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お駄賃

 闇を照らす提灯ひとつ。

 浮かび上がるのは、座布団に正座したひとりの童女わらし

 提灯お化けは咥えていた小さな巾着袋を、童女の膝の上にポンと落とした。

「童女、これがこのあいだ連れてきてくれた水子たちの分の駄賃だよ。お前が好きな地獄飴だ。水子と同じ数だけある。ゆっくりお食べ」

 童女はさっそく巾着袋から地獄飴をひとつ取り出して口に含む。残りは巾着袋に入れたまま懐にしまった。

「あまくておいしい。ちょうちんおばけ、ありがとう」

 童女の仕事の駄賃はたいてい地獄飴。甘くておいしくて丸い地獄飴は、童女のお気に入りだ。目を細める童女の片頬が、飴の形にぷっくりとしている。

「それを食べ終えたら、新しい仕事だ」

 今回は依頼主が直接童女に好物を届けに来るという。


 童女が見つめる先には、ふわふわもこもこしたしっぽが九本。

 ゆったりと揺れるたびに、童女の瞳が追うように小さく揺れる。

 そんな童女に向けて依頼者は、一枚の味付け稲荷揚げを差し出す。

「これがあの子の好物です」

 童女の手のひらを覆い隠すほどの大きな稲荷揚げ。

 顔に近づけた童女は、クンクンとにおいをかぐ。

 それを見た依頼者はもう一枚の稲荷揚げを取り出した。

「童女への駄賃はこちらを」

 こっくりとうなずいた童女は、稲荷揚げを最初の一枚だけ持って闇のをあとにした。


 お化け屋敷の中にあってさえ異様な叫び声が、徐々に童女のいるほうへと近づいてくる。

 うなり、ときおり暴れながら叫ぶのは高校の制服を着た少女。そしてその少女が暴れようとするのを抑えるために左右の腕にそれぞれしがみつきながら引っ張ってくるのは、同じくらいの年齢の二人の少女。彼女たちは私服ではあるが、おそらく三人ともがクラスメイトといった関係だろう。

「きぃちゃん、もうすぐだからね」

「きぃちゃん、がんばって」

 力いっぱい暴れる制服少女を押さえつけるだけでも大変だというのに、このお化け屋敷まで連れてくるのは相当に苦労したであろうことは、乱れた髪と、顔や手足にできた痣やひっかき傷、そして遅々として進まない歩みで容易に知れる。

 依頼者にできたのは、変化の術を使って、彼女たちをここへ向かわせるように仕向けることだけ。あとは童女の仕事となる。

「あ! いた! 座敷童!」

「きぃちゃん、あそこまで行ったら助かるよ。あと少しだからね」

 ようやく童女の目の前にたどり着いた少女たち。

 私服姿の少女二人が、揃えたように叫ぶ。

「お願い座敷童! きぃちゃんを助けて!」

 すがれる存在を前にしたからか、彼女たちは涙を流しながら口々に訴えだした。

「こっくりさんがなかなかかえってくれなくて」

「もう二度としないから」

「ほんのちょっと、ちょっとだけ指が離れちゃっただけなの」

「きぃちゃんに憑りついたこっくりさんを祓って!」

「お願いします!」

 いまだに暴れ続ける少女の腕にしがみついていなければくずおれていたであろう程に悲壮な表情と声。

 けれど童女は意に反さずにそっと手のひらに乗せたままの稲荷揚げを差し出した。

「きつね、こぎつね。こっちにおいで」

 気づいてもらえるように腕を持ち上げて、少しでも鼻先に近づけようとする。

「おいで、こぎつね。おまえのすきな、いなりあげ。ここにある」

 何度目かの呼びかけで、制服少女の鼻がクンと反応した。

 クンクン。

 暴れることを止めて、ただ鼻を動かす。

 ようやく稲荷揚げに気づいた制服少女――に憑りついている子ぎつねは、さっそくとばかりにかぶりつこうとしたところで童女がスイっと避けた。

 子ぎつねが抗議するようにひとうなり。

「まだ、だめ。そこからでてこないと、これはあげない」

「キュゥーン」

「だめ」

「キャンキャン」

「あわてるから、でれないの。おちついて、いなりあげの、においをたどれば、ちゃんと、でてこれる」

 童女の言葉を理解したのか、鳴いていた狐憑きの制服少女は、急におとなしくなると力尽きたように脱力して動かなくなった。

「キャン」

 再びの鳴き声。

 皆の視線が声の発生地点へと向けられる。

 そこには童女の手のひらに載せられていた稲荷揚げを咥えた一匹の子狐。二本のしっぽが嬉しそうに揺れている。

「こぎつね」

「キュ」

「きゅうびのきつねが、しんぱいしてる」

「クゥーン」

「はやく、かえる」

 稲荷揚げを食べ終えた子狐を促して、童女たちは闇の中へと戻っていった。

 残された少女たちは、我に返ると、気を失った制服少女を左右から支えるようにしてお化け屋敷をあとにした。

「ありがとう、座敷童」

「きぃちゃんを助けてくれて、ほんとうにありがとう」

 立ち去る前に、座敷童が消えた場所に向かってそれぞれが頭をさげてお礼を述べた。


 闇の中、待ち構えていた九尾の狐に、二尾の子狐は小言をもらっていた。

「だからあれほど近づいてはいけませんと教えたでしょう。人の勝手な遊びとはいえ、近くにいればあのように吸い込まれることもあるのです。これに懲りて、二度と近づいてはいけませんよ」

 うなだれる二尾の子狐。

 けれど九尾の狐のしっぽにくるまれるように抱き寄せられると、ほっとしたように、また嬉しそうに頬ずりをした。


 狐たちが去る前に、駄賃の稲荷揚げが童女に手渡される。

 ひとりになった童女が小さな口で角にかぶりついた。

「あまい、いなりあげ。これも、おいしい」

 味わいながら食べきった童女は小さく微笑む。

「おいしいおだちん。おしごとしてよかった」

 闇の中、満足そうな眼は、やがて静かにまぶたの裏に隠れていった。


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