ママさん人形
妻が行方不明となってしまった。まだ、今年で4つとなる娘は悲しみのあまり言葉を失ってしまう。父親である僕にできることはほとんどなかった。どんなにおいしいものを用意しても、どんなにおもしろそうなおもちゃを用意しても、どんなに綺麗な洋服を用意しても、どんなに、どんなに、どんなに・・・。
だけど、ただ一つだけ、娘は嬉しそうな、愛しい顔をする時がある。僕が作った石膏人形。妻を模して作ったそれは、僕がこれまで作り上げた造形物の中で最高傑作だ。娘はママさん人形と呼び、その人形の傍らに寄り添っている。娘が喜んでくれるのは嬉しい。だが、この傑作を傷つけてしまわないかが心配だ。
今日もまた、娘が僕のアトリエに勝手に入ってしまった。やはり、娘はママさん人形の前に佇んでいる。前に佇んでいる?何故?いつもならば、娘は作品の横に寄り添っている筈なのに・・・。
そんな違和感から私は娘の前の人形に視線を走らせる。無機質であるのにその人形には魂があるかのように、不思議な温かみがある。自分で言うのもなんであるが、精巧であり、技巧をくしたというよりも、本来あるべき形に沿って作られたような・・・!!
「何をした・・・」
地の底から振り絞るような声で娘を問い詰める。人形のこめかみには、僅かな罅と、どす黒い濁りが付着している。
「何をしたと聞いている!!!」
僕は娘に怒鳴り声を浴びせかけ、見開いた眼から突き殺すかのような視線を向けている。娘は答えない。それにさらに僕は腹を立てる。何故答えないんだ。
答えない娘を相手にしても仕方がない。とにかく、人形の亀裂を補強しなければ・・・。
「もうここには二度と入るな」
そんな僕の一言に初めて娘は口を開く。
「・・・やだ。ママさん人形と一緒にいたい」
掠れるような、空気を僅かに震わせるような小さな声であったが、部屋の地下に位置するこのアトリエの中では充分、僕の耳に伝わった。それにしても、どうしてこんなに聞きわけがないのか・・・。気がつけば、石膏を混ぜるための少し大きめのコテを強く握り締めていた。
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また、僕の悪い癖が出てしまった。どうにも、私は作品を作るたびに、その作品に話しかけてしまうようだ。
今回の作品は家族がテーマだ。母親と仲睦まじく寄り添う娘の人形がそこにあった。