23話 屍鬼5
おそらくだが屍鬼たちには明確な攻撃目標がない。普段は透明になっており、気づいたら目の前にいるだけで、襲ってはこないだろう。
だからこそ、こいつらは自らに攻撃したか、してこないかで攻撃対象を定めているのではないか。
僕が初めてこいつらを視た時に感じたのは警戒であったが、傍に寄ってきた奴に攻撃してから他のモヤがこちらに向かってきた。これはあの男にも言えることで、同じところにいた筈なのに男は屍鬼の存在すら知らなかった。いや知っていたのかもしれないが、その時は少なくとも屍鬼は男を襲っていない。
男を襲い始めたのは、男を【跳躍】で飛ばした時に襲われ始めた。きっと、飛ばされた際に屍鬼に当たったのだろう、それも攻撃と判断されるぐらいの威力で。
この様な状況でフェリスが襲われないのはすごくいい事だ。
「フェリス!君一人だけでも逃げてくれ!今のままだったらアイツらに襲われない!」
不確定要素はある。それに、あの男が言った影を移動するスキルを使えば先回りをされるかもしれない。だが、あの男はそれを使わないし、使わない理由が男にはない事から、使えないと考えた方がこちらにとって都合が良い。どんな制限があるかは分からないがこれが千載一遇のチャンスともいえる。
「いくぞ!はああぁ【竜閃】!」
周りにいる屍鬼を倒し終わったであろう男の元へとかけていき、スキルを使用する。
ーー周りにいるこいつらを引き連れていけば男への負担も高まるし、フェリスのための時間稼ぎにもなる!
「何回言ったら分かるんだよ!おめぇの攻撃は読みやすいって言ってるだろ!」
「分かってるさ、だけどな!」
忘れていないだろうか、今足元に転がってるやつらは、斬っても斬ってもしつこく襲ってくる奴らだという事を。
「!?こいつら俺の足を!クソどもが、【跳躍】!!」
「遅い!…ッハアアアアァア!!!」
横から現れた屍鬼が腕にかみついてくるが、こんな痛みで止める程臆病になってられない。
「一刀両断!【竜閃】!!!」
「チィッ!くそがぁあ!」
少しでもと男は短刀を構えたがそんなものではじかれるはずがなく、持っている剣は男の腕を斬り飛ばした。
「う、腕が!アアアア……。あ?」
斬り飛ばした直後、異変が起きる。
痛みで声を上げたのは分かる。が、出てないのだ、斬り飛ばしたはずの腕から血が。
「ん?なんだこれ?冷静になったら痛くもねぇし、なんも感じねぇ。それに、へぇなるほどね」
少し納得したかのような表情をした男は、こちらを見て突っ込んできた。
「!?なんで…。ッグ!」
近づいてきた男に切っ先を向けるも、それでも男は近づき、胸に剣が刺さっても表情一つ変えない。目の間に来た男に首を掴まれ、地面に押し倒される。
「【影なる君】で作り出される空間ってなぁ、水の中みたいな感覚がするんだよ。だがら泳がないと沈んでいくし、もちろん窒息もする」
押し付けられた地面がまるでないかのように体が沈んでいく。
「体の変化に気づいてよ、やっとわかったんだ。俺は生きても無いし、この屍鬼はあの女の仕業でもない。全部あいつ、トゥーの野郎のせいだってな」
押さえつけられていて体が動かせない。脚は自由に動かせるものの、影の中へとどっぷり入っている。
この男が言うトゥーが何者かは分からないが、そんなことは考えている暇がない。どうにかスキルか何かで、
「ああ、無理だ無理。お前は【跳躍】を使おうとしてるんだろうけどな、ありゃ地面が無いとできない。もちろん影の中に地面なんて概念はないがな」
既に頭の耳程まで入ってしまっている以上時間はない。
何か無いものかと必死で抵抗しようとするが、更にかかる力は大きくなっていく。おそらく、そこらにいた屍鬼たちが男に襲いかかっているのだろう。
そんな事にも目もくれない様に男は話を続けていく。
「何だっけ?ああそうそう、酷くねえか?俺はギルドの為に色々やってきたんだぜ?それなのによ、死んでも死体として再利用されるってアイツら狂ってるよな?」
「…アイツらって…何のことだ…?」
「ん?お前もしかして俺が誰だが知らないで戦ってたのか?…それじゃあ冥土の土産に教えてやるよ。俺はワン、ギルド『時の教会』の一人だ。まあ、お前には関係ないか」
敵の正体が分かるだけで大収穫だ、そんな事をこの様な状況で僕は考えていた。
影の中に入れられそうになっているものの、あの男、ワンが話している内に時間は稼げた。あとは、
ーー流れに身を任せるだけだ…
自ら進んで影の中に入っていく、それがこの状況を逆転する唯一の方法だと思っている。
「ハハ!影に沈みやがったな。…チッ、周りのゴミどもがさっきからめんどくせえな」
完全に勝ち誇った声音でアイツは笑っている。今、影の中を少しずつ泳いで浮上していってもまたアイツに沈められるだろう。
だからこそ、今取るべき手段は下に出来るだけ下に行くことだけだ。元の世界で闘病生活だった僕は、もちろん泳いだ経験はないが、沈むことなら誰でもできる。
ーーここらへんかな?
可能な限り沈み、上を見上げる体勢に入る。
ワンは言っていた、地面という概念は影の中にないと。じゃあアイツはどうやって影の中から出てたのだろうか。きっと何かのスキルを使っていたに違いない。
だったら、
ーーあるじゃないか。アイツから貰ったスキルに空間を蹴って移動するスキルが!
そのスキルを何回もかなりの勢い、それもアイツが対応できないスピードを出せるように使う。
「【…歩】【…ん歩】【天歩】!!!」
どんどんスピードを上げていき、出る直前に剣を構えなおす。
今アイツの注意は屍鬼に向けられ、一撃を入れるチャンスでもある。
「いくぞ、ワン!【竜閃…」
「なっ!?」
ワンが上がってくるこちらに気づいたがもう遅い。
「昇】ぉぉおお!!」
【竜閃・昇】を食らったワンは真っ二つになり、左右の半身はその場に落ちる。
影の中から帰ってきた僕はその場に着地し、改めて分かれたワンを見る。屍鬼化しているワンは分かれていても死なず、未だに左右の体が生きているかのように動いている。
「クゥソオオオォ!!こんなになっても死なねえ、どうなっているんだ…おいおい、待てよお前ら近くに寄るんじゃねぇ、俺を喰うんじゃねぇええ!!」
それを最後にワンの声は聞こえなくなり、あの言葉が彼の最後の言葉となった。
ーーだけどまだ何も終わっていない。ワンを倒しただけで屍鬼は健在、こいつらをやってフェリスの元へ…
そうしたいのはやまやまだが、既に体に力が入らないでいた。未だ完全に使えるものではないスキルを乱発したのだ、立っているのもやっとだし、剣を振るう力だって持っていない。
「あっ……」
目の前が真っ暗になっていく、意識が遠のいていく。こちらに狙いを変えて近づいてきている屍鬼が見えるものの、指一本すら動かせる気すらしない。
バタッ、そんな音を自分でも聞きながら意識を遠のかせていく。
ーーああ、フェリスを…フェリスを守らなきゃ…。だって僕は彼女の…
それを最後に僕は完全に意識を失った。




