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エンジェル・キャンサー  作者: 小森 輝
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エンジェル・キャンサー4

 荷物を降ろして、自分の席に座る。

 窓際の席は、春の日差しが暖かく、眠気を誘う。

「ハヤトの席はいいよね。後ろの方だし、暖かくて気持ちよさそうだし、うらやましい」

 自分の荷物を置いてきたミヤコが、すぐに僕の席へとやってきた。

「日頃の授業態度がいいからだよ。ちゃんとノートもとっているし」

「私だって、ちゃんとノートはとってるもん。寝てたときはハヤトに見せて貰ってるけど」

「ノートをとるのは当たり前。というか、あの席で寝れるのが不思議でたまらないよ」

 ミヤコの席は、僕とは正反対で、最前列の真ん中だ。逆に、教卓の正面で机に顔を伏せると、教師から死角になっていたりするのだろうか。

「まあ、私の技術のなせる技ってやつよね」

「その技術を少しでも勉強に回してくれるといいんだけどな」

 そんな都合よくゲームのステータスのように能力を配分できれば、誰も苦労していないなんてことは分かっている。実際、僕だって、振りなおせるのなら振りなおしたいステータスの一つや二つはある。もしかしたら、ライトにだってそんな悩みはあるのかもしれない。

 そんな話をしているだけで、余っている時間はなくなり、朝礼を知らせるチャイムが鳴った。

「ほら、自分の席に帰らないと先生に怒られるぞ」

「大丈夫だって。先生はまだ来てないんだし。ハヤトは心配性なんだから」

 そんな呑気なことを言っていると、教室のドアが勢いよく開いた。

「やば……」

 慌てて自分の席に戻ろうとしたミヤコをみて、ざまあみろと思わずには居られなかったが、痛い目を見ることはなかった。

 開いたドアは黒板に近い方ではなく、教室の後ろにあるドアだ。そこからは、先生が入ってくることはない。

「ちょっと、チャイム鳴っちゃったじゃない。あんたがチンタラしてるから。早く来なさいよ、ガク。あんたが、バッグ持ってるんだから」

 入ってきたのは、校則ギリギリのお洒落をした女子生徒だ。形容するなら、それはまさしく、ギャルというものだ。

「自分のバッグぐらい自分で持てば、もっと早く歩けるのに」

「あぁ? なんか言った?」

「いや、なにも」

 ギャルの後から教室に入ってきたのは、ガクと呼ばれる見るからに気の弱そうな小柄の男子だ。

「ほら、ぼさっとしてないで、バッグ返しなさいよ」

「あ、う、うん」

 この二人の関係は、仲がいいと楽観視できるようなものではない。

 この学校では、いじめというものはほとんど表面化していない。それは、ライトの存在が大きい。この学校の顔であるライトにいじめというものが発覚し、嫌われてしまえば、学校全体から悪者にされる。

 そんな学校の状況でも、この二人の関係は変わっていない。視覚的には、気が弱そうな男子がいじめられているように見えるが、実際に受けている悪意はギャルの女の子の方が大きいだろう。

「なんか嫌な感じ」

 ミヤコが考えている嫌な感じというのが、どちらに対してのものかは分からないが、今はその話をしている場合ではない。

「そろそろ、自分の席に行ったいいぞ」

「え? なんで?」

 この短時間でチャイムが鳴ってしまったことを忘れてしまったのだろう。

 呆れて言葉もでず、頭を抱えていると、再びドアが開く音がした。

 今度は後ろのドアではなく前のドア。そこから入ってきたのは、お世辞にも高校生とは言えない40歳を過ぎた男性の教師だ。

 予想はしていたが、当たるまでの時間がここまで早いとは思わなかった。

「全員、席に着け。もうチャイムは鳴ってるんだぞ」

 教師のその声で、喋っていた生徒はみんな黙り、立っていた生徒は自分の席に座った。最後まで立っていたのは、僕の前に居るミヤコだけだ。

「やっば。早く戻らないと。それじゃあ、また休み時間にね」

 そういって、颯爽と去っていくミヤコだが、自分の席に着いた頃には、教師から盛大に怒られていた。


 その後、授業はいつも通り滞りなく進んでいった。今朝の幻覚が嘘のように、世界は平常運転を続けている。

 そんな世界のせいで、疑問は薄れていき、昼休みに入る頃には、ただの目眩ぐらいにしか考えなくなってしまった。危機感がないと言われればその通りなのだが、これだけ時間が経っても異変が起こらないと、緊張感もどこかへ行ってしまう。

「ハヤト、ご飯食べよ」

 代わりに僕の元へ来たのは、緊張感のないミヤコだった。

 手には、お弁当が入った手提げをひっかけている。どうやら、僕の席でお弁当を広げたいようだ。いつものことなので、拒否するつもりはない。それに、ミヤコが座る席も、開いていた。いつも通り、僕の前にある席の人は学食に行ってしまったようだ。

「ほら、ハヤトもお弁当だしなよ」

 我が物顔で前の席に座り、僕の机の上でお弁当を開きだした。

 だが、昼食をとるには、まだ役者が足りない。

「食べるのは、もう少し待とう。もうすぐ、ライトも来るだろうし」

 少し躊躇したが、開きかけたお弁当の蓋を閉じてくれた。

「しょうがない。ご飯はみんなで食べた方がおいしいっていうからね」

 どんな理由であれ、待ってくれるのならライトも喜ぶだろう。

 特にやることもないし、弁当を食べる準備だけして待っていようとしていたのだが、周りがやけにソワソワしていることに気がついてしまった。

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