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コロシアム

 

 目を覚ますと見知らぬ場所にいた。

 かすかな蝋燭の光が廊下に点々とあり水が滴るような規則的な音が僅かに聞こえる。

 目の前には鉄格子、右も左も同じ、そこそこ広い空間が内側には保たれていて、ベッドと水洗トイレもあり、何故かクローゼットもある。

 牢屋にしては随分と変わった作りだ。


「お目覚めかい? こっちみなよ、新入りさん」


 声が聞こえたのは右側の鉄格子の方、声質からして女だ。また女か、苦手なんだけど。

 彼女の顔は暗くてよく見えないが、まだ若そうではある。


「同じ囚われの身だろ、仲良くしない? あたしはメグってんだ、あんたは?」

「……サイ」

「ほう、珍しい名前だな」

「お前もな」


 メグと名乗った彼女も鉄格子だけの牢屋に入れられている。他の囚人との間には普通なら壁が設けられるはずなのに、ここはそれがない。

 天井は高い……地面はザラザラとしていて埃や砂だらけ。

 なんとかしてここを出たい。


「あんた、まさかここを出るとか考えてない?」

「出ないとならないからな、ここはどこなんだ」

「監獄兼コロシアムだな、罪咎を背負った奴らを見世物に殺し合いをさせてんのさ、その中でも私らは特別扱い、何故かっていうと」

憑者(レブナント)って呼ばれてるからか?」


 ファントムという奴から聞いた憑者という言葉、意味は理解していないがメグも憑者だとすると、ここはそういった奴らを集めている場所だと考えるのが妥当だ。


「あたし以外の憑者なんて久しぶりだね」

「他は?」


 よく見るとメグと自分以外の牢屋には誰もいない、どうなってる?


「普通の囚人とかは別棟、ここの牢屋は憑者専用さ。鉄格子には不用意に触れない方が身のためだな。電流が身体に流れる」


 鉄格子を焼いて溶かすのは電流とやらのせいで、できそうもないな……雷属性の魔術がかけられているようだ。

 この薄暗い牢屋で一生を過ごすなんて絶対に嫌だし、あの後ベルがどうなったのかも知りたい。なにより復讐を成し遂げないとならない。


「コロシアムだったか、勝った奴に報酬はあるのか?」

「あるさ刑期の短縮だな、勝った場合のみ。負けは死さ」


 クローゼットを開けると自分の装備が一式入っていた、これで戦えということなのだろう。 弓矢に刀、薔薇(スカーレットナイト)もある。

 服は着ていた時のままか。

 なんとしても生き残ってこのコロシアムを出よう。


「ちなみに憑者が勝っても刑期の短縮はないよ、一生無期懲役さ」

「なんだって? そんな、だったらどうやってここから出たら!」

「出れないさ……それに絶望して、あたし以外は戦いでわざと負けて死んだんだ」


 だからこいつしかいないのか、でもなら逆になんでこいつはまだ生きてるんだ?


「あんたは、なんで生きてる?」

「死ねないのさ私は、憑者ってのは即死しやすい魔法魔術的な攻撃を受けて生き残った奴に多いのは知ってんだろ」

「知らない」


 そういうとメグは笑った、高らかな笑い声が薄暗い牢屋の中に響く。なにがそんなに面白いのだろう。


「ハハハハっ! 知らないって、こんな常識を知らないのか、ハハハハっ」

「聞いたことない」

「え、本当に?」

「ああ、本当だ」


 憑者という単語をしっかり聞いたのはファントムが僕を捕らえようとした時だ、僕の腕が燃えて男に戻った瞬間だった。

 

「仕方ない教えてやろう、憑者ってのは死んでもおかしくない傷を魔法魔術によって受けたが生き延びた奴に多く見られる現象のひとつで、生き延びた奴はその属性の魔法魔術を身体に宿したまま生きつづけるのさ」

「それが憑者?」

「簡単に言えばな、あんたの左半身の火傷を見る限りだとあんたは火属性の憑者だね、そうだろ?」


 なるほど、だからあの時ファントムは僕を捕まえたのか、異端審問会の役割は僕やメグみたいな奴を捕まえてこの牢屋に放り込むことなのか。

 くそ、どうしてベルは僕にそのことを教えてくれなかったんだ! 教えてくれさえすればもっと色々できたはずなのに。


「異端審問会に捕まってこんな所に……くそっ!」


 そういって地面に拳を叩きつけるとまたメグが笑った。


「異端審問会に見つかってたらとっくに殺されてるよ、王都の死刑台行きさ」

「え、じゃぁ僕はなんでここに」

「こっちが聞きたいね、ただあんたを連れてきた連中は誰彼かまわず狙うかなり有名な盗賊みたいな連中って看守が話してた、異端審問会が連れてたあんたを横取りでもしてここに売ったんじゃないか?」


 ありえなくもない話だ、外は見えないがここが王都かどうか分からない。異端審問会に攫われた上で更に盗賊に攫われたということになると辻褄が合うけど。

 メグはベッドに横になるとあくびをする、僕はまだ眠くないが時刻は夜なのか?


「今日も殺される一日だったな、明日も殺される一日だろうな、まぁどうでもいいけど、あんたも生きていたいならもう寝てな」


 不思議めいた一言を口にしてからメグは眠った、今日も殺される一日、明日も殺される一日、いったいどういう意味なんだろう。とりあえずまだ諦めない。

 なにがあってもここから脱獄してみせる! 絶対に!



◇ ◇ ◇


 

 牢屋の壁に印をつける、今日はまだ1日目だからひとつの縦線だけ。一週間ごとに横線を引いて縦線を纏めたら、また別の線を引いていく。

 これで日数の経過が分かるようになる、メグが起きたら朝、寝たら夜とかなり曖昧だが外の様子が伺えないなら仕方ない。

 メグがあくびをしてベッドから身体を起こした、だいぶ薄暗さに目が慣れてきたのかメグの容姿も今ならはっきり分かる。

 蒼い髪に紫色の瞳、身長は自分よりも高く、頭ひとつ分は違う。肌の色は褐色、この国の人じゃないのか?

 

「おはようさん、いやぁーよく寝たわ。あんたは寝れた?」

「寝てない」

「あらあら、寝なよ? 肌に悪い」


 女じゃあるまいし肌なんて気を使わなくても大丈夫だ。そもそも左半身はほぼ焼けてしまっている、今更どうしようとも思わない。

 メグは身体をよくほぐしてから鉄格子の前に立つそのまましばらくすると、看守と思わしき黒ずくめの鎧を着た男がふたり牢屋の前にやってくる。


「両手を出せ」


 言われたままメグは鉄格子の向こうに両手を出す、男の片方がメグの手錠を外し鉄格子の扉を開ける。


「出ろ、今日もお前の死に様がみたいとさ観客共は」

「おーそれはそれは、せいぜい派手に死ぬかな」


 もうひとりの男が僕の牢屋を開ける。


「出ろ新入り、勝てば飯をくれてやる、クローゼットの装備を忘れるなよ。それから妙な気を起こすんじゃねぇぞ、もし脱獄しようとしたら飢え死にさせるからな」


 メグと違って僕は手錠をされていない、クローゼットにある刀と弓矢と薔薇を服のベルトに固定してから牢屋を出る、確か監獄兼コロシアムだったか。こうなる展開は予想できていたから驚きはしない。

 人との殺し合いにはまだ慣れていないが人との戦い方なら知っている。命のやり取りは何度か目の前にしてきた。

 

 大丈夫だ、覚悟はできてる。


 牢屋の廊下を歩かされ螺旋階段を下る、分厚い鉄板の扉をいくつか通り抜ける。この扉は脱獄対策か。

 監獄の出口と思わしき扉が見えたがそこの手前で右に曲がらされて、再び牢屋のような場所に入れられた。

 今度は右と左と前に壁のある牢だ。

 前の壁が上に動き砂埃を落としながらゆっくりと開く。

 強い陽射しが牢の中に広がりメグと僕の身体を温める。


「今日も晴天だねー、それじゃいきますか。私からかな」


 メグの歩いて行く先には広い円形の広場だ、そこにメグが入ると歓声が聞こえた。多く人が広場の段差の上で戦いを見るようだ。

 これがコロシアム……人と人の殺し合いを見るためだけのイカれた場所。

 

 メグは身体の関節を解すように手足を軽く動かす。待てよ武器を持ってないぞ? どうやって戦うつもりだ。

 昨今の帝国において魔法魔術は子供でも使えて当たり前、でもその道具すら持ってない。


「よく見ておけよ小僧」


 看守の男がいきなり話しかけてくる、表情は甲冑に隠れてで伺えないがこれから何がはじまるのかを知っていて楽しそうな声のトーンだ。


「憑者の先輩がどうやって戦うのかをな、真似できるとは思えないがな」


 広場を挟んで反対側の牢から人が出てくる、屈強な身体つきをした人相がいかにも悪人といった感じの大男が自分の身体よりも重そうな斧を抱えている。


「あの大男の名前は大山賊のサリヴァーン、今日を勝ち抜けば刑期がなくなり野に放たれるヤバイ奴だ」

「頼んでもない解説をどーも」


 大男が斧を構えるとメグは眠そうにあくびをした。余裕の態度だ。


「へっ、不死身の憑者が出てくるって聞いたから期待してたのに、まさか女とはな」


 サリヴァーンと呼ばれた大男は不機嫌そうに言い放った、見た目や体格からしてどちらが強いかは誰もがサリヴァーンだと予想するだろう。


「女を舐めない方がいいよ、木偶の坊」

「はっ木偶の坊かどうか……試してみろやっ!」


 サリヴァーンはその巨体からは想像も出来ない速さでメグに詰め寄り斧を薙ぎ払った。直撃した! しかしメグはその場から動いていない、回避も防御もしていない。

 腹部にほんの少しだけ血が出ている。


「かすったのか?」

「いや違う、確かに斧で腹部を切られて上半身と下半身は離れているんだろう」

「でも、血が少し出てるだけで普通に立ってる」


 メグは平気そうな顔をして腹部の血に人差し指当ててから相手にその指を向ける。サリヴァーンは動揺していた。


「馬鹿な、確かに肉を切り骨を砕く感触がしたはずだ! なぜ生きている!」

「確かに私を殺したね一回……でも物理的な攻撃じゃ私は殺せない」


 メグの能力の正体はなんだ? 憑者だったら何かしらの属性が必ずあるらしいがまるで分からない。


「あれは光属性の強力な回復魔術だ」

「回復? 僕たち憑者って死んでもおかしくない致死ダメージを受けて生き残った時の属性がその人の能力になるんじゃ……」

「あいつは憑者の中で持っとも憑者らしい憑者なんだよ、随分昔に拷問され続けその度に回復魔術をかけられ、その繰り返しがとんでもない化物を産んだのものだ、世界中を探してもあんなのはあいつだけだ」


 回復が能力の憑者ってことか、すごいな。僕の左腕なんかよりずっとすごい。

 


「ほら、もっと攻撃しなよ」

「う、うおぉぉぉっ!」


 斧を振り回し何度もメグを切断するが、まるで無意味だ。メグはその場から動かずにただ回復し続ける。

 

「ふん、つまらない……もういいや死んで」


 そうメグは呟くと疲れきったサリヴァーンの肩に登る、そして頭と顎を挟むようにして両手で掴む。まさか!


 グギッという骨が無理やり曲げられるような音が聞こえてサリヴァーンは地面に倒れた。首の骨を折られたのだ。


 メグは牢に戻ってくると看守に文句をつけた。


「脳筋じゃなくて、もっと魔法魔術とか剣を両方使うような奴じゃないとダメだ! つまなすぎる」

「そんな奴いねーよ、そんなこと出来たらここに捕まってない……小僧、次はお前だ」

「え!」

「ほらいけよっ!」

「頑張りなよ新入りっ!」


 メグと看守の男に背中を押されて、牢から出される、自分の番が来るのは分かっていたが……嫌だな。

 これから人と殺し合いをする、もしさっきメグが殺したサリヴァーンみたいな奴だったらまず自分じゃ敵わない。

 そう思って最初にどんな手で攻めるか考えていると相手の姿が見えた。


「た、頼む誰か助けてくれっ!」


 見るからに弱そうな小男が武器のナイフを地面に落として、観客の足元の石段を登ろうとしていた。当然高くて登れない上、観客からは罵倒されていた。


 すごく……弱そう。


「ちくしょうちくしょう……」


 ちくしょうと口にしながら、ナイフを拾うと僕に向けてきた、やる気になっているんだろうけど腰が引けている。こんな所にいるってことはこいつも当然なんらかの罪を犯している悪人なんだろう。


「な、なんだよっ! 子供じゃないかっ! なぁ君頼むから私を助けてくれ!」


 無理言うなって……僕もここから脱出したいけど、まだその方法を考えてない。それにこんな大勢の前でどこに逃げようっていうんだ。

 大勢……か。

 僕は薔薇を掲げて意識を集中する、簡単な火属性の魔法を男の右側をかすめるように、勢いよく放った。

 男を狙ったわけではない、観客席に向けて放った。

 しかし目に見えない何かに阻まれたかのように炎は消えた。観客席にいた人々が少しだけ驚いている。

 そしてすっかり忘れていた、魔法を使うと女になってしまうことを……慣れるしかないか。


『なにやってんだー! ちゃんと狙えー!』

『そうだ、殺しあえーっ!』


 歓声に混ざってしっかりと聞こえる観客の叫び声、この場所は狂ってる。

 僕は既に人を殺しているし、これからも殺そうと考えてる。だけど殺す相手を選ぶ権利くらいはあるはずだ、目の前で頭を抱えて縮こまっている奴も悪いことをしてここに捕まったのだろうけど、仕方なく悪事を働いたのかもしれない。家族のため生きるため食うため、もしそんな人間を殺したら自分を自分で許せる気がしない。

 僕は狩人だ、生きるために動物を殺すのが仕事だ。それと悪事は似ているような気もする。


「あなたはどうしてこんな場所に?」

「へ?」

「どうしてこんな場所に捕まってるの?」

「そりゃ、盗みを働いて……でも仕方なかったんだ! 金がなきゃ生きてけないんだ! それくらい分かるだろ! そしてなぜ女になっているんだ!」

「今のタイミングで突っ込まれてもな」


 なるほど確かにお金は必要なものだ、生きるために人が作り上げたものに対する対価として支払う、それがお金だ。

 お金があれば食べものとか、着るものや色々な道具が買える。

 なるほどこういった奴らも例外なくここに捕まっているのか、使えるかもしれない。


「何して捕まってのかは分かったけど、こんな狂った場所じゃ長生きなんてできない。名前は?」

「ド、ドルミナだ」

「分かったドルミナ、私は……いや僕はサイ……次も生きていたら作戦を伝えるよ」


 そういって僕は刀の(みね)でドルミナを強く叩いた、観客達の視界からここはそれなりに遠い……ドルミナが今の一撃を受けて死んだと思えば、それでいい。


 成功だ、歓声が上がった。

 生きるか死ぬかの場所でも抜け道はある。

 そう安心した時だった。

 ドルミナの身体が何かに引っ張られるようにして空中に上がる。


「な、なんだ」


 そしてドルミナが悲痛な叫び声を上げた瞬間、彼の四肢が吹き飛び最後に頭だけが胴体にくっついたままだった。血を流しながらドルミナは咽び泣くようにして動かなくなった。

 な、なんだよ……これ、ふざけるなよ……せっかく彼は助かったと思ったのに。くそっ! ダメだマトモな人間ですらもここでは死ぬのか! これじゃいったいどうやって仲間を集めたらいいんだ。

 捕まっているマトモなタイプの囚人を仲間にする作戦はダメだ。そしてなによりもこんな物を楽しんで見ている人間が許せない、人が死んで何を喜んでるんだ。

 頭の中で自分の村の惨状が今でも鮮明に思い出せる。


 メグと看守の男がいる場所に戻る。


「あーあーやっちまったね、苦しめずに殺す方法の方が相手のためだったのに、気なんて使って気絶させるから……コロシアムの魔術に殺されたね」


 メグがコロシアムの魔術と言った、今の魔術を仕掛けている奴がどこかにいるってことか。そいつを倒せばなんとかなるか。


「あんたなんで女の子になってるの?」

「ほう、遠目じゃわからなかったが、これは珍しいな……なぁどうだ俺と今から」


 不思議そうな顔をしたメグと邪な目をした看守の男の手を振り払い、来た道を戻り自分の牢屋に戻った。牢屋を戻る最中どこか抜け道はないか観察しながら戻ったが何もない……状況を整理する必要があるな。

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