第5話 しつこい敵は何度でも
旧陽ノ下家の中庭で、万象が銃を構えている。
ドン! ドン!
銃声のあとによく見ると、狙ったマトのほぼ中央に綺麗に穴が空いている。
「ふう~」
万象は汗ばんだ額を手でぬぐうと、ゆっくりと銃を下ろした。
すると、パチパチと小さな拍手が起こる。
「おみごと。どうやら鞍馬の見立てに間違いはなかったようだね」
声は万象の背後から聞こえる。振り向くと、案の定そこに立っているのは、森羅だった。
万象は、鞍馬の見立て、と言うところに納得行かないような表情のあと、それでも森羅に礼を言うのは忘れない。
「ありがと、森羅」
「うん」
万象たちが2000年前に旅立った次の日が、鞍馬の来る日曜日だった。
あまのじゃくな万象が「鞍馬いらねー」とか言いつつ、立つ前に珍しく、剣術を教わりたかった、などと言っていたらしいのを聞いて鞍馬は驚いていたが、少し考えながら言う。
「万象くんが覚えるなら、剣術よりも、ミスターに銃の手ほどきをして頂く方が良いと思いますが」
「ほほう、それはなぜじゃ」
「剣術は接近戦です。剣を始めてまだ日の浅い者が、相手とごく近くで対峙するのはなかなか難しいものです。私が言うのもおこがましいですが、ゲームが得意な万象くんなら、確実に狙える遠距離戦の方が有利かと」
「なるほど」
トラは、鞍馬の分析に賛成だった。なにより、万象はシューティングが得意だと言っていたし。
そこへ、都合良く仕事に踏ん切りがついたというミスターが到着した。事の次第を説明して万象の先生役を頼んでみると、ミスターは面白そうに言う。
「なるほどぉ。ま、バンちゃんならその方が絶対いいよね。熱くなりすぎて反対にやられるタイプだよね、あの人」
冗談めかして言うが、そのあと「まかされたぜ、鞍馬」と、彼の肩に大きな手を置く。が、そのあとはやはりミスターだ。
「うわあ~。鞍馬に触るの久しぶりぃ~。なあ、なんで血液採取させてくれないんだよお、ケチ」
と言って触りまくるので、また鞍馬に腕をとられて、ロープロープ! と悲鳴を上げるのだった。
万象たちが到着してからというもの、旧陽ノ下邸のまわりは静かな日々が続いている。向こうで襲われたのは何だったんだろう、と言う感じだ。
そんな中で、トラと小トラが失敗を重ねつつ開発していた機械が、ようやく完成した。
それは、通信機だ。なんと、2000年の時を超えて通信が出来るという、ものすごい代物だ。
「聞こえるか、小トラ」
「おお! 聞こえる聞こえる。成功じゃ!」
あっちとこっちで、ばあさん2人がヤンヤと手を叩いて喜び合っている。
「へえ、すごい。けど、これ本当に2000年前なの?」
失礼なことを言う雀だったが、次々と登場する新旧の四神や森羅や万象に、ホントだ! と、感激ひとしおだ。けれど、ちゃっかりしたところもまた雀だ。
「すごーい、今度のシナリオに使っちゃおう」
夕飯の用意にやって来た鞍馬にも、トラばあさんは嬉しそうに通信のことを話して、使ってみろと勧める。
「お久しぶりです、鞍馬」
「ああ、飛火野さんですね。お元気でしたか」
この2人は相変わらず静かなやりとり。
「鞍馬さん、その後いかがですか」
「ああ、一乗寺さんも、お元気そうですね。ええ、こちらは変わりなく」
2人の千年人は、またお互いの声が聞けるとは思ってもみなかったようだ。
とにかく、通信が開通したおかげで、意思の疎通もスムーズになり、小さなやりとりで行ったり来たりする必要がなくなったのだ。今後は身体的な負担もかなり軽減されるだろう。
もうひとつ、今回、万象は森羅の言う裏技を使うことなく、きちんと仕事先にも話を通して、休みを貰ってこちらへ来ている。
幸いなことに、即戦力の見習いが何人も応募してきたとのことで、店の運営にも何ら支障はないようだ。
それはそれでちょっと寂しいが、毎日鍛錬して銃の練習もして、なぜか料理教室の打ち合わせもして、etc.エトセトラ、と、かなり忙しいし。それに、もしかしたら雑魚じゃないヤツらと渡り合わなきゃならないし。
そんなこんなで、グタグタになって元の時間に帰るのは勘弁してほしかったからだ。
それからまた幾日か立った。
万象の銃の腕は、遅れてやって来たミスターの指導が良かったのか、あれから格段に上がっている。その上、銃だけではやはり心許ないからと、以前から習っていた体術まがいも、今回はきちんと教えて貰っている。
たまに森羅の隙を狙って襲いかかるのだが。
「万象、どうしたの」
と、ヒョイとかわされてしまう。知ってか知らずか、ミスター同様、森羅はちっとも隙を見せないのだ。
「くっそお、いつか必ず!」
と、心に誓う万象だった。
今も畑へ行く途中、横目で森羅の様子をうかがっていたのだが。
「!」
急に森羅が、真剣な顔になって万象の後方に目をやる。遅れて万象も後ろに何かを感じた。森羅はそれより早く万象の横を風のようにすり抜けていた。
グエ!
森羅は、そこに現れた雑魚を吹っ飛ばしていた。振り向きざまに屋敷に向かって叫ぶ。
「朱雀!」
ヒュン、ヒュン!
その一声で、ペンが飛ぶ。
後から後からわいてきた雑魚に、それらは確実に当たっていく。
「白虎!」
またすばやく現れた白虎が返事を返す。
「おう」
ドシン、ドシン、と、こちらは豪快に1度に2体3体とはじき飛ばしている。
その間に万象は全速力で屋敷に戻り、「ミスター!」と声をかけて銃を持つと、外へと取って返した。
驚くことに、あの短時間で雑魚はもう数えるほどになっている。
「よーく狙えよ」
ミスターにアドバイスされて、万象はこれがリアルなんだと改めて思う。
けれど。
「バーチャルリアリティーと、何が違うって言うんだ、よ!」
と、迷わず引き金を引いた。
ドオン!
ドオン!
2人の放った弾は、確実に雑魚の腕や足に命中する。
やがて、太刀打ちできないと悟った雑魚の残りは、慌ててどこかへ逃げていった。
「ふうー」
ため息をついたあと、万象はミスターに向かって親指を立てる。
「どうだ!」
「雑魚だったからだよ」
ミスターは褒めるかわりに万象の頭をポンポンとする。
森羅にも感想を聞こうとしたが、あたりを見回しても彼の姿はどこにもなかった。
「あれ? 森羅どこ行ったんだ?」
不思議そうにつぶやく万象に、朱雀が言う。
「森羅さまなら、もう屋敷に帰ったわ。バンちゃんも早く帰った方が良いんじゃない?」
「そうなのか」
肩すかしを食らったみたいだが、仕方なく万象も慌てて屋敷へ戻る。邸内を探してみると、森羅はトラばあさんと通信をしている最中だった。
「うん。なるべく早く来てもらって」
「どうしたんだよ、誰に来てもらえって言うんだよ、森羅」
通信を切った森羅に、万象が今の内容を説明するよう言う。
「鞍馬にしばらく東西南北荘に滞在してもらおうと思ってる。あっちにはトラばあさんと雀おばさんしかいないから」
「え? 何かあるのか?」
驚く万象に、森羅はちょっと微笑んで首を振る。
「いや、念のためにね。こっちの片がつくまで」
「じゃあ、ミスターにあっちに戻って貰えばいいじゃないか」
勢い込んで言う万象を抑えつつ、森羅が言う。
「ううん。こっちの方がかなり大変になる。なんせ森羅も万象もいるんだから向こうも必死だと思うし。だから万全の体制にしておきたいんだ」
「そうなのか?」
「俺たちが行けるんだから、悪さするヤツらもあっちに行けるようになってるかも知れない。現にこの間万象を襲った金属は、年代が識別できなかったって言うし。万象がここにいる間は、たぶん向こうを襲うことはないだろうけど、どんなに小さくても可能性があれば、対策は練っておかないとな」
へえ、やっぱり森羅はあったまいいんだな。
じゃなくて。
そうだよな、今まで考えもしなかったけど、あいつらも時空移動の技を身につけるかも知れない。
え? だけどその時に東西南北荘にいるのが、トラばあさんと雀おばさんだけだっら、と、万象は急に肌寒さを覚えた。
そしてさっき森羅が切ったばかりの通信を大慌てで開いて、トラに、念を入れて、念を入れて、また念を入れて鞍馬に早く来てもらうように懇願したのだった。
あれから万象は、
「どうか鞍馬が来る今度の日曜日まで、向こうに悪さするヤツらが現れませんように」
と、毎日毎日、必死で祈っている。
「変な万象」
「変じゃねえ! 万が一トラばあさんや雀おばさんに危険が及ぶときには、こっちの状況はどうあれ、俺があっちへ行く!」
すると、驚いていたような森羅が、次に苦笑しながらダメだしをする。
「それはダメ」
「なんでだよ!」
「だってそれこそヤツらの思うつぼだよ。もしそれで万象の身に何かあったら、あの2人はどうすればいいの」
「う、……」
黙り込んだ万象に、森羅は自信満々で言う。
「大丈夫だよ。万が一の時のことは考えてあるから」
「ホントか!」
「ああ」
親指を立てる森羅に、万象は「よっしゃー」と嬉しそうに言った。
そうこうするうち、念願の? 日曜日。
今回は土曜日のディナー営業を終えて車を飛ばしてきたという鞍馬は、日付が変わらないうちに東西南北荘に着いたとの連絡が入る。
その翌日、鞍馬の到着を待っていたように、事態が動き出した。
なんだか様子が変です、と、畑にいた使用人が駆け込んでくる。
慌てて万象たちが行くと、ボコボコと土に穴が空きだしていた。
「森羅万象を同時に打ち倒したら、すっごい英雄よお~」
「そうだ、ヤツらがいなくなりゃあ、四神も力を発揮出来ないじゃんか」
「俺たちの天下ー」
「「天下ー」」
「「天下ー」」
ヤツらだ。
雑魚もそうじゃないのも、好きなことをのたまいながら次々と現れてくる。
「なんだよ、こいつら」
どんどん増えるヤツらに、ゲンナリの万象。
「でも、万象が祈ってたおかげで、日曜日? に現れたよ。すごい」
森羅は可笑しそうに言いながら前へ一歩進み出る。そして彼らの前に立つと、凜と響き渡る澄んだ声で言い出した。
「聞け! 皆さんをお招きした覚えはない。ここは陽ノ下家の領地。招待状のないものは、さっさと帰って頂こう」
するとヤツらは、「うるせー!」「んなもんいらねーよ!」等々、好き勝手なことを怒鳴り出す。うるさいことこの上ない。
「仕方ない。出て行ってもらえないなら、実力でお帰り頂くまで……、!」
ウギャァ!
いきなり襲ってきた雑魚をはね飛ばして、森羅が今までに聞いたこともないような厳しい声音で言う。
「卑怯者には、手加減無用だ!」
その声が合図となって、彼らのぶつかり合いが始まった。
「森羅、怖っ!」
万象はちょっと、いや、ものすごくビックリしていたが、感慨にふけっている場合ではない。
ミスターに教わっていたとおり、後方に走ると彼らを援護する側にまわった。
それにしてもすごい数の雑魚だ。
森羅が万全を期したかったのがよくわかる。
「なんでこんなにわいて出てくるんだよ」
「あいつら雑魚は、なんて言うかな、大将の付属品みたいなもんで、生きてはいないんだとさ、と、白虎が教えてくれた」
隣で銃を構えるミスターが、信じられないようなことを言う。
「ええ?! じゃああいつらは幽霊だってのか?」
「いや、実体はあるんだが、なんて説明すりゃいいんだ? とにかく命はないから遠慮せずに撃ちまくれ、だとよ」
「じゃあロボット? ゾンビ? じゃないよな。まあ一種のゲームみたいなもんか。それなら超得意分野だ!」
それまでは少し躊躇して、腕や足しか狙わなかった万象は、ゲームと聞いて一気にテンションが上がる。その上、銃を撃つ早さや精度まで上がったようだ。
ドンドン! ドンドン!
「おいおい」
苦笑して言うミスターも、実は雑魚の実体を知ってから、遠慮なく銃を使っている。
「任せてくれよ。VRゲームでほとんどランキング一位取ってる俺の実力、見せてやる」
なるほど、その言葉に嘘偽りはないようで、万象の撃つ弾は、確実に相手にヒットしていった。
続いてこちらは、朱雀。
同じようなナイスバディ美女が出てきて、お互いがお互いを認めた途端。
「「貴女の相手は、この私ね」」
と、まったく同じように宣言したのだった。
なんと悪美女も飛び道具を使う。それはダーツのような代物だ。
シュッ!
シュッ!
華麗に飛びまわりながら、2人はペンとダーツをお互いに向けて投げ合う。実力はほぼ互角。どちらも相手に命中させることが出来ず、朱雀は唇をかみ、悪美女はチッと舌打ちをしている。長い戦いになりそうだった。
少し離れたところで飛火野が剣を振るっている。
今度は、なんとか三兄弟と名乗って出てきた、三人を相手にしている。
「まったく、なんで私の相手は、いつも複数なのですかね」
グチりつつ、三人相手でも引けを取ってはいない。
しかし、ほんの少しの隙を突いて一人が切りつけてきた。
「危ない!」
万象が慌ててそちらに銃を構えるが、相手もバカではないようだ。さっと回り込んで、飛火野を盾にする。
「くそ! 撃てねえ」
今にももうひとりが切りつけようとしたその時、横から長い棒のようなものが出てきて、そいつの剣をカキン! とはじく。
なんとそこには、一乗寺が薙刀を持って立っていた。
「えい!」
と言う声とともに振るった薙刀は、飛火野を切りつけていた敵をも遠くへと追い払う。
「一乗寺! お前薙刀なんて使えるのかよ!」
驚いて叫ぶ万象に、もっと驚きの事実が明らかになる。
「はい、桜花さまに手ほどきを受けました。少しでもお役に立ちたかったのと、見ているだけではまどろっこしくて」
「ええ?!」
なんと、桜花は薙刀の達人らしい。本人は戦闘に参加する気満々なのだが、まわりが決して許してくれないらしい。
「ひええ、すげえ」
その間に体勢を立て直した飛火野が、声をかける。
「行きますよ、一乗寺」
「はい」
2人は敵めがけて走り出していった。
さて、白虎はというと、こちらもご多分に漏れず、2体の大男を相手にしている。
「ヴォーー」
「グオーーー」
「うおっ、この馬鹿力野郎!」
両側からガッチリ挟まれて、さすがに2体はきつそうだ。
それを見ていたミスターはひょいと立ち上がると、「ちょっと行ってくる」と、白虎の援軍に回る。
片側のヤツを後ろからグイとつかんでひっぺがし、ボウンッとぶん殴った。
「ありがとよ!」
あいた片手でボウンッともう1人をぶん殴った白虎が楽しそうに言う。
「なあに、いいって事よ」
ミスターも楽しそうだ。
「頑張ってくれよお!」
万象は思わずエールを送っていた。
森羅は二組の青龍と玄武を引き連れて、雑魚の追いやりに大忙しだ。
「ほいほいっと。あー青龍、龍古、またそっちへ行っちゃった」
「「はい!」」
青龍2人の瞳から、ババッと閃光が走ると、雑魚たちは、キェー! と悲鳴のようなものを発しながら、玄武たちの方へ向きを変える。そこでは彼らが、嫌な音を出しているのだ。
そこで、また、キェー! ともんどり打って倒れて消えてしまう。
3分の2ほどはそれで完璧に消えてしまうのだが、残りはしぶとくよみがえってくる。
「きりがないね。ごめん、完全に消せなくて」
ションボリ言う玄武兄弟に、「ううん、十分」と森羅は笑って言い、そして。
ヒュウン。
森羅の持つ羽のような剣が大きく空を切ると。
キラキラキラ……
ダイヤモンドダストが降り注ぎ、雑魚は今度こそ綺麗に消えてしまうのだった。
戦いは続いているが、こちらが優勢なのはもう目に見えていた。
「さすが四神だね。あと少しだから、こっちは任せて大丈夫かな」
森羅はそんなふうにつぶやくと、万象の近くへ素早く移動していった。
「ちょっと留守番頼む」
「え? なんだよ急に」
いきなりふられた万象はちょっとアタフタしている。
「あっちの様子を見てくるわ」
「2000年後か? だったら俺が」
と言うのを制して、「だって万象、これ」と、指を鳴らす真似をする。
「できないでしょ?」
「ヴヴ」
「そう、向こうに四神を呼べるのは俺だけ。だから俺が行くのが、当然」
そんな風に言われれば、万象はぐうの音も出ない。
「わかったよ、留守は任せろ。行って来やがれ!」
と不服そうな万象に、
「行って来やがります」
と楽しそうに、森羅は舞い上がる風に乗って消えた。