エピローグ 解ける春
水平線からゆっくりと顔を出す朝日に、崇は目を細める。
崖の上に崇は一人佇む。
崇はふと、回りをぐるりと見渡す。昨日と何かが変わった訳ではないのに、まるで違った風景に見えた。
それは自分が変わったからだと崇は自覚していた。
崇は手に持つ花束を海に投げ入れる。
「咲。
私もありがとうと言うよ。
覚えていてくれてありがとう。
ほんの少しの間だけど会えて嬉しかった。
また、来るよ……
いや、できるかどうか分からないけれど、また昔のようにここが活気のある町になるように努力してみる。きっと、私以外にもこの町のことを愛している人がいると思うからね。
そうなれば、毎日ここに来ることもできる」
崇は、そう呟くと一人微笑んだ。
誰も答える者はなかったが暖かな春の風が微かに崇の頬を撫でた。
* * * * *
廃港のコンテナ置き場から崖の上の崇を見守る大と衰。
「おっさん、また、面倒臭いこと考えている見てェだぜ。
あの調子だと、まぁた、三十年後に『ほころび』を作るんじゃねーか」
大の言葉に衰は鼻を鳴らす。
「面倒臭い人って言うのは、いつまでたっても面倒臭いのよ。
でも、ああいう面倒臭い人は嫌いではないわ。
良いじゃない。
『ほころんだら』また私が縫い合わせてあげるわ」
「おお、デレたな」
大の言葉に衰は片眉を上げることで異論を唱えた。
と、携帯がブルブルと震えだす。
衰は携帯の画面を確認する。
『知 朱』と着信画面に表示があった。
「はい、衰です。
はい、こちらのほうは片付いたわ。
え?仕事?
……
そっちは知ちゃんとレヌ姉ェがやるんじゃなかったの?
……ふん、ふん。分かったわ。
じゃあ資料を送って。
はい、じゃあ」
衰は携帯を切ると大に向き直る。
「仕事だって」
「けっ、人使いが荒いねえ」
「良いじゃない。あなたは暴れられればそれで満足なんでしょ」
「はっはぁ、ちげぇーねぇ」
大と衰はゆっくりと廃墟を後にする。
風はもう冷たくはなかった。
2019/02/28 初稿