21話 眠れる夜8
「はぁ?やるってのかい、本当に?誰を、ボクを!?」
「そっちが素か、トゥー」
表情は分からないが、明らかに言葉の雰囲気が変わった。今までの余裕ぶった態度から、自分がやられたことを思い出したのか何処か焦った様なものに変わる。
「分かっていないようだからもう一度言ってあげるよ。ボクは先さえあれば、何時でも本体を移動できる。今はこれ含めて3つしかないが…、ふん!」
トゥーはこちらに攻撃する訳でもなく、自らの残った部位を斬り飛ばしていき逃げる器たちを確保していく。黒狼に関しては首すらなくなっている。
「どうだい?これでボクの本体が何処に入っているかも分からないだろう?あの時は不意をくらっちゃったけど、もうそうはならない。もっとも、君が何か探すすべを持っているならねぇ、ハヤト君?」
「さあ?持っているかもしれないだろ」
「持っていても変わらないさ。ボクは器さえ残っていれば移動できる。見つけても直ぐに動けばいい話だしね。それに、だよ。どうせ君は攻撃してくる奴が本体だ、なぁんて思ってない?それはね…」
本体だろうトゥーが両手を掲げると、他のトゥーや首が無くなった黒狼が一斉に消える。その後、両手を掲げたものも消えて、目を凝らしても見えなくなる。
最初は色が視えていたトゥーだったが、黒狼となった辺りから色が薄くなっていき、今では何も視える場所はなかった。
「今までは君に一斉突撃させないでいただけさ。これからはもうないよ、そんなものは。少し面白い妄言を吐くけど実力が伴わなきゃね」
何処から聞こえてくるか分からない声がドームの中に響く。こういう時はもしもの事を考えて、本体は遠くから見物とかしてそうだが。
「右!」
「残念、本体は後ろでしたぁ。ほらほら脚、いっちゃうよ?」
「クソッ!…ッ!」
右から襲ってきたもの気配を感じ応戦するも、後ろに居た本体に右脚を刺される。すぐさま蹴りをはなったが、反応がないので違う器に移動したのだろう。
脚を負傷したが動けないというほどではない。これぐらいの痛みなら慣れている。
ーー…ッ!?今度は左から…
右の次は左から気配が近づいてくるのが分かる。だが先ほどと同じなら、また死角からヤツはやってくるだろう。だったらやる事は一つ、全方位に攻撃をするしかない。
呼吸を整え、放つ。
「…【竜閃・周】」
極めて落ち着いて、呼吸を整えて入れる一撃だとミカヅチさんは言っていた。少しでも力めば体勢を崩すからと。
「…!?いやーびっ」「くりしたね~。でも今の一撃で決めなくて良かったのかい?」
少しトゥーの声が途切れるが、これが移った証なのだろう。この移動するタイミングの不自然さを考えれば自ずとある結論にいきつく。
「その魂の移動、時間が少し必要なんだろ?」
「ふふ、正解!でもそんなことが今分かったからどうだってんだい?今君はボクのことを斬った。つまり!増えるよ」
分断された上半身と下半身がそれぞれ形を成していき、一つの生物へと昇華していく。この状況だけを見れば絶望的かもしれない。しかし、アイツの能力に時間差があるという事を知れたのならそれだけでいい。
だからあとすべきことは、待つだけだ。あの瞬間が来ることを待つことだけだ。
「さあ、最後だ!全員を突撃させて…ほらぁこっちだよ」
「【硬化】!」
「しても無駄だって悟れよな!」
死角を再度ついてきたトゥーの爪が首に到達する前に想像する。
今から生み出すのは魂に傷をつけられる武器であり、どんな悪意すらも飛ばしていくような風の剣。
「【傲慢武具・風の命剣】、ハアアァ!!」
カツン、と剣先が地面にふれた瞬間に、
「風!?…だがこの程度の風なら周りを少し押すぐらいで何も状況は…ッ!?」
トゥー悲鳴にも近い驚いた声が聞こえる。たしかにヤツの言う通り、ただ相手を突き飛ばすぐらいの風しか出さなかった。だが、この本命は
「ボク以外全員倒れてる!?」
人を襲え、と単調な命令だけを与えられた人形たちは咄嗟の行動がとれない、それこそ常に自然体のままだ。けど、実際に意志を持っている者は違う。拳が来たら避けようと思うし、突風が来たら風に少し抗おうとする。
だからあえて、あえて人が少し踏ん張れば体勢を維持できる風を送ったし、そのまま身を任せれば流される風に調整した。問題だったのは黒狼だったが、増えるために自らを切り落としてくれたのでそれが助けになった。
あとは独りだけ突っ立っているヤツを魂ごと斬ればいい話だ。
「ああ、移動を。器への移動を」
「逃がすか!【跳躍】!」
正直不安が無いと言えばうそになる。だが、ミカヅチさんの様に上手くできるか出来ないかではないんだ。
「やる!【竜閃・」
斬撃を速く。ヤツの魂が少しでも残らない様に迅速に、
「疾風繚乱】!!!」
「あああアアあアぁぁ!痛い、いタイ、居たい。まだボクはここに…」
パリィッ…
周りに張ってあったドーム状の、トゥーのは【見世物籠】と言っていたが、それが壊れる。確実に、絶対にトゥーを撃破したという達成感が心の奥底から湧き上がってくる。
『ハヤト、聞こえる!?』
「アリエスさん…ですか?」
『やっとつながった。そっちの状況は!?エリーたちは接敵してるから、貴方たちも…』
「時の、時の教会の一人、トゥーの撃破に成功しました。すぐ護衛の為にそっちに向かい…ます…」
意識が、遠のく。毎回戦闘後にこうなっている気がするが、いつまでもこうなってはミカヅチさんに怒られてしまう。
「…リー…だい…っすか」
遠くからジェンの声が、3人の声が聞こえる気がするが今は、なぜか、眠い。




