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エンジェル・キャンサー  作者: 小森 輝
6/9

エンジェル・キャンサー6

 不穏だった昼休みとは比べものにならないほど、その後の授業は順調に進んでいった。そして、今日の授業日程を全て終了した時刻は放課後へと突入していた。

 いつもと違い、放課後は僕の席にミヤコが来ることはない。代わりに、僕がミヤコの席に来ていた。

「ふええ……もう無理。もう頭がパンクする」

「いつまでもへばっていないで、帰る準備ぐらい自分でしろよな」

 いつまで経っても、机に頬を押しつけたままでいるミヤコの代わりに、僕が帰り支度をしていた。

「ねぇ……まだ帰る準備終わらないの? 私、早く帰りたいんだけど」

「はぁ……あのな、高校生なんだから、自分のことぐらい、自分でやれよな。そんなんだと、結婚はもちろん、就職とか進学だってできないかもしれないぞ」

 短くため息をした後に文句を言ってやった。

「あんた、自分が何言ってるのか分かっているの!?」

 そこまで酷い文句を言ったつもりはなかったのだが、怒声が教室内を響かせた。もちろん、言ったのは気力がないミヤコではない。

 恐る恐る、声がした方向へと視線を向けると、あのギャルの女の子がいた。しかも、表情は間違いなく怒っており、同年代なのに怖い。

「黙ってないで、何か言ったらどうなの?」

 そんな勢いで凄まれたら、高校生という大人に一歩踏み込んだ歳なのに、泣き出してしまいそうだ。実際に泣き出さなかったのは、怒声を浴びているのが自分ではないから。そして、あのギャルの子が話をする相手は決まっている。

「僕だって……」

 昼休みの時みたいに尻餅をついてはいないが、子鹿のように震える脚は、今にも折れてしまいそうだ。

「僕だって、何?」

「僕だって、いつまでも弱いいじめられっこのままじゃないんだよ」

 子鹿のように震えていると思ったが、どうやらあれは、武者震いの類だったようだ。

 立ち向かってくる少年に、負けじ魂を発揮して、ギャルの女の子も言葉を並べていく。

「弱くないって、体力も学力も私より低いくせに、何調子に乗ったこと言ってんの?」

 ギャルな見た目で如何にも頭が悪そうなのだが、人は見かけによらないとはこういうことなのだろう。それでも、親友のライトには遠く及ばないが。

 そんな親友自慢を考えていると、喧嘩をしている二人に動きがあった。

「だからって、僕はお前の奴隷なんかじゃないんだ」

「奴隷って……私はそういうつもりじゃ……」

 いじめる側には自覚がないとよく聞くが、それは本当の話なのだろう。だが、いじめられている側にそんな都合は関係ない。

「そう言うつもりじゃないって言うなら、どういうつもりなんだよ。人を好きなように使って、もううんざりなんだよ」

 昼休み以上の不穏な雰囲気が教室内に満ちていく。その重苦しさに、ダラダラとしていたミヤコも起きあがっていた。

「とりあえず、落ち着きなさいよ、ね」

 ギャルの子は落ち着かせようと手を差し伸べるが、その優しさは届かない。

「触るな!」

 弾いた手の先にある悲しい顔を見て、頭に血が上っていた少年の理性が戻る。だが、傷つけてしまったという事実を受け入れることができず、教室から飛び出してしまった。

「追わなきゃ!」

 ついに立ち上がったミヤコは、現状を確認して、顔色を濁す。

「なんでみんな追わせてあげないのよ。今は責めてる場合じゃないでしょ」

 ミヤコの様子を見るに、あのギャルの子が少年を追うべきだと思っているのだろう。それなのに、教室にいる生徒たちは、ギャルの子を包囲して心ない言葉をぶつけている。あれでは、追いかけるどころか身動きすらできないだろう。

「私、あの子を追いかけるから」

 そう言って、走り出してしまった。

「ちょ、ちょっと待てって、ミヤコ」

 分かり切っていたが、そんな台詞ではミヤコは止まってくれない。しかし、この場に留まっても、僕の役目はありはしない。

「もう……。しょうがないな」

 僕は一つしかない選択肢の方へと走り出した。

 こう言うときにライトがいればと考えてしまう。けど、今は放課後。ライトには部活動が待っている。自分の力でどうにかしなければならない。

 そう覚悟を決めていると、ミヤコに追いついていた。どうやら、僕が追いかけてきているのに気づいてスピードを緩めてくれたらしい。

「一緒に来てくれるって思ってた」

 信じてくれていて、その期待に応えられたことは嬉しいのだが、振り回されていることには変わりない。

「一緒に追っている訳じゃなくて、僕は止めに来たの。大体、なんで追わなきゃいけないのさ。虐めっ子に反抗したならいいことじゃんか。幸い、味方もたくさんいるんだし」

 そう言うと、ミヤコは顔を渋らせた。

「別に虐めたいわけじゃないのよ」

 何がいいたいのか分からず、頭の上にハテナを浮かべていると、呆れたのか、ため息を付かれた。

「今、追いかけているガクって子が好きなの」

「ミヤコが?」

「何で私が……」

 接点が全くないので違うとは思っていた。では、誰が好意を持っているのだろう。まさか、ボーイズラブな展開で、ライトにそう言う趣味があったのだろうか。

「あのギャルの子が好きなの。相談を受けているんだから、周りに言いふらしたりしないでよ」

「言いふらしたりはしないけどさ……」

 まさか、虐めている側が好意を持っているとは思わなかった。女心というのは複雑で、理解するのは難しい。

「分かりにくいのも仕方がないんだけどね。恥ずかしいって気持ちの方が強いみたいだし。ほら、小学生の男子が好きな子にちょっかいを出すみたいなものよ」

「女心ではなく少年心だったのか。道理で分からないわけだ」

 とは言っても、僕は腰抜けなりにも男なので、少年心と言うものぐらいは分かっておきたかった。

「今は女の子の話じゃなくて、男の子の話をした方がいいと思うんだけど」

 確かに、追っている相手は少年なのだから、そのことについて話すべきだった。

「でも、お前、流石にあの男子と接点なんてないだろ? そこまでの人望があったら驚きだわ」

「なに? もしかして、焼いちゃった?」

「どこをどう聞いたら、嫉妬しているように聞こえるんだよ。それより、あいつのこと、何か知っているんだろ? 僕は何も知らないから教えてほしいんだけど」

「え、いや、私も何も知らないよ?」

 一切、悪びれる様子もなくそう言うミヤコに、うっすらと怒りの色がにじみ出てくるが、今は抑えておいた。

「じゃあ話すことは何もないから、追いかけるのに集中しようか」

「話し合いたいのはそういうことじゃなくて」

「じゃあ、どういうこと?」

「その……追いかける方法が分からないと言いますか……注意不足だったと言いますか……端的に言って、見失ったと言いますか……」

「見失ったって……」

 まっすぐ追いかければいいだろうと思っていたが、ここに来て階段という選択肢が出てきてしまっった。

 階段で上ったのか、下ったのか、それとも階段を使わず直進したのか。

「どこに行ったと思う?」

 それを僕に聞かれても困る。

 出て行くときにバッグを持っていなかったので、階段を下って、そのまま帰ったとも思えない。直進する道はすぐに行き止まり。上に行った可能性は高い。だが……。

「まさか、あっちじゃないよね?」

 ミヤコが指す直進する道には、理科室という看板があり、その下のドアは開いていた。僕とミヤコの不安は的中してほしくない。

「上の階から調べて」

「私、理科室を見てくる」

 腰抜けな僕と違い、ミヤコは即断して走り出した。

「ちょっと、待って」

 理科室はとびきり危険な場所だ。そんな場所に、不穏な発言をしていた人物がいればどうなるか、想像はたやすい。そして、空想は現実にはっきりと映し出される。

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