08話 救われた命
油断していた自分を悔やむ。違う世界に来たという事は分かっている、実際エクシエルに言われた通りの、想像もつかない展開で非現実的だと認識してしまった。その結果があれだ。
恐怖で体が動かなくなり、短刀が顔に向かい。そしてー
「ッハァ、ハァ…」
悪夢から目覚めた様な不快感に襲われる。目覚めることができた、その事実が再度この世界で生きていることを実感させる。
体の至る所には包帯が巻かれ、特に脚を中心として巻かれていた。
「ホホ、何か悪い夢でも見られましたかな?」
すると、頭上からゆっくりとした老人の声をかけられる。そこには、笑顔を向けてくる老人がいた。老人はゆっくりとした動きで傍へと正座する。
「あ、あの時はありがとうございました!」
自分にとって命を助けてくれた老人なのだ、初めて感じる感謝の念が心の奥底からこみ上げてくる。あの後どうなったのかは分からない。しかし、今目の前にいる老人は一人であの男を退けた、そんな確信がある。
(そうだ!あの女の子は…)
あの場で狙われていたのは名も知らない少女。馬車から投げ出されていたとはいえ、即死は無い。とはいえ、傷一つ無いのはおかしい。それともあの少女の保護者に連れられて病院に行っているのだろうか、と思考をめぐらす。しかし、最悪の場合は…
「フェリス様は生きておられるぞ、君のおかげでな」
心中を察したのか老人は穏やかに語りかけてくれる。あの少女、フェリスという人は助かっている、その情報だけで安心できるものだ。それに、世辞だとしても老人の口から「おかげ」という言葉を聞き、報われた気持ちにもなる。
この老人は自分が助けに行かずとも、フェリスを助けることが出来た。そんな事実があったとしても、どこか嬉しい気持ちになる
「あ、あの…」
「ミカヅチさん、彼はまだお目覚めに…あら?」
口を開いて老人に話しかけようとすると、そこに桶を持った金髪の少女が現れる。
おそらくこの少女が、フェリスだろう。馬車から投げ出されていた少女と風貌が似ていた。それに、彼女の腕などに包帯が巻かれている。傷は負ったものの、軽傷であったということだ。
「フェリスちゃんや、この少年はまだ起きたばかりだからな。静かにの」
「分かっています」
そう言うとフェリスは横に座り、桶からタオルを取り出した。
「あ、なんかすいません、包帯だけじゃなくて体も拭いてもらって」
「気にしないでください。貴方は私を助けようとしてケガを負ったのですから、これぐらいは」
そう言う姿は嫌々やっている素振りもなく、体を丁寧に拭いてくれている。元の世界では看護士にやってもらった事であったものの、どこか恥ずかしさが生まれてしまう。
同年代近くのそれも、こんな美しい人にやってもらっているだけでも鼓動が早くなっていくのを感じた。
それに、どこか高貴さを感じさせる仕草に否応にも目線がいってしまう。
「そういえば少年、何か言いたげではなかったか?」
「あ、はい」
いきなり話しかけられると、心臓に悪い。フェリスは粗方終わったとの事で席をいつの間にか空けていた。先ほどの気恥ずかしさから少し呆けていたが、自分自身お願いしたいことがあるのも事実。
「無理なお願いかもしれませんが、どうか剣について指導してもらいたいのです」
そう言い頭を下げる。いかんせん、上半身しか動ないので格好悪い事この上ない。しかし、自分にとって切実な願いなのは変わらない。
先の戦いで自分自身にこの世界を生きていける程の力がない事を実感させられた。それに、基礎がなっておらず、今のまま生きていけばいつか野垂れ死んでしまうことも分かっている。それに、自分はこの世界の事を知らない。常識から教えてもらえる存在が必要だ。
そんな思いからの提案だった。かなり都合が良いことは重々承知している。それでも、今できた縁を簡単に捨てられる程に余裕がないのも事実。
幾秒かの沈黙を経て、老人は口を開く。
「まずは、お互いの自己紹介でもせんか?」
(あ!僕の事なにも言ってないや…)
肝心な所が抜けていた。