第37話 マネージャー兼戦術補佐・木庭香織の悩み -突破口を求めて-
グラウンドでは今日も、部員たちが汗を流していた。
フィールドの隅で、それを見つめながらノートに何かを書き込んでいるのは――
黄金台サッカー部マネージャー、木庭香織。
だが、今日の彼女はいつもと違っていた。
書いてはペンを止め、また書き直し、またページをめくる。
細かく並んだメモと図は、途中からまるで迷路のようになっていた。
(おかしい……どうしても、形にならない……)
香織は焦っていた。
試合の映像は何度も見返した。
選手の配置、パスコース、ボール支配率。
あらゆるデータを集め、分析した。
けれど――そこに、答えはなかった。
(……冥桜は、理屈じゃなかった)
あの練習試合、冥桜学園は確かに組織的な動きも見せていた。
だが、決定的な破壊力を持っていたのは、相羽猛の「個の力」だった。
何人で囲もうと、どこにラインを敷こうと、全てを貫いてくる圧倒的な存在。
それはまるで、戦術という枠そのものを無力化する“異質”だった。
(私が学んできたものは……通用しなかった)
胸の奥に、ぽっかりと穴が開く感覚。
(このままじゃ……私の“知識”はただの飾り物)
足が震えそうになる。
それでも、部員たちは今も前を向いて走っている。
彼女だけが、立ち止まっていた。
「……香織?」
ふいに背後から声がかかる。振り返ると、そこには監督・紫乃が立っていた。
「……紫乃先生」
「迷ってる顔してるわね」
「……はい。ごめんなさい。私……わからなくなってしまいました。
戦術や分析じゃ……“あれ”には、勝てないんじゃないかって……」
俯く香織に、紫乃は少し微笑むように言った。
「当たり前でしょ。勝てるわけないわよ。――今のままじゃね」
「……え?」
「香織、あなたは間違ってない。戦術は大切よ。でもね、それは“止まった時間”の中でしか完璧にはならない。
試合は、リアルタイムで、変わり続けるもの。
“個”の力が強いチームに勝つには、ただの戦術じゃ足りない。――“戦術を活かせる個”が必要なのよ」
香織はハッとする。
「つまり、選手がもっと強くなれば……」
「それだけじゃない。あなたの分析がもっと“現場”に食い込んでいく必要があるのよ。
選手の特徴、癖、相性、心理、変化――机の上の図では拾いきれないことまで、ちゃんと見ていくの。
それが“実戦に通じる分析”ってやつ」
香織の胸に、何かが落ちてくる。
(私がやっていたのは、ただの記録だった……。
でも、選手の“今”を見て、戦術に活かせば――)
香織は震える手でノートを閉じた。
「……ありがとうございます。私、もう一度“選手の中”に入ります。
私も、チームの一員として、もっとグラウンドに立って……感じます」
紫乃は頷いた。
「そう。言葉や数字だけじゃなく、ちゃんと“匂い”や“汗”の中で、戦術を作りなさい。
君の頭脳が、生きる場所はそこだから」
香織の目が、再び光を取り戻す。
彼女の中で、ようやく見えた“突破口”。
そのとき遠くから、誰かが叫んでいた。
「かおりさーん! パス練のデータまとめてくださーい!」
魚住の声だ。
香織は頷きながら、ノートを片手にグラウンドへと小走りに向かっていった。
戦うのは、選手だけじゃない。
マネージャーであり戦術補佐――木庭香織のリスタートが、今、始まる。




