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災禍の妖精

作者: 夕の満月
掲載日:2018/04/17

「知識を得ると同時に罪を背負う事もある」


「無知もどちらかといえば罪ですよね」


「無知自体は罪では無いと思うよ。無知が罪を連れてきて初めてそうなるのであってね」


「なるほど、でも何方にせよ罪を背負う可能性があるなら知識を得た上での方がいいです」


「そうだね。さて……と、そろそろ帰る時間かな」


「……またね」


「ええ、またね」






 どこかの町で、そびえ建つビルとビルの間に挟まれた、古ぼけた小さなお店。

 そんなお店に、一人の男が息も切れ切れに走り寄り、壊してしまうのでは無いかと思うほどの勢いで扉を開いた。悲しげな瞳を浮かべた男は、掠れた声を響かせながら叫んだ。


「助けてくれ!!」


 店の奥で椅子に腰掛けていた少女が立ち上がり、うんざりとした顔で、店内に入って来た男を品定めするかのごとく上から下へと視線を走らせた。


「聞こえてますよ。もっと声のボリュームを落として、落として」


「彼女を……助けてくれ……」


「あー、何でも屋とか聞いて来たんでしょうけど、死者を生き返らせる事は出来ないんですよ」


「死んで無い! 彼女はまだ生きてるんだ!」


 少女は少しの間、目を閉じ、気だるそうに口を開いた。


「なるほど、なら……ようこそ。想いを軽くする妖精のお店へ」


「想いを軽くする……妖精の店?」


「言いにくいようでしたら、ボロ屋とか雑貨屋とか適当に呼んでくれてもいいですよ。名前には拘ってませんから」


「名前はいい、此処にくれば助けになってもらえると聞いて来たんだ」


「では、依頼を聞きましょうか」


「交通事故に巻き込まれたんだ。反対車線から飛び出して来たトラックと正面衝突をして……運良く彼女は助かったが、目が覚める気配が無くて……。医師は植物状態だと告げていた」


「その彼女の目を覚まさせてほしいという事ですね」


「ああ、そうだ」


「残念ながら、それは私には出来ませんね」


「やっぱり嘘だったのか……こんな子供にできるわけがないよな……。こんなとこまで来たって言うのに……」


 少女は落ち着き払った様子で、片手を目の前にかざし、開いた指の隙間から視線を合わせ、再び口を開いた。


「私に出来るのは、過去を覗き少し手を加える事だけですから……起こってしまった事故をどうにかするくらいでしょう」


「過去を!? 出来るのか?」


「ええ、出来ますよ。未来はダメですが、過去でしたら簡単です」


「すぐに頼む!」


「目を閉じて、私の手に両手を重ねてください」


「これで……いいのか?」


「ええ、大丈夫ですよ。あとは……これから、そよ風が流れると思いますが、風を感じている間は目を開かないでくださいね」


「わかった」


「ちなみに……開けてしまうと回収出来ませんので」


 男の喉が音を鳴らし、目を深く閉じるよう顔に力を込めていた。徐々に二人の髪が揺れ、風が静かな音を奏で始めた。


「そのままで聞いてください。まだしばらく時間も掛かるので、今のうちに自己紹介でも済ませておきましょうか」


「あ、ああ……俺は立花ユウ。二十一才だ。」


「では短い間だけになるとは思いますがユウさんとお呼びしましょうか。私の事はリンとでも呼んでください」


「こんなことが出来る君は、神様とかなのか……?」


「いえいえ、私は妖精と呼ばれるものですよ。あんな裁きを下すものと一緒にされるのは心外ですね」


「裁きを下す? 俺の彼女ももしかして……」


「それは無いはずです。例えば……イタズラ好きの妖精に対して嘘を言えなくしてしまう、とか直接的で分かりやすいものですよ」


「……君の事なのか?」


「罪には罰を……酷い話ですよね。そのせいでイタズラしがいが無くなってしまいました。なんとも嘆かわしい世の中です」


「どの程度のイタズラか分からないけど、される側は助かったんじゃないかな……」


「そろそろ到着ですよ」


 リンの言葉と共に風が止み閉じた目に、日の明かりが差し込む暖かさを届けていた。


「着いた……のか?」


「はい、もう目を開けても大丈夫です」


「此処は……俺達の家の前……」


「今は、事故が起こった日の早朝ですね」


「車に乗らないように止めないと!」


「待ってください。ユウさんはもう干渉する事は出来ませんので私がなんとかします。ただ見ていてください」


「見てるだけ……? そんな……」


「ユウさんの依頼は彼女を助ける事です。それに私の仕事は想いを軽くする事ですから、悪いようにはしません」


「店でも軽くとか言っていたが……」


「想いには、重みがあるんですよ」


「重み?」


「そう重み、重量。それは少しづつ積み重なり留まったものは……周りをすり潰していく」


「どう言う事だ……?」


「うーん……代表的なもので言うと、死にも重い軽いがあって、身近な人の死は重い。ニュースとかで知った知らない人の死は軽く、質の違うものになっているんです。簡単に言うなら……天秤のようになっていて沢山の軽い死と重い死を、両天秤にかけてバランスを取る。重い死が勝ってしまうと引きずられるように他が巻き込まれ、より深く重みを増していってしまう。まぁ、そうならないように私が調節してるんですけどね」


「死は等しく辛いものだろう……それに差なんて……」


「信じる必要は無いですけど、死が本当に等しく重さをばらまいているなら、もうこの世は潰れてしまっているでしょうね」


「調節していると言っていたが、不運な死を減らしているとかなのか?」


「残念ながら死に不運なんてものはありません。初めにも言った通り死者は生き返りませんし、いくら過去に手を出したとしても変えようの無いものです。ちなみに……重量があると言っても風化もしますし時が泡と流してくれてますので、基本は安心していいものですよ」


「想いが汚れのようなもので、時が洗濯機、リンが落とせなかった汚れを見つけて洗い流す……って事か」


「想いを汚れなんて言ったら、どこかから反感をくらいそうですが……そんなところです」


 話し込む二人の目に、家の窓から過去のユウと楽しそうに話をしている女の人の姿が映り込んでいた。


「メグミ……」


「メグミさんですか、取り敢えずは、今日のお出かけを取りやめてもらう方向にして、あとは……」


 リンの視線が家の窓から隣に立つユウへと移り変わった。


「どんな反応をするかが問題ですね。ん……あれは……ちょっとユウさんは此処で待っていてください」


「どうした?」


「ついでに片しておこうかと」


「何を?」


「貴方の言葉を借りるなら、別の汚れですよ」


「すぐ済むのか?」


「ええ、あの程度ならすぐに終わります」


 しっかりとした足取りで、近くの電柱へと向かったリンの目には小学校低学年ほどの少年の姿が映っていた。


「こんにちは」


「僕が見えるの? お姉ちゃんも一人なの?」


「ええ、見えますよ。そんなに悲しそうな顔をして俯いていても、その体では涙も出ないでしょう? あっちに行けば使いのものがいるから、向かいなさい」


「……わかった。お姉ちゃんありがとう」


 リンは指差した方角へ走り去る少年を見送り、一瞬空を見上げ、ため息を吐いた。


「お待たせしました」


「お帰り、何と話してたんだ?」


「純粋な想い……みたいなものですね」


「へえ……」


「さて、そろそろ行動に移しましょう」


「どうするんだ?」


「私が愛人として出向き修羅場を起こす、なんてどうでしょう?」


「やめてくれ……。しかし、その身なりでは無理があるんじゃないか?」


「残念です。なら、ユウさんに本人しか知り得ない情報を出してもらい、そこから信用を得ていく事にしましょうか」


「それが無難かもな。俺の秘密……スマホのロックコードとか?」


「それではパンチが弱いのと、面白みに欠けるので別のがいいですね」


「なら……」


「初恋の相手、初めて見た成人誌、昔に作ったポエム辺りがあるならそれもお願いします」


「…………初恋相手と個人情報くらいで勘弁してくれ」


「過去を覗けば良いだけなんですけどね。仕方ないので今回はそれで良いですから此処で待っていて下さい」


 ユウを残し家の玄関に向かったリンは一息の深呼吸をしてインターホンを鳴らした。


「遠目にとはいえ、もう一人の自分を見るのは不思議な感覚だな」


 開いた扉からメグミの姿が一瞬見え、すぐに過去のユウが入れ替わりで姿を現していた。訝しげな表情から慌てた表情に移り変わり、突如怒りを見せる過去のユウ。


「まぁ……パニックにもなるよな……」


 会話に興味が湧いてきたユウは身を隠しながら、段々と会話する二人の近くへと歩み寄っていった。


「……貴方が本当に大切に想っているものは何ですか?」


「それは……いきなりこんな話をされて信じろと? 確かに君の話には説得力があった。しかし……」


「埒があかないので、近くにある神社で待っていますね。信じる者は救われる……とは私も思ってはいませんが、この選択肢は貴方にとっての重要な分岐点である事は確かです。それでは失礼しました」


 立ちすくむ過去のユウに背を向けリンは家を後にした。


「あれ、ユウさんこんな所で立ち聞きですか。私が待っていて下さいと指定した場所からは離れているようですが?」


「いや……話が終わりそうだったから、今ここに来たばかりだよ」


「待ち合わせのセリフとしては間違っていないようですが、ユウさんも裁きを下してもらったほうが良さそうですね」


「悪かった、やめてくれ……」


「そういえば……過去のユウさんの目が私と話す前から赤くなっていましたね」


「んー……確か前日にラブロマンス物? の映画を見てた気がするな」


「泣き虫さんなんですね」


「よく同じようにからかわれたよ」


「そろそろ、神社に向かいましょうか」


「そうだな。けど過去の俺が来なかったらどうするんだ?」


「来なかったら車のタイヤでも根こそぎパンクさせておけば良いでしょう。それと、いちいち過去のって付けるのも面倒ですし、別の呼び方も考えておきましょうか」


「別の呼び方か、立花とか?」


「過去の方は、さんを付けて、隣の方には、ちゃん付けで良いでしょう」


「ちゃんは似合わない気もするが」


「そうですね」


「分かっていて付けたのか。しかし嘘を付けないって言うのは思っていたよりも便利なのかもな」


「なぜそう思いますか?」


「話に引き込まれる感覚がある気がするよ」


「上手い会話と呼ばれるものは、真実にはちょっとした嘘を、嘘話にはちょっとした真実を組み込んでいるものですけどね」


「元が良いものはそれだけでも楽しめるんじゃないかな」


「そうでしょうか? あ、神社が見えて来ましたね」


「こんな近場にあるのに初めて来たな」


「ユウちゃんの家からも、此処は見えていましたよ? 最近の人の神社離れってやつですかね」


「そういえば、なぜ神社なんだ?」


「神様の威厳ってやつを、たまには借りてみたくなりまして」


 わざとらしく仁王立ちで腕を組むリンと、境内に腰かけたユウは、たった今入ってきた方角へ視線を注いでいた。


「思ったんだが……過去の自分の行動を変えたとすると、今の自分に、変わった過去の出来事の記憶は入るのだろうか? 入るとしたら……そのタイミングは?」


「良いところに気がつきましたね。過去に私と会った記憶が新しく植えつけられましたか?」


「んー、正直会った気もするし会わなかった気もする……」


「記憶というものは曖昧で不確かなものです。そして、それを知るものは己のみである。変わってしまったことが今の貴方に上書きされていたとしても、変化に気づくのは容易ではないでしょうね」


「なら分からない内に記憶は改ざんされていると……?」


「もしかしたら、パラレルワールドの様なものが出来ているのかも知れませんよ?」


「それは困る、此処のメグミは助けられても、俺と過ごしたメグミはそのままじゃないか」


「なかなか、からかい甲斐のある人ですね」


「と……言うことは記憶が改ざんされているという方が正しいのか?」


「ええ、タイミングは、まちまちですがどれだけ道が逸れようと、一本道の上に私たちは乗っています」


「へえ……その話でノーベル賞とか取れたりしないのかな」


「出せたとしても、無理でしょう」


「そっか、信じられないからか?」


「そうです。証明の手段も無いと思いますし」


「それは残念だ」


「それはそうと……ユウさんがなかなか来ませんね」


「ん? ああ、紛らわしいな俺じゃなかったか」


「いえ、貴方ですよ」


「過去の……な」


「冗談はさておき、くる気配がないのでタイヤをパンクの刑ですね。罪には罰を、久々に腕がなります」


「ほどほどに頼む……」


「ユウさんの考えとか分かったりはしないんですか?」


「分かるなら、此処で待ちぼうけはしてないよ」


「それもそうですね」


「俺の家に戻ろうか」


「はい、行きましょう」


「過去の自分が考えそうなことか‥‥」


「何か思いついたら小さな事でもいいので教えてくださいね。」


「メグミを連れて逃げる……? いや流石に危ないと言われてる状況でそんな事はしないか……」


「一緒に過ごす人がいるということを、羨ましく思います」


「ん? 突然どうした?」


「いえ、想い想われ……二人はとても仲が良さそうでしたので……私は、ずっと孤独にお店へ引きこもっていますしね」


「妖精の友達とかはいないのか?」


「イタズラ好きの妖精で有名ですから、好んで近づくものは居ませんよ」


「そうか……なら」


「あ、着きましたよ」


「ん、もう着いたか、あれ……車がない……?」


「まさか……」


「くそっ、何考えてんだ過去の俺」


「すみません。この場を離れた私の責任です……。事故が起きた時間は分かりますか?」


「今は……十時か、十一時頃だったと思う。だいたい一時間後だ」


「時間がありませんね……何処に向かいましたか?」


「俺の向かった場所……何処だ……思い出せない……。なんで……つい先日の話なのに」


「こんな時に、記憶の混濁ですか仕方ありません。向かいそうな場所を焦らずに思い描いてください」


「買い物、公園……いや、何か違う気がする……」


「近場のところから、回っていきましょうか。道すがら何か思いつくかもしれませんし」


「そうかもな……急ごう」


 公園、スーパー、図書館、思いつく限りの場所を回った二人は過去のユウ達を見つけることはできなかった。


「見つかりませんね……」


「遠出する予定が無かったのは確かなんだ。思い出してくれ俺の頭……」


 微かな騒がしさに紛れて、道行く人の会話が二人の耳に流れてきた。


「おい、あっちで事故だってよ。乗用車にトラックが突っ込んだらしいぞ」


「そんな……」


「まだ決まったわけではありません。行ってみましょう」


「あ、ああ……」


「これは……酷いですね……」


「……俺の車だ。また俺は彼女を……」


「どうやら乗っていた人は近くの病院に運ばれて行ったようですね……」


「この付近にある病院は……彼女が寝たきりになっていたところだ」


「前回とは状況が変わっている可能性もあるので確認に行きましょうか」


「また……彼女のあんな姿を見たら、もう……俺は耐えられないかもしれない。リン、すまないが確認してきてはくれないか……?」


「だめです。貴方も見にきてください」


「ただ見てるだけで何も出来ない俺が行って意味があるのか? 頼む……」


「……意味はあります。自分で考えてください。さあ行きますよ」


 ユウとリン、二人は病院のとある一室へ向かった。


「ユウ君!!」


「え……メグミ?」


「どうして……どうしてよ……」


「無事だったのか……」


「なんで私を一人置いて、死んでしまうのよ!!」


「……ごめん」


 泣き崩れるメグミをおいてユウは静かに部屋を出た。



「聞きたい事がある」


「何でしょうか?」


「もう一度、過去に飛べば俺を探さなくても済んだんじゃないか?」


「状況が状況でしたからね。慌てていたせいで、そこまで頭が回っていなかったのかもしれません」


「……リンにはこうなる事が初めから分かってたんじゃないのか?」


「……今は過去ですが、私たちにとっては未来の延長線上です。未来を覗くのは禁止されてます」


「想いを軽くするお店……か。リン、一つ頼みごとがある」


「……いいでしょう」




 部屋の片隅で泣き崩れている女性の元へ、一人の少女が歩み寄った。


「「メグミ」」


「あなたは、今朝の……」


「「俺は……不思議と後悔はしていないんだ。君との思い出が溢れんばかりに心に積もっているせいだと思う」」


「えっ……? ユウ君……?」


「「一緒に歩いた公園の散歩道、お祭りの日に一緒に見上げた花火、あの家で過ごした何気ない日常。もうこれ以上は何もいらない。」」


「そんな事言わないで……」


「「君には、先が続いているんだから、これからは自由に生きて欲しい。」」


「どうして……ユウ君……」


「口下手な彼が、あなたの事を考えて紡いだ想いです。彼の事はあなたが一番ご存じでしょうから、これ以上は何も言いませんが、知らないフリをした想いは罪に囚われてしまいます。きちんと考え、折り合いをつけてあげてください」


「……ありがとう、リン」


 リンは一人、外へと歩き出した。


「……もう彼女に、ついていてあげなくて良いんですか?」


「ああ、大丈夫だろう」


「そうですか」


「なあ、リン」


「どうしました?」


「俺を友達にしてくれないか?」


「残念ながら、私のお店は一見さん専用なんですよ」


「もう、会えなかったとしても俺とリンは友達だ」


「……勝手にしてください」


「そうさせてもらうよ。それと……俺の汚れを洗い流してくれてありがとう」


「友達……みたいですからね。これくらいのことは気にしないでください」


「それじゃあ、そろそろ行くよ」


「ええ、お気を付けて」


 夕暮れの中、淡く消えていくユウの姿を最後まで見送り、リンは忽然と姿を消した。


 とある、古ぼけた小さなお店


 少女は一人、扉が開くのを待っている。





「ちょっと覗いただけで、こんな罰を与え無くてもいいと思うのよね」


「確かにダメな事だったかもしれませんが、こんな面倒ごとを押し付けて来なくても良かったですよね。たまにする分には良いかもですが……」


「何か良いことでもあった?」


「あなたも私なんですから、知っていたなら先に教えてくれても良かったのではないですか?」


「そこは、面白そうだから黙っていてあげたのよ」


「……そうですか」


「さて、そろそろ次の罰の時間でしょうし、帰るわね」


「……またね」


「ええ、またね」


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