17話 夢を失った日
『フェリス様の騎士にならないか?』
いつになく真剣で、こちらを見る眼差しには熱がこもっていた。普段とは違う口調で声音で話す。
そんな様子が話を終え、フェリスの部屋へと向かっている中でも頭を支配している。この世界の事すらいまだに分からないのに、フェリスが王族だったことや騎士にならないかと誘われることに意識を向けられない。
ーーそもそも、騎士になるとしてフェリスが良しとするのだろうか
王族な彼女と自分は住所不定の者、客観的に見ても怪しい存在だし、そんな自分が務められるわけが無い。
そうこうしているとフェリスの部屋の前にと着く。躊躇いながらも、コンコンっとノックをすると、中から「どうぞー」と明るい声が聞こえ、僕は中へと入っていく。
「それじゃ、腕を見せてくれますか?治すのは早い方がいいですし」
袖をまくり、折れているだろう腕を見せる。フェリスは、直ぐに傷へと両手を当てて治療をし始める。
「……ごめん、へんな事を聞くようだけど、フェリス君って…」
「王族ですよ。この国、サンドレアの第二王女です」
なんでもない事の様に、フェリスは言う。
「別に隠してたわけでは無いんですけど、この事を聞いてしまうと皆さん委縮してしまいますから。ですから、ハヤトは今まで通りの感じで話してほしいです」
「ああ…、うん」
そんな事ではないのだ、聞きたい事は。もっと自分に自信があったらどれだけ良かっただろうか。少しの沈黙の後、意を決して、
「君には騎士がいないって聞いて、だから…」
その先の言葉が出てこない。何かを告白をする人はこんな気持ちなのだろうか。心臓の音が聞こえる程に脈打っているのが分かる。緊張からか息遣いが激しくなってくるのも感じる。
もしも、拒絶の意を示されたらどうしよう、そんな気持ちが胸の中を支配していく。
「私は…騎士になってもらうとしたら他でもない貴方に、ハヤトになってもらいたいです」
「な、なんで…」
期待していた筈が、疑問が沸きあがってきてしまう。
疑問の元凶はあの光景。襲われたフェリスを助けられず、男に返り討ちにされて…。
この世界に来て初めて知った、思い知らされたのは自らの無力さだった。選ばれたという言葉に舞い上がっていた自分に対して、特別な存在ではなかったという実感。たしかに、僕はこの世界に来て元の世界では叶えられなかった自らの脚で歩くという事が出来た、けど一連の事があり自信を無くした。だから僕は、ミカズチさんという存在に頼って自信をつけ、強くなったと自分に言い聞かせてきた。
そんな僕が、彼女の騎士になれるかなんて…
「私は貴方に救われたのですよ」
「で、でも…」
「私は貴方が居てくれるからこそ、安心して生きていける。明日が怖くない」
どんな顔をしていただろうか。彼女は芯のある強さを感じさせる瞳を向けてくる。
「だからこれは、こちらからお願いするべきでしたね。ハヤト、どうか私の騎士になってください」
そう彼女が想いを伝えてくると不思議な事が起こった。辺り一面が真っ白になっていき、なにか頭の中に入ってくるような…、
『いつからでしょうか、私に未来が、人の死が見えるようになったのは。
王宮にいた鑑定士が言うには【予兆】という固有スキルを持って生まれたらしい。
能力も知らない周囲の大人達は喜んだ、だけど私の目に映ったのは周囲の人の死に様だった。初めは伝えようとした。
けど、そんな私の努力を笑うように周りの人たちは、一人また一人と私が視た事がある光景へと変化していった。
最後は、母にも見えるようになり、私は悟ってしまった。これは運命なのだと。変えることが出来ない運命なんだと。
そう悟った日から私は全てにおいて怯えて生きてきた。私に優しくしてくれた人でさえ、あのミカヅチさんでさえ。運命は変えられなく、非情。これは、私が幼いながらも理解してしまったことだ。
そんなある日、私にまた突然あの予兆が見えた。今度は私が倒れていて、剣を振りかぶられている映像だった。
恐怖はもうない。必ず人は死ぬ。それは自分も例外ではない。それに、こんな映像を視ることもなくなると思うと一種の救いでもある。
翌日、いつも通り私は馬車に乗り、診療所の手伝いへと向かっていた。
いつもなら【予兆】は死ぬ瞬間まで視せてくれるものだが、視えなかった事に疑問を持ちながら…』
ーーこ、これは!?それに今の感じはまるで…
フェリスへと視線を戻すと彼女も困惑した表情でこちらを見ていた。
「フェリス、いったいこれは…」
ガァアアンッ!!
階下で壁の様なものが壊れる音がいきなりしてきた。
すぐさま、立ち上がり僕はドアノブへと手を伸ばす。
「少し行ってくるよ。フェリスはここにいて」
未だ完治はしていないが、動かすのには不自由ない事を確認し外に立てかけてある剣を取り階段を降りていく。
「気を付けてくださいね、ハヤト」
フェリスが祈る様に顔を伏せながら。