオーブなのである。


 それまでも不思議には思っていたのだが、明らかに『採取』を手に入れる前と後では、『錬金』でポーションを作る成功率も品質も向上していた事から、俺はスキル同士は影響し合うものと考えた。そして、ポーションの作り方でどう考えても影響が大きそうなのが『調理』だったのである。

 『採掘』の買取価格は七万程。『調理』の店売り価格は十五万程。日に一万稼げなかった頃に、唇を噛み締めて打って出た賭けだった。


 その結果は言うまでも無いだろう。値段に現れる程明らかに、ポーション作製の成功率も品質も向上したのだから。

 熱源として炬を用いたり、スライムの体液で薬草を洗った方が品質が上がるというのも、きっと『調理』と『錬金』が影響し合って見付ける事が出来たのだから、『調理』のスキルレベルが上がればこれからも発見は増えていくだろう。

 恐らく今日の稼ぎは二万を超え、これからきっとそれを下回る事は無い。

 日給二万以上なら充分以上に勝ち組で、これからの生活は安泰だと思いたいのに、ただ一つの決まり事が俺の前に暗雲を垂れ込めさせている。


 結局母から貰った肉を焼いて囓りながら、五十本の試験管にポーションを満たすまで粘った俺は、帰り際に買い取りカウンターで駄目押しに問い掛けてみた。


「はい、それでは初級低位ポーション五十本で、三万七千二百円です。こちら振り込みで宜しいでしょうか?」

「いえ、一万は現金でお願いします。それとちょっとお伺いしたいんやけど、俺はほぼ毎日それなりの量のポーション納めさせてもろとりますけど、実際の所、これってどれだけ役に立ってるんやろか?」

「ええ、毎日有り難うございます。風牙様のお納め頂いたポーションは、探索者だけでは無く、救急隊の応急処置にも活用されてますよ」

「そしたら、突然納められなくなったりしたら、とても困らはると思うて宜しいんですやろか」

「ええ、そりゃあもう!」

「そうですか。でも、このままやと何れ高校卒業した時には探索者証を返さんといかん様になりそうで、どうにかなりませんかねぇ?」

「え?」

「武士さんに連れてもろて何とかレベルは十まで上げましたけれど、五階層のボスにはまだまだ通じそうには思えません。今の条件やと俺みたいに攻撃力が無くて生産方面に振ってしまった人間は探索者辞めるしか有らへんのですわ。攻略が絶対条件て言うんやったら必要なんかも知れませんけど、生産職おらんで攻略進められるもんですかね? 何とかしてもらわんと困るんです」

「え? え? しゅ、主任~~!!」


 頑張ってちょっと押し込んでみたけれど、これだけ言えば何か動いて貰えるのでは無いだろうか。

 どちらにしても、難攻不落の受付嬢の困り顔を拝む事は出来た。これはきっと男子高校生的には大殊勲に違い無い。

 地の説明文がだれる……。ルール説明的なのをどうすればいいのかがまだ難しいなぁ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ぎょ、行間を増やしてほしい、、、すいませんm(__)m
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