一話 新たなる命令
天翔が中尉になり、ヴァーチュース小隊の分隊長を拝命して一か月が過ぎようとしていた。この一か月間は小規模な戦闘が相次ぎ、その度に各小隊に少ないながらも被害が出ており、A中隊にも死者はいないものの、機体への被害は発生していた。何とか今までは二個小隊程度の規模は保てていたものの、それも今では全機かどうしても常時出せる機体は二個小隊を切るほどまで戦力は低下していた。
「司令官!」
メシアは唐突にダビデのいる部屋の鉄製のドアを、ノックもせずに勢いよく開ける。
「いきなり何かねメルバ少佐?」
「前々からお願いしている補充の件はどうなっている?」
「相変わらず失礼な物言いだな君は」
「それをいまさら言っても仕方あるまい。それより補充の件はどうなっている?」
メシアのあまりにも失礼な物言いにも少しため息を吐くだけに留めるダビデ。
「解ってはいる。しかし、今戦局はどこも苦しい。シェフィールドに限らずな。それを考えれば、私は補給は切らさずによく来ているほうだ。他の前線なぞ、ろくに補給が行き届かないところもあるくらいだ」
「そんな話を聞いているのではない。それに兵隊を飢えさせないのは指揮官の務めだ。古来から飢えた兵隊は戦いに勝利する事は出来ないのだからな」
メシアの言葉にダビデは両手の平を少し上に向けて肩をすくめる。
「わかっている。しかし、実際の所シェフィールドでの戦いよりも、惑星連合との戦いがかなり厳しい状態だ。補充兵もまだもう少し、来ることは無いだろう」
ダビデの言葉にメシアはため息を吐く。
「それで、実際の所はどうなんだ? これ以上損耗するとB-1基地の維持にも係わってくるぞ?」
「それは分かっている。だが実際問題どうにもならん。機体の方は何とか手配するが、人の育成には時間がかかる。特に特殊な機動を行うMFのパイロットはな」
ダビデの言葉にまたため息を吐くメシア。
「いっその事、ここにブートキャンプでも作ったらどうだ? まあ、そんなことは出来ないだろうがな……。まあいい、分かった。とにかく、補充兵の件はよろしく頼む」
メシアはそう言ってダビデの部屋を出ようとしたとき、ダビデが呼び止める。
「ああ、そうだ少佐」
ダビデの言葉にふり向くメシア。
「少佐に任務がある」
そう言ってメシアに一枚の紙きれを見せつける。それをひったくる様に手に取るメシア。そして、紙に目を通すと、そこには正式な命令書で、その内容はファットアップル輸送の護衛任務という内容が書かれている。
「いつものやつかい?」
「ああ、そうだ。いつもの通り、オリジンアップル輸送のOAC-50【ファットアップル】の護衛任務だ。骨休めにはちょうどいいだろう?」
「まったく、支配地域内とはいえ、気を張る任務ばかりをいつも押し付けてくるもんだな。ええ?」
「正直言うと、私の中でのA中隊の存在はかなり大きい。他の中隊では安心できないのだよ」
「他の中隊長が聞いたらどう思うだろうな?」
「これはここだけの話にしておいてくれよ」
「信頼されるのは良いが、こっちは過重労働だ。その分休暇は頂くぞ?」
「ああ、ベース・ゼロへ着いたら三日間の休暇を取ればいい。向こうはこちらとは違って都会だ。部下も喜ぶだろう?」
ダビデの言葉に少し考えて頷くメシア。
「解った、その約束必ず守ってもらうからな」
「ああ、手配しておこう」
「ふん!」
メシアはそう言うと命令書を手に持ちダビデの部屋を後にする。そして、自分の執務室に戻り、再度命令書を確認する。命令発令は翌日シェフィールド標準時一〇時、FB-5基地より離陸するOAC-50、四機の護衛任務だ。作戦所要時間はベース・ゼロに着くまでのおよそ五時間、動員はA中隊とEP-03電子戦/早期警戒機【グラウンドアイ】一機が随行する。途中、護衛のA中隊は空中給油機と落合い、空中給油を受け、ベース・ゼロまで護衛を続ける。飛行ルートを見ても、支配地域内のど真ん中を通過するルートで、危険はさほどないようにメシアの目にも見えた。副官のアンデレの意見も聞こうと、アンデレを執務室に呼ぶ為、アンデレに通信を送る。
「アンデレか?」
『イエッサー』
「新たな命令が来た。貴様の意見を聞きたい。私の執務室に来てくれ」
『直ちに伺います』
通信が終わり、数分後にはアンデレはメシアの部屋の扉をノックする。
「入れ」
「失礼します」
メシアの前に立ち敬礼をするアンデレ。
「新たな命令書だ」
そう言ってアンデレに命令書を手渡す。それを受け取るとパラパラと何枚かめくり、内容を確認する。
「どう思う?」
「まあ、いつもの通りですな。それほど難しい任務でもないかと」
「そうだな。中隊の士気はどうだ?」
「ここの所の出撃で疲れてはおりますな。負傷者も出ておりますし」
「そうだな。作戦実施は可能か?」
「まあ、このルートでいくのであれば問題は無いでしょう。ピクニックに行くようなものです」
「解った。この任務が終わればベース・ゼロで三日間の休暇だ」
掌に拳を打ち付けるアンデレ。
「そりゃ奴ら喜びますよ」
「早速準備にかかってくれ」
「ウィルコ」
アンデレは敬礼をするとすぐにメシアの部屋を出て行く。それを見送ってメシアはまたデスクに置かれているコンピューターの画面に視線を送り事務作業を行う。
「今作戦はFB-5、後方にあるファームベースからのオリジンアップル輸送のOAC-50ファットアップルの輸送任務の護衛だ。EP-03グラウンドアイも随行する。我が軍の支配地域内での簡単なお仕事だ。とはいえ、これは銀河同盟の生命線である反物質の輸送任務である。ピクニック気分で行くなよ、しっかりと任務を果たせ。何か質問は?」
メシアは中隊員全員の顔を見渡す。
「少佐、よろしいでしょうか?」
「天翔か? なんだ?」
「交戦規定は?」
天翔の言葉に中隊員全員から少し笑い声が聞こえる。おそらくほかの隊員は何度もこの任務を経験しており、支配地域内での交戦は無いと確信しているからだろうが、それを無視する天翔。
「細かい交戦規定は追って指示がある。が、基本的にはウェポンズ・タイト、私の指示、もしくは私より上位の者の指示があるまでは武器の使用は許可されない。その時々で判断する事になる。他には?」
また全員の顔を見渡し、ほかに質問が無い事を確認するメシア。
「よし、それでは九〇〇〇時に出撃だ。準備にかかれ」
メシアの言葉に全員が立ち上がり敬礼をし、そのままハンガーの方に向かう。その後に続くメシア。そして、ロッカーでパイロットスーツに着替え、ハンガーに向かう。ハンガーに着く頃にはもうすでに各機はアイドリングを行っており、それぞれが乗機に乗り込んでいる。メシアもいつものように乗機に乗り込み、ハービーに自己診断プログラムをスタートさせる。
『スタート・ユア・エンジン』ハービーのその声を聞き、自ら乗機のエンジンをスタートさせる。
『こちら管制、メイス毎度の出撃ご苦労な事だな』
「ああ、まったくその通りだ。状況は?」
『二七〇度、一五ノットの風だ。横風がきつい、ニ番滑走路から離陸をしてくれ』
「ウィルコ」
メシアはそう言うと管制の指示に従いニ番滑走路へ機体を移動させる。その後にセラフィム小隊の各機が続く。
「管制、離陸許可を」
『離陸を許可する。グッドラック』
「サンクス」
その言葉の後、エンジンの圧力を上げ、一気に加速し、そのままシェフィールドの空へ一筋の飛行機雲を描きながら舞い上がる。そして、セラフィム小隊の後続も上がり、それを上空から確認し、高度一万フィートで待機する。その後数分でA中隊は編隊を組み、FB-5基地へ向かうA中隊。これから約一時間の飛行を行い、その後五時間の護衛任務に就く事になる。




