第32話 頂を見た少年
前半終了。スコアは1-4。黄金台サッカー部は苦戦を強いられながらも、一筋の光を見出した。
控え室へと戻る仲間たちとは別に、玲央はふと立ち止まる。
(……やば、トイレ……)
軽く息を吐いて、玲央は裏手のトイレへと向かう。
校舎に併設されたトイレは静かだった。
手を洗い、少し気持ちを落ち着けようと窓際に寄ると――ふと、視界の先にグラウンドが広がっていた。
隣接する、冥桜学園・1軍専用グラウンド。
芝の色も、ネットも、設備も、すべてが別世界のようだった。
そしてその中央で、試合が行われていた。
玲央は目を奪われる。
スコアボードに目をやると、
《35分・後半》
《冥桜 30-0 対戦高校》
(……は?)
思わず目をこすった。
冗談でもバグでもない。確かに「30-0」だった。
だが、さらに視線を戻した時――
玲央の全神経が、ある一人の男に集中した。
鋭く、一閃の風のようなドリブル。
密集をすり抜け、ボールは吸い込まれるようにゴールネットへ突き刺さる。
その男だけが、別次元だった。
玲央は目を凝らす。背番号「9」。
そこには凛としたオーラとともに立つ、一人のストライカー。
(……あれが、冥桜のエース……)
と、そのとき。
男がふとこちらを見た――ような気がした。
ただの偶然か、あるいは意図的か。
遠くからでも分かる。切り裂くような鋭い眼光が、玲央の視線と交差する。
玲央の心臓が、大きく脈打った。
相羽 猛
冥桜学園 2年/エースストライカー/背番号9
その名前が、胸に焼き付く。
全身が汗ばんでいるのは、気温のせいだけではなかった。
(……俺たちが今、相手してるのは――このチームの、"3軍"……)
眩暈すら覚えるほどの事実に、目が覚めた気がした。
「でも……」
口の中で呟く。
「……それでも、逃げたくない」
背中に太陽の熱を感じながら、玲央は足を戻す。
チームが待っている。
グラウンドに戻ると、仲間たちの視線が彼を迎える。
「遅かったな、玲央」
赤江が軽く笑って声をかけた。
「……悪ぃ、ちょっとだけ未来、見てた」
玲央はそう答えると、ボトルの水を一気にあおった。
後半戦。
黄金台の戦いが、再び始まろうとしていた――。




