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剣術にハマる


 シルバーグリズリーを倒した後、ふたりは屋敷に戻る。出迎えるメイドや執事がベルを見た途端に焦りだした。無理もない両足がないのだから。

 サイは経緯を説明した後、メイドや執事にベルを任せて自分に用意され怪我の治療を受けていた客室に戻る。

 服を脱いで部屋の鏡の前で火傷の跡を見る。メデューサを倒し立て続けに、シルバーグリズリーを倒した時に出した攻撃がいったいなんだったのかサイですら分からなかった。

 ただひとつ言えるのは「怒っていた」という事実だ。


「熱かったけど、また火傷してるわけじゃない。まぁいいか使えるなら使うだけだ」


 火系統の魔法なのか、または魔術なのかとサイは考えてみる。

 魔法は単純だ体内にあるマナを消費して火系統なら火をだしたり、水系統なら水を出せる。

 魔術はちょっと複雑。火、水、地、風、氷、雷、光、闇、無の9属性からいくつかの属性を組み合わせて使うことにより魔術になる。

 サイは自分の体から出た攻撃は魔術なのではないかと思ったが、そもそも魔法や魔術を使う時は「道具」が必要なのだ。ベルがやってみせたように剣であったり、もしくは杖などの物が必要。

 それに対してシルバーグリズリーを倒した時サイは何も使わなかった、ましてや傷跡が道具の代わりにはならない。それにサイは幼い頃以来、魔法や魔術を使ったことはなかった。


「うーん明日ベルに聞いてみよう。何か教えてくれるといいんだが」


 サイ独り言を呟くとベッドに横たわり、深い眠りに落ちていった。


 サイが眠りに落ちていたころ、ベルは自室でひとりの執事による治療を受けていた。

 執事の名前はギルバート、先代の領主が生きていた頃からこの屋敷に使えている。ベルが留守の場合や出掛ける際に屋敷や町のことは彼が取り仕切っている。

 白髪混じりの髪に、眼鏡をかけていて初老ではあるがそれなりの貫禄があり、あまり他人を寄せ付けない雰囲気を出している。

 

「もっと愛想良くならないの、あなた」

「そういった物は苦手でして、それより動かないで下さい。治療術の位置がズレます」


 ベルはベッドに横たわったまま切り落とされた右足をギルバートの治療術によってくっつけてもらっている最中だ。

 ギルバートの手からは光が出ていて、それがベルの足の骨から筋肉、血管、皮膚を繋いでいく。速さはかなりゆっくりだ。石になっていた部分もくっつくと同時に生身の足に戻っていた。


「終わりました」

「ありがとう、綺麗にくっついたわね」

「あまり無茶をなさらないように、メデューサは危険度Sランクに該当する魔物です。本来なら討伐隊が倒すべき魔物、それをたった一人の見知らぬ狩人の男などと……」


 サイとベルが倒したメデューサはギルバートの言う通り、クランシェルの町から数キロほど離れたベアーズ街という所で討伐隊が編成されていた。

 たったふたりの人間に倒されるような魔物ではないのだが、今回は幸運だった方なのかもしれない。


「彼は使えるわよ、明日からあなたには彼の面倒をみてもらうわ」


 ベルは誇らしげに笑いながら言った。


「と、言いますと?」

「彼を鍛えてちょうだい、剣術から魔法魔術に至るまで、今週中にはこの町から出て王都に行くわ」

「かしこまりました」

「それから彼の左腕なのだけど……いえ、今のは忘れて」


 歯切れが悪いことにサイの左腕はベルでもはっきりとはわからない。

 ギルバートにそのことを伝えようとしたが、はっきりしないことを言うのは良くないと彼女は思った。


 日が暮れていき、やがて夜になる。

 


◇ ◇ ◇



 昨日のことが嘘だったかのように太陽が登り、窓からその陽射しをサイに浴びせた。それに気がついたサイは手で顔に影を作りながら起き上がる。

 いつもならボロボロの服に着替えて朝食を取り終えると弓矢を持ち、森へ狩りに出掛けるはずだった。

 今はでは昨日ベルに渡された金で買った服と刀を腰に下げて弓矢を肩にかけて客室を出るのが当たり前になりつつあった。

 落胆するような表情をしながらあくびをひとつ、彼はトイレを探していた。

 慣れない広い屋敷のどこにトイレがあるのか、自分の膀胱に溜まった排泄物をどこへぶちまければいいのか迷いながら、屋敷の長い廊下を歩いて扉を手当たり次第開けて行く。

 どうして金持ちの奴らというのはこんな広くて不便な建物に住みたがるのか、理解に苦しみながらとある一室のドアを開ける。


「あっ……」


 サイは口を半開きにして短い沈黙が流れる。目の前には半裸で下着姿のベルがいた。

 ノックもせずにドアを開けた男が現れて叫び声でもあげるのかとサイは思ったがベルはそんなの気にすらしない、き然とした態度だった。


「せめてノックくらいはして欲しいわね」

「女性としての恥じらいはないのか、叫ばないのか」

「叫んでどうにかなるのかしら」


 ならない。サイも年頃だ。

 綺麗な素肌に美人な女性が半裸でいたら見入るのも無理もない、仮に叫び声をあげられたとしても、見てしまったものは仕方ない、それに見たいものは見たい、いくら非難されようが見たことが取り消されるわけでもない。


「部屋に入ってドアを閉めるか、部屋から出てドアを閉めるか選びなさいな」

「なら入ってから閉める」

「遠慮がないわね」

「恥じらいがない奴が悪い」

「今から叫んでもいいのよ」

「すいません出て行きます」


 もし叫ばれたら間違いなく御用になってしまう。言葉のみで部屋から追い出され、生着替えシーンは残念ながらお預け。サイは頭の中で何度も半裸のベルを思い浮かべては「ちょうどいい大きさ」と口を漏らした。

 サイの男性ならではの「それ」が「たって」しまい尿意が失せた。我慢は身体によくないが、今この感覚は我慢するべきだろう。

 廊下に出た所で初老の執事と出くわす、執事は頭を下げながらサイに対して自己紹介をした。


「この屋敷の執事長をしていますギルバートと申します」

「えーと……サイです、なにかようですか?」


 尋ねたサイに対してギルバートは木刀を手渡す、サイが腰に下げている刀を模した物のようだ。


「ここでは少し狭い、外まで御足労願います」

「え?」


 キョトンとしたサイに対してもう一度だけ強めの口調で「御足労願います」と再び声を出す、なぜか怒っているような口調に驚いたサイはすぐに「はいっ」と返事をするとギルバートの後をついていく。

 向かった先は屋敷の中庭、丁寧に手入れをされている芝生が広がり中央には花壇があり紅い花が咲いていた。


「スカーレットナイトか」

「ほう、その花の名前がわかるとは」


 見た目は薔薇となんら変わりはないが色に若干の黒が混ざるような不思議な色彩が特徴としてある、サイはそれをつい最近拾っていたのを思い出す。


「では、はじめますかな」


 そう一言置くとギルバートは木刀を手にサイに向けて勢いよく振り下ろした。

 寸前の所でサイは手に持っていた木刀で防御する。完全にスカーレットナイトに気を取られていたが、なんとか間に合った。


「てめぇいきなりすぎんだろ!」

「不意打ちを防ぎますか」


 休む暇などなかった、防いでは次の一撃をまた防ぐの繰り返し。一切の説明もなしに木刀を振り回し続ける執事長に問いかける隙もない。

 それをヘトヘトになるまでサイは続けたが、体力が尽きたところで執事長が手を止める様子はなかった。


「敵がひとりでいなかった場合は今の何十倍も体力を使いますな、もっとも反撃もしなければ相手の体力を削れず命を捨てるだけ。続けますよ」

「えっ、まっ……」


 完全に無防備に跪いているサイの脳天に対して執事長の非情なる攻撃がクリーンヒット。サイはそのまま気を失ってしまった。


「ギルバート……あなた説明くらいしてからやりなさいよ」

「彼はベル様の着替えを覗きましたから、お灸をすえただけです」


 ベルとサイのやりとりを廊下で聞いていたようだ。ギルバートは執事長ではあるがあまり愛想の良い人間ではない、仕事をするためだけにこの屋敷で使えている。

 機械のような人間とはまさに彼を指すのだろう。

 決まった時間に決まった仕事をする、間違いはないが人間らしいと呼べる部分は滅多に見せない。


「他人を考えてやれる思いやりくらいは持ちなさい。もういいわあなたは仕事に戻って、私が彼の剣を見るわ」

「わかりました」

「彼の剣は変わってるわね……これで私の足を甲冑ごと斬ったのね」

「その剣、みたところ東洋に伝わる剣だそうですね。名前は確か『刀』だそうで」

「刀、もうとっくに滅んだ国の代物じゃない、あの武器屋は物好きだけど腕は確かね」


 サイの持つ刀は東洋の古い国で作られていた刀を模した剣だ。すでに滅んで久しい国が発祥地であり、使い手の者がいるかどうかすらわからない。

 ベルがサイの刀に触れようとすると、その手をサイが掴んだ。


「そんな警戒しなくても、盗らないわよ」

「買ってもらって悪いんだけど勝手に触らないでくれ……あのクソ執事どこいきやがった」


 サイは立ち上がると頭を抑えたまま木刀を片手で持ち、中庭を立ち去ろうがベルに止められた。


「なんだよ」

「あなたのことだわ、どうせ仕返しでもするんでしょう。ギルバートの非礼は詫びるけど、今のあなたじゃ到底敵わないわ。あなたの剣の練習相手は私がするわ」


 サイは考えた、今日いますぐにでも王都にいきメシアの後を追いたいが、今のままでは行くまでの道のりも遠くて険しい。

 道中バッタリ山賊や魔物に出会い襲われたら弓矢では対応できない、そんなことになってはひとたまりもない。

 そのことを考慮すれば刀の扱い方を学んで損はないが、どのくらいかかるのか。


「なるべく早く王都にいきたい」

「今週中にはこの町を出れるわ、あなたが基本を学べばね。それに剣だけじゃなくて魔法魔術も覚えて貰うわ」

「剣術は覚えてもいいが、魔法は苦手なんだよなぁ」


 やや渋った顔でサイは答えたが、ベルから妥協だけは許さないとしっかり言われてしまった。


「魔法は小さい頃はまだ使えてたんだが、体内のマナの調節を失敗して民家の畑を燃やして以来使ってないんだよ。魔法だけ勘弁してくれないか? トラウマなんだ」

「ダメよ……とりあえずは剣術からはじめましょう、やってるうちに気が変わると思うわ。剣術だけじゃ対処しきれない場合もあるんだから」


 ベルは木刀をサイに向ける。

 サイはベルの構えを真似して木刀を握る。するとベルは目を閉じたサイは困惑する、これから打ち合いを始めるのになぜ目を閉じるのかわけがわからない。


「いくわよ」


 そういうとベルはサイにまっすぐ剣を振り下ろす。最初の攻撃は軽く流し次の攻撃に備えて防御をするが、おおよそ目をつむっているとは思えない動きで即座に胴を打たれた。


「ぐっ! なんで目をつむってんだよ」

「空気の感覚、風、相手の呼吸、地形、天気、全ての状態状況を把握するためよ……ここまで出来るようになれなんて言わないわ、私も鬼じゃないから」

「空気の感覚……風……目をつむる」


 出来るようになれと言われていないのにサイは試しに目を瞑った。サイは先ほどベルが言ったことを狩りの内に似ている物があるのを知っていたからだ。

 森の中へ入り獲物の動きを予想し、その場を射抜ける最適な場所を選ぶと息を殺し潜み仕留める。

 それが相手が人間でありお互いを認識した状態だったら? 相手は森の動物じゃない……考えて動き常に相手の裏を突く、また逆も然り。


「目をつむってやる」

「どうなっても知らないわよ、まぁ好きにしてちょうだい。さっきより早く動くわよ」

「ああ、来い」


 サイは両手で刀を持つのをやめて右手だけで構えた、左腕は力を抜いて周りを探るような動き方をさせている。

 ベルはそれを見ておかしな構えだと思って、静かに動き目を瞑ったサイの後ろへゆっくりと移動する。サイは前を向いたままだ。

 そしてベルは木刀を先ほどと同じように振り下ろした。


「そこかっ!」


 サイはなんと振り向き防御してみせた、すかさずに次の攻撃を入れたが今度はしゃがんで回避され、木刀の一撃を手の甲に入れられそうになり飛び退いた。


「嘘でしょう……あと少し遅かったら私が……いいわ、叩きのめしてあげる! 今のは偶然、偶然よ!」


 ベルはサイの左脇から低い姿勢で切り上げようとしたが、サイは木刀を左手に持ち替えそれを防いでみせた。

 そしてサイは目を開けると素早い身のこなしでベルの背後に回り首筋に木刀を優しく当てた。


「どうだ、偶然だと思うか」

「いいえ……まさかほんの数分でここまで真似されるとはね。いいわ目をお互い開けて本気でやりましょう」

「ああ、最初からそうしてくれたらもっと早かった」


 サイは狩人としての経験の応用だったが、ベルの目から見れば剣術の才能を秘めているようにしか見えない。

 ベルが剣術を習い出したのは生まれて3年後だった、毎日休まずにやってきてようやく得た達人級の技だったが、ひょっこり現れた素人がここまでやるとは思いもしない。


 ベルは木刀の振り方を左がダメなら右から右がダメなら上や下からと変えてサイに振り続けた。サイはそれを防ぐもしくは回避するで対応し、隙をみつけては反撃に出る。

 反撃に対しベルも負けじと動きを変えて対応する、しばらく打ち合ったのち勝ったのはベルだった。


「どうかしらこれが差よ」

「ちくしょう負けた……もう動けない」


 サイの敗因は経験の差というよりも体力だった。狩りで体力に自信はあったがベルの方が剣術に慣れているためか、最終的には体力が尽き防御が崩れ木刀の容赦ない一撃が足を痛打した。

 あと少し粘れたらとサイは悔しそうに倒れた。

 ベルは素人に本気を出した自分の大人気なさに少しだけ反省した表情を半笑いで誤魔化す。


「基本てのはいいのか?」

「基本もなにも剣術は経験よ、あなたは戦いの中でそれを学ぶタイプね基本を飛ばしても大丈夫よ。そうねもう一度ギルバートと手合わせしてみなさい」

「そういやあのクソ執事にまだ仕返ししてないな」


 ベルはサイに自分の木刀を渡すと中庭から屋敷の中へ入る、サイは木刀を2本持ちベルの後に続く。

 屋敷の廊下を歩いているとベルが何かに気づいた様子で慌てて駆け出した。サイはそれについていきベルがとある一室のドアを開けるとテーブルに豪華な昼食が用意されていた。


「もうお昼の時間だったのね、食べないと用意してくれたメイド達に失礼だわ」

「わーすごく美味しそう! ベルっていつもこんなの食べてるの?」

「普通じゃないかしら」

「一般庶民には無理だよ、食べていい?」

「いいわよ、あなたの分も用意されてるし」

「いただきまーす!」


 サイは椅子に座ると行儀が良いとはお世辞にもいえないほど、机の上に用意された食事を口いっぱいに頬張る。

 サイにとっての庶民的な食事とはパンや自分の狩った鹿の肉、畑で取れた野菜のスープなどがある。

 ベルが普通といって用意されている食事はサイからしたら見たことがないくらい豪華なのだ。

 サイは特に黄色をした液体状のものが気に入ったらしく、それをゴクゴクと飲み干しては用意されているポットの中から皿に注ぎ足している。


「これすごく美味しい! なんていうの?」

「あなたコーンスープも知らないの」

「知らない! でもこれが美味しいのはわかる! んー、身体に染みわたる!」


 サイががっついて食べたせいで、机の上の料理が数分で跡形もなく消えた。

 口の周りをナプキンで拭き取り木刀を持ったままサイは廊下を走ってベルから遠ざかる。おそらくらギルバートを探しに行ったのだろう。


「やれやれ、余程の世間知らずね」


 ベルは呆れ顔で走り去るサイを見送ったあと自室へと戻っていった。



◇ ◇ ◇



 中庭で木刀の素振りをするサイ、だいぶ様になってきているようだ。花壇のレンガに腰をかけてギルバートはサイにあれこれ教えている。


「動きは早くても余分な力が入ってしまうと体力が持ちませんよ」


 サイは目を瞑ったまま、想像で敵を作り出し攻撃して倒しているようだ。いわゆるイメージトレーニング、効果があるかどうかは知る由もない。


「そろそろお相手いたしますかな」

「朝の礼をたっぷりしてやるよ、クソ執事」


 ギルバートの方から木刀で斬りかかる、サイは身体を少しだけ右に傾け一閃を回避してその隙を突こうとしたが、ギルバートの攻撃は続いていた。

 振り切ったと思わせた木刀をそのまま下から斬りあげたのだ。

 サイのアゴの先に木刀を軽く当てて、いつもの無愛想な表情で冷たく彼を見つめた。


「ベル様との違いがわかりますかな? 私は直線的な戦い方はしない、変則的かつ先を読んで戦います」

「なるほど、合理的だな……だが」


 サイは意表を突くかの如く左拳でギルバートを殴ろうとしたが、その拳は当たる寸前で握られて止まってしまう。


「片手で剣を扱うが故に出来ることですな、合理的です」

「ちっ……次は確実に一発入れてやる」


 ギルバートと距離を取り木刀を構え直す、サイの太刀筋はまだまだ荒削りだが戦えないほどではない。ベルと互角くらいにはやりあえるようになっているものの、足りない物がいくつかある。

 狩人である彼は「待つ」と「隙を突く」ことに固執しすぎているのだ。

 獲物を待つ、獲物の隙を突く。普段の動物相手ならこれで決着がつく。

 故に、こちらから出て攻めるということをあまり考えないのだ。

 そのことに気がついたギルバートは今度は自分からは動かなかった。


「どうした、なぜ打ってこない」

「あなたこそどうぞ、私目に一発入れてみせるのでしょう?」

「言わせておけば!」


 軽い挑発に乗せられて振った攻撃が当たるわけが無かった。そのように思われた。

 サイはわざと木刀を防がせて、そのまま蹴りをはなったのだ。それもかなりの勢いがあった。


「なるほど挑発に乗せられたと見せるのは演技、単調な木刀の上段からの振り下ろしは視線の誘導のためにわざと、恐ろしいほど合理的ですな」

「致命傷にはならないが相手の体力は削れる、そこからの体力勝負なら有利に立てる」

「ベル様の技と私の技、ふたつを今日中に理解してしまわれるとは、お見それいたしました」


 この後サイとギルバートはしばらく木刀での打ち合いを続けた後に、とある世間話をした。

 ギルバートがサイに対して悩みを話したのだ。彼がサイにこんなことを話すのはギルバートからすればサイとベルは歳も近く仲が良く見えるからだ。


「あなた様を信頼して、とあることをお尋ねしたいのですが」

「ん?」

「私はよく愛想良くしろとベル様に仰せつかるのですが、いったいどうしたら良いのでしょうか」

「笑えばいいんじゃないかな、笑顔は大切だ」

「確かに、では笑ってみましょう」


 ギルバートはサイにいわれた通り笑顔を作って見せたが、口角が真横に引っ張られているだけできっと誰の目からみても笑顔には見えない。例えて言えば歯磨きをする時に歯の表面をブラシで擦るために唇を開けているだけ。


「笑ってないじゃん……」

「ふむむ、なかなか難しいものですな」

「何か面白い芸でもできたらいいんじゃないか?」

「と、いいますと」

「よし、よく聞けよ」


 しばらくしてからギルバートは屋敷の中へ戻っていった、サイに教わった芸をベルに披露しようとしているらしい。

 サイは中庭でまだ素振りを続けている。案外剣術にハマっているのかもしれない。

 ギルバートは屋敷の廊下を歩きながら頭の中で何度もサイに教わった芸をイメージトレーニングしてから意を決して、ベルの部屋のドアをノックした。


「失礼します、ギルバートです」

「入っていいわよ」


 ギルバートはドアを開けると持っていた木刀を内股に挟んで叫ぶ。


「でっかくなっちゃった!」

「…………」


 沈黙が流れる。ベルは厳格なギルバートが仕事をしすぎて頭をおかしくしてしまったのではないかと心配そうに彼を見つめた。ギルバートはその場からはあまり動かず木刀をどうにか強調しようと、股に挟んだまま少し上に向けた。


「ど、どうしたのギルバート体調でも悪いの?」

「サイ様に言われた通り芸を披露しているのですが……おかしいですね、これで笑えば成功とサイ様は仰られていたのですが」


 その様子を廊下で見ていたメイドの一人がおかしそうに笑っていた。次第にその話が屋敷内に広まっていきギルバートは面白い人だと広まったのは、まだまだ先の話だった。

 そして再び中庭に戻り成果をサイに話すとサイは「やり続けろ」と言った。

 同じことを繰り返しているうちにその面白さを認めて貰えればそれでいいとサイは言ったがギルバートには理解し難いものだった。



◇ ◇ ◇


 

 剣術の練習をひたすらサイは続けて数時間、日が暮れてくるとベルが中庭に入ってきた。


「呆れた、まだ振り回してたの」

「……ああ、殺したい相手はもっと強いからな」

「休むことも必要よ、身体を壊してからじゃ遅いわよ」


 素振りをしていたサイは急に動きを止めて地面にへたり込み座る。いったいどうしたというのだろう。まさか言われた直後にもう身体を壊したのだろうか。

 心配したベルが彼に近寄るとサイのお腹から空腹状態を合図する音がで鳴り響いた。


「お腹すいたなぁ、コーンスープまたあるといいな」

「魔法を使えたらメイド達に言って用意させるわよ、どうかしら」


 しかめっ面をするサイ、余程魔法を使いたくないのだろう。頭に両手を当てて花壇のレンガに座る。

 ベルは彼の前に立ちどうしてそんなに魔法を使おうとしないのかを今回は詳しく伺った。


「確か民家の畑を燃やしたのよね?」

「ああ、まだ小さい頃にな。あの時初めて優しかった両親が僕をきつく叱ったんだ、それ以来魔法は使ってない」


 サイは両親を思い出して辛そうな顔をする。ベルが無神経なことを聞いてしまったと思うころには、もうサイの顔色はあまり良いとは言えなかった。


「ごめんなさい」

「いや、いいんだ……むしろ忘れちゃいけないから」


 気を取り直して再度ベルは質問をした。今度は過去のことにはなるべく触れず慎重に。


「あなたが使った魔法は火系統よね? シルバーグリズリーを倒した時に出した炎はどうやってだしたのかしら?」

「あ、それ自分でもわからないんだ……わかるのは理不尽続きでかなり頭にきてたことくらいしか」


 ベルは頭を抱えて考える、サイがシルバーグリズリーを倒した時に使った魔法もしくは魔術は確かに火系統で間違いはなさそうだ、幼い頃に畑を燃やしたと言ったがその時に道具は何を使ったのか問う必要がありそうだ。


「あなた小さい頃に魔法を使う時何を道具にしていたの? 杖? 剣? それとも槍かしら?」

「うーん、そこら辺に生えてた花だった。多分今でも花さえあればできると思う」

「珍しいタイプね、花だなんて……でもあなたが森でやって見せた時は」

「ああ、なにも使わなかった」


 ここまで質問してベルが危惧している、とあることが濃厚になってきた。

 魔法魔術には道具がどんな人間でも必要だ。稀に練度が高い魔術師などが道具をなしに魔法を使うこともあるが、サイは幼い頃以来魔法をまるで使っていない。

 例外があるとしたら、それはひとつだけ。憑者(レブナント)と呼ばれる存在だ。

 憑者になってしまう原因はこの世にたったひとつだけ、魔法や魔術によって身体に刻みつけられる普通は死んでもおかしくない傷を負うこと。

 普通は死ぬはずの対象となる人間が偶然にもなんらかの形で、攻撃魔術のマナを体内に吸収し『一時的な蘇生』を経て死を逃れることがある。

 だが、それは一時的なものであり受けた死ぬはずの傷を回復させなければ短い時間で死ぬだけの弱い存在だ。

 しかしサイは回復している、いやさせてしまったのだ。


 生き続ける憑者はこの国では忌み嫌われる。

 理由は簡単だ、そもそも最初の憑者が現れたのは他国との戦争をしていた時だった。自国の魔術師の魔術によって殺されたはずの敵国の兵士が、生きているのだ。

 その兵士はただ生きているだけではなく体内に取り込んだマナによって魔術にも似た力を使って戦っていたのだ、それは間違いなく帝国に対して唯一抗える力。脅威だったのだ。

 それ以来帝国は憑者を恐れ忌み嫌う者として扱い、見つけ次第殺すようにしてきた。

 憑者は体内のマナを集中する道具をなしに特定の魔法魔術を操ると言われていて、サイにはそれが当てはまるのだ。

 もしサイが憑者とバレればすぐにでも刺客が送られてくるだろう、旅をする上でかなりの障害となる。いやもう既に知られている、先日現れた魔術師はサイを焼いた本人のようだった。


「一応、僕の得意な属性は火だからなぁ。大火傷しても生きてるし、道具なしでできても不思議じゃない」


 サイはおそらく憑者という言葉を知らない、だから自分のやったことを異常なことだとも思わない。

 彼が傷つき死にそうになりながら町に来て倒れていた所を助けたのはベルだが、助けたことによって彼は死ぬよりも辛い運命を歩むことにさせてしまったとベルは後悔した。

 今ここで憑者のことを話せばサイは自分のことをどう思うのだろうか。ベルは悩んだ。


「道具も譜読みもなしであんなこと出来るのね、なら火以外の属性を……とくに無属性は覚えた方がいいわ」

「やらなきゃダメ?」

「ダメよ、できなかったらこの屋敷から出さないわ」


 結論から言うと普通の魔法や魔術を覚えていれば憑者であるとは分かりにくい、ベルはサイのことを心配して覚えるまでは屋敷から出さないという選択肢を選んだ。

 彼女は特に憑者に対して偏見を抱くわけでもないが、周囲にそれを悟られないようにしようと考えた。それが最善だとベルは常に自分に心の中で言い聞かせた。


「ギルバートの方が魔法は上手いから、ギルバートを呼んでくるわ」

「ベルが教えてくれよ、あの執事容赦ないから嫌だ」

「私はギルバートから教わったのよ剣術も魔法もね、だからあなたも屋敷から出たかったら頑張るのね」

「ちっ……できなくても抜け出してやる」

「せいぜい頑張りなさい」


 サイはベルが中庭から消えるのを見計らって、ポケットからスカーレットナイトを取り出した。そして集中して自分の中、鳩尾のあたりを中心に右回転しているマナの回転を早めていく。


「よし、いいぞ……火をイメージしろ……穢れの浄化を熱によって……」


 身体を清める初歩的な火系統の魔法を使う。火系統の回復魔法は服の汚れや軽い風邪などの病的な症状を治すことができる。

 サイの身体を薄いオレンジ色をした炎のベールが包む。

 

「でっかくなっちゃった!」

「まだやってたのか、今集中してるんだ邪魔するなよ」

「あなたがやり続けろと……浄化火ですか、ほうマナの流れも良い」


 渾身とまではいかないがギルバートのボケを軽く流し、サイは集中する。

 炎のベールが完全にサイを包み終えるとなぜかサイは倒れた。炎が消えて不審に思ったギルバートが近づくとギルバートは不思議そうにした。


「サイ様? ん? マナの流れが逆になっている。こ、これは」

「うぅ……なんだマナがいうことをいきなりきかなく……」


 サイは気怠い身体を起こして立ち上がり、周囲が炎の海になってたりしないか周りを見渡す。特に異常は見られないがギルバートがずっとサイを見て口を開けていた。いったいどうしたというのか気になり自分の身体を見る。


「え、なにこれ……嘘……なにこれ」


 サイの髪は腰まで長く伸び、胸が大きく膨らみ、服のサイズが微妙に合わなくなっていた。身体をあますとこなく触り続けてようやく自分の身体に起こった事態を理解した。


「火傷がなくなってる!」

「それもそうなんですが、もっと重要な……所が……あ、いってしまわれた」


 サイはギルバートが何か伝えよとする前に去ってしまった火傷の跡が消えている事実以外は眼中に無いようだ。

 サイは客室に戻ると服を脱いで鏡の前に立つ。火傷の跡が背中の方は無いのか確認しようとして、ようやく自分の変化の全貌に気がつく。


「な、なんだよこれぇー!」

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