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ビートを刻んで

作者: 松野小松菜


きっかけは遥希の「バンドやったらモテんじゃね?」の一言だった。もともと趣味でギターをやっていた雅弥は遥希とともにバンドの真似事を始めたが、正直乗り気ではなかった。そんな2人のもとへクラスメイトの大地と焚海(たくみ)が好奇心から近寄ってきた。

どうせなら他の楽器ができるメンバーも集めたいと思っていた遥希は2人をバンドに誘った。大地は気が向いたらねと乗り気ではない様子だったが焚海はわりと乗り気で、友人の(かける)も誘いたいと言った。ちなみに大地はバイオリンを、焚海はピアノを習っていたことがある。

遥希からメンバーは多い方が楽しいからとゴーサインが出た焚海はさっそく翔に声をかけた。話を聞いた翔は面白そうだからとふたつ返事で了承した。翔はたまたま隣の席になって仲良くなった柚花(ゆうか)を巻き込む形で誘った。柚花はベースを持ってはいるがたまに鳴らす程度である。翔は楽器の経験は無かったが、リズム感が良かったのでドラムに抜擢された。


それからは週に1回ほど6人で顔を合わせてセッションをするようになった。6人での演奏がなんとか様になってきた頃、有名バンドの曲をコピーして駅前で演奏するようになった。少ないながらチップをくれる人や、オリジナルも聴きたいと言ってくれる人もいた。

初めてのオリジナル曲は柚花が作曲した。とりあえず作ってみたんだけど、と渡されたデモテープを聴いた雅弥は是非俺が詞を付けたいと言った。さらに焚海が間奏に少しアレンジを加えて1曲が完成した。タイトルは「The Spirit Forever」。


駅前で演奏するようになって数ヶ月。初めて「The Spirit Forever」を披露した日のこと。個人的な用事でたまたま来ていた音楽事務所の社員の目にとまり、その事務所への所属が決定した。事務所の所属になるにあたって改めてバンド名とメンバーの芸名を決めた。

ボーカルのHARU、ギターの舞咲(まさ)、バイオリンのDAICHI、ベースの遊、ドラムのKAKERU、キーボードのたくの6人によるバンド「AKKORD(アコルト)」が結成された。

が、しかし、6人とも自分の容姿に自信が持てなかったため普通のバンドではなく、メイクで素顔を隠せるヴィジュアル系バンドとなった。


事務所所属のバンドになったとはいえまだインディーズの彼ら。小さなライブハウスのチケットさえなかなか売れないこともあった。それでも来てくれるファンのために演奏したし、新曲もいくつか作った。いつしか舞咲作詞、遊作曲、たく編曲がAKKORDの曲作りスタイルになっていた。

そんな厳しい下積みを乗り越えるため、リーダーである遥希はある目標を掲げた。それは名だたる有名バンドたちが一同に会す日本最大級のロックフェス「虹夏(こうか)ロック」に出ること。今まで出演したバンドの解散やメンバーの脱退が無いことから、虹夏ロックに出ればバンド人生安泰と言われているフェスである。今のAKKORDには遠すぎるかもしれないが夢はビッグな遥希らしい目標だ。


目標に向かってただがむしゃらに活動してきたAKKORD。少しずつだがチケットが売れるようになり、ファンも増えた。

今まで使ってきたライブハウスでは入りきらないほどファンができたこと、ある音楽番組で最近ブレイク間違いなしのバンドとして紹介されて瞬く間にファンが増え、人気が急上昇したことでついにメジャーデビューを果たしたのはAKKORDの結成から5年後のことだった。




人気バンド「AKKORD」のギタリスト・舞咲こと青葉雅弥はバンドのメンバーであるベーシストの遊こと村雨柚花に恋をしていた。

あれはまだAKKORDを結成する前のこと。バンドをやりたいと言い出した親友に、どうせいつもの気まぐれだろうとしぶしぶ付き合っていたときだった。親友がバンドに誘ったクラスメイトが友人とだったら参加したいとその友人と、なぜか隣の席の子を連れてきた。彼女とはそのとき初めて会った。一目惚れだった。

6人で活動するようになると彼女の気を引こうと何度も声を掛けたが「黙ってろバカ弥、殺すぞバカ弥」と罵られ、煙たがられる始末。でも雅弥は諦めなかった。両思いになれなくても心を許せる相手になれればいいと弦楽器同士だからと理由をつけてセッションをしたりした。


「曲を作ってみた。」


ある日柚花がそう言って1曲のデモテープを聴かせてくれた。数日前の路上ライブで、いつもカバーばかりしている自分たちに「オリジナルも聴きたい」と言ってくれた人がいた。柚花は優しい子だから単純にその人の望みを叶えたいと思ったのかもしれない。

とても素敵な曲だった。


「俺に詞をつけさせてくれ!!」


今までに聴いたどの曲よりも心に深く刺さったこの曲の歌詞はどうしても自分がつけたいと思った。そうして3日寝ずに考えた詞を一番最初に柚花に見せた。

表向きは6人の絆を歌っているが、雅弥が密かに込めた愛のメッセージに柚花は気付いた。

この曲を初披露したときにたまたま来ていたプロの目に(耳に?)止まり、事務所への所属が決まって正式にバンドを結成しそれぞれに芸名もつけた。

正式にバンドを結成したことで柚花が作曲、雅弥が作詞、たまに焚海が編曲するのがAKKORDの曲の作り方になった。初めはそれぞれが作ったものを合わせて微調整していたが、だんだん柚花の奏でる音に合わせて雅弥が歌いながら詞をつけるようになった。

2人で曲作りしていると自然と距離が近くなる。2人がそうなるのにさほど時間はかからなかった。2人の初めてのキスは曲作りのために借りたスタジオだった。

それからはオフの日に2人で出掛けることも増えた。とはいっても駆け出しのバンドマンだ。収入はゼロに等しい。2人で路地裏に行き柚花の友達の猫と戯れたり、実家暮らしだがお互いの部屋に行くだけで満足だった。どちらかの部屋で2人きりになればそんな気分になるのは若い2人にとってごく自然なことだった。雅弥の部屋で2人は初めて身も心もひとつになった。




5年後ー。


AKKORDがメジャーデビューを果たして数ヶ月、2人はマネージャーやメンバーにも内緒で同棲を始めた。小さなアパートで、およそバンドマンが住むようなところではないかもしれないが、2人の時間が増えるならそれでよかった。

少し前に演奏で使うピックを揃って新調したのだが、2つ合わせるとひとつの絵柄になるデザインのピックを特注して作ってもらった。雅弥のピックは柚花が好きな猫の肉球が、柚花のピックは雅弥の好きなドクロがメインでデザインされている。肉球やドクロの周りの模様が2つのピックを合わせると2人のイニシャルであるMとYになるのだ。

そんな具合に最近ペアや揃いの物を持つことが増え、雅弥には結婚の2文字もちらつくようになったため断られることを覚悟で同棲を提案したのだが、柚花は意外にも喜んでくれたようで率先して物件探しをしていた。

一緒に出掛けて一緒に帰ってくることがほとんどだが、人気絶頂のバンドマンだ。ソロの仕事や他のメンバーとの仕事でバラバラに帰宅することもある。そういうとき、先に帰っていた柚花に「おかえり」と言われるとまるで夫婦のようだと思った。いつか本物の夫婦になりたいと思う2人は幸せの絶頂期だった。


数日後に発売される週刊誌にとんでもない記事が出るまでは。

2人とも、カメラに狙われているのには気付けなかった。




1週間後に迫った武道館ライブの打ち合わせのために事務所の会議室に集まっていたAKKORDのメンバーたち。そこへマネージャーが慌てた様子で駆け込んできた。


「ちょっと雅弥くん、これどういうこと!?」


そう言ってマネージャーが見せてきたのは今日発売の週刊誌のとあるページ。見出しには『AKKORDのギタリスト・舞咲熱愛』と書かれ、ご丁寧に雅弥が女性とキスしている写真までついていた。


「誰かと付き合うのは君たちの自由だけど、一言くらい報告してくれないと困るよ!」

「いやちょっと待って、雅弥、お前と写ってるのって…。」

「ああ、これは柚花だ。」


柚花は出るところ出たれっきとした女性だが、バンドマンとして活動するときは男装していた。それなりの大きさのある胸は晒でつぶしているし、顔はメイクで女らしい丸みを隠している。髪も他のメンバーは地毛を染めたりメッシュを入れているが、柚花だけはウィッグなので素顔がメンバー一別人なのだ。女だと隠している訳ではないが、ファンも遊は男だと本気で思っている者がほとんどだ。そのため、記事を見たファンが「舞咲が知らない女とキスしている」と思っても仕方ないだろう。


「柚花って、お前柚花と付き合ってたの!?」

「ああ。みんなにはいずれ報告するつもりだったが同棲もしてる。写真に写っているこの場所は俺たちが住んでるアパートの玄関だ。」


柚花が先に帰って雅弥の帰りを待ってくれているとき、たまに部屋まで待ちきれなくてついつい玄関先でキスしてしまうことがままあった。きっとそこをパパラッチされたのだろう。


「で、その柚花ちゃんだけまだ来てないんだけど。雅弥何か知らない?」

「最近体調を崩し気味でな。今度のライブに響かないように病院に行ってから来ると言っていた。」

「どーも、遅くなってすいませんね…。ところで外が騒がしかったんだけど、何かあったの?」

「これだよ、ゆーちゃん。」

「は?何これ?…あーそうかよ、最低だなバカ弥!!」


病院が終わってやっと合流した柚花だったが、翔から例の記事を見せられると突然雅弥に暴言を吐いて会議室を飛び出していってしまった。慌てて雅弥が後を追いかけていった。


「で、マネージャー?ライブ、どうすんの?」

「この記事について事務所にきている問い合わせに関してコメントは事実確認も含めて本人に確認してから、としているけど…。返答後のマスコミの対応やファンの状況によっては中止もあり得るだろうから頭に入れておいてほしい。」

「そんな…。」

「雅弥とゆーちゃん、今度のライブでみんなに言わなきゃいけないことがあるって言ってたのに…。」

「みんなって俺たち?それともファン?」

「それはわかんない…。でもたぶん僕たちとファンのみんなってことだと思う。」


雅弥のファンには他のメンバーのファンと比べて熱狂的なファンが多い。今回の記事を見た彼女たちが暴徒化しないとも限らないのだ。もしライブ中にそんなことになればファン同士のケンカが始まって怪我人が出るかもしれないし下手をすればメンバーにも危害が及ぶかもしれない。最悪の場合死者が…ということも充分に考えられる。安全のためにライブは中止にするべきだ、というのが事務所側の考えだった。




翔が差し出した週刊誌を見た途端に事務所を飛び出した柚花だったが、雅弥は裏口から路地裏の通路に出たところで意外にもすぐに追いついた。


「おい柚花、どうしたんだ急に?」

「触んなバカ弥!!」


同棲を始める少し前くらいからは雅弥と呼んでくれるようになったはずなのに、出会った当初のバカ弥呼びに戻ってしまっている柚花。


「あの写真のせいか!?」

「私だけを愛してるって言ってくれたのに…。それなのに誰なのあの子!!」

「落ち着け柚花!よく見ろ!!これはお前だ!!」

「はぁ!?…えっ…。」


どうやら写真をよく見ていなかったらしい柚花は雅弥が他の女とキスしていると思い込んでいたらしい。


「これは柚花で、ここはうちの玄関先だろう?」

「本当だ…。ごめん、雅弥…。」

「いや、分かればいいんだ。急にこんなもの見せられたら誰だって誤解くらいするさ。」

「でもさ、心が不安定なときにそんなもん見せられたら、勘違いしても仕方ないよね…。」

「ん?どういうことだ?」

「今日病院に行くって言ってたでしょ。」


柚花はそう言うとバッグから取り出した何かの写真を雅弥に渡した。そして雅弥の右手を取り自身の腹部へと導いた。


「えっ!?」

「妊娠した。ここに雅弥の赤ちゃんがいるんだって。それはエコー写真。真ん中のかたまりが赤ちゃんだって。まだイチゴくらいの大きさだけどちゃんと心音も聴こえたよ。さっきの勘違いもマタニティブルーってやつ。」

「本当か柚花?ここに俺たちの子供がいるのか?」

「うん。」

「ありがとう柚花。こんなに嬉しいことはないぞ…!!」


雅弥はそう言って柚花を抱きしめた。柚花のまだ膨らみのないお腹を撫でながら声をかけたり赤ちゃんの心音を聴いたり、一通り気が早いことをした後、誤解も解けたしと会議室に戻った2人はメンバーにも妊娠を報告した。


「えーっ!?」

「さっき付き合ってるって聞いたばっかなんだけど!?」

「おめでとうゆーちゃん!!赤ちゃん、元気でっか~?」

「ありがとうかけっち。元気やで~。」


みんなから驚きと祝福の声があがるなか、柚花はこう切り出した。


「私バンド辞めようと思う。」

「えっ?何で急に?今後の活動だったら産休だって取れるし別に…。」

「それもあるけどこの記事だよ。」


そう言って柚花が見せたのは例の雅弥の熱愛記事だった。


「でもその女の子は一柚花ちゃんなんでしょ?女だって隠してきたわけでもないし、ファンの子たちにもちゃんと報告したほうがいいよ。」

「確かに、今度のライブで俺たちが付き合ってることを報告するつもりでいたが…。」

「予想外の熱愛記事が出た。そのせいで混乱してるファンたちに追い討ちをかけるわけにもいかないし、なにより写真の相手の女は私です、おまけに妊娠しましたなんて言ったら私にはバッシングの雨あられ。私だけならいいけど絶対みんなにも余波がいくし、雅弥にだって…。それにそのせいでこの子を流産、なんてことになったら耐えられないし…。だったら何も言わずにこの子と2人で消えるほうが私にとってもみんなにとってもいいでしょ?」

「ちょっと待て柚花。2人で消えるって、俺と結婚はしないってことか?」

「うん。父親がいないなんてこの子には悪いけど…。」

「なんで?ゆーちゃん、雅弥のこと大好きなんでしょ?」

「そうだよかけっち。でもこれでいいんだよ!ヘタをすればバンド解散だってあり得る状況なんだ。私が消えて雅弥がフリーになれば少なくとも解散はなくなる。みんなで虹夏ロックに行くんでしょ?メンバー辞めたってどっか遠くで応援してるから連れてってよ…。」


そこでそれまで黙ってやり取りを聞いているだけだったリーダーの遥希がようやく口を開いた。


「そりゃあ虹夏ロックには行きたいよ。でもさ、そこにはベーシストの遊がいなきゃ意味がないわけ。でも柚花の言うこともよくわかる。だから今すぐ結論を出さなくてもいいんじゃねぇ?産むのは確定なんだろ?」

「大好きな雅弥との赤ちゃんがこんな私のところに来てくれた。心音聞いて赤ちゃん元気ですよって言われたら堕ろせるわけないじゃん。私には雅弥の赤ちゃんを殺せない。だってちゃんとここで生きてるから。」

「なら一番は元気な赤ちゃんを産むこと。あとのことは雅弥とちゃんと話し合え。今度の武道館ライブ、絶対出来るようにマネージャーに言っておくからそれまでもっとじっくり考えてみなよ。…じゃあ今日はこれで解散!!」


そう言って1人会議室を出ていった遥希。他のメンバーも次々と出ていき、雅弥1人だけになった。

柚花は会議室を出たあと雅弥と暮らすアパートには帰らず、実家に帰った。


1週間後、遥希が言った通りライブが行われることになったが、柚花は雅弥と話すことはおろか結論が出せないまま当日を向かえることになった。




人気V系ロックバンド「AKKORD」の武道館ライブ当日ー。


ファンたちは1週間前に出たギタリスト・舞咲の熱愛記事にざわついていた。

そんな中定刻通りにスタートしたライブも中盤となり、MCコーナーに入ったときのこと。いつも通り下ネタオンパレードのMCを始めようとしたHARUからマイクを奪った舞咲の口が開かれた。


「この間の週刊誌の件でみんなに言わなければならないことがあるんだ。」


せっかく盛り上がっていたのに今その話題には触れないでほしいとざわつくファンたちをよそに舞咲は続けた。


「俺と一緒に写真に写っていた女性は実は…遊なんだ!」


突然のカミングアウトに、お前は私を殺す気かと舞咲を睨みつける遊だったが、舞咲はそんなのお構いなしに遊のそばまで来ると遊のウィッグを外した。現れたのは写真の女と同じ、肩まで伸びた猫っ毛だった。


「みんなにもちゃんと報告するつもりでいたんだが俺たちは付き合っていて、同棲もしてるんだ。順番が逆になってすまない…。それと遊。」


舞咲は客席から遊に向き直って続ける。


「いや柚花。何度も考えたがやっぱりお前と離れるなんて考えられない。家バレしてしまったし、もうちょっとセキュリティの強いマンションに3人で引っ越しをしないか?お前を愛しているんだ。結婚しよう!!」


突然の舞咲のプロポーズに、遊だけでなく他のメンバーや客席のファンたちも驚きを隠せず、会場がざわついた。


(ほら…、やっぱり舞咲が結婚するなんて言ったら相手の私はお腹の子ごと抹消されるんだよ…。)


ところがそんな遊の考えとは裏腹にファンたちは一瞬にしてお祝いムードになっていた。


「どこの馬の骨かと思っていたけど遊だったんだ。」

「遊くんなら舞咲くんとお似合いよね!!」

「さっき舞咲ったら3人って言わなかった?」

「ってことは遊くん妊娠してるの!?」

「おめでと~!!」


予想外のファンの反応に驚く遊。


「柚花、このベースは思いのほか重いだろう?MCの間くらいおろしておこうな。お腹の子になにかあったら大変だ。さあ、答えは決まったか?」

「…幸せにしなかったら殺すぞバカ弥(泣)!!」


普段あまり素直になれないが雅弥のことが大好きすぎるくらい好きな柚花の答えは最初から決まっていた。妊娠がわかったときは素直に嬉しかったし雅弥が喜んでくれて嬉しかった。それと同時に舞咲のファンには危険因子が存在することも知っていた。彼女たちから報復を受けるのが自分だけならまだいい。でも雅弥やお腹の子にまで危険が及んだら?最悪この子や雅弥を失うかもしれない。そんなの耐えられない。だからバンドを辞めて雅弥から離れようとしたのは苦渋の決断だった。しかしそんなのは杞憂だったらしい。

遊からのOKの答えにまたも色めきたつファンたち。


「キース、キース!!」


どこからともなく始まったキスコールに慌てる遊をよそに、背後から遊を抱きしめた舞咲は驚いて振り返った遊の顎を持ち上げ、キスをした。


「もっと熱いキスだって星の数ほど交わしてきたんだ。今さら平気だろう?」


そう言って遊に微笑みかけながらまだ膨らみのないお腹を撫でてくれる舞咲。ライブ中に撮られたその写真が「人気バンドAKKORDの舞咲♡遊 結婚&妊娠発表」の見出しを添えて翌日の新聞全紙の一面を飾った。




ライブ中にプロポーズされめでたく結婚してからおよそ半年が経ち、前のアパートよりちょっといいマンションに引っ越して新婚生活を満喫していた雅弥と柚花。この日は定期検診のためにかかりつけの産婦人科を訪れていた。


「赤ちゃん元気ですよ~。あら、あくびしてますね~。」


出産予定日まで2ヶ月を切り、産休に入った柚花はエコー検査用のジェルを拭いてもらったあと、大きなお腹を抱え雅弥に支えられながら起き上がった。


「赤ちゃんの健康状態も良好ですし、何もなければ次は2週間後にまたいらしてください。」

「柚花や赤ちゃんになにかあったら明日や明後日でもいいんですか?」

「もちろんそのときはいつでもいらしてくださいね。」

「ちょっと過保護すぎない?」

「いいえ、とってもいいご主人ですよ~。うちの夫なんて産科医のお前のほうがよくわかってるだろ、なんて言ってなんにもやってくれなかったんですから。」


母子ともに健康との検査結果に安堵し、次回の来院予約を入れて病院をあとにした2人。自宅に着くと雅弥はさっそくスマホを構えて柚花にカメラを向けた。

結婚してから毎日柚花のお腹が大きくなっていくのを撮っているのだ。毎日撮ってもそんなに変わらないだろうと柚花は言ったが赤ちゃんが生まれたらこの写真をパラパラ漫画みたいに繋げたやつを見せてやるんだと雅弥は張り切っていた。

ちなみに撮った写真は毎日「今日の柚花とBaby」のタイトルをつけて青い鳥のSNSにあげている。柚花としてはすっぴんだし猫背だし、最近は胸が張って痛いからとワイヤー入りじゃなくダサいノンワイヤーのブラ着用だからSNSにあげてほしくはないのだが、ファンからは「ベビちゃん大きくなったね!」「ゆーちゃんすっぴんかわいいよね!」「最近のマタニティブラはおしゃれだよね~」「おっぱい張って痛いときはマッサージするといいよ~」など結構好評なのだ。


雅弥のアカウントに毎日撮ったこれらの写真を繋げたJIF画像と、その最後に生まれたての赤ちゃんを抱っこした柚花と雅弥のすすり泣く声が入った動画があげられたのはそれから5週間とちょっとが経ったころだった。



END


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