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第一話①

                 第一話

 視界いっぱいに広がるのは、私の憎悪の対象がぶちまけた臓器や血液の紅。目眩のするような混沌とした世界の中で、私自身も紅に染め上げられていた。

 そこで私から湧き上がるのは、ただ憎悪だけ。目の前に横たわる屍への憎悪。私を置いて先だった兄さんへの憎悪。私自身への憎悪。憎悪、憎悪、憎悪。

 私はそれに立ち向かう術もなく、ただ泣き叫ぶことしかできなかった。

 

 ☆

 

 強烈な孤独と恐怖を感じて、私は布団から跳ね起きた。そして、カーテンの隙間からこぼれる春の柔らかな朝日で今まで見ていた光景が夢だったことを自覚する。

 「っ…はぁ…」

 思わずため息がこぼれる。何度体験してもこの寝覚めの悪さが体に悪影響であることは明白だ。

 小学五年生の頃のあの日の光景は高校一年生になった今でも鮮明に記憶している。そしてそれはふとした瞬間に私をさいなむ。母親という存在を見た時、兄さんという存在を見た時、突然降ってわいたように現れて私の心を蝕む。それは私が無意識の状態となる夢の中まで追いかけてくるのだ。

 私はこれを一種の呪いだと思っている。いつまでたっても、どこまで行っても、人を殺したという許されざる行為の弾劾は続く。それはたとえ相手が許されざるものだったとしても、その人の被害にあった人がいたとしても、結局それはただの自己満足でしかない。だから自分の自己満足で被った罪は自身が一生かけて償うべきなのだ。私はそうすでに折り合いをつけている。…本当だ、嘘じゃない。

 だからいくら寝覚めが悪いとはいえこの程度で鬱になったりするほど弱いつもりはない。今日もいつものように学校に行く。それだけだ。

 台所で簡単な調理をして朝食と昼食用の弁当を作る。いつも通り朝食はバタートーストとバナナと牛乳。この組み合わせは自分がどんなコンディションであってもおいしく頂ける私専用の朝食メニューだ。うん、今日もおいしい。朝食を完食した後は着替えて軽くおめかしをして学校に向かう。戸締りをしたら、いざ出発!

 こうして朝通学のために道を歩いていると、いつも同じような生活ができていることの良さを実感する。人間には非日常も大切っていうけれど、あまり非日常が連発しすぎて非日常が日常になってしまった日には、心の平穏がどこかへ消え去ってしまいそうだ。いつも通りが一番いい。静かに生きようよ、静かにさ。

 とは言いつつも今日はいつもとは違うことがある。今日は、高校の入学式なのだ。…あれ、これ弁当要らなくない?

 

 ※

 

 高校の入学式と言えど、大したことはない。校歌を聞いて偉い人の話を右から左すれば終わりだ。と思っていざ入場!と思っていたらいつの間にか退場してた。…やばいなんも記憶にない。ぼーっとしすぎやろ私。

 式の後は各クラスに分かれて担任の教師とクラスメイトとの顔合わせをする。それで今日は終わりだ。よし、これもぼーっとしてちゃっちゃとおわらせよっと。

 クラスの確認のため、一階のロビーに張り出されている名簿を見に行くと、とんでもない数の人でごった返していた。やば、こんな人いんのか。しかも遠目で見える限りクラスは優に十クラスは超えている。一クラスの人数は普通に四十人ぐらいだろうから、とんでもないマンモス校だな、ここ。

 言っていなかったが、私が今日から通う桜凪学園は、国内でもそれなりの進学校(中高一貫)で、広大な敷地と様々な設備を持つ、要塞と呼んでも差し支えないような巨大な学園なのである。私としては、彼女との約束を果たすことになるし…良識のある人たちがいる場のほうが変に問題を起こす必要も少なくなるしよいと思ったのだ。

 だが、どうやら買いかぶりすぎだったようだ。

 今は生徒が全員着席し担任が来るのを待っている時間。席の近くに知り合いのいるものも多いらしく席の近いもの同士で話している様子が散見される。

 それはよいのだが、こちらのほうをチラチラ見ながらニヤニヤしあう様子を見ると、正直落胆しか覚えない。…いや、これは落胆じゃない、嫌悪だ。私はもう誰かに邪魔されて生きるなんて散々なんだよ。邪魔するのなら排除するしかないじゃないか。陰口を言うくらいなら関わらないほうがお互いのためだ。そんな言葉にもならない愚痴が心の奥底からふつふつと湧いてきて止まらない。

 だからせめて私に直接かかわるようなことはやめてくれと思っていたのに、教室の前の方で大人数で固まって話していたやつの一人が私に近づいてくる。私には、そいつが体の全身から発する私に対しての不の感情、もとい軽蔑・嘲笑がいやというほど鮮明に感じられ、私までもが不の感情、もとい怒り・嫌悪で満たされてしまった。…もううんざりだ。

「こんにちはぁ~、新岩麗子さん。俺堂前浩輝っていうんだけどさぁ、あんた親殺してる新岩麗子だよなぁ」

 思いっきり私を挑発するような口調。うっとうしい。

 「そうだけど?」

 「へぇ~あっさり認めるんだ。自分は勢いで自分の母親めった刺しにした頭おかしいやつだって認めるんだぁ~」

 冷淡な返しをしたら返しにまたうっとうしい声で煽ってくる堂前。その態度からにじみ出るのはただの敵意でしかなくそれに対して私が抱いた感情は、殺意だ。これはもはや感情ではないただの生存本能ともいえる。しかし自分でもそう客観視できるほどには冷静な状態でいられている。だからと言って私はいくら冷静でいたとしても、この状況を対処する方法は一つしか知らない。

 「そんな人がさぁ、…この桜凪にいていいと思ってんの?」

 それは、完全なる排除。私は次の瞬間手持ちの小刀で彼を切りつけんとする。

 だが凶器を抜いた瞬間、私の視界を覆ったのは無数の針状のもの。

 それは私の前の席の生徒が放った無数の鉛筆。その数は一グロスにもなるかというような量であり、さらにその中に無数の消しゴムまで混ざっている。それらが、先ほどまで一触即発だった私と堂前の間を隔てたのである。

 「ああ~、倒れちゃったぁ、ごめんなさいお二人とも大丈夫でしたか?」

 前の席の彼は慌てて筆記用具たちを拾い出す。まるで私と堂前の話などなかったかのようなそぶりだ。

 「んだよこいついきなり!」

 「ごめんなさい許してくれぇ~笑」

 唐突の邪魔にあからさまに不機嫌になる堂前とそれをへらへら笑って受け流す私の席の前の男。そして彼は自分の席に戻りながら私のほうへ視線をよこした。無論、無視だ。大体何なんだよ、一グロスの鉛筆たちって。そんな数の鉛筆持ち歩くやついるかよ、普通。

 私は堂前に向いていた体を正面に戻した。そして私は、今はただ前の黒板を呆然と眺めるだけの前の席に座る例の男に対し、疑惑の視線を向ける。なぜなら私にはこの男がわざと私たちの間に大量の筆記用具をばらまいたように見えたからだ。あの男が先ほど私のところへ堂前が来た時から急に大量の筆記用具を取り出しているのを私は視界の端でとらえていた。

 気に食わんな、あの男。私の邪魔をするなら、容赦なく排除するまで。そう思い私はその後担任が到着してからも前の席に座る奴の背中をにらみ続けた。

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