第18話 一撃の記憶
魚住のシュートは確かに鋭かった。だが、銅島中の守護神・安田瞬二は一瞬の判断で左に飛び、ギリギリの指先でそのボールを弾き出した。 「……っ!」 会場に広がるのは、まさに“万事休す”の空気。 だが――その刹那、ひとり、宙を駆けた。 「――玲央!?」 光陽の叫びに反応する間もなく、空中で身体をひねるように跳び上がった葵玲央が、弾かれたボールに食らいつく。 まるで動物的な反射。地面を蹴った爆発的なバネ。 そして、真上から振り下ろすような右足のフルスイング。 ドッ。 音がした。 それはボールがネットに突き刺さる音ではなかった。 ゴールネットそのものが、衝撃に震えた音だった。
-- 長いようで一瞬の静寂 --
「――……入った?」 気づけば全員が見惚れていた。味方も、相手も、ベンチも、観客も。 “理屈じゃない”一撃。 体幹と足腰で生み出した、火事場の怪力。バランスと集中力、鍛錬のすべてが生んだ、野生と技巧の融合。 2-6。 点差は開いているはずなのに、会場には拍手が巻き起こっていた。
試合終了のホイッスル。 玲央は、膝に手をついて肩で息をしていた。 隣には、地面に座り込んだ昴。夢生も泥だらけのメモ帳をポケットから取り出し、じっと見つめている。 試合は完敗だった。現実は容赦がない。人数の差、経験の差、戦術の厚み、交代カードの有無。すべてが物を言った。 それでも。 「やってやろうぜ。マジで、高校サッカーの頂点までさ」 玲央がぼそっと呟くと、誰からともなく、笑いが漏れた。 神田が「調子乗んな」と笑い、魚住はいつものように無言でうなずいた。
その夜。銅島中の顧問・徳丸巧が、控え室で紫乃に話しかける。 「相変わらず、君は面白い子たちを集める」 「ええ。でも、まだまだこれからです。これから、ですから」 「……“あの頃”の君に似てるな。あの子、葵くんは」 「ふふ、そうかもしれませんね」
後日―― 月曜の放課後、校庭ではひとり、玲央がボールを蹴っていた。 土曜日の試合の話を聞いて、2人の1年生が練習を見学に訪れ、正式に入部を希望してくれたらしい。 それでもまだ9人。公式戦の条件である11人には届かない。 けれども、確実に何かが始まっていた。 そこに香織がやってきて、ぽつりとつぶやいた。 「玲央さん。あのシュート……すごかったですね」 玲央は照れたように笑い、ボールを肩にのせながら言う。 「……あれ? あれは、まだ“序章”だよ」 空に向かって蹴り上げたボールが、高く舞った。 そしてまた、地面に落ちることなく、玲央の右足に吸い込まれた。 新たな物語の幕開けを告げるように――。