第15話 初の練習試合
土曜日の朝。
早朝の黄金台高校校門前には、サッカー部の7人と、有屋紫乃の姿があった。校舎に差す朝日が、まだ少しだけ眠そうな彼らの背を押していた。
「先生、今日の試合の相手、そろそろ教えてくれても……」
玲央が紫乃に問いかけるが、彼女は車のキーをくるくると指に回しながら、にやりと笑った。
「着いてからのお楽しみって言ったでしょ? でも、覚悟はしておくことね。あんたたちにとって、いい"洗礼"になると思うから」
紫乃の言葉に、メンバーは軽くざわついた。
「洗礼……って、まさか、めちゃくちゃ強いとか……?」
神田がワクワクしたように言えば、光陽は「やべーな、それは」と笑う。
夢生は緊張を隠せないまま、持ってきた試合ノートに目を落とした。
―――
車での移動時間は約一時間。
車窓に雪解けが進んだ鹿角の街並みが流れていく。
「……あの、先生。さすがにそろそろ教えてくれませんか?」
後部座席から玲央がたまらず再び声をかける。
「うん、そろそろいいか。あんたたちの相手は——銅島中学校サッカー部よ」
「……中学校?」
その言葉に、一同は一瞬ぽかんとする。
「中学相手……? え、もしかして俺たちナメられてる……?」と神田が呟くと、紫乃が運転席から軽く睨んだ。
「逆よ。銅島中は、あんたたちにとって、最高の相手。中学とはいえ、部員は全員3年間通して鍛えられてきた精鋭。部員数は13人と少ないけど、その分一人ひとりの完成度が高い」
「そんな中学、なんで先生が知ってるんですか?」
「……あの学校には、ある“レジェンド”が関わっているから」
「レジェンド……?」
「“東洋のコンピュータ”。かつて日本代表としても、海外のプロリーグでも戦った男——奥寺康彦。あの人が引退後、縁あって銅島中の育成プロジェクトに関わっているの。指導者じゃないけど、定期的に顔を出しては、選手たちにプレッシャーをかけてるらしいわ」
車内が一気に静かになった。
「……ガチの伝説やん」と赤江。
「え、マジか……やばくね?」と昴。
「そもそも中学と試合して勝ってどうなるんだろうって思ってたけど……今の話聞いたら、むしろこっちが試される感じだね」と夢生。
やがて、車は小高い丘にある、落ち着いた佇まいの学校に到着する。
鹿角市立銅島中学校。
グラウンドの端には、既にアップを始めている選手たちの姿があった。
中学生とは思えない統率された動きと、無駄のないパス回し。全員が同じリズムで走っている。
その姿に、玲央は思わず息を呑んだ。
「……中学生って、こんなに“サッカー選手”っぽいのか……」
「ここに来た意味、分かった気がするな」と魚住が小さく呟く。
やがて、銅島中の監督らしき人物がこちらに向かって歩いてきた。
「久しぶりね、徳丸さん」 「やあ、有屋先生。あなたが顧問をしているとは驚いたよ」 銅島中監督・徳丸巧。過去に指導研修で奥寺康彦と共に活動していた経歴を持つ男。紫乃が対戦校にこの中学を選んだのは、ただの手加減抜きの実力試しではなく―― (この子たちに“現実”をぶつけるには、ここが最適だと思ったの)
そして試合開始まで、あと5分。 玲央たちは、慣れないユニフォームに袖を通し、氷見翔弥がグローブを嵌める音が静かに響く。 「……さあ、ここが俺たちの第一歩だ」 玲央の言葉に、7人が頷いた。 相手が誰であろうと、恐れず前に進む。 キックオフの笛は、もうすぐだった。