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第29話 冥桜の影

 6月。 木々の緑が濃くなり、空は晴れ渡る日が増えた。だが、それ以上に身体に堪えるのは、肌に纏わりつくような湿気と初夏の陽射しだった。 グラウンドでは今日も、汗だくになった黄金台サッカー部の9人が声を張り上げながら走っていた。 「ラスト一本! 声出して!」「魚住さん、こっち!」 玲央の声が響き、主良が最後のスプリントでボールを追いかける。 照りつける太陽の下で、誰もが言葉にしない焦りを胸に抱えていた。 ──部員が、増えない。 仮入部希望者もなく、見学者すら途絶えた日々。 木庭香織はマネージャー業と戦術補佐の役割をこなしながら、部室のホワイトボードの予定表を眺め、無意識にため息を漏らした。

 そんな中、紫乃が口を開いた。 「次の練習試合、決まったわ」 その一言で、部員たちが一斉に集まる。 「相手は──私立大館冥桜学園サッカー部。春の県大会で準優勝した強豪校よ」 その名に反応したのは、夢生だった。 「……確か、県内でもトップクラスの進学校で、部活の規模も異常なぐらい大きいとか」 紫乃は頷く。 「ええ。部員数は100人以上。1軍から3軍まで分かれていて、競争も熾烈。その分、育成も戦術も段違いに洗練されている」 「てことは……その1軍とやれるのか?」と氷見がやや目を見開く。 「当初はね」と紫乃は苦笑した。「でも、1軍のスケジュールが埋まっていて、今回は3軍との試合になった」 「3軍か……」玲央がぽつりと漏らす。 神田が肩をすくめる。「向こうの3軍が、ウチのレギュラーより強いってオチは勘弁な」 「その可能性はあるわ」と紫乃は即答した。「でも、それでいい。今の君たちが、秋田県の“トップレベルの土台”にどこまで通用するのか。それを見極めるには十分」 主良がそっと言葉を重ねた。 「本気の相手じゃなきゃ見えてこない。今の自分の位置も、届く距離も」 紫乃は全員を見渡すように言う。

  「これが新人戦前、最初の“試金石”になる。3軍との試合でも、彼らは“冥桜”の看板を背負って戦う。全力で挑みなさい。負けたっていい。だけど、逃げることだけは許さないわ」 沈黙が流れたあと── 「絶対に、逃げない。」 玲央が言った。「やるって決めたんだ。相手が誰だろうが、俺たちのサッカー、ぶつけてやろう!」 咲哉が頷き、夢生がスケジュールを確認する。 「試合日は……来週の土曜。場所は?」 「冥桜の第3グラウンド。人工芝で、観客席もある。ちょっとしたスタジアムね」 香織がそっと手元のノートにメモを取りながら呟いた。 「……この試合で、何かが変わるかもしれない」 紫乃もそれに同意するように、静かに目を細めた。 「ええ。部の未来が動き出す“兆し”になるかもしれないわ」 照りつける陽射しの下、静かに流れ出した空気。 9人の部員たちは、それぞれの胸に、熱を灯していた。

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