第2話 『赤い訪問者』
「――巣から卵も見つけて取ってくるとか、本当に容赦無いなフィーネ……」
「コンコン鳥は増えすぎたらあぶれた個体が村を襲うこともあるの。だから適度に間引くのは褒められることなのよ」
「人に害があるなら、まあってとこだな」
近付いてフィーネの持っている籠の中を見ると、フィーネの瞳に似た、鮮やかな青色の卵が五、六個入っていた。
確か、地球にもこのような色をした卵はあるらしいが、目にするのは初めてだ。
感想としては、一言、美味しくなさそうである。
「にしても魔物も卵で繁殖するんだな。……ゴブリンは違ったけど」
「…………」
「ん、どした?」
「な、何でもないわよ……」
適度に距離感を掴みながらフィーネの方に寄ると、彼女は目線を逸らしてきた。
俺を拒否する態度のように取れる。何かマズい事を言ったのだろうか。
「もしかしてゴブリンの話題がまずかったり?」
「……そ、そうじゃないわよっ」
「じゃあ何でそんなにそっけない態度を?」
「自分で気付きなさいよ……! もう、トオルのばかっ」
俺にそう言い放ったフィーネは「ふんっ!」と鼻を鳴らして竜車がある方向に歩いて行った。
「――え?」
今までからすると考えられない対応。
いや、出会った初日は確かこんな感じだったが、近頃の何でも受け入れてくれるフィーネじゃない。
「……たまたま、機嫌が悪いだけだろ。そうだ、そうに違いない」
ホルモンバランスか何かが崩れて、イライラする日なのかもしれない。
ならば今日は少し気を遣って接すればいい事だ。
そのように心掛けるにことにして、目の前に広がる山を見上げる。
頂上は平たくなって、雪が積もって白くなっている。いわゆる富士山というものに酷似している山で、俺としては親近感が湧く頃だった。
「この山をぐるっと迂回してるんだよな……」
元々通る予定だった道の崖になっている所が崩れ落ちていたので、別のルートを取っている。
この山は活動火山らしく、噴火が原因か何かでこの辺りの麓は木が少ない。
その為竜車でも通れる道となっているわけだが、いつ噴火するか分からない山というのは不気味だ。
「――かゆっ! ……あー、早く元の道に戻りたい……!」
なんて黄昏ていると背中に痒みが走った。
一つ判明したことは、俺は野宿に向いていないということだ。
衣食住の二つ目には不満は全く無いのだが、他二つに不満がある。
まず何と言っても、風呂に入れない。身体衛生上、とても。
おまけに、カイの目を気にしてフィーネに抱き着きながら寝れないのもマイナスだ。精神衛生上、ものすごく。
約一日半の間でそういうものだと受け入れたが、心身共にもう我慢の限界が来そうである。この火山みたいに。
「ま、わがままばっか言ってられねーよな。もうすぐ元の道に戻れるっぽいし」
ベルティロのスピードを信じて、大人しくしておこう。
――そう決めたのと、悲鳴が聞こえて来るのは同時だった。
△▼△▼△▼△
「おい、どうしたんだ! 急に叫び声が――ってええっ!? ドラゴン!?」
「――翼竜ですっ!! ぼくが来たらこうなっていました!」
目に入ったのは、赤備えの鱗を纏った、翼を生やした生き物が竜者の中に首を突っ込んでいた光景だった。
「翼竜!? よくわかんねーけど、マズいんじゃないか!? 敵愾心ビンビン出してるぞアイツ!!」
「はい、とても危うい状況です! 『ツインバード山にワイバーンのやまびこが響く』という教えをすっかり失念していました! マズいです! 殺されちゃいます! ――あ、だめです! ベルティロ!!」
「――――ッッ!!」
カイの静止もやむ無く、黒の地竜――ベルティロが赤の翼竜の尻尾に噛み付いた。
「――ギャオオオ――――ッッ!!」
竜車の中から唸り声のような悲鳴が上がる。
悲鳴を発した翼竜は体の動きを大きくし、尻尾を振りまわして反撃。そして勢い良く振り解かれたベルティロは体を低くして地面を滑り、地に跡を書いてから止まった。
「す、すげぇ……!」
一瞬の内に繰り広げられた竜対竜の戦闘に、俺の男心が昂る。
二体は同族のように見えるが、明らかに敵対関係にある。ベルティロははっきりと、翼竜を敵と見做しているのだろう。
――などと考察していると、ベルティロがぺッ、と何かを吐き出した。
「赤い……鱗? すげえ、今ので噛みちぎったのか……!」
地竜の牙は、翼竜の鎧まで打ち砕いたらしい。なんとも頼り甲斐のあることだ。
「――皆、どうしたのかしら!」
俺達が戦闘に圧倒されていると、騒ぎを聞きつけた金髪美少女救世主が駆けつけてきた。
「あ、フィーネリア様! 良いところに! 今このように翼竜がいきなり出て来まして――」
「――翼竜!? そういえば、この辺りに生息していたわね……。でも、あの翼竜は何をしているのかしら?」
「俺にもわからん! ……けど多分、竜車の中を漁ってるんじゃないか?」
「漁る……? あっ、そういえばあの中には――」
フィーネが何かを言い切る前に翼竜が顔を出す。
全貌が明らかになった翼竜には白い角が乗っかっており、竜としての威厳を感じた。
しかし今はそれは置いておいて、竜が口に咥えているものに既視感を感じる。そう、それは――、
「――壺? ん、あれって砂糖が入ってる壺じゃないか?」
「そうよ!! どうしましょう……っ! 変に刺激したら砂糖が大変な事になるかもしれないわ……!」
人質――ならぬ砂糖質を取られている状態だ。
無理に手を出せば、美食が失われる危険性がある状況――彼女にとっては、これ以上無い弱点を突かれた形だ。
「仕方ない……砂糖は残念だったってことで諦めて壺ごとアイツを吹っ飛ばしてくれ!」
「はい、ぼくからもお願いします! フィーネリア様!」
「そんな勿体ないことできないわよ! ……考えれば何か方法があるはずよ……!」
譲らないフィーネは顎に手を当てて考え込む。
「――――」
一方翼竜は憎悪を込めたギラついた瞳孔をこちらに向け、歯をカチカチと噛み合わせている。
すると、翼竜が口を大きく開くことに合わせて大気中の魔力が翼竜の口腔に収束していくのを感じた。
「――! あ、あれはヤバい――」
――危険。魔力が収束する系は大抵碌でもないという経験に基づき、二人に警告を発する。
「――ッ、危ないわ! 皆こっちに来て!」
「わかった!」
「はい!」
瞬間的に命の危険を感じ、フィーネの言う通りに彼女の後ろに移動する。
「アル!」
短く叫んだ彼女の前から、土壁が反り上がり俺達の周りを囲む。
そして完全に光を遮った途端――前方から衝撃音が鳴った。
「ヤバ……今の、俗に言うブレスだよな……!?」
「説明は後よ! それよりも――」
土壁がボロボロ崩れ落ち、光が差し込んだと思うと――翼竜はそこにはいなかった。
「――あ、上です!」
カイの指差す方向を見ると、青い空に浮かぶ赤いシルエットが、山の頂上に向かって行っていた――。




