第13話 試合後•体育館
「それでは、失礼いたします」 木庭香織は、深々と頭を下げた。 「は、はい……」 玲央は、なんとも言えない緊張感で思わず姿勢を正してしまった。 彼女の立ち居振る舞いは、どこか“品”がありすぎた。 紫乃の紹介で現れた彼女は、自らの希望をこう語った。 「私は、選手としてサッカーをすることには興味がございません。しかし、将来的に監督としてサッカーの世界に関わっていきたいと考えております。そのために、現場での経験を積みたく……ぜひ皆さんの“チーム”で、マネージャー兼、戦術補佐として参加させていただきたく……」 「せ、戦術補佐……?」 玲央たちは全員ぽかんとしていた。 唯一、夢生だけが「それは面白いかも」と小さく口にする。
「本日皆さまがなさったフットサルの試合も、観戦させていただきました。プレーの内容について、少々メモを……」 彼女はさっと手帳を取り出し、すらすらと話し始めた。 「赤江さんのポジショニング、特にオフ・ザ・ボール時の動きが非常に効果的で、相手ディフェンスのバランスを崩しておりました。田浦さんの得点シーンに至る流れは、まさに理想的なカウンターでしたし、葵さんのドリブルからの仕掛けも縦だけでなく横への展開が加わると——」
「ま、待ってくれ!」 玲央が両手を振る。 「すごいのはわかったけど、なんかすごすぎて逆に怖ぇ……!」 神田は腕を組んだまま笑う。 「いいじゃん、こういうヤツがいるほうが面白いって。監督目指す女子とか、漫画みたいで俺は好きだぜ」 魚住は静かに頷きながらも、じっと香織の手帳を見ていた。 「……それ、自分で全部まとめたんですか?」 「はい。日々の観戦記録と、自作のフォーメーション案です」 夢生が目を輝かせた。 「ぜひ、今度見せてもらえますか?」 「もちろんです、有屋さん」 香織がにっこり笑うと、夢生は少し頬を赤くして「ありがとう」と返す。
——こうして、木庭香織は「マネージャー兼、監督補佐」として、正式にサッカー部に加入した。 部員6人+マネージャー。 残り、あと1人—— 玲央は、集まったメンバーを見回した。 「ようやく、ここまで来たな……」 そこへ、紫乃がぽつりとつぶやく。 「……あと1人。ま、そんなに時間はかからないと思うけどね」 玲央が振り返ると、紫乃は意味ありげに微笑んでいた。
すると、体育館の扉が、ギィ……と音を立てて開く。 「……やってると思った」 そう呟いて入ってきたのは、長身の1年生男子。ちょっとラフな制服の着崩し方と、やや癖のある茶髪。無造作に首元のシャツを引っ張りながら、視線は真っすぐ、ある人物に向けられていた。
——赤江光陽。 「……あんた、やっぱ上手いよ。中学のときから、ずっと思ってた」 赤江は一瞬ぽかんとした後、目を細めた。 「え?……お前、氷見……氷見翔弥?」 「へぇ、覚えてんだ」 氷見は軽く笑った。 「直接話したことなかったけどさ、同じ中学だったろ?あんたが試合出てるときは、こっそり観に行ってたよ」 赤江が言葉に詰まる。玲央が横から割って入った。 「えっ、知り合い?ってか、まさか……サッカー部、入りたいの?」 氷見は両手をポケットに突っ込んだまま、少しだけ首をすくめた。 「んー、まぁ……あんたらのフットサル見てて、面白そうだったし。部員、あと1人足りねぇんだろ?」 「えっ……マジで!?マジで!?ちょ、今のもう一回言って!」 玲央は声を張り上げた。 「オレが入れば、7人目ってことだろ?」 氷見の笑みは、どこか照れくさそうで、それでもどこか腹が据わっていた。 赤江はふっと目をそらしながら、ポツリと呟いた。 「……まぁ、悪くないかもな」 ——こうして、黄金台高校サッカー部は、最低人数7人をついに突破した。 部の形が、ようやく“本物”になり始めた。 次は、夢に見たあの言葉。 「……よし、じゃあ!まずは目標決めようぜ!」 玲央の掛け声に、体育館の空気が、また一歩、熱を帯びた。