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エンジェル・キャンサー  作者: 小森 輝
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エンジェル・キャンサー2

 電車の中は、混んでいるというわけではないが、社会人の出勤時間や、他の学校の登校時間と被っているため、それなりに人がいる。

「ハヤト、こっちこっち。二人とも座れるよ」

 僕より後に乗ったはずのミヤコは、空いている席を見つけ、先に座っていた。もちろん、一人だけ座ろうとしているわけではなく、二人分の席を確保してくれている。

「ちょっと、ハヤト。早くしないと席取られちゃうよ」

 ミヤコが隣の席を手でパタパタと叩き、早く座れと急かしている。だが、焦る必要はない。

「手でそんなに叩いて、この席は使いますよってアピールしている場所に座れる無遠慮な勇者はいないんじゃないかな。少なくとも、そんな勇者を僕は知らない」

 そんなことを言いつつも、ちゃんとミヤコの隣に座った。

「座るならすぐ座らないと。ハヤトはそういう所が鈍くさいんだから。今日みたいに運がいい日でも、他の人に取られちゃうよ?」

 朝から待たされ、さらには無駄に走らされた日を運がいい日だとは思いたくはない。ただ、そんなことを言うと、体力がないだの運動不足だの言われかねないので、今回は言わないでおく。

「いいんだよ。こうやって座れているんだから。それで文句はない」

「誰のおかげで?」

「それは……」

 これをミヤコのおかげだというのは非常に不服だ。周りを見回すと、空いている席は疎らではあるが残っている。電車が動き出してもこれなのだから、僕がのんびりしていても、一人分の席ぐらいは確保できただろう。他に、二人分の席が空いている場所といえば、優先席だろうか。ただ、そこに人が座るほど、電車内は混雑していない。

 そう思っていたのに、優先席には一人の少女が座っていた。

 僕やミヤコと歳は変わらない様に見えるが、制服を着ているようには見えない。白いドレスのような服で、金色の綺麗な髪がよく映える。

「……そうか」

 もしかしたら、日本人ではないのかもしれない。そう考えると、優先席に座っているのも納得がいく。文字が読めないのでは、その席が避けられている理由も分からないだろう。

「どうしたの? 急に黙っちゃって」

「……いや、何でもない」

 見とれていたなんて恥ずかしいことは、口が裂けてもいえない。でも、視線を辿られていたら、それも無駄なことになってしまうかもしれない。

「ぼーっとしちゃって、変なの」

 どうやら、ばれてはいないらしい。容姿が他の人とは別次元の美しさだから、注目されそうなのだが、公共の場だから、みんな遠慮しているのだろう。ミヤコも話題にしたくて堪らないのかもしれない。

 一本一本が綺麗に主張する金髪はもちろん、ガラスのように透き通るような白い肌、これ以上ないほどの日本人離れした顔立ち、それらは、人を魅了するのに十分すぎる眩しさだった。

 そんなことを脳内で考えていたつもりだったが、いつのまにか視線が彼女の方へと向いていた。

「いけない、いけない」

 こんなに凝視していたら、好意を持たれていると思われるどころか、変態だと嫌悪されかねない。

 そうならないためにも、頭を振って、理性を取り戻そうとした。だが、どれだけ頭で制御しようとしても、視線はどんどん吸い寄せられていく。

 これも男の性なのかと諦めて、なにも考えずに、ただただ、その美しさに見とれていると、彼女の顔がこちらに向いて、視線が交錯した。

 普通なら、こんな状況、すぐに視線を別の場所に逸らして、見ていなかった振りをするのだが、宝石のように輝く瞳は、僕の視線を放さない。まるで、魔法にかかったような気分だ。

 でも、何で、彼女は僕のことをずっと見ているのだろうか。そう思うと、羞恥心は疑心へと変わった。

 そんな心を握り潰すように、彼女の口角は三日月の様につり上がる。

 その時、ようやく分かった。

 この感情は疑心などではなく、気持ち悪いほどの恐怖なのだと。

 彼女が笑っている姿は、人間とは思えないほど妖艶で、まるで病魔に喉元を締められているように、見ているものを苦しめる。周りの空気は制止したように重くなり、頭に靄がかかるように目眩がする。

 そんな状態になると、普段は決して見えないものが見えてくる。

 白く明滅する光が、不気味に笑う少女の前に集約していき、大きな白い塊を形成する。それは、ただの塊ではなく、腕や足、頭もある。だが、人ではない。電車の天井を突き破りそうなほどの巨人は、まるで、ファンタジー世界に出てくるゴーレムの様だ。

 そんな巨人がハンマーの様な腕を振りかぶる。次に起こることは決まっている。振り上げられたのなら、振り下ろされるだけ。そして、白い巨人の前にいるのは、彼女一人。その彼女は僕の方を見ているせいで巨人に気づいておらず、逃げる素振りはない。

 どうにか、助けなければ。

 その気持ちのままに、席を立ち、肺に残ったわずかな空気を振り絞る。

「あぶ……な……」

 叫ぶことはもちろん、最後まで言葉を発することすらできずに、巨人の腕は彼女へと振り下ろされた。

 車が衝突した様な衝撃を直に受けた彼女が無事であるはずがないという絶望は、思考することを心が拒絶する。さらに、追い打ちをかけるように、重い衝撃波が空間を揺らし、意識を刈り取ろうとする。それらの要因に負けそうになり、瞼が徐々に閉じていく。

 そして、瞼が閉じきったとき、止まっているような空気は生き物のようにうねりだし、それが緩やかな風となって吹き抜けた。

『大丈夫よ』

 耳元で囁かれたような感覚に、おもわず振り返ると、そこには目を点にしたミヤコが座っていた。

「どうしたの? 急に立ち上がったりして」

「いや……だって、あそこ……」

 優先席を指さしたが、そこには人間離れした少女の姿はもちろん、ファンタジー世界から飛び出してきたゴーレムの姿もない。それどころか、あんな衝撃のパンチが当たったにも関わらず、優先席は凹みすらしていない。

「とりあえず、座ったら?」

「う、うん……」

 状況が整理できないまま、とりあえず、座った。

「それで、どうしたの? ちょっと顔色も悪いみたいだし」

 そう言えば、さっきまで息もできないほど苦しかったはずなのに、今は普通に呼吸ができているし、空気が重いなんて一切感じない。

「もしかして、朝に走って気分が悪くなった?」

「いいや……。大丈夫」

 何もかもが信じられないのだが、信じようとするべきではないのだろう。優先席に異常はないし、あの少女とゴーレムもいない。ミヤコも含め、周囲にあんな異常が起こったことを認識している人もいない。たぶん、これが白昼夢というやつなのだろう。初めてなので確証はないが、状況的に、僕が、存在しない幻を見ていたのは間違いない。日頃の疲れに加え、朝に走った事が、体や精神に負担を掛けていたのかもしれない。

「……疲れているんだろうな」

 その呟きをミヤコは逃さず聞いていた。

「本当に大丈夫? 急に倒れたりしないよね?」

「大丈夫だって。万年、健康体なんだから」

 そう言っても、安心しきれていないみたいだ。それどころか、変な決心を固めていた。

「もし倒れたら、私が病院まで負ぶって連れて行くから。なんなら、学校まで負ぶって行こうか?」

「絶対倒れないから、それだけはやめて」

 気を失っているのなら仕方がないが、意識がある状態で幼なじみとはいえ女子に負んぶされながら登校するというのは、恥ずかしさを通り越して気絶してしまう。

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