第20話 熱
数日後の放課後。校庭には、これまでとは少し違った空気が流れていた。 「集合!」 有屋紫乃の声が響く。 その口調はどこか凛としていて、これまでの“お姉さん的な顧問”という印象とは明らかに違っていた。 「今日から私が、本格的に練習メニューの設計と戦術指導を行います。あなたたちは部員として、選手として、その責任と覚悟を持ってついてきてください」 玲央が思わず息を呑む。 紫乃の背筋は、まるで現役時代のようにまっすぐで、厳しさと誇りが滲み出ていた。 「まずは基礎体力と判断力。ボールを持った状態での視野の確保。そして連携練習。あなたたちはまだ、チームで戦う感覚が身についていない」 「……それ、わたしが言いたかったやつだ」 香織がつぶやくと、夢生が笑った。 「やっぱりお母さん、すごいな……」
紫乃はホワイトボードにグリッドを描き、ミニゲーム形式の新しい練習を提案する。 「今日のテーマは“オフ・ザ・ボール”。ボールを持っていない時に、味方にどんな選択肢を与えられるか。判断の質が、試合を決めるの」 フィールド上では、香織の補助のもと、3対3+1フリーマン形式のポゼッション練習が始まる。 「動け、見ろ、声を出せ!」 紫乃の指示が飛ぶたびに、玲央や昴、光陽たちは慌てながらも必死に動く。 「柳沢カズ、ボールを受ける前の動きが甘い! 相手の視界から消える意識を持って!」 「だからその呼び方やめてくださいってばぁ……!」 「坊主、そこ!心を無にしてスペースを読め!」 「無理難題すぎる……!」 笑いがありつつも、練習には熱がこもっていく。 夢生もまた、ピッチの外から全体を観察しながら、香織とともに個々の動きをノートに記録していく。 「みんな、確実に変わり始めてる」 「うん。戦術って、“言葉と整理”で伝わるんだね」 香織のメモには、「視野が狭くなる選手の特徴」「サイドで孤立する場面」「守備のトリガーとなる声」などの気付きがぎっしり書かれていた。
紫乃はその後も個別に選手たちを呼び、ポジションに応じた指導やアドバイスを送っていく。 「あれ……俺たち、すごくサッカー部っぽいな」 と光陽がぽつりと言えば、 「いや、俺ら一応サッカー部だからな」 と昴がすかさずツッコむ。 新たな練習メニュー、新たな戦術的意識、新たな仲間たち。 黄金台高校サッカー部の“部活”は、ようやく本物の“部”としての形を成し始めていた。 そして—— 紫乃は誰もいなくなった校庭を見つめながら、小さくつぶやいた。 「……全員が揃った時、このチームは本当に強くなる」 その言葉が、夜のグラウンドに静かに消えていった。




