第4話 『灼熱に挑む者』
「――――」
肉から出た香ばしい煙が立ち登っている。
その眼下には太陽に反射されて黄金に煌めく壺があり、自然の中から明らかに異質なものとして存在していた。
「――――きた」
――そこに、紅の翼をはためかせた竜が舞い降りる。
竜は炙られている肉を顎で引き千切って丸呑みにした。
その様子を、草むらの陰に隠れて観察しているのは何を言おうとも俺達だった。
「翼竜の嗅覚、生態、行動原理。……まさかこんな単純だとはな……」
「……怖いくらい上手くいっているわね。トオルが考えた割には中々良い策よ」
「褒めてるのか褒めていないかどっちかわからんコメントありがと。――おっ、そろそろだぞ」
翼竜が思惑通りに壺を強靭な脚で掴んで山に引き返そうとしたので、頃合いだと合図を出して、
「ほら、背中にどうぞ」
と促し、屈んで数秒経ったが、中々重みが掛からない。
不思議に思い、後ろを見るとフィーネは固まっていた。
「あ、もしかしてお姫様抱っこを所望だったり? 俺としてはどっちでもどんとこいだぞ」
「お、お姫様抱っこなんて……っ。わ、わかったわよ」
渋々、といった感じで背中に近付いてくる彼女。
もう何度もハグをしているので、俺はもう受け入れ始めているし、フィーネはもっと受け入れているはずなのに、やはり彼女の態度には違和感を抱く。機嫌が悪い、とだけでは済ませないような。
「でも今はそうは言ってられないだろ。フィーネ、しっかり掴まっておいてくれよ」
「へ、変な事考えちゃダメよ?」
「…………当たり前じゃんか」
何を今更、と言い返したいが、それを言うとさらに気分を害しそうだ。
なので気にせずに空を見上げて、重みが来るのを待つ。
少し待つと、「……ん」という声と共に首に手が回され、背中に柔らかい体が触れた。
「平常心、平常心……! よし、行くぞ。ナビさんはフィーネを守ってくれよな」
事前に確認してから足を踏み込み、大地を蹴る。
相変わらずの初速が出て草木が揺れた。
しかし、圧力のような空気の抵抗は無い。それも、かの精霊がなんとかしてくれているのだろう。
「――ひゃあっ!!」
背中から悲鳴が聞こえたので、安心させようと振り落とさないように片手で足を押さえる。
「――よっしょぉ!!」
倒木を乗り越え、ジャンプした先にある木の枝を右手で掴み、最適ルートを即座に選んでいく。
本来の人間の脚では考えられない程のスピードと機動で翼竜の後を追跡する。
空を飛ぶ生き物に山を駆け登って追い付くには、これくらいの速度が必要だ。
「やっぱ俺の体、やべえな……。空中ジャンプとかもその内できるんじゃねえか」
「ト、トオル……! ちょっと怖いわよ……!」
「……ああ、すまんすまん。でも、今んとこはちゃんと追いつけているだろ?」
「そ、そうだけれど……!」
フィーネは言い淀んだ後、「むー!」と言って少し腕と足の両方の力を強めてきた。
「ちょ、ちょっとだけ痛いって。……あーで、あの三体はどうなんだ?」
「……ライもメギもアルも、繋がりは切れていないから大丈夫よ」
「おーらい承知。――お、そろそろ直線ルートだな」
そうこうしているうちに森林限界が近付き、一気に視界が開ける。
ゴツゴツした岩と岩の間を一っ飛びで渡りに渡っていき、赤いシルエットを目指していく。
普通なら頂点にいくまで丸二日くらいかかりそうな山をわずか十数分で駆け上がれそうなのは端的に言ってヤバい。己の並外れた能力に戦慄さえ覚える。
ただ、今はこの強さを好きな女の子の為に使えている気がして、少し神様に感謝しなくもなかったが。
「にしても、あいつどこまで飛んでいくつもりなんだ? 流石にもうそろそろ住処についても良いだろ……!」
翼竜が目指しているのは確実に山の頂点なのだが、どこで止まるのか、と思惑していると――、
「――そう、トオルは知らないんだものね」
「……?」
疑問を言葉にする前に、答えは返ってきた。
「おいマジか、あいつ火口に入って行ったぞ……!」
赤い後ろ姿は頂上に着くと――なんと急降下をし始めた。
すぐに山の先に隠れて見えなくなった――それが意味するのは山の動脈の中に入っていったということだ。
「とりあえず早く行かなきゃどうにもならん……!」
考えるより先に行動し、急斜面もものともせずに一足で乗り越える。
驚異的な健脚に任せた無理矢理な強行軍もそろそろ終わりが見え、ついに山にテッペンに着くと――、
「――おいおい、これどーすんの? まさかこん中に潜入っすか……?」
下に見えるのは、しっかり活動しているのを示すかのようにマグマが蠢いていた。
灼熱地獄か、はたまた太陽なのかは分からないが、あんなところにダイブすればいくら身体能力お化けの俺でもたまったものではないだろう。
この中に目的地があるのは確実なのだろうが、やはり命があってこその人間だ。物凄く引き返したい。
それにカイには日が暮れても帰ってこなかったら、一人で逃げてくれと伝えてある。
依頼主を危険な目には遭わせたく無いため、迅速に事を終わらせたい。となるとこれは諦めた方が良いのではないだろうかと思ってしまう。
しかし背中から降りたフィーネは、袋の中を漁り、何かの準備をしているようだ。すると、中から黒い衣服が飛び出してきて、
「トオル、これを着てちょうだい。女物だからって駄々を捏ねないでね。暑さで死んじゃうかもしれないから」
「……ってことはこのまま行くつもりなんだな。――おっけー、ありがと。フィーネは着なくて大丈夫なのか?」
渡された黒いコートを羽織ってボタンを留めながら憂慮すると、フィーネは自分のローブの襟を引っ張って、
「私はこのローブがあるから大丈夫よ。耐熱機能も備えているから」
「やっぱ万能なんですねそのお洋服。って」
「安心してちょうだい。私は一度この中に入っているから。経験者がいた方が安心できるでしょう? ――私を信じて欲しいわ」
「…………」
「……駄々を捏ねているのは私なのに、変な言い方になってしまったわね。謝るわ」
なんとなく雰囲気が変わったから、俺が反応に困っていると、フィーネの方からぷいっと顔を背けてきた。
一瞬、フィーネの頬が赤く見えた気がした。が、それは真下にマグマが燃え盛っているせいに違いなかった。




