07話 兄
「それで何ようだ、妹よ」
短く切り揃えられた髪に、炎の様な目と髪色。それに威圧感は、さながら昔一度だけ見た事があるお父様のよう。鋭い目から繰り出される視線に怯むも、今日はそんなものを見に来たのではない。
「お初にお目に…」
「よい、本題から話せ。時間は有限だ、それを分かっていない訳でもあるまい」
「では単刀直入に。私に道を見せてくれませんか?」
「それは女性が進むべき道、という事か?それは俺には無理だな。…それとも、王への道という事か?」
王という言葉を強調し、更に睨みをこちらへと効かせてくる。
後者だと、兄様の質問に答えると数舜考える表情を見せ、
「なぜだ?曲がりなりにも俺とお前は敵同士だ。俺から教えるものは何もなし、お前も敵に教えを乞うことはしたくないのではないのか、王族として」
もっともだ。教えを乞うという行為は自尊心を消費する行為。それに兄様にメリットが無い。だけど、
「分かりますか、兄様」
思い出すのはつい最近の事、
「慕ってくれる者が、私の知らない所で孤軍奮闘している様を。朝目覚めたら、居なくなっているかもしれないという恐怖を」
姉様の屋敷で、夜に何が起きたのかは知らない。けど帰るときに見た、来る時には無かった傷跡を見れば何かが起きたのかは分かる。
「その者を信頼していないという事なのか?」
「決して、そのような事ではありません。ただ…、私には力がないんです。人を動かす権力も、誰かを超える武力も。だから、無駄に心配をかけてしまう。それではきっと…」
嫌な思いが湧き上がってくる。自分が嫌でどうしようもない奴だと思ってしまう。
「フッ、小心者だな。お前は」
兄様はそんな私を一笑すると、子に諭す親の様な柔らかい表情で話す。
「権力?そんなものは誰も持っていない。全ての物事は誰かの上に成り立っている、それをうまく頼み動かせる力を権力と定義づけただけだ。だからこそ、他人への感謝を忘れた権力なぞ砂上の楼閣でしかない。それに、武力というものは選択肢の一つであり、自己の為には使わないものだ」
元の厳しい顔つきに戻り、だが口調は変えずに続け、
「お前はまだ人を見ていない。何処にでもいるものだ、人というのは。それに代わりの者ならいる、失ったのなら変えればいい。だがな、その者を失いたくないなら信頼されることだ。信頼されて隣に立て、話はそこからだ」
そう言い終わると兄様は椅子から立ち上がり、部屋のドアへと歩み始める。そして、ドアの前に立つと勝手に開いていき、外には先ほどの鎧の人がいた。
「ついてこい、特別に見せてやる。俺を信頼してくれ、隣に立たせてくれた奴らを」
「ありがとうございます、兄様」
突然のことで頭が回らなく、困惑している表情を見せていただろう私に、兄様は今日初めての笑顔を見せ、
「気にするな、父と母が違うからといってお前は俺の義妹だ。継承戦の敵だろうと何だろうと、困っている家族を導くのが長兄の務めだからな」
「本当に仲が宜しいのですね、サンドレア王家の方々は」
「知らん。そんなものは街の噂だろう」
きっとあの人も兄様のかけがえのない人の一人なのだろう。声には親愛がこもっている、それが傍から見ていても分かる。
本当にここへ来てよかった。姉様ではこんな経験は出来なかったと思うし、もう一人のロックス兄様は何処にいるか分からない。国民が、皆がこの人を支持している理由が少しだが分かった気がした。




