第1話 『寝覚めの悪い朝』
第二章開幕!
といっても更新はめっちゃ遅くなる!
『……う……よ! ……な……い!』
誰かの声が聞こえる。
なんだかしつこく俺に喋りかけて来ている気がするが、恐らく――母さんだろう。安眠を妨げないで欲しい。
『……ちょ……お……よ』
――うるさい。
『……い……ねて……のよ』
――母さん。もう、あと一時間だけ寝させてくれ。
『……っ! な……ねぼ……と……いっ……よ!』
朦朧とした微睡の中、途切れ途切れに聞こえてくる言葉と共に、毛布を無理やり引き剥がされかける。
その攻撃に対し、自棄になって毛布にしがみつき必死に抵抗する。まだ寝ていたい。
――ああ、もう、しつこいなあッ!
決着をつけようと、力を振り絞って体を右回転に捻り、全身の体重を使って一気に引っ張る。
すると、力比べに負けたのかすとん、と俺の体の上に軽いものが落ちてきた。……あれ、母さんってこんなに軽かったっけ。
違和感を感じたので仕方なく、重い瞼を持ち上げると――、
――俺の胸の上に、怒った顔をしている絶世の美少女がいた。
「うえっ!?」
脊髄反射で飛び退く。すると硬質な物体が頭に衝突して、鋭い痛みが後頭部を襲った。
「イッタアァァァァァーーーーッ!!」
勢い余って後ろの壁に後頭部を激突してしまったみたいだ。そのせいか眠気が強制的に吹き飛んだ。半覚醒が覚醒に変わる。
「はあ……もう、何してるのよ。ほら、頭を出しなさい」
俺の上に乗っている当の少女は、そう言って光の玉を呼び出し、俺の頭に手を当てる。
すると淡い光が俺の頭を包み込み、なんだか温かいエネルギーが頭に流れ込んできた。
『ぽあああ』とするような。とても落ち着く感覚。
するとあれだけ俺を蝕んでいた激痛が、元から無かったかのように引いていった。
心なしか、寝覚めが悪いのもマシになった気がする。プラシーボ効果の可能性大だが。
「…………」
しかし、とても複雑な心境だ。
好きな女の子が、まるで手間のかかる子供をあやすかのような目で俺の世話をしているというのは。まさかこの年になってベビーシッターされる側になるとは思わなんだ。
マジで情け無い。ただ、昨日以上の醜態って訳では無いので、この程度は霞んで見える。
それに、あれ以上の醜態などそうそう無いだろう。いやー笑えてくるな。
…………。
……ああ、そういえばあの後、初日に抱き枕にしてしまったことに土下座して謝ったんだっけ。
それでもう一部屋借りようと提案したけど、宿屋の営業は終わっていて、だから俺が床で寝るとか言って色々一悶着あった結果――ベットの両端で寝る事で合意した気がする。もうプライドもへったくれもねえぜ。
それにしても、昨日はマジで心臓バクバクで全然寝られなかった。やっと眠れたと思ったら、浅い睡眠だったのか何度も目覚めたし。
彼女が寝返りをして、こちらにちょっと近づいて来た時は冗談抜きで心臓がはち切れそうだった。
そのせいで今日の寝覚めは最悪だ。まあ朝っぱらから、彼女が待望の回復魔法をかけてくれたので良しとしよう。メリハリって大事。
「痛みは引いたかしら?」
「……ああ、引いた。ありがとな」
そして俺の頭の傷みが癒えきったというのに念入りに回復魔法をかけ続けた後、やっと彼女は俺を解放した。やっぱり名残惜しい……。
「驚かせちゃったのは私が悪いかもしれないけれど……あなたの寝覚めが悪すぎるのが問題よ」
「あーそれには深い理由があってな……いやまあ、言わないけど」
「……トオルはどれだけ私に隠し事をすれば気が済むのかしら?」
主に八割方。いや百割くらいあなたが原因です。と言いたいが、セリフがキザ過ぎて伝えるのは無理。
彼女に対する隠し事が多いのは自覚しているが、無理なものは無理なのだ。
……いやいや。そんなことより、彼女に最終確認を取らなくては。
昨日は彼女を幸せにする、みたいな覚悟を決めた訳だが、一晩寝たらやはりその覚悟について不安が募った。
俺にそれが出来るのだろうか。出来ないのなら他の人に任せた方が良いのではないだろうか。そんな考えが頭を過ぎる。
とことん俺って優柔不断だなとは思うが、致し方ないとも思う。
「なあ、本当に良かったのか? ――フィーネ。今ならまだ間に合うぞ? ……俺なんか放って置いて、自分が生きたいように生きてくれればそれで良いんだから……」
「そんな弱気な所を見せられたら、却って放って置けないわよ」
「そんなに俺って子供っぽい? ……というか改めて名前で呼ばれると照れるな、ホント」
人間関係というのは実に不思議なもので、関係が縮まるとお互いの呼び方も変わる。
つい昨日までお互い『お前』とか『あなた』とかいう他人行儀な呼び方をしていたわけだが、昨日の一件を機にそれも無しにしようという事になった。
あの勇者は彼女を愛称で呼んでいたのに、俺が呼べないのはなんかズルい。
ということで、親しみを込めて『フィーネ』って呼んでいいか、と聞くと快く了承をくれた。フィーネっていい響きだから好きだ。彼女自身と同じくらい。
要は、俺達は確実に関係性が縮まったと言う事だ。
関係性というものは目に見えないはずなのに、それが呼び方の変化という形に変換されて現実に干渉しているのだから、とことん人間関係って一生掛かっても理解しきれないだろうなとも思う。
しかしながら、俺達は名前呼びにすることで合意した訳だが、普通の主従関係なら『ご主人様』とかいう上下関係をはっきりさせる呼び方で言わせるのが普通なのかもしれない。だが、なんだかそれはとても厭だった。
第一、奴隷制度そのものと、それ自体が存在することに強い忌避感と嫌悪感を覚えた。
奴隷にするというのは、いわば人間の尊厳を完全に奪うということである。
昨日までは特に考えていなかったわけだが、全ての人間に公平な人権が与えられていた世界にいた俺の倫理観からすると、この非人道的な制度が存在している時点で、この世界は残忍で、完全に慣れてはいけないものだ、と今更ながらに感じた。
……これもフィーネを大切にしたいと思ってから抱き始めたことなので、とことん都合の良い話だとは思うが。
つまり今となっては、もはや奴隷契約というのは単なるしがらみでしかなかった。無理矢理関係を縛っているようで、俺がひどく悪い人間のように思えてしまう。
俺が望むのは、契約とかそういうもので強制的に従わせる関係ではなく――もっとフリーで対等な関係だ。決して、人道を踏み躙る契約の上で成り立つ関係では無い。
こうなる事を知っていたら、あの時素直に焼き鳥をあげて、対等なお付き合いをしましょう、なんてプロポーズした方が良かったかもしれない。なんて思ってしまう。
実際に出来るかどうかは怪しいが。
であるのに、一刻も早く解消したいこの関係を、『精霊との契約だから』という理由で解消出来ないことに対して酷く憎んだ。ついこの間まで便利だな、なんて思っていた自分を呪いたくなるほどに。
だから、何としてでもこの契約を解消する方法を探したいとも思った。
あの神官の子が『キンジュ』とかなんとかなら解けるかもと言っていた気がするから、それをアテにすれば案外簡単に見つかるかもしれない。
しかし、たとえ将来的に解決策が見つかるとしても、それまで彼女が俺と行動を共にすると言うなら、その間は俺の命令に絶対服従という間柄がずっと続くという事。
だから念入りに確認は必要だった。
それ程までに、彼女に奴隷という身分を受け入れられるのは、俺としても出来れば避けて欲しいものである。
それに加えて、一人の人生を背負うというのにも言葉に表せない重みがあった。
「俺のことだけじゃなくて、本当にあいつらの事はいいのか? 絶対フィーネが帰って来て欲しいって思ってるだろ」
「あのパーティーには……実は思う所があったのよ。だから、気にしなくていいわ。……あそこには、それ程帰りたいとも思わないの」
「思う所とかあんのか……。いやまあ、あの勇者を見たら何となく分かるけど……」
あの色ボケ勇者のことだ。きっとフィーネに何かよからぬことをしたに違いない。え、なにそれ許せん。
俺があの憎き勇者に対して沸々と怒りを込み上げさせていると、彼女は「それに」と、まだ何か言いたげな表情で、
「元はと言えば私があんな決闘を申し込んだのが悪いのよ。これはちゃんとその分のツケを払うことでもあるわ」
「……いやだからその件については全然気にしてないって」
「トオルが気にしないのと、私が気にするのは違うわよ」
俺が意思を見せているというのに、どこ吹く風のフィーネ。どうやら彼女の中には一種の反省が芽生えている様子だ。
確かに、彼女には軽い行動をしたことに反省をして、次からはこのようなことが起こらないように気をつけてもらいたい所存だが、このタイミングだとちょっと困る。
償いの方法として今の現状を受け入れられるのは、なんというか……やっぱり俺が悪人みたいだし。
「……あの赤髪の子は? めちゃくちゃ怒ってたけど」
「アンナには、私の方から言っておくわ。きっと分かってくれる筈よ。――トオル。流石にくどいわよ。そんなに私といるのが嫌なのかしら? 私と離れたいと言うなら話は別だけど」
「――ッ、そんな訳無いじゃないか……っ! 嬉しいに決まってる……!」
「なら決まりね。……それに、精霊の契約を反故にしたエルフがいたら、それはエルフ族の恥よ。その恥の仲間入りをさせないで欲しいわ」
彼女は何としても意思を曲げないみたいだ。
何でそこまで、という率直な疑問が浮かぶ。しかし、それを打ち消す程の、彼女が俺を選んでくれたことに対する喜びがあるのも確かなのだから、俺ってとことんエゴイストなんだな、とも感じてしまう。
まあこれ以上言っても無駄みたいだし……折れるしか無いか。
「フィーネ。まあ、その……俺と一緒にいるのが厭になったらいつでも言うんだぞ。ああそれと、俺が何かよからぬ事をしそうになったら一発魔法ぶっ放して良いから」
「……自分の奴隷に生殺与奪の権利を与えるだなんて、やっぱりトオルはぶっとんでるわよね」
彼女にぶっとんでる認定を受けたわけだが、これは適切な処置――というより折衷案だ。
『俺の命令には絶対服従』という決まり事が、常に俺達に纏わり付いているというのは、妙に薄気味が悪い。
今のところは、俺の理性がフル活動してリミットをコントロールしているお陰でセーフティーになっているが、いつそれがバーストしてどんな命令をしてしまうか分からない。
なら、逆に命令を利用してその権力を封じればいいのでは? という意図でそれを提案したのだが、彼女は呆れ顔を崩そうとしない。そんな君も可愛いんだけど。
「言うまでもなく『命令』な。破るのはフィーネだとしても許さんから」
「……私がトオルを害するとは思わないのかしら?」
「そりゃあ、フィーネがそんなことしないってことは誰よりも信じてるからな。――それに、俺としては君が嫌な顔をする方が耐えられない」
この心優しい彼女に害されるようなことがあれば、俺はその程度の人間だったということになる。
彼女にクズ人間と認識されるだけで、俺は死んだ方がマシだと思うだろう。そう覚悟できるくらいに俺はこの少女に傾倒していた。
「はあ……まあ良いわ。支度が済んだらギルドに報告しに行くわよ。昨日の変異種の件は早くギルドに報告すべきね」
そう言って手鏡と櫛をそれぞれの手に持ち、綺麗な金髪を梳いて整える彼女。
そういう女の子らしい行動をされてしまうと、どうしても意識してしまい、ドキドキしてしまう。あーやべえ。
しかし――片や、俺の中ではもう既に荷物を纏めてこの部屋にいない筈の彼女と、片や、つい昨日久しぶりに号泣した俺。という構図は何とも謎が深い。実に、混迷の極みだ。
――ああ、なんでこんな展開になったんだろうなあ……。
そう思わずにはいられない俺だった。




