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女の子になったら

 

 女の子らしい高くて透き通るような声をあげてサイは自分の姿に驚き、どうしたらいいのか分からないでいるとギルバートが部屋に入ってきた。


「やはり、マナの流れが逆になってますな……左回りのようで」

「な、なに平然と入ってきて見てんだよ……出てけよ」


 サイは男だろうと女だろうと柔肌を見られるのは嫌いのようだ。乙女独特の恥じらいと、元から人前に肌を晒すのが苦手な気持ちが入り混じり複雑な感覚を胸に秘めつつも鏡を見続ける。

 

「ギルバート、服のサイズあわないんだけど何かないか?」

「かしこまりました、今お持ちします」


 ギルバートがいなくなった後、サイは着ていた服を部屋のクローゼットを開けてハンガーにかけてしまう、変わりといってはなんだがタオルを身に巻いて待つこと数分、ギルバートが持ってきた女性用の衣類を見てみる。


「下着まで持ってきやがった、レースの下着なんて嫌だし恥ずかしい……この身体ベルより胸大きいな、肌もすべすべだ。服はメイド服、仕方ないよな」


 おそらく屋敷に使えているメイドの女性用の制服を着る、ちなみにノーブラだ。

 メイド服姿で屋敷を歩いていたら使用人と間違われそうだが、サイは気にしなかった。


「どうだ、似合うか?」

「似合うには似合いますが、これからどうするおつもりで?」

「魔法は中途半端にしか使えないし使いたくもない、元に戻るまでおとなしくしてるさ。夕食を持ってきてくれるとありがたい」

「かしこまりました」



◇ ◇ ◇



 どうしてこうなった……どうしてこうなった。

 大切なことなので2回、心の中で呟いた。

 幼い頃以来に魔法を使おうとして、自分の得意な火系統の簡単な魔法だったはずだ。それがいったいどうして自分の身体を女の子にしてしまったんだ。

 身体の中のマナの流れを確かめると左回り、女性のマナの回転の仕方をしている。本来なら僕は男だから右回りのはずなのに。

 ベッドの上に座り、頭を抱える。

 なってしまった理由はわからない……理由はこの際どうでもいい、元に戻る方法がわからないのは問題だ。

 このままもしずっと女の子として一生を過ごすことになったら大事だ。

 火傷の傷跡が消えたのはいいんだけど、うーんどうしたものか。


「そうだ、とりあえず女の子の身体が以前の自分の身体とどう違うのか確かめてみよう」


 ベッドの横に置いてある弓を手に取り弦を引いてみる。女の子になってしまったからか目一杯ひき絞るまでかなりの力が必要だ。

 次は刀だ、刀を鞘から引き抜いて振り回してみる、刀はそんなに変わらない。男である時と比べて若干重さは感じるけど何かを斬ることぐらいはできそうだ。


「それにしても動きにくいなぁ、この胸のせいかな……やっぱりブラジャーつけたほうがいいのかなぁ」


 動くと揺れるし、腕の前にあるから刀が振りズラい。

 ギルバートが持ってきたブラジャーを手に取る、レースの白色で編み込みもしっかりとしている。だが微妙に透けていてエロい……ベルもこんなの、って何を考えてるんだ僕は!


 さて違いはわかった。

 年頃の男子として、もし自分が女の子だったらどうするとか考えたことがなかった訳ではない。興味津々なのだ。

 女の子だったらどうするか、何をしてみるか、それはこの地上に生きとし生ける全男子の希望を確かめることだ!

 僕はメイド服を脱ぎ捨てる。

 そして鏡の前まで来て自分の豊満な胸を両手でしっかりと舐め回すように触る。


「柔らかい……たまらないなぁこの感触……大きくて肌のはりとつやも綺麗で……ああんっ!」


 おっとこれ以上はいけないな。一応僕はまだ未成年だ。大人の階段を登るにはまだ早い。

 シンデレラを乗せるカボチャの馬車は、まだこなくていい。


 鏡の前でブラジャーをつけて、パンツも女性物に履き替えた。

 透けるような全身の白い肌、長くて腰のあたりまである灰色の髪。

 目鼻立ちの整った顔に薄い唇、小さな顔、そして緑の瞳。

 頭の上から足の爪先の先まで整ったスタイルで背は若干低い。


 パーフェクトだ、女の子としての完璧が今僕に集約されている。世界中どこを探してもこれほどの超絶美少女はここにしかいない。それが僕だ。

 この容姿であれば敵を誘惑し、近づいて殺すくらい容易くできるだろう。男に戻る必要なんてないんじゃないかな。


 賢者(ナルシスト)タイムとやらもここまでにして、メイド服を着る。そろそろギルバートが食事を持ってきてもおかしくない頃合いだ。

 そう思った途端ドアが開いた。


「おっそいよギルバート! 僕を飢え死にさせる気……あっ」

「あら、あなた誰かしら」


 時が止まったような感覚が全身に駆け巡る。しまったベルにはまだ自分が女の子になったことを伝えていない。

 ならば伝えればいい話なのではとツッコミを受けそうだが、どうやって自分がサイだと伝えればいい。いや正しくは証明だな。

 証明できなければ、こんなメイドを雇っていたのかとベルは疑念を深めるばかりになってしまう。

 どうすればいい、どうしたら。


「あなた随分可愛いわね、みたことないくらい」

「それほどでも〜」


 照れてどうする! 落ち着けサイ……大丈夫だ鋭いベルのことだ、きっと僕がサイであることくらいすぐに分かるはずだ。


「サイはいないわね、ギルバートも。いいわそれよりもあなた」

「は、はいっ!」

「どこの誰だかは知らないけど、見れば見るほど私好みね」

「え?」


 私好み? どういうことだろう、ベルは確か女性にはまるで興味がないはずなのに、腐女子なのに、ベルの部屋にあったいかがわしい本には男と男のラブロマンスが展開していたはず。

 それなのに僕を見て、私好みとはいったい。

 まさか! この人アブノーマルなのか! 予想が正しければ「男は男同士、女は女同士で恋愛をすればいい」とかいうタイプだ。


「さぁ初めましょうか、女は女同士、男は男同士で恋愛をするものよ」


 逆でしたか、って今それどころじゃない。ガチで貞操の危機だ。

 処女になったその日に処女を散らすのは嫌だ!


「待って!」

「いいえ待たないわ」


 ベルは僕をベッドに押し倒すと、メイド服の胸元にあるボタンに手をかけてゆっくりと外して行く。僕の胸の中に潜む乙女心と恥じらいが音を立てて危機を知らせてくる。

 そしてベルもいつもの騎士鎧を脱ぎ捨てていく。

 恋愛ってなんだっけ? なんか色々過程を飛ばしてないかな?


「恋愛の過程がおかしいよ!」


 女の子の声で叫ぶ。するとベルの動きが止まった、その隙を逃さないようにベッドから抜け出して胸元のはだけた部分を両手で隠す。

 恋愛の過程とはなんなのかは分からないが、まずは相手のことをよく知るべきだ。見た目や好みに合うだけで肉体的な関係のみを追求して後々、責任を取れないとかよく聞く話じゃないか。


「あら、誰かさんみたいに動きが早いわね。あなた名前は?」


 そう聞かれた所でサイだと名乗れるだろうか? いや無理だ、この状況で自分がサイだと言った所で信じて貰える要素がない。せめてギルバートが戻ってきてくれたらいいのに。

 そんなことを思った矢先ドアが開く、ナイスタイミングだギルバート!


「お食事をお持ちしました、おやベル様いったいこちらでなにを?」

「可愛らしいメイドがいたものだから、いつものことよ」


 いつものことなの! 変態じゃないか!


「あまりそういうのは感心致しませんな、先日新しく雇ったメイドもベル様が原因で……」

「あら? 代わりなら今そこにいるじゃない、あなたが用意したんじゃないの?」


 違う違う、僕はサイだよ。ギルバート頼むからこの変態に僕がサイだと伝えてくれ。


「こちらの方はアリス•ヴァリエールさんでございます」

「アリス、いい名前ね」


 え、ギルバート何を言ってるの? 僕はサイだよ? どうしてそんな女の子みたいな名前をベルに教えるの、ますます証明しにくくなるじゃないか。ダメだこいつら、はやくなんとかしないと。


「サイ様でしたらまだ中庭にいらっしゃるかと、呼んでくるようそちらの新しいメイドに頼んでおきます」


 ギルバートに続いて部屋から出る、とりあえず貞操の危機は去った。しかしまさかベルがあんな変態だったとは参ったな。

 それはそれとして。


「ギルバート、僕の名前を偽った理由は?」

「簡単な理由ですよ、あなたが女性から戻れず屋敷に滞在するのであれば新しく雇ったメイドとして迎え入れた方がいい、どのみち戻る方法がわかるまで町を出て行くにはリスクを伴いますから」

「リスク?」

「山賊に襲われたり、治安の悪い町を訪れた場合、そのお姿だとどうなるか」


 この姿だと困ることか、わからないな。まさか!


「焼き殺されるのかっ!」

「違います」

「うーんじゃぁ奴隷にされて売り飛ばされる」

「惜しいですね」

「ヒントはない?」

「奴隷はあってます」

「あっ、うんわかった」


 性奴隷にされるのか。もし僕が悪い人間で可愛らしい女の子を捕まえたら間違いなく、自分のミルキィを女の子にストライクしている。

 ギルバートについて行くといつの間にか、中庭に来ていた。


「では、男性に戻る方法を試しましょう」

「戻れるの?」


 ギルバートが言うには魔法を使った反動でマナが逆回転して女性になったなら、もう一度魔法を使って反動を起こして男性に戻れるはずらしい。

 夕暮れ時の静かな中庭で自分の体内にあるマナの回転を意識して集中する。同じ魔法である浄化火を試してみる。

 譜読みをして火が身体を包み、しばらくしてから目を開けた。

 身体を確認してみる。結果からするとダメのようだ。


「ダメっぽいな」

「参りましたなぁ、このまま屋敷のメイドとして生きるしかないようで」

「冗談はやめてくれ」

「でっかくなっちゃった!」

「ギャグもだ……はぁ、夕食を取って風呂に入ったら寝るよ」


 僕は自分の部屋に戻り、机の上にギルバートが置いてくれた夕食を食べてから屋敷の浴場に行くようギルバートに勧められた。

 いつもなら水浴びをして身体を綺麗にするが、やっぱり金持ちの屋敷は違う。

 大きな浴場にお湯がたっぷりと注がれた浴槽があり、蛇口をひねると暖かい水が出るシャワーがある。

 冷たい水ではなく全てお湯なのだ、素晴らしい気分だ。

 頭髪用石鹸も用意されていて、常に身体の清潔を保てるように配慮されている。

 身体を洗ってから立って鏡を見て溜め息をつく。


「どこから見ても、今日もサイちゃん可愛い……いやアリスか」


 何をやっているんだろうか僕は。確かに僕の見た目は可愛いくなったが、自分を自分で高く評価してるとナルシストだと思われるぞ。誰もいないからやってるんだけど。

 湯船に肩まで浸かり、広い空間を独り占め、泳いだり潜ったりし放題だ。

 しばらくすると浴場のドアが開く誰だろ、なんだベルか……えぇえぇぇー!


「あら入ってたのアリス」

「あ、えーと、はい……また僕、襲われたりしちゃうんでしょうか」

「しないわよ、さっきは悪かったわ、いきなりで。まずは裸の付き合いから初めましょう」


 本の中とかだとよく聞く話だったり展開だけど、本当にそういうことされると困るよ。正義感が強いくせして人に対する接し方をもうちょっと考えて欲しいな。

 ベルがシャワーを浴びて髪と身体を洗っていく。

 その様子を浴槽に浸かったまま僕は見ていた。

 綺麗な金髪が濡れて身体をお湯が滴っていく様は実に色気たっぷりというか、見惚れてしまいそうだ。だがしかし己の理性が働き僕は直視できなかった。

 すまんな、男の僕……お預けだ。

 そんなことを考えてるのも束の間で、ベルが身体を洗い終えて僕が入っているのと同じ湯船に浸かり、すぐ隣にすり寄ってきた。

 

「あらあらどうしたのかしら、顔が真っ赤よ」

「ちょっとのぼせたみたいで……僕もう先に上がりますね」


 ベルの身体を見ないようにして浴槽から上がろうとするとベルが肩を掴んだ、左肩だ。

 火傷していて触られたくないと思い、つい反射的に身体を強張らせてしまう。しかし今、火傷の跡はない。

 

「その髪も肌もスタイルも、一人称ですら他人を魅了できる。アリス、私あなたが欲しいわ」


 ベルは僕を浴槽の中に引き戻すと背中に肌を密着させてきた。心臓が早鐘を打って「これ以上は危険だ!」と知らせてくる。

 わかっているのに離れられない、背中に今当たっているのは肌じゃない、ただの肌ではなく……胸だ。

 そしてとどめを刺しにくるかのようにベルの手が僕の胸を揉みしだく。


「ひゃんっ! う、嘘つき! 襲わないって言ったのにー!」

「本当に可愛い反応するのね」


 抵抗しようとしても、女の子の腕ではベルの剣術で鍛えられた腕力に敵うわけがなかった。


「や、やめ……くぅっ」


 こうなったら切り札を使うしかない! 


「ば、バラしますよ!」

「ん?」

「僕知ってるんです、ベル様が部屋にいかがわしい本を隠してあることを! さ、サイ様から聞きました!」


 ベルは僕の胸を揉むのをやめた、ぴたりと止まり目をパチクリさせる。

 男に戻ったら酷い目に合わされるな、戻れそうもないけど。


「あ、後で私の部屋に来なさい」

「わかりました、後それからもう一つ。ベル様が恋愛をどう思われているのかは知りませんが本から得た知識は本の中でしか通用しません、いきなり肉体的関係に発展することはありえませんので」

「は、はい……」


 よし、しっかり言ってやった。これでもうセクハラ紛いなことはしてこないだろう。たとえ女性同士であってもしちゃいけないことが沢山あるんだ。

 その辺りの線引きはしっかりしないといけない。

 

 お風呂からあがり、再びメイド服に身をつつむ。男に戻れる日は来るのかどうか心配だな。

 眠気がしてきたがベルに部屋に来るように言われている。しばらくしたら顔を出さなくてはならない。

 どうせくだらない話を挟みながら口封じでもするつもりなんだろう。



◇ ◇ ◇



 サイは自分の部屋に戻り、所持品を確認する。弓矢に刀、クローゼットにしまった服。弓矢の矢が減っているのが気になるのか入念に数えてから溜息をついた。

 クローゼットから服だけを取り出して、部屋にあった机の中の裁縫道具を使いズボンの丈を調整する。手先は器用なほうだ。


「これなら大丈夫、上の方は……胸が苦しいから斜めにチャックかボタンをつけられれば解決。でも丈の調整と違って手間だから面倒だなぁ、ギルバートならできるかな?」


 裁縫道具をしまうと服を持ったまま部屋を出ると、ちょうどよくギルバートが通りかかった。服のことを伝えるとギルバートは「かしこまりました」と一言。

 サイはギルバートに任せておけば大丈夫だという確信があった。理由はブラジャーを一瞬だけ見たサイの胸にあったサイズの物を持ってきたからだ。


「さて、変態女様の所に行くかな」


 サイはベルの部屋の前で心の準備をする、それと同時に自分がサイではなくあくまでも女性のアリスとして振る舞うようにしようと意気込んだ。

 ドアをノックする。


「失礼します」

「どうぞ入って」


 部屋の中に入りドアを閉める、サイがこの屋敷に運ばれた日と比べても変化はない。おそらくは如何わしい本の場所も変わってはいないのだろう。

 部屋の中で立っているとベルが机の椅子を引いて座るように頼まれた。対面にはベルが座る。


「まずはさっきのことを謝らせて、ごめんなさい」

「いえ、もう気にしていませんので」

「お詫びをしたいのだけど、半分くらいは私のわがままだと思って聞いてちょうだい」


 サイは黙ってベルの話を聞くことにした。ベルは席を立ち上がるとクローゼットから女性物の服を取り出した。

 ハンガーにかかったまま、ベッドにぽんぽんと投げていく、サイは高そうな服をそんな風に扱う物じゃないと思ったが、そんなサイの気持ちは知らずといった感じだ。


「この中から好きな服を選ぶといいわ、それでその服を着てみてちょうだい」

「はい、ベル様のお頼みとあれば」


 おおよそ復讐者とは思えないような落ち着いた丁寧な言葉使いと笑顔で答えてから、服を選ぶ。

 サイは赤と黒の混ざった色彩をしているドレスを一つ手に取るとこれがいいとベルに見せる。その瞬間サイはドレスとセットになっているであろうパニエを手で引き裂いて、さらにスカートの部分を短く切ってしまう。そして袖の長さが自分の腕の長さに合うように、また手で切る。


「これでよし、これを頂いてもよろしいですか?」

「え、ええ元々そのつもりだったからいいのだけど……随分と大胆なことをするわね」

「ええ、ベル様がこれを僕に着て欲しいというのでしたら僕なりにベル様が好まれる恰好でいたいので。では、着替えますのであっち向いてて下さい。」


 服の布が素肌とこすれ合う音を聞きながらベルは理性を保つ、そのまま待つこと数分。たかが着替えだというのに随分と待つことに違和感を感じたのかベルはなんとなくこんなことを口にした。


「サイはいったいどこにいったのかしら、魔法の練習はとっくに終わってる頃だと思うのだけど。アリスあなた何か知らないかしら、サイを呼びに行ったのはあなたよね?」


 慣れない女物の服をどうきたらいいのか迷いながら着替えをしていると返答に困る質問が飛んできた。

 サイはアリスで、アリスはサイだ。

 もちろんここで自分がサイであることを証明もできなければバラすこともできない。

 どうするか一瞬だけ迷い、そして答える。


「サイ様はお部屋で既にお休みになられています、食事と入浴を済ませ今頃は床についてます……着替え終わりました、後でスカートや袖の端を裁縫して整えれば完成です」


 振り向いたベルは驚いた。見る者全てを魅了してもおかしくい容姿に加え自分が差し出した服から最善の物を選んだ。更にそこから成されたと思われる工夫、これがまだ未完成だというのだ。

 ベルはアリスと呼んだ彼の手を強く握って目を輝かせた。


「明日デートしましょう!」

「……で、デート?」


 サイは呆気に取られて言葉を失うベルには先ほどセクハラの謝罪を受けたが、それから時間がたいして経過していないのに何故デートなどする気になるのだろう。

 まったくという呆れにも似た溜息をサイはついてから、嬉々とした彼女の表情を見て正面から断ったとしても無理やり連れて行かれるのは予想できた。


「ベル様、サイ様が魔法魔術をある程度使いこなせるようになったので、そろそろ町を立たれるのでは? ベル様が無事お戻りになられましたら、僕はベル様とのデートを受け入れましょう」

「うぐっ……そうね、でもギルバートからサイの魔法魔術に関しての報告がないのよ。つまりまだ未熟ということだわ、明日くらいデートに使う時間はあるわ!」


 どうしてもデートしたい、ここまで女の子同士で町を練り歩き時間を共にすることに固執するのか理解できないサイ。

 明日になったらギルバートに適当に理由を話して自分が魔法魔術をちゃんと使いこなせるようになったと報告させようと考えた。サイはベルとアリスとしてデートすることを受け入れた。



◇ ◇ ◇



 サイは幼い頃から女性が少しだけ苦手だった。

 みじかに母と妹という女性がいて、村や町にも様々な女性がいた。

 女性は男性と違い、不潔な物、不純な物、男性がたいして気にしない物、様々な物を嫌う。だからサイは常に気を使っていた。

 不潔な物、不純な物、男性がたいして気にしない物、これら全てをなるべく女性の前では出さず、行わず、隠していた。しかし人間にはやむお得ず、それらをしなければならない場合もある。つまり気を使える範囲には限度があった。

 家族ですら、隣人ですら、村や町の住民ですら、それは同じだ。だがサイはその限度を知らずに、出さず、行わず、隠していた。そして苦しくなったサイはやがて女性から逃れた。

 あてもなく、果てもなく、逃れて逃れて逃れて、たどり着いたのは今自分が女性であるという現実だった。

 何故こうなってしまったのだろう、何故こうなってしまったのだろう。

 いくら考えを巡らせた所で答えは出ない、現実が変わるわけでもない。

 

 サイは女性になった。サイはアリスになった。

 その日初めて女性とデートをする。


 サイは部屋で昨日ベルから貰った服を着て、ギルバートの持ってきた朝食を食べ終えると屋敷の入り口で待っていたベルに声をかける。

 デートだというのにベルはいつもの騎士鎧と剣を腰にさげている。


「お待たせいたしました」

「服綺麗になったわね」


 割いたスカートの端と袖の長さなどは見事に調整されている。足はニーソックスを履いて太もものあたりまで、絶対領域を完備。袖は肩のあたりを少しだけ露出させるように穴が空いて鎖骨の端で紐のように結び、細くて綺麗な腕を際立たせていた。

 

「かっ、可愛いわぁ……」

「それはどうも、ベル様僕はまだ町に来たばかりですのでこの町のことをあまり良く知らないのですが、案内していただけますか?」

「もちろんよ、まかせなさい」


 事実サイは町の市場と村に続く街道くらいしか通らないため町については詳しくはない、今後長い旅路を進むに伴い旅先で役に立つ物を買ういい機会だ。しかし人生初のデートが女の子同士ということに彼は戸惑いを感じていた。


 ふたり揃って横並びになり、町の中心を突き抜ける街道にある市場にやってきた。道ゆく人々から好機の眼差しを向けられサイは火傷のことを思い出す。たとえ自分が綺麗であっても人からジロジロと視線を向けられるのは、誰にとっても気持ちの良いものではない。

 それでもベルはき然とした領主の風格が漂うような態度で歩く、堂々たる姿に加え騎士鎧が輝きを放つように見えた。

 ベルを見習い自分も堂々と歩こうとサイは思うが、騎士鎧姿の領主様と今はこんな恰好だがメイドと誰が思うのだろう。見る人々はさぞ可笑しな恰好をしたふたりがいるとしか思わないだろう。


 とある店先のベルが立ち止まり真っ赤な色をした美味しそうなリンゴを手に取り、店主に値段を聞いた。


「これいくらかしら?」

「それかい、それは3ブロンズだ」

「はいお金、いただくわよ」

「まいどっ!」


 ベルはリンゴをサイに手渡す、どうやら食べていいようだ。サイはリンゴにかぶりついて口を動かして飲み込む、果物特有の甘酸っぱくみずみずしい感触が口いっぱいに広がる。


「おいしい、このリンゴ」

「それはただのリンゴじゃないわニュートンリンゴよ、普通のリンゴはヘタの部分とその逆側が若干色が薄いのだけど、そのリンゴは余すところなく赤いのが特徴ね」

「そうなんですか」

「しかもあの店でしか売ってないの、私も良く買って食べてるわ」

「リンゴが好きなんですか?」

「ええ、リンゴは好きよ。でもアリスの方がもっと好きよ! もしそれに毒が入っていても私がキスで蘇らせてみせるわ!」


 毒リンゴを食べて眠ってしまったのは白雪姫であり、アリスではない。

 アリスことサイはリンゴをかじりながら呆れ顏でベルの後をついていく、市場を抜けて噴水のある公園に到着する。

 人は誰もいないが落ち着くにはちょうどいい場所だろう。だがサイはまだ疲れていない、ベルが疲れているわけでもない。

 こんな場所ですることといったら噴水の周りにあるベンチに腰をかけて、お互いのことを語り合うくらいだ。

 ベルとサイはベンチに座ると、ベルが眠そうな顔をする。


「昼過ぎに出るべきだったわ」

「朝は苦手ですか」

「そうね苦手よ。あなたはどうなの」

「仕事がはじまるまでは自由なので、やることがない時は身体を動かしてますね」

「そう……ごめんなさい少し眠らせて」


 ベルの顔色はあまりよくない、よく見ると目のしたには、くっきりとクマができている。


「どうせ眠るなら、どうぞ」


 そう言ってサイは、脚を揃えてベルの頭を少しだけ強引に手を当てて膝のあたりに持ってくる。


「どうですか僕の膝まくら」

「ちょっとだけ恥ずかしいけど、あなたの好意に今は甘えるわ。あなたとデートすることを考えてたら夜眠れなくて」


 サイはなぜかとても勿体無いことをしている感じに苛まれた。デートに対する価値観がベルとサイでは違う。

 ベルはサイというアリスが好きであり、好きな人と一緒に町を歩きたいということが大切。

 サイにとってはアリスという偽りの自分をベルの理想に近づけ、仕方なく同行しているようなものなのだ。

 そう仕方なく、そう思っていたが目の下にクマができるほど今日のデートを楽しみにして眠れないなんて、そんなに自分のことが好きなのかとサイはベルの気持ちを少しだけ考えた。

 考えると同時にベルの寝顔がすこしだけ微笑む。膝の上で無防備にも幸せそうな寝顔をする。

 サイはほんの少しだけ、真っ直ぐなベルの気持ちにときめいた。


 しばらくしてからサイは公園にベルを置いて町の雑多の中へ入っていく、旅路に必要な物を買うなら今がチャンスだ。硬貨の入った袋を手に矢を買い足す。

 買った矢を持ったままいるとベルに不審に思われたりするので、サイは店の店主に今日中にベルの屋敷に届けるように伝え手配だけしておいた。

 屋敷に届けば自分が買った物だということくらい、ギルバートもわかるはずだ。


「矢はこれで大丈夫。次は靴だな、なるべく丈夫で長持ちする靴がいいかな」


 矢を売っている場所は知っていたが靴を売っているような場所はしらない、一旦ベルの所へ戻るべきだと思いサイは来た道を引き返す。

 公園につくとベルはまだベンチで眠っていた、起こさないようにして正解だった。彼女の顔色も良くなっている。

 クマも消えているところを見るとやはり寝不足が原因のようだ。

 まだ寝かせておくことにしたサイは、また町の雑多の中へ入っていく。

 今度は自分も知らない場所へ行く、細くて長い路地を抜けて、人混みをかきわけ、靴を売っている場所を探していた。しかしどこを探しても見つからない、それどころかグルグルと同じ道を歩いているような気すらしていた。


「迷った、どうしよう」


 路地裏で途方に暮れていると誰かの視線を感じた、ベルではない。それだけがはっきりサイには分かった。

 警戒して振り向くと小汚くガラの悪そうな男が3人、その連中を見るなりサイは危険を感じたのか路地を走るが、反対側から大柄な男が現れて道を塞ぐ。

 人ひとりがようやく通れるような場所で、この状況。こういう時は決まって良くない展開だ。

 案の定4人はサイを見てよだれを垂らしている。


「よぉお嬢ちゃん迷子かい、キヒヒヒッ」


 男の中で一番背の低いひとりが奇妙な笑い声をだしながら聞いてきた。サイはそれを無視して服の中から薔薇(スカーレットナイト)を取り出す。


「なんだぁそりゃ、妙な真似はすんなよ」


 道を塞いでいる男がサイに対して忠告する。だがサイはこれも無視した。


「我が道を塞ぐ邪悪を……」


 魔法を使うための譜読みを始めたあたりで、中肉中背の男がサイの薔薇を持った腕を強く掴む。


「魔法を使う時、花が集中のキッカケになる奴がいるらしいな……俺は知ってんだ」

「離せよ! やめっ、痛い」

 

 痛がるサイをそのまま地面にねじ伏せ、またがる。いよいよサイもどういうことをされるのか察しがついたのか、本気で抵抗をはじめた。

 どれだけ力を込めて腕を振っても、脚をバタつかせても逃れることはできなかった。最後に残された手段は助けを求める行為だけ。


「誰か! 誰か! ベルー!」


 必死に叫び今最も頼りにできる自分を助け守ってくれる人物の名前を呼ぶ、男達はサイの服の上から胸を強く揉んだり首筋を舐めたりと恥辱の限りをはじめようとする。

 女性でなければこんなことにはならかった、ベルがいればもっと抵抗できた、色々な後悔を頭の中で繰り返す。

 その瞬間、自分の上に乗っていた男が宙を舞った。何が起きたのか分からず、しばらくそのまま吹き飛んだ男が遠くに落ちた姿を、その場にいる全員が眺めた。

 男は頭から勢いよく落ちた為か、頭部から出血。かなり痛そうに頭を抑えた。


「私のアリスに何をしてるのかしら」

「ベル……」


 起き上がりベルの後ろにサイはささっと隠れる。剣を鞘から抜いて静かに激昂していた。呼んだら本当に来てくれた騎士鎧を着た領主。


「なんだお前は、お前も混ざりてぇのか?」


 大柄な男がセリフを吐いた後に高笑いをする、吹き飛んだ男は頭を抑えたままこちらに戻ってきた。


「私はベル•アヴァンシュタイン……この町の領主よ、貴様らのような輩を始末するのも仕事の一貫。今ここでその命を刈り取ってもいいのよ」


 男達はゲラゲラと笑った、目の前に都合よく領主が現れるわけなんてない、おまけに現れたのは自分達よりも年下の女性だったからだ。

 男達の頭の中では領主はもっと歳をとっていて、それなりの貫禄を感じさせる雰囲気を持つ爺だと決めつけている。


「おうおう、その細い身体で俺たちをどうにかできっ……は、あ、あぁあああっ!」


 大柄の男の言葉を遮るように剣を振った、その瞬間男の右手が綺麗になくなっていた。大量の出血と激痛が男を襲う。

 ベルは剣についていた血を振り払う、跪き苦しむ男の喉元に剣を突きつけ、憎悪の瞳で睨みつける。

 悪人には容赦をしない、これがベルのやり方だった。


「もう一度言うわよ、私はこの町の領主。つまりこの町の犯罪行為を犯した者を私の判断で処刑することもできる、ここでその命を刈り取ってもいい」


 男達の顏が青ざめていく、ベルの顏は見るたびに怒りに彩られて鬼の形相になる。可憐で華奢ではあるが剣を握らせたら強く気高く勇敢な彼女に対して男達は叫び声をあげながら走って逃げ去る。そしてサイはほっとすると同時にベルに少しだけまた惹かれた。

 呼んだら本当に来てくれる、それだけでサイは嬉しかった。


「ありがとうございます、ベル様」

「まったくひとりでフラフラしないで頂戴……あなた可愛いんだから、サイ」

「え、いまなんて」

「あなたサイでしょう?」


 サイは驚きを隠せなかった、何故ばれたのか。ただそれだけが頭の中で考えていた。


「やっぱりあなたサイだったのね」

「い、いつから?」

「まず最初ね、サイの部屋に見知らぬサイと同じ髪と瞳をしたメイドがいたということ。ギルバート……あの愛想のない執事が気を利かせるなんてことないもの、それからその薔薇はスカーレットナイト。極めつけはさっき助けた時、私を呼び捨てにしたわ」


 最初から自分がサイだと疑われていた、それにも関わらずベルはサイをアリスとして扱っていた。そのことをサイは疑問に思った。

 それにお互いの裸を見てしまったり、色々とまずいことをしている。


「お、怒る?」

「怒らないわよ、だってこんなに……『私のアリスこんなに可愛いわけがない』って最初から思ってたから」

「あ、うん」


 サイはどこかで聞いたことのあるようなセリフを吐いたベルにまた呆れた。

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