閑話 商人、奔走す
作中の貨幣価値と物価の説明。
※金貨1枚=銀貨100枚 銀貨1枚=銅貨100枚 銅貨1枚で10円くらいのイメージ。
騎士の年俸が金貨6枚。兵の月給が銀貨10枚とか。兵士は衣食住を雇い主から支給される。貴族としての騎士爵はもう少し俸給は多いが、部下の兵を養う義務が課せられる。出陣となったときに規定の兵数がいないと罰則がある。
宿に一泊が銅貨10枚(素泊まり)定食が銅貨5枚。あたりの物価で想定しています。
私の名はシャイロック。ラーハルト准男爵家で財務を取り仕切ることとなった。先日の反乱未遂鎮圧の功績で王家から報奨金が出ていると聞く。金貨にして500枚。決して少なくはないが貴族家を興す資金としては非常に厳しい。といいますか、先日の支度金でポンッと金貨10枚とか渡すような財務状況ではありませんよ我が君。まあ、今更返納するとしても我が君の顔をつぶすこととなりかねません。ここはその支度金以上の利益を上げて恩返しすることが私の存在意義となるでしょう。
まずはインフラ投資で人を呼び込みます。トゥールーズ村を流れる川の北岸より先は平野が広がっています。そして、さらに北西には魔物の巣窟となっている森林があります。そして村のギルドには魔物、亜人の討伐依頼や森で何らかの素材の採取依頼などが入っています。むろん対岸までの渡し船もありますが、川を渡った先には平野と森しかない現状です。ここまでの前提で、私はまずギルドマスターに話を持ち掛けました。北の平野に拠点を築くこと。ギルドの出張所も出し、森の盗伐依頼や、冒険者、自由戦士の損耗率の低下に寄与できること。兵を常駐させ、遭難時の救援を行うこと。ギルドの利点をまず説明し、そのうえで、出資を呼びかけました。見積もりと出資比率を確認する。数字を見てマスターはぽかんとしていた。ラーハルト領の魔法兵について、機密であると伝えたうえで話をする。これで相手の心情をこっち側に引き寄せることができました。工事現場の警備などの仕事なら駆け出しに仕事を与えることができる。トゥールーズギルドの実績を上げることができるなど更なるアメもぶら下げましたが、まあ、うまく話がまとまってよかったです。
魔法兵10名が派遣され、大まかな城壁と堀を作ります。そこで近隣から募集した職人が柵や門を作り、その間に簡易の宿舎を魔法兵が作る。ドアや雨戸を作る。周囲は冒険者が巡回し、守りを固める。作業は順調に進み、二重の城壁と兵の宿舎、冒険者の宿泊施設と簡易ギルド出張所が作られた。今はただの北の砦ですが、ゆくゆくは大きな街にしたいと思っています。
北の砦への人の往来ができれば、そこには様々なのもが付随します。冒険者相手の商いをする行商人や宿屋の運営を定住を条件に募集したところ、応募がありました。冒険者や灰を派遣して、北の森を切り崩してゆく話もありますが、これは軍人の皆様にお任せしましょう。
村本体のほうも賑わいを見せ始めています。なじみの行商人たちに声をかけ新領主のうわさと、私が提示された税率、魔境の討伐の話、儲け話の種になりそうな話をなんと無料で流したのです。やってきた商人たちも噂の真贋を確認し、その噂をさらに各自のコネによって広げてゆく。
そしてここで伏線が生きてきます。北の砦の普請に参加した住民には貨幣で報酬を支払いました。そこに現れる行商人たち。更なる地方から、王都方面から、様々な商品が集まり、村人がそれを購入する。商人同士で商品の売買が行われる。商業発展が人口増をもたらすのです。
ちなみに、ここで我が君の素晴らしい考えが生かされました。村への宿泊を義務付けるが、市場への出店税は取らない。商人は名簿への登録を行うが、義務は負わせない。税率は利益に対して一割、はっきり言ってしまうと、これでもうけが出るのか?と私すら疑問に思いました。ですが、集まる人々は私の想像をはるかに超え、一人一人が納める税はわずかな金額でしたが、総数が多くこの村始まって以来の収益となったそうです。
そのことを報告すると、我が君はまず驚かれました。そしてそのうえで私の働きをいっそ大げさなというくらいの表現でほめたたえてくださいました。我が君の考えが素晴らしかったからですと、商人にあるまじきことながら本音を伝えてしまいますと、さらに言葉を重ねてこう言っていただきました。考えを形にすることは難しい。俺のとってつけたような言葉を形とし、仕組みを運用し、さらに収益を出した。だから、これはお前の功績であると。表情を保つのに苦労したのはかなり久しぶりのことです。
ある日、私は我が君の呼び出しに応じ、執務室へと出向きました。相変わらず膨大な書類が山脈をなしています。私も仕事柄書類仕事が多いほうですが、この分量はさすがに厳しい。
「おお、ご苦労さん」
「はっ、本日はいかなる御用でしょうか?」
「うん、アルフェンス領とオルレアン領との間に通商条約を結んだ。通商路の整備をしなければならんがどのようにするか意見を聞きたい」
「これは…地図ですか。しかもかなり詳細な」
「まあ、現状軍事機密ではあるがな。まあ、こういった情報の交換ができるレベルの関係を結んだと考えてよい」
「それは図晴らしい。では、まずそれぞれの領都を繋ぐ街道を」
「そうだな」
「そのうえで、比較的大きな集落を繋ぐように。ここではこの産物があります、こことここが継がればこのような効果が見込めます。さらに・・・・・」
「うん、よくわかった。この地図への書き込みをもとに交渉を進めよう」
「はっ、ではわたくしも手配を進めてまいります」
「うん、それと別件だが、軍の力とは何だと思う?」
「私は商人で専門ではありませぬが、やはり精強で強いことでしょうか?」
「うむ、そうだな、それも正解だ。だがな、一番重要なことは速さだと思う」
「速さ…ですか?」
「そうだな、いろいろな速さがあるだろう。オルレアン騎兵の機動力や陣を進める速さなどいろいろだ」
「そうですね。ですがその方面ではわたくしはお力になれないかと思いますが」
「いや、俺の考えは、貴公ががいなければ成り立たんのだよ」
「それは一体?」
「つまるところ軍の早さとは、目的地までの移動の速さだ。先に有利な地を占めること。敵の正面を避け迂回して奇襲をかけること、敵が陣を開けている間に本拠地を突く。自由自在だ」
「申し訳ありません、軍事には疎く私はどのようにお役に立てるのやらさっぱりでして」
「軍の移動とはつまるところ物流だ。必要な時期に必要な数の軍を送りこむ。つまるところはそういうことだ」
「なるほど・・・」
「軍の速度という点ではな、うちの手勢もオルレアン軍も実はそう変わらん。なぜかわかるか?」
「そうですね…輜重ですか」
「さすが理解が速い。そういうことだ」
「商人のキャラバンなどを参考にして輜重隊の効率化を図りましょう」
「そうだな、そして街道の整備が肝要になる」
「おっしゃる通りです。こんな働き甲斐のある主君に巡り合えたこと、わが身の幸運ですな」
「おぬしのような家臣を得た私も幸運の極みと思っている」
お互い顔を見合わせて笑みを交わす。このやりがいのある主君の下で働ける幸運をかみしめ、我が君の執務室をあとにした。
そしてなだれ込んでくる書類の山に昨日の言葉を後悔する羽目になるのだった。
どうしてこうなったのでしょうか?!
シャイロックに上がってきた報告はいささかきな臭いものだった。
王都方面で食料、鉄、皮革などが値上がりしている。
次回 商人、推測する