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妖精の果実  作者: 流民
第二章
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一話 帰還

 B-1基地に到着しA中隊は、全機をハンガーに移す。

「こりゃ酷くやられたもんじゃな」

 A中隊の中隊付き整備兵のセト大尉が頭頂部が禿げ上がった頭を掻きながらメシアに話しかける。

「隊員もずいぶんやられたな。それに……マルコの姿が見えんようじゃが?」

 メシアは黙って少し目を背ける。

「そうか……奴にはカードの貸しが有ったんじゃがな……」

「整備にどれくらいかかりそうだ親父さん?」

 真っ白で長く蓄えられた髭を手で触りながら少し考える。

「当分は全力出撃は無理じゃな。まあ、全力出撃が出来るようになるまで一週間と言ったところか」

「なるべく早く頼む」

「わかった」

 セトはそう言うと早速整備に取り掛かろうと、若い整備員に声をかける。

「おいミリアム! 何をぼさっとしとるんじゃ、さっさと整備に取り掛からんか!」

 ミリアムと声をかけられた、長い黒髪を後ろで三つ編みにした、眼鏡で少しそばかすのある顔は、少女と言っても通じるくらいの見た目の若さの女の子が、油で少し汚れた顔を袖で拭いセトにふり向く。

「はい、今いきます!」

「機体のチェック急げ、損傷の軽い機体から優先して修理していくぞ!」

「はい!」

 二人のやり取りを見ながらメシアは中隊員が集まっている場所に歩み寄る。

「全員そろっているな?」

「ハッ!」

「よし、休め」

 メシアの言葉に少し体制を楽にする中隊員。そして、中隊員の顔を眺める。

「少なくなったな……」

 誰にも聞こえないくらいに小さくつぶやくメシア。

「今日の戦闘はご苦労だった。一週間ほどはA中隊は満足には動けんだろう。それに、知っているとは思うが、マルコ大尉が戦死した。当面の間はヴァーチュース小隊はイサク中尉」

「ハッ!」

「貴様が小隊長として隊員を掌握しろ」

「イエッサー!」

「他の者も多く戦死者、けが人が出ている。当面はA中隊は地上勤務だ。それと、今日の戦闘のレポートはハービーから送っておくように」

「イエッサー」

 メシアは全員の顔を見渡し、そしてまた話し始める。

「とりあえず、明日は一日休みにする。それと、今日はこの後戦死者の追悼と天翔の歓迎会を兼ねてを行う。一時間後にPXに集合。約束通り一杯目は私の奢りだ、遅れずに来るように! 良いな?」

『イエッサー』

 全員が一斉に答える。

「では解散!」

 メシアの一言で全員がそれぞれバラバラの方向に歩いていく。天翔はまだ来たばかりで宿舎の位置も分からない。それをアンデレは気が付いたのか、天翔に話しかける。

「天翔」

「はい?」

「宿舎の位置を教えてやる。ついて来い」

 アンデレが歩き出し、それに付き従うように歩き出す天翔。宿舎に向かうその途中で振り返らずにアンデレが話しかける。

「天翔」

「はい」

「今日はよくやった」

「……ありがとうございます」

 少し躊躇った後控えめに返事をする天翔。

「なんだ? 落ち込んでるのか?」

 アンデレの言葉に返事を返せないでいる天翔。

「まあ、初の実戦だ。それに今日の戦闘はいつもの定期便に比べてかなりきつい物だった。戦死者なんてほとんど出さないうちの中隊でさえ戦死者が何人も出たくらいだ。それを考えたらお前は運がいい」

 一人話し続けるアンデレ。天翔はそれを黙って聞き続ける。

「とにかく、お前は生き残れた。それだけで十分だ。死んでいった者たちには申し訳ないが、生き残った俺たちは明日も生き残らなきゃならん。だから、慣れろとは言わんが、あまり気に病むな。解ったか?」

「はい……」

 静かに答える天翔。

「ここが宿舎だ」

 いつの間にか宿舎に着いた二人、天翔はその宿舎を見上げる。五階建てのコンクリート製の建物で、部屋は一つのフロアーに正面から左右に二〇室ほどある。電気のついていない部屋が中にはいくつかある。今は警戒の部隊が何人か歩哨に出ているかもしれないが、それ以上に電気のついていない部屋がある。その電気のついていない部屋を見て、天翔はまた少し気持ちが沈んでいく。

「とにかく、シャワーでも浴びてすっきりしてこい、三〇分後にロビーで集合だ。お前の部屋は二階の右側の一番奥だ」

 アンデレはそう言うと宿舎の中に入っていく。それに少し遅れて天翔も宿舎の中に入っていく。

「じゃあ、後でな」

「はい……」

 アンデレはそう言うと一階左の薄暗い廊下の奥のほうに歩いていく。天翔も目の前の薄暗い階段を上り、二階の廊下を歩く。そして、一番奥の部屋に自分のIDをあてると、部屋の鍵が静かに空き、部屋の中に入る。扉が開くと同時に室内の明かりが照らされる。部屋の広さはそれほど広くはなく、奥行き方向に長い。しかし、一人ですむには十分な広さがある。玄関のすぐ左手にトイレとシャワー、部屋の奥にはカーテンの閉められた窓があり、その前に立体テレビ、その向かい側にベットが一つ。そして、クローゼットがあり、その中には予備のパイロットスーツ二着、常装が二着、それに正装、礼装が一着ずつ収められている。その中に手持ちの荷物を押し込み、今着ているパイロットスーツを脱ぐと、玄関となりの浴室に入りシャワーを浴びる。

 蛇口をひねるとすぐに熱いお湯が流れだし、それを頭から浴びる。しばらくの間壁に片手を突き、勢いよく降り注ぐシャワーを浴び続ける。天翔けの身体を濡らしながらシャワーから注ぐお湯は勢いよく排水溝に流れていく。

 今日あった出来事を、そのまま忘れ去ろうとするかのように、シャワーを浴び続ける。正直天翔は戦場という物、実戦という物を舐めていたところがある。訓練でやってきたものはほんのお遊びに毛が生えたようなもので、命のやり取りに、今日起こった出来事に、天翔は怖くなってしまった。しかし、それでも天翔はこれを乗り越えようと、慣れて行こうとしている。実際にB-1基地襲撃以降の天翔は、戦闘に慣れだしてきていた。いや、実際には考える暇もないほどに生き残る事に必死だった。それで、どこか感覚が麻痺はしてきていたのだろう。最初の敵を撃ち抜く瞬間、その顔が何処か頭から離れなかったが、遭遇戦の時にはそれを考えることもなく、そして二体目以降のフェアリーの顔は思い出すことも出来ない。これが慣れなのかもしれない。天翔はそう思い出していた。

 シャワーの流れる音がふと耳に入ってくる。一体どれくらいの時間こうしていたのか、浴室に取り付けられた時計をふと確認する。アンデレと約束した時間にもうあと少しでなろうとしていた。

「まずいな……」

 天翔は急いで浴室を出ると、シャワーでぬれた体をふき取り、急いで常装に着替える。新品の糊のきいたカッターシャツに袖を通し、モスグリーンのズボンと上着を着込む。そして、そのまま部屋を後にし、すぐにロビーに向かう。そこにはもうすでにアンデレが待っている。

「遅いぞ天翔」

「すいません」

「隊長はこういうことに遅れるのを最も嫌う。覚えておけ!」

「イエッサー」

「PXまで少し距離がある。走るぞ!」

 アンデレはそう言うとロビーからPXがある方向であろう場所に向かって走り出すアンデレ。それの後を追う天翔。その巨体からは想像もできないほどのスピードで走る。重力が軽いせいだろう、まるで少し空を舞うかのように走っていく。その姿がアンデレでなければ絵になりそうであるが、アンデレがやると勢いが付きすぎて飛び出したゴリラのようにしか見えない。その姿を見ながら、少し噴き出してしまいそうになるのを堪え、天翔も重力の低いシェフィールドの大地を滑るかのように走っていく。

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