第5話 『呪われた武器』
「…………客か」
中に入ると店のカウンターにいる髭を生やした強面のおじさんから無愛想な声がかけられた。店員さんだろうか。
「あーえっと、武器を買いにきました」
「……気に入ったやつを買えばいい」
あまりオススメの武器は、とか聞けないみたいだ。
近寄り難い雰囲気を出している。
なので勝手に自分で見て回ることにする。
短剣、片手剣、長剣、メイス、斧、槍。
半分以上が刀剣類のようだが、それ以外にも色んな種類の物が置いてある。
この中から一つの武器を選ぶなんて素人の俺からしたら難易度が高すぎる。
「……うーん、フィーネリア、どれがいいと思う?」
「なんで私に聞くのよ? それくらい自分で決めなさいよっ」
俺が冒険者の先輩として彼女にアドバイスを貰おうとしたが、拒否されてしまった。
とことん使えんな、こいつ。
「――おっ」
もう適当に選ぶか、と思っていたら一つの刀剣に目が止まる。
厳重にガラスケースで守られているその剣の刃の部分は、先にいくにつれて湾曲していっている。
そう、いわゆる俺が知っている日本刀というやつと形が酷似している。
その怪しくも妙な輝きを秘めているその刀は、まるで俺を選べと言っているかのような気がした。
「あのー、すみません。この武器はいくらなんでしょうか?」
一目見て気に入ったはいいものの、値札が付いていない。
不思議に思ったので話しかけにくい雰囲気を醸し出している店員のおじさんに、勇気を出して聞いてみた。
「その武器が気になるのか? ……悪いが、そいつは非売品だ。呪われた武器なんでな」
なんかヤバそうなワードが出てきたぞ?
でも、呪われた武器とかいう厨二病成分満載の単語が出てきたら、俺としては気にならないわけがない。
「呪われた武器、ですか?」
「……ああ、そいつは東の小国で作られたらしいんだが、なんでも所有者の魔力を吸い取るとかいう曰く付きでな。死んだやつもいると聞いている」
いや、そんな物ここに置くなと言いたい。武器を持ってしまっただけで死亡とか成仏できないだろ。
というか、魔力ってやつを吸われたら人間って死ぬんだな。そこら辺は詳しくないからよく分からんが。
「なんでそんな危険な武器を廃棄しないんですか?」
「……ああ、俺も捨てようとしたことがあるんだが、その瞬間魔力をごっそり奪われてな。危うく死にかけたんだ。ハンマーで叩いてもビクともしなかった。だから仕方なく置いている」
なにそれ怖い。まるで意思を持った武器だ。
でも、ハンマーで叩いてもビクともしなかったということは、強度はとても高いみたいだな。
もう一度この刀を見てみる。
七十センチ程の刃に規則正しい綺麗な波紋が描かれている。こんなにも刃物を美しいと感じたのは初めてかもしれない。
「あの商人にこんな厄介な代物をつかまされたのを後悔しているんだ。俺としては早く手放したいところなんだが……」
無口な人かと思ってたけど、意外と饒舌な人のようだ。聞いていないこともつらつらと教えてくれる。
武器に関することだと熱くなる人なのかもしれない。
「あのー、この剣を触ってみてもいいですか?」
「…………正気か? もしかして話を聞いていなかったのか?」
率直な要求を言うと正気を疑われた。
――だが、なんだろう。物凄く触ってみたい。
俺は一度触れてみたいと感じたら、止められないタイプだ。
「ええ、正気です。ちょっとだけでいいので」
「……悪いことは言わない。やめとけ」
「何があっても全部自分が責任を負うので。お願いします」
おじさんは俺の身を案じてくれたが、それでも俺の触りたいという欲求は収まる事を知らない。
「……分かった。どうなっても知らんからな?」
俺の懇願の言葉に折れたのか、おじさんはカウンターから鍵を取り出してガラスケースの鍵穴に差し込んでくれた。
カチッとロックが外れる音がする。
「――――」
ガラスという隔たりが取り除かれ、その怪しい輝きは更に増している。思わず唾を飲み込んだ。
意を決して手に取ってみる。瞬間――。
「――うおっ」
体の中から何かが濁流のように右手から抜けていくのを感じる。
思わずフラつきそうになるが、なんとか体を持ち直す。
なるほど、これが魔力とやらを吸い取るというやつか。俺にも魔力とかいうものが存在するようだ。
予想以上の衝撃だが、耐えられない訳でも無い。
というか、耐えれる。そんなに大したことが無かったようだ。
「あ、あなた! 物凄い勢いで魔力が吸われてるわよ!?」
「え? ああ、大丈夫だ」
フィーネリアが焦ったように忠告してくれたが、そんなに危機感を感じていない。
でもまあ、これで死亡者まで出てるって言ってたからな。無理もない。
俺が十数秒間その魔力の濁流に耐えていると、いきなりピタリ、と魔力が吸い取られる感覚が収まった。
「……所有者として認めてくれた、のか?」
なんだろう。そんな感じがする。
意思を持ったようなこの刀は、己に相応しい主をずっと探していたのだろう。で、俺は認められたと。
決闘で使った木剣、言うまでもなく焼き鳥よりも俺の手にしっくりくる。
推測の域を超えないが、こいつは俺に使われるのを望んでいると思う。
「おじさん、俺、これ買います。いくらくらいになるんでしょうか?」
「――坊主、平気なのか?」
「え、ええ。なんとか。で、いくらです?」
おじさんが俺が平気なことに心底驚いている様子だ。が、俺としては値段の方が気になる。
「……金貨三枚でどうだ。仕入れ額の十分の一だ」
おじさんとしては早く売り捌きたいという気持ちが先行しているのだろう。提示された金額は他の同じくらいの質の業物よりも明らかに安いし、嘘をついている様子も無い。信用できる。
それなら破格の値段と言えるのではないだろうか。
「買います」
「…………その、なんだ。ありがとな」
おじさんに感謝されてしまった。なんでも、取引で受け渡す分には呪いは発動しないらしい。そこら辺の線引きは謎だな。
だから、目の上のたんこぶを処理出来て嬉しいのだろう。
俺は麻袋から金貨三枚を取り出しておじさんに渡す。
「……確かに受け取った。……だが、返品はしてくるなよ?」
「はは、分かってますって」
おじさんは念押しでそう言ってくるが、もちろん返品なんてするつもりはない。
おじさんに元々この刀が入っていたらしい鞘を渡されたので自分でその刀を入れる。カチッと綺麗な音が鳴った。
うん、いい買い物が出来たな。