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化け物

 闇の中、とろりとした(まなこ)が現れ数度瞬く。

 浮かぶ眼が見つめる先で、ぼんやりとした明かりがひとつ灯る。

 明かりを受けて浮かび上がったのはひとりの童女(わらし)

 おかっぱ頭の漆黒の髪。反するように真白い肌。深紅の小袖と赤いちゃんちゃんこ。座布団に正座していた童女の素の足裏が目の前の闇床を踏む。

「おしごと?」

 かそけき童女の声。

「そうでございますよ」

 返るは女の声。されど童女の目の前にいるのは提灯ひとつ。

 しかし童女が気にも留めずにゆっくりと一歩を踏み出せば、座布団と提灯しかなかった闇の中から、薄暗い建物の中へと一瞬で。

 建物は外から見れば古ぼけた屋敷。けれど屋敷の中はまるで墓場のよう。

 窓という窓はすべて暗幕で隠され、それどころか人の過ごす部屋すらない。ところどころに墓が置かれ、卒塔婆が乱立する。また古井戸や枯れ尾花といったものまであり、それらをつなぐように小道がしつらえてあった。

 かすかに聞こえるのは男女の悲鳴。それが徐々に童女のほうへと近づいてくる。

 それに伴って二人の会話も届き始める。

「きゃあ」

「うわっ」

「ひろ君。みき、怖ーい」

「マジすごいわー、本物そっくりっていう噂どおりだな。っていうか、マジで本物じゃないか?」

「やだひろ君、そんなこと言わないでよ、余計に怖くなるじゃない」

「だーいじょうぶだって。ここのお化け屋敷が『恋人たちの試練の屋敷』って呼ばれているのは知ってるだろう? 怖がらせようとあの手この手で演出してるだけなんだから、みきは俺にしっかりつかまってればいいんだよ」

「ひろ君かっこいーい」

「だろだろ」

 男女はそれからも何度も悲鳴をあげながら、やがて童女のそばまでやってきた。

「おいで」

 童女がそっと声をかける。

「きゃああああ」

「うおっ! ……なんだ座敷童か、びっくりしたー。それにしても座敷童ってしゃべるんだな」

「ほんとだ。いきなりでびっくりしちゃったけど、落ち着いて見てみるとすっごいかわいい子じゃない」

「たしかに。幼女好きにはたまらないだろうな」

「もしかしてひろ君も?」

 女は男の腕に抱きついたまま、くすくす笑いながら彼の顔を見上げる。

「俺が? あんな乳臭い子供を? やめてくれよー」

「えーでもひろ君胸好きでしょう?」

「乳とおっぱいは全然別物。俺が好きなのはおっぱいのほう」

 カップルの会話を無視して、童女は再度呼びかける。

「おいで。おいで、みずこたち」

 いつのまにか童女の手に握られていたでんでん太鼓がカコンと鳴る。

「この子……何言ってるの?」

 女が震える声で男に尋ねる。

「おねえさんのかたにのってるみずこたち、おにいさんのうでにしがみついているみずこたち、こっちにおいで」

 静かに呼ぶ童女の声に合わせて、でんでん太鼓がカンカンと鳴る。

「腕にしがみついているって……、ひろ君どういうこと?」

「おまえこそ、肩にのってるってどういうことだよ!? しかも『たち』ってことは複数ってことだろうが!」

「それはひろ君もじゃない!」

 先ほどまでとは打って変わって言い争いを始めた男女をよそに、童女はやってきた水子たちに向かってもういっぽうの手を差し出した。

 手のひらの上には水子と同じ数のおしゃぶり。

 水子たちがわらわらと手を伸ばし、おしゃぶりをつかんで咥えていく。

 すべてを渡し終えると、童女が持っているでんでん太鼓がカンカンと鳴る。

 カンカンカンカン。男女のもとにもどろうとしていた水子たちは、今度はでんでん太鼓の音に引き寄せられていく。

「みずこたち、こっちにおいで」

 男女の醜い争いなど耳に入っていないかのように、童女は静かに水子たちを呼ぶ。

「おいで。おいで。こっちだよ」

 童女が一歩後ろにさがる。

 水子たちが追う。

 でんでん太鼓がカンカンと鳴る。

 童女がさらに一歩さがる。

 水子たちもさらに追う。

「おいで」

 童女がもう一歩さがると、童女と水子たちはその場から消えていなくなった。

 カタンという音とともにでんでん太鼓が床に転がる。

 言い争っていた男女はふとその音に我に返って、同時に童女がいた場所を見る。

 そこにはもう誰も何もいない。そう、転がったはずのでんでん太鼓さえも。

 ただ言い知れぬ怖気を感じた男女は競い合うようにして外へと駆けていった。

 闇の中、ぼんやりと灯るひとつの明かり。提灯お化け。

 提灯の中ほどにある口が開く。

「お疲れ、童女。ここからは私が連れて行くよ。――おいで水子たち」

 提灯お化けと水子たちがいずこかへと消えていく。

 残るは童女、ただひとり。

 闇の中、ただひとつだけ存在する座布団まで移動すると、童女はその上に正座した。

「おしごと、おわり」

 とろんとした眼は数度瞬くと、ゆっくりと瞼の内に隠れていった。


 噂のお化け屋敷には本物のお化けや妖怪が出るという。

 嘘か真か。

 見た、という者。見なかった、という者。

 どちらも譲らず、噂は噂のまま。


 カンカンカンカン。闇の中、どこかででんでん太鼓の音が鳴る――




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