19話 眠れる夜6
「このフィールドは神がご覧になられるためにあるもの、主役はいないけれど防音性能はバッチリ。どうだい、いいだろう?それに、」
目の前のトゥーであった黒狼は遠吠えをすると、この結界の外に居る3人の場所にのっぺらぼうの化け物が現れる。
「これで彼女たちは寂しくないさ。さぁボクたちはボクたちでやろう」
「一つ聞きたい。この依頼の依頼主は誰だ!?」
前回、ワンが襲撃してきた時の依頼者が分かっていない。もしこれが他の候補者であったのならば警戒する必要が生じる。
だがこの質問がトゥーから返ってくることは期待していない。話す必要がないし、メリットもない。ただの時間稼ぎ、そんな意味合いしかこの質問に含まれていない。息を整えて少しでも体力を回復するように、
「ん~?依頼主は言えないけど、これだけなら言えるよ。ここに来る段階で協力者がいてくれて助かったな~」
「…は?」
「アハッ、動揺しちゃって。隙ありだよ!」
「クッ!」
予想外の言葉に戸惑ってしまい敵の先制を許してしまう。相手の右前脚から繰り出された踏付けに対して横に避けることで回避をする。
「すばしっこいね~。避けるだけじゃ戦いにならないでしょ」
獣の顔でこちらに笑いかけるように話しかけてくる。
一撃しか見ていないので詳しい事は分からないが、相手の動きは遅く避けられない程ではない。だが奴とは体重差がありすぎる。どの様なスキルを使って変身したのかは分からないが、分かっていることは倒さなければ此処から出れないという事のみだ。
最悪な事に手持ちのスキルの中に、大型の魔物を狩る為のスキルがない事は自分がよく知っている。翻弄するだけなら出来るかもしれないが、それではこちらの体力が切れてしまうのが先。
ーーどうすれば…?
「考え事かな?余裕があるねぇ!」
先程と変わらない一撃、さっきとは違い不意打ちではない分避けるのは簡単だ。だが、
ーーここで逃げてたら状況は変わらない…!
相手が放ってくる一撃に合わせて剣を抜けるように構える。
「…今!【竜閃】!……え?」
結果から言うと【竜閃】はトゥーの右前脚を切断した。それも音で言うとサクッと簡単に斬れてしまった。あまりにも手ごたえがない、姿はこちらをビビらせるための演出だったのかと疑うぐらい。
「あ~あ、斬れちゃった。ほんっとうにこの体は使い慣れないな~」
残念そうに自分の切断された右前脚をみて呟く。
おそらくトゥーは獣になれるものの、なった経験が少ないから動きになれていないという事なのだろう。先ほどからの一撃も単調で読みやすく、何処かぎこちなかった。
「いやー、正直舐めてたよ。ワンを通して見て知ったつもりになってたのがいけなかったのかなぁ?」
「……」
「なんだい、会話ぐらいしてくれてもいいじゃないか。それともあれかい?この姿が怖くて話せないのかい?」
徹底的に無視を通す。それはトゥーが現れた時からやっていたことだ。想像もつかない事が起きるのがこの世界、もし会話を引き金に作用するスキルを持っていたら厄介だ。それが無くともアイツの話に乗ること自体にメリットがない事はさっきからの発言で分かる。
要するにだ、トゥーはこちらを焦らせて取り返しのつかないミスでもさせようとしているのだろう。
「ぶー、いいよボク独りで話すから。さっき聞いたじゃん?なんで顔無し天使の邪魔をしたの、てさ。あの作品は対象を安らかな眠りにつかせるための最高傑作だよ?拒む理由なんてなくない?」
一切耳を貸さずに黙々と集中力を高めていく。作品とか最高傑作だとか知らないが、そんな胡散臭い話を信じる程人間は馬鹿じゃない。
「ボクは生まれ変わったんだよ。ただの屍鬼だったところを、既に落ち目になっていたボクのことを、あの人は生まれ変わらせてくれた。「これって救いだと思わない?」」
何か、何か違和感を感じる。聞く必要なしと判断したトゥーの発言に違和感を感じる。何か、何かが
「…ッ!?」
「アハッ、せいかーい」
やはりだ。何か違和感を感じると思ったら、トゥーが脚を切断されてからいきなり話し始めて、時折転がっている脚をチラチラと確認していると思ったたら。コイツ、
「いいねぇその表情。ボクってエンターテイナーの才能があるのかな?」「そうだねぇ、我ながらほれぼれするよ」
増えている。切断面からおそらく生まれたであろう者が後ろに、人型としてそこに居た。




