幕間 『選定候の娘達の談笑①』
長くなったので分割します
三人と七匹が野宿をしている一方、勇者隊は既に旅程の折り返し地点に至っていた。
外で商人の男達が未だに騒ぐ声が響く中、とある宿の一室では赤髪の女が窓から夜空を見上げていた。
「――どしたの、アンナ。空に何かあるわけ?」
「……? ああ……憎き魔王の事を、な」
赤髪の女――アンナは、背後から話しかけてきたウェーブの掛かった薄桃色の髪をした少女に返答をした。しかし――、
「――嘘。絶対あの子のこと、考えてた」
「――――」
まるで見破ったかのような少女の物言いに、アンナは切れ長の緋色の瞳を、少し見開く。そして、哀愁を漂わせたため息をつき、
「……取り繕っても意味がなさそうだな。――ああ、そうだ。フィーネも、同じ空を見ているのだろうか、などと考えていた。おこがましいことにな」
そう言ってアンナは上げていた視線を伏せる。
ここで言うあの子と云うのは、ここには居ないエルフの少女の事。
アンナは、その少女のことが気になって仕方が無かった。
「……ふーん。そういえば、フィーネとアンナはシャル達のパーティーに入る前も知り合いだったって聞いたけど。本当?」
「ああ、そうだぞ。懐かしいな……自治領で、初めて出会った時のことが……」
「――自治領。そう、エルフだもんね、フィーネ」
そこで薄桃色の少女――シャルは、「ん」と引っ掛かりを覚えて、
「あそこって、人間は入れない筈。どうやって行ったわけ?」
「――? そんなの、父上の付き添いで行ったからに決まっているじゃな――」
そこまで答えて、ハッとなったアンナは、
「シャル、今のは忘れてくれ。これは極秘事項なんだ」
「もう聞いちゃったけど? ……ふーん。当代フォルセリッグ公爵が。お父さんにチクろうかな」
「……セレネザーラ大司教にその話が伝わると、本当に笑い事じゃ済まなくなる」
「冗談。流石に今のご時世、選定候達の仲が悪くなったら問題あるくらい、シャルでも分かる」
悪戯な笑みを浮かべたシャルは、アンナに向き合わせて、
「ここまできたら、触りくらいでも教えて。秘密にするから。あの子と初めて会った時のこと、ちょっとだけ気になる」
「そうだとしてもだな……」
「アンナ、ずるい。隠し事をするなんて。ひとでなし」
「ああ分かった、分かった。私達だけの話だぞ?」
アンナの忠告に、シャルは頷いて「もちろん」と答える。彼女を信用したアンナは、どこかうわの空な目になって――、
「――あれは、十年前のことだったな」
◇◆◇◆◇
「――リーゼ。少ししたらちゃんと戻って来るんだよ? 怪我でもされたら家が困るからね」
「はい、承知しています、父上。そう遠くへはいきませんので」
「うん、よろしい。リーゼがわがままを言うのは珍しいからね。おもいっきり遊んできなさい」
赤髪赤目の二十半ばに見える程の穏やかな目付きをした優男は、同じ色の髪と目をした少女の頭を撫でる。
少女は、肩に力を入れつつも薄らと口を緩ませていた。
「じゃあ、私はハイエルフの皆さんにご挨拶に行くよ。私の……子息のことだから、心配は無いと思うけどね」
「はい、お気をつけて」
口調が堅い少女に優男は苦笑してから、後ろに振り向きながら手を振る。そしてそのまま帯剣した男を連れて、森の中に建てられている屋敷へと去っていった。
「――さて、まずは昼飯でも食べることにするか」
『手のかからない子』である雰囲気を捨て、本来の調子に戻った少女は、肩に掛けていた袋からかごを取り出す。
そして周りを見渡して見つけた丁度良い高さの切り株に腰掛け、かごの中から中身を開放させた。
「鳥の魔物の肉か。ここでは似つかわしく無いな」
などと感想を言いつつ、少女は手に持ったそれを頬張ろうとした。その瞬間――、
「――ニンゲン! 何を食べているのよ! よこしなさい!」
「……?」
草むらからひょこっと顔を出したのは、薄い金髪に青い目、加えて尖った耳といった絵に描いたようなエルフだった。
しかし他と違うのは、丸みを帯びた頬と、まだあどけなさしか残らない顔立ちや、仕立ての良さそうな紫色の麻の服。そして自分より頭一つは小さいだろうといった背丈だった。
自分と年齢の変わらない、或いはさらに下の可能性もあるエルフという存在を珍しく思うと共に、突然の来訪者に赤髪の少女は困惑する。
そんな無言の少女を前に、エルフの幼女は痺れを切らして「聞こえなかったの!?」と声量を大きくし、
「緑色じゃない食べ物なんて、見たことが無いわ! だからよこしなさいと言っているのよっ。私に同じことを言わせるなんて良いどきょーね!」
「……つまりは、これを食べたいという事だな? それくらいなら構わないぞ」
「あら。ニンゲンにしては物分かりが良いのね。ニンゲンはろくな人がいないって、お母様がおっしゃっていたけれど」
「それは曲解だ。普遍的に人間を推し量ることなど不可能と言っていい。君の母君は、随分と変な教育をなされるな」
「む、そうなのね。――まあそんなことは今はどうでもいいのよ!」
エルフの幼女は、赤髪の少女が座る切り株に同席し、「どんな味がするのかしら……」と涎を垂らしている。
「食べていいぞ」
「そ、そんなの言われなくたってわかっているわよ。じゃあさっそく。……はむ」
小さい口と顎を使って、少し苦戦しながらなんとか肉を噛みちぎることに成功した幼女が発した言葉は、「ん〜〜っ!!」っといった感動を表す悶絶だった。
「なによこれ、すばらしいわ! 今までなんでこれが食事に並ばなかったのかしら!」
「エルフは菜食主義と聞くからな。やはり肉をくらうのは初めてか」
「そうなのよっ、よく知っているわね! みーんな野菜ばっかりであきちゃうのよ」
幼女は少し口を尖らせたかと思うと、直ぐに一転し目を輝かせて、「まだあるのかしらっ!?」とおかわりをせがむ。
少女は幼女の年相応な様子に微笑ましさを覚えて、「全部食べても私は怒らないぞ」と、つい甘くなってしまう。
許可を得た幼女は、ぱあぁっとふっくらした頬を柔らかくして食事を続けようとすると――、
「――フィーネリア! また勝手に飛び出して! 何度言ったら分かるのかしら!!」
背後から別の女の声が掛かった。
少女が振り向くと、そこには頭飾りをつけた、幼女と同じ髪色をしたスレンダーな美女が立っていた。
「げ。お母様、違うの。抜け出したんじゃなくて、このニンゲンに連れ出されて――」
「――言い訳するような子に育てたつもりは無いわよ!」
「うぅ……ごめん、なさい」
言い訳の内容はともかく、娘の話を全く聞こうとしない母親に見ていられなくなった少女は、
「母君、これくらいの子どもなら外で遊ぶのも当然かと思うが」
と口を挟んだが、エルフの女は鋭利な印象を抱かせる紫紺の瞳を少女に動かして、
「何か用? 人間。フィーネリアに変な事を吹き込まないでもらえるかしら?」
「変なこととは失礼な。人間の価値観からして当然のことを言ったに過ぎない」
「まあ、劣等種なのに生意気なメスだこと。加えて野蛮人の価値観など、取るに足らないものであることをご存知かしら?」
「はは。それは随分と言ってくれるな」
空気が凍てつき、空気中の魔力が収束し、一触即発の爆弾が敷かれる。
これはマズいと察した幼女はすらりと背の高い母親の腰に抱きつき、
「お母様! ごめんなさい、私が悪いのよ! ぜんぶぜんぶ、私が悪いから、おこらないでほしいわ……」
「うん、そう。あなたはそれでいいの。――ん?」
幼女の口に付いている食べかすが目に入った幼女の母親は、切り株の上に置かれているかごの中身とを見比べて――、
「――ッ! フィーネリア、魔物の死骸なんかを食べて……ッ! 身が穢れるわ!」
目付きをさらに鋭くして手を振り上げた母親に、目を瞑る幼女。
そして平手が幼女の頬に当たる――寸前、少女が母親の手首を掴むことで防がれた。
「その件はエルフが菜食主義であるのを知って尚、食べさせた私が悪かった。だから自分の子に暴力を振るうのはやめてくれ。子の精神に異常をきたすかもしれないからな」
「……そうね。私も血が登っていたわ……。でもあなたには、金輪際うちの娘と関わらないようにしてもらえると嬉しいわね」
そう言って母親が「行きましょう、フィーネリア」と手を伸ばして促したが、幼女はするりと抜け出してとことこと早歩きで少女に近付き、
「助けてくれてありがと。ねえあなた、名前は何と言うのかしら?」
「アンネリーゼだ。気軽にアンナと呼んでくれて構わない」
「そう、わかったわ、アンナ。私は――」
「――フィーネリア、だろう。またここに来ることになるだろうから、また会える日まで楽しみにしておく」
「ふふっ、私も楽しみだわ。次は別の料理も持ってきて欲しいわね!」
「ああ、了解だ」
そうしてエルフの幼女と人間の少女は、初めてまみえることになったのだ。
◇◆◇◆◇
「――あの時からだろうか。フィーネと出会えると思うと、胸が高鳴る自分がいた。それから多い年では年に四回程、船でアールヴヘイムに行ったりしてだな。見つからないようにこっそり待ち合わせをし、一緒に食事をして……。今のフィーネも可愛らしいが、あの時のフィーネは別の可愛らしさがあってだな……とても幸せな時間だった」
「……アンナ。フィーネのことになるといつも饒舌になる」
シャルの指摘に、アンナは「かもしれないな」と苦笑する。だが、お構いなしにそのエルフの少女の話を続ける。
「フィーネにとっては、齢が近いのが私ぐらいだったようでな。会えないのが寂しいからと言って、使者を通して文が届いた時は驚いたな……」
「ふーん……文通もしてたんだ。驚いた。でも、出会い方は思ったより普通」
「そうか? かなり変わった出会い方であるという自負があったのだが」
「私とハンスとの方が、よっぽど素敵な出会い」
「盗賊に襲われ、危ない時に助けてくれただったか? 確かに、物語に書かれそうな出会い方だな」
「うん。あの時のハンスはとってもかっこよかった。……勇者に選ばれてからは、ちょっと変わっちゃったけれど、まだまだかっこいい」
「――。そうか」
シャルは眉を寄せ、「アンナ」と名前を抑揚をつけて呼んで、
「だとしてもハンスは渡さないから」
「ふっ、笑わせる。私はあの男をそのような目で見ていないし、見れないだろうな。だから安心してくれ」
「……どういうこと。ハンスを馬鹿にしているわけ?」
「いや、そんなつもりは毛頭無い。悪かった」
シャルは挑発の意思を感じたが、アンナの謝罪を聞いて一先ずは鳴りを潜めたようだ。
アンナは安堵し、「まあ、だからだな」と話しを戻して、
「フィーネはな。私のような人間と関わったせいか、エルフの――それもハイエルフの中ではとても自由な思考を持つようになったのだと思う。……ただ」
「ただ?」
「薄々勘づいているかもしれないが、フィーネは母君との間で少し問題があったようでな……。さらに私がその隔たりの拡大を助長させたようで、日に日に母親の当たりが強くなっていったらしく……」
少しずつアンナの声の大きさが尻窄みしていったが、急に「だから」と声量を盛り返して、
「故郷を抜け出して私達の国に来ないかと誘ったんだ。フィーネは喜んで引き受けてくれた。私と会う前からも元々、人間国家にとても興味があったらしいからな」
そこで区切り、まるで思い出したく無い過去から目を背けたくなるような哀愁を漂わせて――、
「――でも、フィーネは今ここには居ない。寂しい、そう思わないか?」
長い赤い前髪を流して、同意を求めるアンナ。しかし――、
「――全く思わない。シャルは、あの子の事が大嫌い」
聞き間違えでは無い。きっぱりと、そう告げた。




