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第39話 金曜日、葵家にて

 午後6時半。 赤江光陽は汗まみれのジャージ姿で、ようやく葵家の玄関前に立っていた。 山道をドリブルしながら登り続けた末のゴール地点。 だが、目の前の和風の一軒家から漂う出汁の香りが、疲労を優しく包み込んでくれる。 「いらっしゃい、光陽くんね? よく来てくれたわね」 玄関先で出迎えてくれたのは、玲央の母――葵玲愛あおい・れいあ。 穏やかで優しい微笑みを浮かべる彼女に、光陽は思わず緊張しつつも深く頭を下げた。 「おじゃましますっ! 本日からお世話になります!」 奥から現れたのは、玲央の祖父。杖をついてはいるが、どこか野太い存在感を持った人物だった。 「うむ……ええ顔をしとる。いい修業仲間を持ったのう、玲央」 「……うん。兄さんも帰ってきてるって聞いたし、ちょうどよかった」 玲央の声が、少しだけ柔らかくなる。 ちょうどそのタイミングで、廊下の奥から現れたのが、もうひとりの“葵”だった。 「やぁ、光陽くん。話は聞いてるよ。ようこそ我が家へ」

  それは、玲央の兄――葵颯汰あおい・そうた。 黄金台高校の生徒会長にして、成績も運動もトップクラスの完璧超人。 どこか柔らかい物腰の中に、知性と自信が滲むその佇まいは、光陽が思わず姿勢を正すほどの“威厳”を放っていた。 「初めまして、赤江光陽です! 本日はお世話になります!」 「うん。噂には聞いてたけど、想像以上にエネルギーあるね。玲央の“仲間”って感じがするよ」 その言葉に、玲央が小さく口を開いた。 「……兄さん、オレ……」 「わかってるよ、玲央」 兄・颯汰は、ふっと優しく笑った。 「お前がサッカー部を作ろうとしてるって聞いたとき、正直驚いた。でも――」 少しだけ、玲央の肩に手を置いて、言葉を継ぐ。 「驚きよりも嬉しかった。ずっと何かを探してるような目をしてたから。 でも今は……いい目をしてる。誰かと一緒に、同じゴールを目指してる目だよ」 玲央は一瞬だけ目を見開き、それから静かに頷いた。 「……ありがとう。兄さんにそう言ってもらえると、ちょっと自信になる」 「ふふ。まぁ、お前が“オレを越える”つもりでいるのも気づいてるよ」 「……うん。いつか、追いついて、越えたいと思ってる」 玲央の言葉に、颯汰は微笑を浮かべながらも、その瞳に小さな炎を灯して答えた。 「じゃあ、まだまだ簡単には抜かせないって、頑張らないとね。オレも」 その兄の“挑発とも励ましともつかない言葉”に、玲央の中の火も静かに燃え上がる。 二人のやりとりを、光陽は圧倒されたように見つめていた。


夕飯の時間。 玲愛が作った山菜ご飯、イワナの塩焼き、煮物、豚汁がテーブルに並ぶ。 「うっま……! 玲央の家、まじでご飯うまいじゃん!」 「……当たり前だろ。うちの母さんの煮物、最強なんだぞ」 「ほほう、それはお母さん、弟くんが自信満々に推してましたよ?」 「ふふ、玲央は昔から“好き”ってはっきり言ってくれるの。わかりやすい子なのよ」 食卓は温かく、笑い声が自然と満ちていた。

  夜、茶の間に布団を敷いてのんびりしていると、話題は自然とサッカー談義に。 「冥桜の相羽って選手、ホントすげぇよな……。なんかもう、“壁”みたいだった」 「……でも、兄さんみたいに感じた。誰よりも前を走ってて、誰も追いつけないような」 玲央の言葉に、颯汰が静かに言った。 「壁ってのは、越えられる前提で立ちはだかってるんだよ。 だから、越えてくれ――って。お前には、特にそう思うんだ。玲央」 玲央は言葉を返さなかったが、その拳をそっと握りしめる。 光陽が口を挟む。 「でも玲央、お前……あいつに全然ビビってなかったよな。オレ、正直ちびりそうだったのにさ」 「……ほんとは、俺もビビってた。でも、気付いたら負けたくないって思いだけが出てきて。だから逃げなかった。それだけ」 「なるほどな。じゃあオレも、お前に負けたくねぇから逃げねぇよ!」 笑って言う光陽に、玲央も少しだけ表情を緩めた。 「……明日は朝5時起きだ。寝坊したら置いてくぜ」 「マジかよ! まさか“マル秘トレーニング”って……もう始まってる感じ?」 「始まってるどころか、もう逃げ場ないぞ」 玲央の口元には、兄・颯汰とよく似た“挑む者の笑み”が浮かんでいた。 その夜、山の静けさの中で、光陽は少し高鳴る胸の音を聞きながら眠りについた――。

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