二話 歓迎会
「遅いぞアンデレ!」
PXに着いた時にはもうすでにエンジェル中隊は全員そろっていた。
「ハッ! 申し訳ありません。その、天翔が支度に――」
「部下の責任は上官であるお前の責任だ。よってお前には罰を与える。今晩はこの店にあるウォッカを全部飲み干すまでは部屋に帰ることは許さん!」
メシアにそう言われたアンデレはバックバーに並ぶウォッカの酒瓶の数を見て顔が青ざめる。
「いや、隊長、それはあまりにも……」
「なんだ、そんなに嬉しいのか? そうかそうか、よしたんと飲め」
そう言うとメシアはアンデレにグラスを持たせ、そのグラスになみなみとウォッカを注ぎ始める。そしてそこでメシアは集まっているエンジェル中隊の面々に顔を向ける。
「よし、少し遅くなったが主役も登場した。では、これより追悼と天翔の歓迎会を始める。まず初めに今回の襲撃での全ての戦死者に哀悼の意を込めて」
そう言うとメシアは手に持ったグラスの酒を一気に干す。それに倣ってPXにいたA中隊以外の全員も同じように手に持ったグラスの酒を一気に飲み干す。
「さて、湿っぽいのはこれで終わりだ。これからは我が中隊に配属になった天翔少尉の歓迎会に移る。天翔少尉こっちに来い」
天翔はメシアに呼ばれ、中隊員に背中を押されて一歩前に出ると、そのままメシアの隣まで歩いていき、メシアの隣に立つと少し背筋を伸ばす。
「さて諸君。実はここにいる天翔少尉だが、先ほど全員の戦闘記録を確認したところ、なんとこの天翔少尉が今回の戦功一等であったことが解った」
メシアの言葉に中隊員全員が驚く。実際天翔もその言葉に驚いていた。初戦でしかも無我夢中で目の前の恐怖から逃れるためにやっていたことで、実際天翔自身もどれくらいのフェアリーを倒したかも解らない。しかし、それがハービーにはすべて記録されており、それを戦闘報告としてメシアに送られていた。
「おいおい、いきなり初戦でエースパイロットの称号かよ」
「まさかルーキーに負けるなんてな」
中隊員全員がそれぞれに天翔への賛辞ともやっかみともつかない言葉を述べる。少しざわつく中隊員に手を少し上げて抑えるメシア。
「この戦功に対して私は司令官に勲章の申請を行うことにする。そして、エースパイロットの称号を私から送る」
メシアはそう言うと天翔の常装の胸元にエースパイロットの証である、二本の剣が交差した記章を胸に取りつける。
「これからも隊の為に頑張ってくれ」
メシアの言葉に敬礼で答える天翔。メシアに敬礼した天翔に、A中隊の隊員からの拍手がPXの中に響く。それを受け隊員全員の方を向き、全員に敬礼をする天翔。
「さて、セレモニーはここまでだ。では……」
メシアはそう言うと自分の分のジョッキと、天翔に渡すジョッキを手に取り、それを天翔に渡すと、自分の手に持っているジョッキを高く掲げる。それに倣って中隊員も全員ジョッキを高く掲げる。
「天翔の今後一層の武勲と、エンジェル中隊の栄光に!」
メシアの言葉の後に全員そろって『乾杯!』と言うと一気にジョッキに入ったビールを飲み干す。
それからは全員が一斉にテーブルの上に置かれた食事や、飲み干した代わりのジョッキを手にそれぞれがそれぞれの好きなように始める。
天翔はカウンターに持たれかかりながらその光景を眺める。さっき飲み干したジョッキを店員に渡し、新たに手に持ったグラスに入ったウイスキーを少しずつ飲みながら、それぞれの席を見渡す。そこに、アンデレが寄ってくる。
「よう天翔。飲んでるか?」
アンデレはメシアに言われた通りにウォッカを片手に天翔に寄って来る。
「お前は生意気な奴だとは思っていたが、実力は本物のようだな! 気に入った、取りあえず飲め!」
そう言ってメシアからの罰である、ウォッカを天翔に注ごうとする。それをさらりとかわし、新たなウイスキーの入ったグラスを手に取る。
「それは大尉の飲み分では?」
天翔は少し冷たく言う。
「おいおい、そんなこと言わずに少し手伝ってくれよ……。もとはと言えば、お前が遅れてくるから……」
少し泣きそうなアンデレがなんとなく面白く、天翔のS気がじわじわと滲み出る。
「いえ、それとこれとは別問題ですから」
「お前、冷たい事いうなよ……」
「私が手伝うのは構わないのですが、それでは大尉の名誉にかかわるのでは? まだ着任したばかりのルーキーに、エンジェル中隊の副官で、中隊の中核を担うドミニオンズ小隊の隊長であるアンデレ大尉の信用に係わる事です事ですから」
「わかった、解ったよ! 全部飲んでやればいいんだろ! 飲んでやるよ!」
天翔の言葉に、もう返す言葉が見つからないアンデレ。そして少しやけになったように手に持ったウォッカの瓶をラッパ飲みで飲みだし、一気にその瓶を飲み干す。
「どうだ、参ったか?」
「さすが大尉です。さあもう一本」
そう言って新たな瓶をアンデレに手渡す天翔。それを泣きそうな、半分自棄になったような赤い顔で見るアンデレ。そして、それを手に取ると蓋を開けて、また一気にウォッカをラッパ飲みする。そして、半分くらい飲んだところでいきなりバタンと後ろ向きに倒れていく。
「おい、また大尉が倒れたぞ」
「ほっとけほっとけ、いつもの事だ」
「そうだな、一時間もしたら眼を覚ますだろう」
隊員はそう口々に言うと、何もなかったかのようにまた飲み始める。そして倒れこんだアンデレを見て天翔は少し可哀そうな事をしてしまったかと思ったが、そこに今度はクレナイ事、エリザベトが天翔に歩み寄ってくる。
「あらら、またつぶれちゃったのねアンデレ。全く、身体の割には飲めないのよね~。ほんとに。だからいつもメシアに揶揄われちゃうのよね~」
常装がはち切れんばかりに強調された胸を惜しげもなく披露するエリサベトが、黒い肩にかかるくらいの少しウェーブのかかった髪を、少し揺らしながら天翔の隣に歩み寄る。
「大尉、いつもこんな感じですか?」
「そうね、アンデレの歓迎会の時に飲みつぶれてから、いつもこんな感じよ。それを見たメシアが面白がって、いつもこうやってアンデレを潰させるように飲ませるもんだから、もう中隊の名物になってるわね」
エリサベトの言葉に、少し憐みのような目をアンデレに向ける天翔。
「それより……」
天翔に少ししなだれかかる様に、肩に顎を乗せるエリサベト。
「あたしはあなたの事が気になるんだけどな……」
ブラウンの引き込まれるような目で、じっと天翔を見つめるエリサベト。少し酒の混じった甘い息で天翔の耳元で囁く。天翔でさえも、少しくらくらと来てしまいそうなその色っぽい仕草に、どうしたものかと思っている所でメシアがこちらに酒を飲みながら向かってくる。
「おいエリサベト。あんまりルーキーを揶揄ってやるな」
「え~、別に揶揄ってるわけじゃないんだけどな~」
そう言いながら、少し天翔から体を離す。
「まったくお前というやつは少し男前のルーキーが来るとすぐにこれだ。全く、隊規が乱れ――」
「ハイハイ、もうお説教は良いわよ。じゃあ、また後でね天翔君。あたしの連絡先送っておいたから。いつでも連絡待ってるわよ」
エリサベトはそう言うと天翔の前を去っていく。
「まったくアンデレと言いエリサベトと言い、うちの隊には碌な奴がいない……」
呆れたように愚痴りながら天翔の横に立ち、手に持ったグラスを煽り一気に飲み干す。そして、新たな一杯を手に取る。
「お前ももう一杯どうだ?」
「いただきます」
二人は新しいグラスを手に取り、少しグラスを高く上げると、それを飲む。それをじっくり味わうように飲み、少しため息を吐くように息を吐きだすメシア。
「お前の今日の働き、よくやった。確かに基地襲撃の時は少し怯えていたようだが、それ以降の働きは目覚ましいものが有る。口だけで無い事は確かだな」
「恐れ入ります」
「やけにしおらしい口を利くじゃないか。最初の勢いはどうしたんだ?」
少し揶揄うような口調のメシア。
「少佐にはまだ私の実力では敵わないことは、模擬戦でもわかりましたし、それに対して敬意を払っているだけです」
「そうか、いい心構えだ。だが、いつかは私でさえも超えてもらわなければな」
「そうですね。何時かは超えさせてもらいます。しかし、それには相手の事をもっとよく知らなければならないと思うのですが?」
その言葉にメシアは透き通ったアイスブルーの瞳で、天翔の目を見つめ返す。
「ふふふ、面白いやつだな天翔少尉は」
少しはにかんだメシアに天翔は少したじろぐ。今までの勇敢な感じの女性から、少しあどけない少女のような笑い顔に変わったメシアに、天翔の中で今日一日でしかないが、完全にイメージを覆された。
「お前はいつもそうやって女を口説いているのだろう? それで何人の女が転んだのだ?」
「それほど多くはありませんよ。それに、少佐ほどの美人もいませんでしたね」
「まったく、上官を口説こうとは良い根性している。だが……、そこまでストレートに言われると悪い気はしない」
メシアはまた天翔の方に顔を向け、正面から天翔を見つめ返す。周りの喧騒も聞こえないくらい、二人は見つめあう。まるで二人だけの空間がそこにあるかのように、二人はしばらくの間見つめ合い続けていた。
しかし、その時、アンデレの大きな「ぐわー、ご―」という鼾が二人の時間を元の時間に戻す。
「まったく、こいつはいつまでこんな所で寝てるんだ? 天翔、ちょっとこいつを宿舎まで運んでやれ」
「わかりました。しかし、大尉の部屋はどこでしょうか?」
天翔の言葉に少し考えるメシア。
「そうだな、誰かに……いや、私が付いて行ってやろう」
完全にアンデレに雰囲気を壊された天翔だったが、メシアとの完全に二人の時間を作ることが出来た天翔は、今度はアンデレに感謝さえしたくなった。天翔はアンデレの身体を担ぎ上げ、それを引きずりながらPXをメシアと一緒に出て行く。
少し冷やりとした外の空気は、酔いを醒ますにはちょうど良く、基地は基本的には灯火管制が敷かれているので、星が良く見える。
「シェフィールドの空は本当に綺麗だ。テラにいる時もよく星を見ていたが、ここの星はテラで見ていた星よりも綺麗に見えるような気がする……」
メシアの言葉に、天翔も空を見上げる。そこには大小様々な光が散りばめられ、地球ではなかなか見ることが出来ないような天の川が流れている。
「なるほど、確かに地球よりも綺麗ですね」
二人して、思わず空を見続ける。しかし、その時にもアンデレの鼾は静寂の空間に響き渡る。その音に天翔とメシアはお互いの顔を向けて苦笑する。そして、アンデレを何とか宿舎に運び込み、そのままメシアと天翔はその日はPXに戻ることは無かった