一話 天翔着任
銀河系を真上もしくは真下から見ると渦を巻いた円形の形に見える。銀河系中心部から見て地球の有るほうを北とすると、その星系シェフィールドは反対側の南側にあり、銀河同盟の共通の敵、惑星連合の支配する、銀河中心面から東、銀河同盟の便宜上の呼び方に従うと第四管区の境界線のすぐ近く、第三管区の端。
そこにシェフィールド星系はある。そのシェフィールド星系のハビタブルゾーン、つまり人類の居住可能宙域にある第三惑星シェフィールドに、天翔 翼は銀河の反対側からたった今到着した。
陸地と海の割合が地球と反対の、陸地が七に対し海が三になり、その殆どはかなり背の高い森林に覆われた惑星だ。森林独特な緑の濃い空気に軌道エレベーターを降りた天翔はすぐにその身体を包まれる。地球の森林に近い空気に、今まで狭い輸送艦と軌道エレベーターの中での窮屈な環境に慣れさせられた天翔は手荷物をコンクリートで舗装された地面に置き、シェフィールドの地球より軽い重力に逆らうように、固くなった体を解すように少し体を伸ばし、深呼吸をする。
少し湿り気の有る風が、天翔の黒く少し短く整えられた髪を揺らす。そして少し気怠そうに地面に置かれた荷物を手に取る。そしてこれから着任する予定の基地B-1基地行の輸送機に乗るために歩き出す。またしばらくの間狭い輸送機内にその大きな体を閉じ込めないといけないのかと思うと天翔は少しうんざりした様子で歩くが、それが軍隊に入った天翔の宿命であり、その程度の事が我慢できないほど天翔のつい先日までいた機動歩兵士官学校は甘くはなかった。
駐機場にアイドリング状態で駐機していた輸送機、C-20輸送機、通称ホエールに乗り込むと、その中は天翔の思っていたほど狭くもなく、人ひとりが十分に過ごしやすい空間に設計されていた。
「意外と広いんだな……」
今までMF、可変型機動ユニット、通称メカニカルフレームの狭いコックピット内にしか、座ったことが無かった天翔には、少し以外に思えたが、隣に座る兵士の姿を見てその理由が理解できた。
そこにはかなりの体躯の兵士が窮屈そうに座っていた。おそらくその兵士の出身は地球より重力が強いマザーアース出身の兵士なのだろう。地球から人類が飛び立って二〇〇年以上経ち、地球以外の星で生まれた人類は基本的な遺伝子情報は一緒だが、その星で適応させるためにその身体の状況を変えてきていた。
その地球人には快適な輸送機のスペースで天翔は窓の外を見る。まだ、滑走路にも出ておらず、駐機場で待機したままのホエール。基地の周りには背の高い、地球では見たこともないような植物が茂っている。そんな景色を眺めているとようやく、前方の扉の上の赤いランプが点灯する。どうやらようやく離陸するようだ。
エンジンが始動し始めたのか、甲高い音が機内に響き渡る。民間機と違って、離陸のアナウンスなどは無い。まだ与圧されているだけましであろうが、離陸時の滑走の振動はかなり強く、民間機であれば滑走できないような場所でも軍用機はそのまま離陸してしまう。
少しの滑走の後、ホエールはふわりと浮き上がり、どんどんと地表が離れていく。かなりのスピードで高度を上げる。輸送機にしては早い。おそらくそれもシェフィールドの重力が低い事に由来するのだろう。上昇を終えたホエールは水平飛行に入り、しばらくの間安定した飛行を続ける。眼下には深い森林。地球の日本出身の天翔からすれば空に上がったらすぐに海が見えたものだが、シェフィールドではなかなか海を見ることは出来ない。着任するB-1基地まではまだ少しの時間がかかる。この惑星の原住民との最前線にあたる基地で、常に激戦の中に放り込まれているような基地らしく、パイロットの損耗率はかなり高いようだ。なんにしても、天翔にはそんなことは気にもならなかった。とにかく、MFで空を飛べればそれでよかった。そして敵を倒す。できれば原住民ではなく、惑星連合と戦いたかったが、今の天翔にはそれだけで十分だった。眼下に広がる景色を眺めながら、天翔はいつの間にか今までの移動の疲れが出たのか眠ってしまっていた。
天翔が次に気が付いた時には、もうB-1基地が近いのか、高度をだんだんと下げつつあった。前方が見えないだけに周りの森林だけを見ていると、このまま不時着でもするのではないだろうかと思ってしまう。そして唐突に視界が開けると、そこには基地を囲むように高い壁がそびえ立っており、その壁の中に吸い込まれていくように降下していくホエール。壁の中に入るとすぐに着陸の衝撃が機体を揺らす。民間機であればパニックでも起こしかねないような荒っぽい着陸だが、頑丈な軍用機のパイロットはそのスペックを十分に理解し、最短距離での着陸を常に行っている。軍用機は離着陸の時が一番無防備になるからだ。
ホエールはそのまま駐機場に移動し、乗降口が明けられると乗客は皆それぞれに荷物を抱え機体から降りていく。軌道エレベーターから二時間ほど飛んだ所だったが、B-1基地は熱帯地帯のように熱く、シェフィールドの赤道に近い場所にあることが伺える。ホエールを降りた天翔は荷物を抱えると、基地に向かって歩き出す。その途中で見かけた整備兵の一人に声をかける。
「基地司令はどちらに?」
声をかけられた整備兵は天翔の胸についている台形の下地に、赤の四方星一つ星の階級章を確認するとすぐに敬礼する。
それに答礼する天翔。
「あちらに見える建物の三階に基地司令はいらっしゃいます。ご案内いたしましょうか?」
「いや、構わない。作業を続けてくれ」
「了解いたしました」
そう言うとまた敬礼をして作業に戻る整備兵。そして、指さされた場所に天翔は歩き出す。熱帯の空気が、まるでそこに透明のフィルムでもあるかのように、天翔の身体にまとわりつく。少し汗ばみながら、基地内に入るとようやくエアコンの涼しい風包まれる。先ほどの整備兵の言っていた通りに三階へ向かうための階段を上り、ほとんど窓のない薄暗い廊下を基地司令のいる部屋に向かう。少し大きな鉄の扉の前に基地司令室という小さな看板を見つけ、その重そうな扉をノックする。ほどなく部屋の中から「入りたまえ」という言葉と共に天翔は見た目通りの重い鉄製の扉を開け、中に入り、床に荷物を降ろすとすぐに敬礼する。
「天翔翼少尉ただいま着任いたしました」
正面の窓際に座るメガネで七三分けの顔色の悪い、気の弱そうなおっさんが司令なのだろう。階級章は少将を表す紫色の六芒星が一つ。そしてその横には、つなぎを腰まで下ろしたタンクトップ姿で、その見事な肢体を見せつけるような服装で、特徴的な長い金髪にアイスブルーの瞳、重力の低いテラ出身なのだろうか、身長も一八〇センチ近くある天翔とそれほど変わらないくらい高く、今までで天翔が見てきたどの女性よりも整った顔立ち。そんな女性が感情の読み取りにくい顔で、腕を組みながら飾り気の無いコンクリートの壁にもたれかかりながら立っている。目を奪われそうになるが、また司令に視線を移し、敬礼を解く。
「ご苦労。私がこのB-1基地の司令官、ダビデだ。聞いているとは思うがここは銀河同盟の中でも最重要拠点の一つだ。機動歩兵士官学校首席で卒業した君の実力に期待している。実務面に関しては君の上官にあたる――」
「メシア・メルバだ。君は我がA中隊に配属になる」
途中で言葉を遮られるような形になったダビデは少しむっとしたが、あまり気にすることもなくうなずく。
「では、メルバ少佐。後は頼む」
それに頷くメシア。敬礼もせずに部屋を出るメシア。天翔もそれに続くように敬礼をして部屋を出る。メシアの後ろに付き従う天翔。誰にも聞こえないようなため息を一つ吐く。天翔は今までアカデミーでも誰にも負けることなく首席で卒業した。教官でさえも天翔に勝てるものはいなかった。ましてや女なんかに今まで模擬戦でさえも一発も食らうようなことは無かった。
別に女性蔑視しているわけではない。今までも交際をした女性は何人もいる。その天翔の見た目の良さで何人もの女性が天翔と付き合ってきたが、その全てが天翔から一方的にふられていく。天翔の興味を持てる女性が今までにいなかっただけで、そのドライな性格も相まってすぐに女性に別れを切り出す。そんな事を繰り返していく間に、天翔についたあだ名は【レディーキラー】とモテない男と、天翔に興味も持たれない女たちの間からやっかみも込めてそう呼ばれるようになる。
「アカデミーでは首席で、負けなしだったようだな。大したものだな」
突然メシアに話しかけられ、少し驚く。
「いえ、大したことはありません。周りのレベルが低かっただけです」
「ほう……、よほど自信があるようだな」
少し口元を緩めるメシア。
「それほどでもありませんが、あるいは少佐殿にでも……」
「ふふふ、そうか。面白い」
メシアの後について歩き、そのままハンガーに向かう。そこにはパイロットスーツを着た何人かが待っており、その全員がメシアに敬礼をし、それに答礼するメシア。その何人かのメンバーの前に立つメシア。
「今日付けで我がA中隊に配属になった天翔少尉だ」
そう言って天翔にちらりと視線を向けるメシア。
「本日付で配属になった天翔です」
短い挨拶をして形だけの敬礼をすます天翔。目の前に並んだ個性豊かなパイロット達。それを紹介するメシア。
「右から第二小隊ドミニオンズの小隊長兼副官のアンデレ大尉、その隣が第三小隊バヴァーチュースの小隊長マルコ大尉、第四小隊スローンズの小隊長エリサベト大尉、そして第一小隊セラフィムの小隊長兼中隊長の私だ。当面の間貴様には第二小隊のアンデレとペアを組んでもらう。何かあればアンデレに聞くように。何か質問は?」
「ハッ! では一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「ほう、なんだ?」
「皆さんの実力はどのようなものでしょうか? どうも私より腕の悪い上官には付きたくないものでして」
天翔の言葉にそこにいる者全員が少しざわつく。それをメシアは制止、少しニヤリと笑う。
「そうだな、その意見には私ももっともだと思う。では、どうだろう。歓迎会も兼ねて模擬戦でもやろうではないか。そうだな、中隊長の私を含め、各小隊長との模擬戦で少尉が全員の力量を図ればいい。これでどうだ?」
天翔はその言葉に口元を少し緩め頷く。
「わかった、では各小隊長は全員乗機し模擬戦を行う。少尉の乗機は新品のMF-01アタッカーを用意してある。親父さん、準備は大丈夫だな?」
親父さんと呼ばれた真っ白な髭と禿げ上がった頭の老人は右手を挙げて答える。
「よし、準備が整い次第歓迎会を開始する。三〇分後に始める。いいな?」
全員がそれに敬礼で答え、ハンガーの中は少しあわただしくなる。天翔もロッカーでパイロットスーツに着替え、ヘルメットをかぶり、目視での機体の最終確認を行い、乗機に乗り込み、AIのハービーを立ち上げると、女性とも男性ともつかない中性的で抑揚のない声で機体が天翔に話しかけてくる。
『生態認証確認、パイロット天翔翼少尉……パイロット確認。天翔少尉と認識。こんにちは天翔少尉。ご機嫌はいかがですか?』
「ああ、上々だ。ハービー自己診断プログラムスタート」
『了解。自己診断プログラムスタート……、ノーマル。エンジンを始動させますか?』
「それは俺がやる。以後、エンジンのスタートはこちらでやる事にする」
『スタート・ユア・エンジン』
ハービーの中性的な言葉に、天翔はエンジン始動のボタンを押す。それと同時に、脚部とバックパックに搭載された反物質を利用したエンジン、三星重工業社製の極星三型エンジン四基に火が点る。心地よいエンジンの振動で、天翔の気持ちは少し落ち着く。
その時ヘルメットから通信が入ってくる。
『よう新入り。こちら管制。着任早々の歓迎会ありがたい事だな』
「なに、ちょっとしたお遊びさ」
天翔の言葉に少し口笛を吹いて答える管制。
『天候は晴れ、風は一八〇度三ノットだ。周りにフェアリーの気配も今の所は無い。絶好のピクニック日和だ。各小隊長の後での発進だ。ところで、新入りコールサインは?』
「そうだな、ウィングで頼む」
『了解、ではウィング、今エンジェル中隊の隊長のメイスが離陸中だ、その後オーク、スネイク、クレナイ、そして最後がウィングだ。つっかえるなよ』
「ウィルコ」
天翔は了解の意を答えると、機体の状況の最終確認を行う。すべて正常に作動する事を確認して、機体をゆっくりと滑走路に向かって移動させる。滑走路にはクレナイであろう尾翼が深紅に塗られ、小型の円盤型のレドームを機体下部に取りつけていることから、乗機はMF-03スカウトだろう。そのクレナイの機体が待機しており、今にも滑走し始めようとエンジンをふかしている。エンジンの乱流に巻き込まれないように、機首を少しずらし、待機する。そして、クレナイが滑走を始め、わずか二〇〇メートルほどで滑走路を離れ、シェフィールドの空に飛び立っていく。その先にはすでに三機の機影が、飛行機雲を描きながら空を舞っている。
『ウィング、準備はいいか?』
「いつでも」
『OK、離陸を許可する。グッドラック』
「サンクス」
天翔はエンジン出力を上げ、天翔の身体急激なGが掛かる。短距離離陸性の極めて高いMF-01はその重厚な身体を一気に大空へ押し上げる。離陸後すぐに機体をロールさせながら急上昇し、天翔よりも前に空に上がっていた四機の待つ空域に追いつく。シェフィールドでの天翔の初飛行はこうやって始まった。