08話 模擬戦3
震える足を無理矢理立たせて拳を構える。
腹を殴られた痛みはある程度薄れてきたが、まだかなりのダメージが残っているのが分かる。
「行きま…す…」
「まあ、待てや。さっきのでおめぇの得物が折れちまっただろ?」
そう言うとエリーさんは腰に差していた剣をこちらに放り投げてきた。
「訓練用のヤツはもろくて仕方ねぇ。使えよ、それで仕切り直しにしようぜ」
そういう事かと納得する。あの時に同じ武器をエリーさんが選んでいたのは、こういう状況を予想してからだ。
確かに、この人と戦う時に剣が無いのは勝ちを自ら放棄することと同義だ。
目の前に落とされた剣を掴む。勝ちを放棄できるほど僕は豪胆ではないし、やるからには勝ちたいと思うのが普通だ。
けど、
「これは返します」
「お?剣は使わねぇのか?てっきり剣を使う野郎だと思ってたが…」
「もちろん、普段は剣を使ってますよ。でも、格好悪いじゃないですか」
ミカヅチさんはいつも言っていた、剣が折れるのは使い手の技量不足だと。それに、
「武器が無くなったからって、敵から情けをもらう様な騎士なんて、格好悪いじゃないですか」
パシンッ、と気合入れの為に自分の頬を両手で叩く、
「フゥー、遠慮せず来てくださいよ。フェリスの騎士はそんな事じゃ終わらないって教えますよ」
この答えが予想外だったのか、エリーさんは今まで見せたことのない無邪気な笑顔を見せ、
「いいねぇ!良い!それでこそ漢だ!だったら尚更、負けるわけにはいかねぇな‼」
ーーッ!速い
エリーさんが高速で振るってきた拳に、さっき視たスキルを拳に使って合わせる。
「「ハアアアァアァァ!」」
お互いの拳が合わさり、凄まじい衝撃と共に前以上の威力を感じる。
ーー押されてるっ…
分かってた。腕力を普段から鍛えている者と鍛えていない者では開きがある事を。
「どうしたぁ!?威勢の割には弱っちいなぁ?もっと上げてくぞ、オラァ!」
「クソッ!」
どんどん相手からの圧力が増えていく。スキルを使ったからか痛みが先ほどでない、つまるところ視て習得したスキルは痛み軽減とかそこらへんだろう。
少し腕力向上なんてスキルを期待していたが、ないものねだりは出来ない。
だから今やるべきことは、
ーー力を抜くことだ…
「お?」
拳に力を一瞬で抜けば、拮抗してた力は行き場を失う。そうすれば、相手は勢い余って体勢を崩す。
一つ一つの力は相手の方が上だが、速さに関してはこちらの方が上だし、来る場所が見当ついていれば避けることなんて簡単だ。
体勢を崩したエリーさんは前のめりに倒れていく。
横に回った時に足を踏み込み、
ーー相手の体に叩き込む!
「クッ、グアアァァ!!」
腕の痛みを耐えながら、渾身の一撃を相手に叩き込んだ。
「ハアハァ…」
これで終わったとは思っていない。痛み軽減のスキルを持っているなら、余裕で耐えているだろう。そうなら、直ぐにでも二発目を…、
「面白れぇことするじゃねえか」
ガシッ、と体に叩き込んだ右腕が掴まれる。かなりの力で握られ動かすことが出来ない。
「俺と同じ【硬化】のスキルを使えるとはな。しかも俺だけが使えると思ってた局所的な【硬化】をな」
捕まえた腕はそのまま、エリーさんは体勢を直して改めて目の前に立つ。
「片腕を止めたからさっきみてぇな小細工は出来ねぇぞ?さあ始めようかっ!」
相手の右腕から拳がくり出される。
「クッ!…フッ!」
拳が体に到達する前に、相手の腕に左拳を当てて軌道を少しそらす。
最小限に、最大限の力で攻撃を避ける。一撃でも食らったら確実に意識が飛ぶ、そんな確信がある。
エリーさんの硬さからして生半可の攻撃だけでは確実に倒れない。だったら狙うべきは一つ、この世界にいる人間が同じつくりならあの場所は【硬化】しても意味がない。
「【跳躍】‼」
「おおぉ!?」
【跳躍】を真上に使い、相手の頭上を越えるように跳ぶ。しかも幸運な事に、エリーさんは突然の行動に驚いて掴んでいたはずの腕を放してくれた。
「前がだめなら後ろからってな!」
「甘えんだよ、そんなんで」
背中を殴る構えをとった僕に対して、エリーさんは裏拳の要領で体を回転させながら拳を放ってくる。
ーーそう、それでいい。それこそが!
ただ殴るだけでは効かないかもしれない。けど、エリーさんがこちらに思いっ切り振り返ってくれたからこそ。
「ハアァアァア」
ーー殴る力に、相手の力を利用して…、顎をぶん殴る!!
こちらの拳が相手の顎を捉えるのとエリーさんの拳がこちらを捉えるのはほぼ同時だっただろう。
ゴキィッ‼…
その音が聞こえたのはどちらだろうか、しかし実際に拳を放っていた僕は感じていた。
ーーもう、体があげてんな…
「僕の…負けで…す」
それと同時に包み込まれる感触を感じる。
「ヘヘッ、ナイスファイトだったぜ」
その言葉を最後に僕は意識を手放して………
★
激闘だった。周囲で観戦していたアリエスを含めた全員がそう思っていた。
なんど止めようと思った事か、明らかに模擬戦の範疇を超えていた試合はこの場にいた全ての者が、不思議ことにこの戦いに対して熱狂に近いものをかんじるようになっていた。
ある者は心配を、ある者は尊敬を、そしてある者は憧れを。
しかし、全ての物事に終わりがあるようにこの戦いもふとしたことで終わりを告げる。
”二人の渾身の一撃”
そう形容していいものがそこから感じた。
そして一人の少年が負けを認め、それを勝者が受け止める。そんな様子を美しいと感じてしまったからこそアリエスは気づくのが遅れた。
「ハヤト大丈夫!?エリーもあんなに無茶をして…」
「なんだよ、俺はついでかよ。…はやくハヤトを治してやってくれ、俺はその後でいい」
分かってる、そうアリエスが言おうとする前に何かが倒れる音が彼女の耳に入る。
振り返らずとも分かるその答えにアリエスは笑いをこらえて倒れた者へと語り掛ける。
「なによ、あんただって限界だったんじゃないエリー」
この模擬戦に勝者はいたかと聞かれたらきっとエリーはこう答えるだろう。
「俺は勝ってねぇ」と




