第4話 変なヤツ現る、さてどうする
ある日。フリーエネルギーの供給具合が良くないと言う報告が入ってきた。
そのため、メンテナンス隊は、早速現場に急行する。
「どうしたんすかねー。原因不明でお呼びがかかるの、初めてっすよね」
「お前さんはまだ若いから、スタート当初、不具合が多かった頃の忙しさを知らないんだな。こんなもん、あの頃に比べりゃ、屁みたいなもんだ」
年かさのボランティアは、それから昔話を始めてしまい、若者は苦笑しながらも、ハイハイと面白がって聞いている。
地域ごとにひとつ置かれた中継用の建物は、木造で何の変哲もない。けれど中に入ると、涼やかに何かが流れているのがわかる。
「うーん、やっぱいいなあ」
「だな」
嬉しそうに伸びをする2人。いわゆるここは、場がいいのだ。
さっそく作業に入ったのだが、しばらくすると、2人はふと、顔を上げる。
明らかにエネルギーの流れが変わったのを感じたのだ。それも嫌な方に。
「なんでしょうかね? ちょっと見てきます」
若者の方が、外へ出ようとしたとき。
「わっ!」
扉が開いて、見たこともないような生物? が入ってきた。ヒューマノイドタイプだが、全身に小さな金属のかけらや部品を纏っているように見える。
「え? えっと」
すると、そいつは突っ立ったままの若者に近づいて、急に胸ぐらをつかんで持ち上げる。
「うわ! な、なにすんだよ、はなせ!」
若者が叫ぶと、そいつはポイッと若者を下へ放り出した。
そのあと、何をすることもなく、また外へと出て行く。
「あ、ちょちょ、ちょっと!」
慌てて追いかけた若者が外へ出て、あたりを見回したが、もうそこには何もいなかった。
「金属人?」
「そうじゃ、なんでも全身が金属の部品のようなもので覆われているとか」
「そいつが中継所に影響を及ぼしてるんですかね」
「それをこれから調べてほしいとの事じゃ」
メンテナンス隊から連絡を受けた陽ノ下家は、とりあえずテクノロジーに詳しいトラに相談して、調査して貰うことにした。
「けど、いつどこに現れるかわかんないんじゃ、調べようもないですよね」
「ま、気長にやるしかない。今のところ実害は出ておらんようじゃからの」
不本意なことだか、とりあえずの対策は中継所内にあるカメラを起動させること。今まで稼働していなかったのは、フリーのエネルギーを盗む者はいないし、イタズラなどして供給が途絶えると、結局困るのは自分自身だからだ。
併せて、またまた不本意ながら、初めて監視用のロボットを置くことにした。
すると、ロボットの話を聞いた腕に覚えのある武芸達者たちが、日中は交代で警備にあたると喜んで申し出てくれていた。
このあたりは、陽ノ下家を中心とした小さな地域の中で、お互いが楽しみ、喜びながら、自分の出来ること好きなことを、出来る範囲で提供して成り立っている。
他の地域も、それぞれが小さな規模の中でお互いを盛りたてて成り立っている。
協力しあうという概念は、もう今では常識だった。
中継所のカメラ起動とともに、トラは万象と相談して、龍古と玄武にもできうる限り様子を見たり聞いたりしてもらう事にした。
龍古は見えすぎる目を使って、玄武は聞こえすぎる耳を使って、カメラの死角になる建物周りを中心に探索するのだ。
「あれ、なんで?」
ある日、昼食前に中継所の様子を見た龍古が、声を上げる。
「白虎さんがいる」
「え? ほんと?」
それを聞いて、慌てて耳に手をかざす玄武。
「う…と…。あ! けどホントだ、白虎さんの声がする」
「あら、じゃあ森羅くんが配置したのかしら」
雀が焼き上がったピザを運んで来て言った。
「お、今日はピザか。これも鞍馬が用意しておったのか?」
「ええ、そうよ。冷凍ピザなのに、そこらの高級イタリアンより美味しいかも、よ、フフフ」
4人は、日々の食事に困らないようにと、鞍馬が技術を駆使して作り置きしている冷凍品や常備菜やらに感謝しつつ、その日の昼食を楽しんだ。
しばらくすると、うわさの白虎が東西南北荘にやって来る。
「よ、邪魔するよ」
「白虎さん!」
いきなり飛びついてきた玄武に、おもわず相好を崩す白虎。
「ほほう、いつ見てもどっちの玄武も可愛いなあ」
「えへへ」
「いらっしゃーい、昼ご飯食べた?」
雀が聞くと、まだだと言うので、この日は彼も鞍馬の美味しいイタリアンにありついたのだった。
「で? なんでお前さんがあそこにいたんじゃ」
「ああ、お察しの通り、森羅さまの要望で、さ。変なヤツだと聞いて、もしかして、あっちにいる、悪さするヤツらみたいなのじゃないかって」
「そうか」
森羅の四神は、独特の感性を持っている。残像ではないが、そこにある微妙な雰囲気の残りを感じとる事が出来るのだ。
「俺たちの時代のかどうか、わからん。というのは、金属の残像なんて初めてで、非常に読み取りにくかったんだ。でも、もうあそこには現れないぜ、きっと」
「そんなことまでわかるの?」
雀がビックリしたように聞く。
「だって、ここに現れたからさ」
その言葉通り。
ジャリジャリ!
と、金属のこすれ会う嫌な音がして、畑に続くあたりにヤツが現れた。
白虎は剣をつかんで縁側から外へ飛び出す。
「昼飯後で良かったぜえ。腹ぺこだとやる気が起きない」
「ちょっと、白虎、あんた裸足!」
と、雀が大慌てで玄関から白虎のブーツを持ってきた。
「お、ありがとう。けど、どうやら奴さんはスローなお方らしい」
そう言うと、なんと白虎は縁側に腰掛けて、ゆっくりとブーツを履き始める。
金属のヤツは、動きもせずにそんな様子を眺めている。
「さあて、どう来る?」
やおら立ち上がった白虎が剣を構えると、ビビッと少し動いたヤツは、クルリと反転して、生け垣の向こうへ消えた。
「え? おい待てよ!」
白虎は慌てて追いかけたが、もうそいつの姿はどこにもなかった。
翌日。
「いったいどうなってんだよ。夕べ帰ったら和室で白虎がいびきかいて寝てるし。無理に起こすのも何だから聞かなかったけど」
朝食の用意をしながら万象が、のっそり起きてきた白虎に聞いた。
「実は、これこれこういうわけだ」
と、白虎が略して? 言う。
「なんだよそれ! そんなんでわかるかよ」
「アハハ、すまない」
手伝うぜ、と、意外と器用な白虎は、万象の助手を務めながら、金属のヤツの話を始める。やがて美味しそうな味噌汁の匂いがあたりに漂い出す。
「で? そいつのことは何もわかんないんだよな」
「ああ、どうやらこのあたりをウロウロして、情報か何かを集めてるみたいだな」
「情報って? なんの?」
「それがわかれば苦労はしない。ほれ、魚が焼けたぞ」
あじの干物を皿に盛り付けて、白虎がニイッと笑った。
その日の昼すぎ。
今日の勤務は珍しくランチタイムのみなので、万象は早々と店をあとにする。
天気の良い日はフリーエナジー・バイクで通勤しているので、万象はいつものようにホイホイと慣れた道を走っていた。
あと少しで東西南北荘、と言うところまで来たとき、ここからはあまり交通量も多くないし、とほんの少し気を抜いた万象は、不意に現れたそれに気づくのが少し遅れてしまった。
「うわっ」
慌てて何とかよけたあと、バイクを止めて振り返る。
「大丈夫ですか! ……、え?」
すると、そこには金属の塊? いや、今朝白虎が話をしてくれた、あいつだ!
しかもそれは、ジャラ……、と不気味な金属音を響かせたあと、聞いた話とは違って、万象に向かって突進してくる。
「何だよ!」
不意打ちだったが、万象は咄嗟にバイクを発進させていた。
ブウン!
ジャラ!
2つの音が響き渡りながら追いかけっこをする。あんなに重そうなのに、結構早い。
情けないが、まだアイツには勝てそうにないな、と冷静に判断した万象は、悔しいけど東西南北荘に向かって叫んでいた。
「玄武! 白虎をここへ!」
すると。
ヒュウン! と音がして、何かが万象の横をすり抜ける。
ガッシャーン!
ちら、と振り向くと、白虎の剣がアイツの胸のあたりを見事に貫いていた。
「止まるなよ、走り続けろ!」
白虎が叫ぶまでもなく、万象は止まるつもりはない。すると、前からまた今度は軽自動車がやって来る。
すれ違いざまに見えたのは、運転する雀と、耳に手をかざす玄武だった。
と、急に車が止まると、サンルーフからその玄武が顔を出して、大きく口を開いた。
「…、…、…」
万象たちには聞こえないが、玄武は何か音を出しているようだ。その証拠に、まわりにポツンポツンとある民家から、犬が次々に遠吠えを始めだす。
万象はバイクを止めて、また振り返る。
すると、なんと素手でヤツを止めていた白虎が目に入り、そいつがガタガタと揺れ出しているのが遠目でもわかる。
揺れが大きくなり出すと、白虎がふいにそいつから横っ飛びに離れる。
そして。
ドウン! ガシャン!
と、音がして、あとにはバラバラに分解された金属片が残っていた。
「バンちゃんを狙って襲ったのは、間違いないな」
「ていうか、なんで、俺?」
ここは東西南北荘の和室。
あのあと、龍古の指示で辺り一面に飛び散った破片を残らず拾い集め、厳重にボックスに閉じ込め封をする。
トラが見ても白虎が見ても、この金属片の詳しい年代はわからなかった。だが、ここに置いておくと危険かも知れないので、今度ミスターが来たときに研究所に持って帰ってもらい、より詳細に調べることとした。ようやくそれらを終えた面々が、今後のことを話し合うべく集まっていた。
「なぜかはわからんがの、この前の森羅の拉致事件と関係があるかもしれん」
トラの言葉に、不安そうな表情を隠せない万象。
「それは、またどちらかが襲われるかもって事だよな。俺はいいけど、森羅に何かあったら」
そんな、自分より森羅を心配する万象を皆が感心したように眺めていると、ヒュウン、と隣の畑との境に、どこかで見たような風が舞い上がった。
「あ」
「こんにちは、じゃなくて、もう、こんばんは、か」
「森羅!」
そう、まるで見計らったように森羅がやって来たのだった。
「よ、万象。晩ご飯終わった?」
「あ、ああ」
来たばかりでそんなことを聞く森羅に、万象は面食らったのだが。
「さすがだなあ俺、時間ぴったりだ。じゃあ早速2000年前に行くよ」
「は? なんでまたそんな急に」
またまた面食らって訳のわからない万象に、森羅が答える。
「そりゃあ、万象の身の安全のため。まあ、あっちもあんまり変わりないけど、俺もいるし、四神も、飛火野も、一乗寺もいるし」
「はあ?」
そんな森羅から、トラが詳しく話を聞き出してみる。
早い話が、旧陽ノ下家が行っているフリーエネルギーのメンテナンスとか技術提供とか、とにかく自分たちのもうけにならない上に、自分たちが独占して管理や操作ができない事柄を良く思わない輩は、執念深いのだ。
前回、森羅の拉致に失敗した彼らは、万象の存在を知った。
そこで、ターゲットを万象に切り替えたらしい。万象をどうにかすれば、彼らはなんでも思い通りになると踏んだのだろう。
桜花が言うように、万象の名を持つ者は、どの時代どの場所を探しても、彼ただ1人しかいない上に、2人はお互いに強く影響し合っているとの理由で。
ただ、あの金属人がいつの時代のもので、どうやってやって来たのかは不明だ。
「だからって、今すぐはないだろ。俺は明日も仕事だ」
「だったら、また今日のこの時間に帰ってくればいいじゃない。それなら何の影響もないし」
「はあ?! そんなの嫌に決まってんだろ!」
「事は急を要するんだよ。万象は今のままじゃ、雑魚を少ししか蹴散らせないもん。もうちょっと自分の身を守れるようになって貰わなくちゃな」
「だったら余計に嫌だ。どうせあっちで修行だなんだって鍛えられるんだろ?」
「まあね」
ニッコリ微笑む森羅に、万象はザアーっと青くなって断り続けたのだが。
結局、押しに弱い万象が折れるのはいつものこと。
龍古や玄武も一緒に行けばいいと言われて、玄武が大喜びで万象を説得したためだ。
「ううー」
「バンちゃん、大丈夫だよ。あっちには一乗寺さんもいるし。バンちゃんのお世話は慣れてるよ。疲れたらマッサージとかしてもらえばいいよ」
玄武のなんとも情けない説得に、苦笑しながらもようやく首を縦に振る万象だった。
こちらに残るのは、トラばあさんと雀の2人。
「大河は仕事に切りがついたら、そっちへ行くように言っておくわい。鞍馬が行ければいいのにの」
「いらねー!」
負けず嫌いの万象の即答に、顔を見合わせて大笑いするトラと雀だった。