表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

昔にあった今の話

 崇は不意に目を覚ました。

 布団の中で身動(みじろ)ぎもせず、ぼんやりと天井を眺める。

 部屋の暗さからまだ夜ふけなのは何となく分かった。

 目覚まし時計も今は静かに時を刻むだけだった。

 崇は首を横に向ける。

 すぐ傍らでは妻の咲が静かな寝息をたてていた。

 なんの変哲もない。それなのに妙に胸がざわめいた。

 この胸騒ぎはなんなのだ、と思った時だった。地の底から沸き上がるような音が聞こえてきた。


ゴッ ゴゴゴ  ゴゴゴゴゴ


 地鳴りだと思った瞬間、体がガクンと落下する。そして、あっという間もなく突き上げられる。周囲がガタガタ激しい音を立てて揺れだした。


「地震だ!

地震だ、起きろ、咲」


 激しい揺れの中、崇は半身を起こすと寝ている咲を引き寄せながら叫んだ。


「えっ、なに? キャッ、地震?」


 地震はかなり激しかった。崇が今まで経験したことがないほどのものだ。

 上から物がバラバラと落ちてくる。床に落ちたものもまるでポップコーンのようにとび跳ねた。激しい揺れに立つことも出来ない、いや、そもそも立とうという発想がでてこない。崇も咲も手足に精一杯力を入れて床に這いつくばることしかできなかった。

 数分、いや、1分にも満たなかったかも知れない。だが、体感にすれば30分にも1時間にも感じられる時間が経過してようやく揺れは収まった。


「咲……

大丈夫か?怪我とかないか」

「う、うん。大丈夫。あなたは?」

「ああ、大丈夫だ」


 崇はソロソロと立ち上がる。少し膝が笑っていたが咲には内緒にした。

 

「あれ、点かないな」


 電灯の紐を何度か引いてみたが灯りはつかなかった。


「停電でしょ」


 咲に言われて、崇は手探りで窓際まで行き、窓の様子を見てみる。

 真っ暗だった。月の光だけが町を照らしている。人工の光は一つもない。どうやら周囲一帯が停電しているようだ。


「おい、何しているんだ?」


 崇は真っ暗な部屋で物が散乱した床をまさぐっている咲に声をかける。


「何って、懐中電灯探しているのよ。

あなたはラジオを探して」

「ラジオって、テレビつければ、ああ、停電じゃダメか」


 崇がラジオを探そうと膝をつくと、カン、カン、カンと半鐘(はんしょう)の音が聞こえてきた。崇は顔を上げる。


「避難の合図だ」

「なんで?また来るの」

「どうかな。多分津波を警戒しているのだろう」


 避難場所はここからかなり離れた高台だった。徒歩で行かなくてはならない。

 崇はちらりと咲を見た。

 咲の下腹は大きく膨らんでいた。もうすぐ出産を控えた咲を連れて高台に避難すべきか崇は悩んだ。


「取り敢えず二階で様子を見ようか」


 崇は結局、そう結論づけた。




 二階に上がり、灯りのない部屋で身を寄せあい、寒いとかいっている二人に突然津波が襲いかかった。

 氷のように冷たい水の塊が二階の窓を破り侵入してきた。二人は何の抵抗もできずに壁に叩きつけられた。


「きゃあ、あなた!助けて」


 戻る水に絡めとられ咲の体がズリズリと窓の外へと引きずられていく。


「さ、咲!」

 

 崇は片手で壁を掴み、咲を捉えようともう片方の手を懸命に伸ばす。


「よし!」


 間一髪、崇は咲の手を掴むことに成功する。


「いいか、放すな!絶対に放すなよ!!」


 咲は黙って崇の目を見つめる。口は緊張で真一文字に結ばれ、その目は哀願で潤んでいた。


「大丈夫た。大丈夫」


 咲にではなくむしろ自分に言い聞かせるように呟きながら、崇は渾身の力で咲の体を引き寄せる。


 しかし――


 崇を嘲笑うかのように津波の第二波が襲いかかった。


 津波の圧力に負け、崇は頭を激しく壁にぶつける。一瞬意識が遠のいた。

 気を取り直した時には掴んでいた咲がすっぽりと抜け落ちていた。


「さ、咲ィー!」


 咲は引き戻る津波に捉えられ窓の外へ……


 やけに世界がゆっくりと動いてた。

 崇は懸命に手を伸ばそうとするが、その手が遅々として動かなかった。まるでカタツムリにでもなったかのようだった。感覚だけが猛スピードで動いていた。


 世界だけがゆっくりと動いていく。

  驚きでこれでもかと見開かれた咲の瞳。

   その瞳は崇に注がれていた。


 ゆっくり ゆっくりと

  助けを呼ぶように伸ばされた手。

   その手は崇に向けられていた。


 崇の感覚はそれを明確に理解できる 

  咲の瞳がゆっくりと細められる。

   見捨てられた子犬のような絶望の目。



 咲の下半身が窓から外へと連れ出されていく。


 上半身が見えなくなる。



 恐怖に怯える顔が見える




 そして、両腕だけになる。広げられ五指が虚しく空を掴む。


 そして……


 そして、完全に姿を消した。



* * * * *



 崇は閉じていた目を開く。

 三十年も前のことなのに今でも鮮明に思い出せる。

 例え、後三十年経たとしてと多分変わらない、と崇は思う。何故なら、あの時から自分の時間は凍りついてしまったのだから。


2019/02/24 初稿


北海道で再び強い地震が発生しております

震災に限らず、集中豪雨等様々な災害で被災された方々に心からお見舞い申しあげると共に復興に尽力されている皆様には安全に留意されご活躍されることを慎んでお祈りいたします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ