01話 欠けた日常
「おはよう、フェリス」
「おはようございます」
朝、木剣を振っている時にフェリスが自分の部屋から起き上がってきて、彼女と挨拶を交わす。いつもと同じ言葉だが、ここ数日はいつもとは違う何かを感じざる負えない。
原因は分かっている、ミカヅチさんの件だ。ディアンナ様の屋敷から帰ってきた僕たちを待っていたのは、ミカヅチさんの冷たい死体だった。誰にやられたのかは分からない。が、殺された事だけは分かる。
突然のことであったが、ミカヅチさんの葬儀は静かに終わっている。この世界では身内を呼んでの盛大なものではなく、ただ墓を建てて墓石に名を刻むいたって簡単なものであった。おそらくだが、この世界には魔物なんていう化け物が居るのだ、人が死ぬなんてことは珍しい事ではないのだろう。一人一人葬儀を行っていたら時間がかかってしまう、そんな思想が顔を覗かせる。
しかし、別段ミカヅチさんが逝ってしまったからではないのだ、この感じは。墓を建て、埋葬する際になぜか僕たちは涙を流さなかった。無論、悲しいと言えば悲しい。
この状況が作られてしまったのはひとえに、思いやりからだ。きっとフェリスはこちらの事を、そしてこっちは彼女の事を考えてしまっているからだ。
だが原因が分かっているからと言って、直ぐに改善できる問題でもないのは確かだ。
彼女を護れるのはもう僕しかいない。その事実が、重圧が重く肩にのしかかっていた。
覚悟はしていたが、ミカヅチさんが殺されてしまった今、自信を無くしている状態ともいうのだろうか。フェリスはきっと信頼してると言ってくれるだろうが、僕自身が自分の事を信頼できないでいた。
「ハヤト、少し出かけてきます」
中が見えるように空いている場所からフェリスは顔を出して、抑揚のない声で言う。
「それなら…」
「いえ、私一人で…一人で行きたい場所なのです」
「でも…分かった」
ついていく、そう言いたかったがフェリスの何かを決めたかの様な目を見てひるんでしまう。
少し心配をしながらも玄関までフェリスを見送り、再度木剣を振り始める。
「こんな時…こんな時は何処に進めばいいんですか?ミカヅチさん…」
返ってこないと分かりながらも、自分の弱弱しい声は空に消えていく。
涙は出ない、しかし目標まで導いてくれる者を失った喪失感と、これから先が見通せない不安に苛まれる。
「こんな事をしていて本当に強く、フェリスを絶対に護れるぐらい強くなれるのか」
教えてくれる者はもういない。




