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第40話 山の修業始まる

 朝4時45分。 夜明け前の静けさがまだ残る集落に、玲央の目覚ましが鳴るより先に、彼は布団から出ていた。 「おい、光陽。起きろ」 「……んぐぅ……ま、まだ夜じゃねーか……」 「新聞、届いたぞ」 「新聞……? は?」 玲央が黙って差し出したのは、一束の新聞。玄関に配達されたばかりのものだ。 「これから、配る。集落の全部の家に。ドリブルしながらな」 「……まさか、それが“マル秘トレーニング”のひとつ!?」 「ひとつ目な」 光陽の意識が完全に覚醒した。

【第一の修業:新聞配達ドリブル】

この集落には15軒ほどの家が点在している。 舗装されていない細道、急な石段、畑のあぜ道。足場は悪く、視界もまだ暗い。 「おい、玲央、ここほんとに道か!? 落ちたら一巻の終わりだぞ!?」 「だから集中力が鍛えられるんだ」 新聞を片手に、反対の手でドリブル。前方の地形に注意を払いつつ、ボールを“生かしたまま”運ぶ。 これは、単なる配達作業ではない。“判断力・バランス感覚・足裏のボールコントロール”を一気に磨けるメニューだった。 最後の家に新聞を届けたとき、光陽の顔には汗と泥、そして妙な爽快感があった。 「……やっべぇ。何これ……おもしれぇな……!」

【第二の修業:裏山の急坂ダッシュ】

新聞配達を終えた直後、休憩もなく次の指令が下る。 「裏山。10本。全力ダッシュ」 「ってオイ! それ“食後の散歩”のノリで言っていい内容じゃねぇ!」 裏山の道は、砂利が転がる滑りやすい急勾配。 一歩間違えれば滑って転ぶ危険もある。だが、その分“足腰・体幹・踏ん張る力”が試される。 玲央は淡々とした足取りで登り始める。 「足が止まるなら、腕で引き上げろ。腕もサッカーの武器だからな」 「どんだけ理にかなってんだよこの地獄ぅぅぅぅ!」 光陽は悲鳴を上げつつも、踏み込む足に次第に粘りが出てくる。 10本を終えたときには膝が笑っていたが、同時に「まだやれる」と思わせる“芯”が生まれていた。

【第三の修業:薪割り】

 朝食のあと、玲央の祖父が光陽に声をかけた。 「そこの薪、小さくしてくれんかの」 「了解っス!」 薪を割る作業は、一見地味に見える。だが、 「力任せではなく“しなりと重心”を活かす」ことが求められ、サッカーにおける“しなるキック”“軸の安定”に通じる。 「重さを使うんだ。振り下ろすとき、手首を固めすぎないように。」 玲央がアドバイスすると、光陽はハッとしたように呟いた。 「これ……シュートと似てるじゃん……!」 ガシィィィン! 割れた薪の音が、彼の中で何かを開いた。

【第四の修業:急斜面の山菜採り】

午後。日差しが山肌を照らす頃、玲央が持ってきたのはカゴと軍手。 「次は山菜採り。場所は、あの急斜面な」 「いやいやいや、普通“おばあちゃんの趣味”みたいなテンションで言うな! あれ、崖に近いじゃんか!」 「動体視力・バランス・判断力。全部鍛えられる。足を滑らせたらアウトだぞ」 「お前らの家、どこまでが訓練なんだよ……!」 足を滑らせれば転落。急傾斜を横移動しながら、見つけたワラビやタラの芽を丁寧に摘んでいく。 「いつどこで」「何を選ぶか」「どう動くか」の判断と反射――それはまさしく、フィールドの視野の訓練だった。

 日が暮れる頃には、光陽の体は筋肉痛寸前。 だが、彼の目はどこか冴えていた。 「なあ玲央……オレ、今日1日でどんだけ強くなったかな……?」 玲央は静かに微笑んだ。 「“1ミリでも強くなる”ことを積み重ねる。オレはそれしかできなかったからな」 「それが……今のお前か。すげぇよ。」 玲央の顔に、ふっと笑みがこぼれた。 「兄さんは、これをもっと早いペースでこなしてた。今は、兄さんにはまだまだ勝てないけど、絶対に越えたい」 「……なら、どっちが先に越えるか、勝負だな」 山の夜風が、ふたりの火照った身体を撫でていった。

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