第16話 東洋の遺産と現実の壁
練習試合前のウォーミングアップを終えて、全員がベンチ前に集合する、ユニフォームも無い黄金台高校サッカー部の面々は、ビブスを借りて試合に臨むこととなる。そして紫乃から、今日の基本フォーメーションとポジションが発表される。「みんな、いい?まず、今日のフォーメーションは3-1-2。キーパーはまだ入部して日の浅い氷見くん。足元の技術はこれからだけど、集中力と反応速度はなかなかのものがあるわ。まずは頼むわね。」「うっす。」氷見は一言静かに答える。「そしてディフェンダーの中央には、昴くん。高さとパワーを思う存分発揮して。右には神田くん。攻撃にあまり枚数をかけられないけど、足元の技術は随一だから、積極的にパスカットとかボール奪取を狙って。そして左には、夢生くん。敢えて左にしたのは、よりピッチ全体が見えるからよ。そしていざというときにはベンチからの指示も見えやすい。ディフェンスラインはあなたが指揮するのよ。」「はい。」夢生はちょっと緊張気味に返事をする。「中央には玲央くん。持ち前の体力と足腰と、そして誰よりも諦めが悪い根性と言ったらいいかしら。とにかくいまのチームで一番体力があって走れるのは玲央くん、あなたよ。」「はい!」元気に答える玲央は初めての練習試合を前にすでに闘志が漲っていた。「最後に前線2枚は、テクニックのある赤江くんと魚住くん。チャンスは少ないかもしれないけれど、常にゴールを狙うのを忘れないで。」
「よし、じゃあ行くか」光陽の目にも闘志の炎が灯っていた。センターサークル前に集まり、コイントスで相手の銅島中のキックオフで、いよいよ始まる。その前に黄金台サッカー部は円陣を組んで気合いを入れる。
「相手は中学生だし、格好の練習試合相手じゃない?」 軽口を叩く神田照真の言葉に、赤江光陽が首を振る。 「いや……甘く見るのはやめよう。あの雰囲気、只者じゃないよ。何たって、あの奥寺さんが関わってるチームだ。みんな、気を抜かないようにしようぜ。」 そして夢生が一言締める「今出来る全力を出そう。よし、行こう!」
そしていよいよ試合が始まった。キックオフ直後、銅島中はまさに“嵐”のようだった。 開始3分、鋭いワンタッチパスが繋がり、最後は星川天真がDFを抜き去って左足で先制ゴール。 「ちょっ、はえぇ……!」 昴が食らいつこうとしたが、星川の俊敏な動きに翻弄される。 その後も黄金台の中盤は、北島と辰野のコンビに支配される。夢生の指示は冴えていたが、個々の経験値の差が如実に表れた。 15分、コーナーキックから大熊元基がヘディングで2点目を決める。 「中学生のフィジカルじゃねーぞあれ……!」 玲央も気迫でプレスをかけるが、辰野の体幹の強さとスタミナに対して後手に回る。 28分、カウンターから安田和輝が強烈なミドルシュートを叩き込み、スコアは0-3に。 前半終了の笛が鳴った。 呆然とピッチに座り込む昴。息を切らしながらも立ち上がる夢生。その肩を叩いたのは、玲央だった。 「……でも、これが本物の“部活”ってやつなんだな」 負けている。それも完膚なきまでに。 だが、その目は燃えていた。
(俺たちは、今……始まったばかりだ) ベンチに戻ると、紫乃が静かに声をかけた。 「後半、どうする? 本当に戦いたいなら、君たちで策を練りなさい」 その言葉に、夢生の眼鏡が光を受けた。 「はい。なら……少し、配置を変えてみましょう」 作戦ボードを取り出す夢生。その横には、手帳を開く木庭香織の姿もあった。 「参考になるかは分かりませんが、相手の傾向をメモしました。ご活用くださいませ」 前半で3失点。だが、まだ試合は終わっていない――!