閑話 トゥールーズ候爵の一日 ~勧善懲悪~
カイルさんのドタバタです
「侯爵閣下、お客様です」
ファフニル王国への警戒のため国境へ出陣準備を整えている最中だった。
陛下ほどではないが、無冠の身であった村長の息子が候爵である。世の中何があるかわからないものだ。
「応接室にお通ししなさい。すぐに向かう」
「かしこまりました」
私はこのとき、客の名を聞かなかったことを神に感謝することになる。
「カイルさん!」
なんかいきなり抱きつかれた。って私の間合いに一足飛びに入り込み、そのまま懐に飛び込まれたのである。殺気がなかったので油断していたことは否めないが、僅かな驚きを持って客人を見ると、見知った顔だった。
「久しぶり、メイ」
「お久しぶりです。カイルさん・・あ、公爵閣下と呼ばないとですね」
「なに、かまわない、実は正直ほっとしているんだ」
「へえ、そうなんですか。ごめんなさいね、巻き込んでしまって」
「レ、レレレレレ」
「ふぁっ?!」
「レレレノレー・・・じゃなくてレイリア!?」
「あらすみません、旦那様のお客様に挨拶に伺ったのですわ」
「ああ、あのそのどのこの・・・アメンボアカイナアイウエオー」
「あの、別にどうこうはありませんので、落ち着いていただけますか?」
「す、すまん」
「も、申し訳ありません」
「まるで浮気を咎められたように見えましたわよ?」
「それはない」
「え・・・むう・・・」
「で、そろそろこちらのお嬢さんをご紹介いただけませんか?」
「ああ、私の故郷のトゥール村で、近所に住んでいたメイリアという」
「メイリアと申します。初めまして」
「で、何か困りごとではないのですか?」
「そうだ、なにがあった?」
「実は・・・」
半年ほど前に、トゥールーズのギルドに移籍してきており、こちらで暮らしていたのだが、
そこからはまあ、良くある話だった。メイリアの父がどうも悪質な詐欺にあったようだ。
金貨1万枚の証文を突きつけられ、返済できなくば訴訟を起こす。
どっかの貴族様がメイリアを妾にと言ってきているので、身売りしろとのことだ。
明日自宅に再度来るというので、藁にもすがる思いでここに来たと・・
「貴方、軍の手配は私が進めます。メイリアさんを助けてあげてください」
「・・・・いいのか?」
「気がかりを残したまま前線には出られないでしょう?」
「君にはかなわないな。けどありがとう」
「べ、べつにお礼を言われる筋合いはありません!」
なんか照れてるがレイリアは顔を真赤にしてても綺麗だなと思っていると、
レイリアには足を踏まれメイにはなんか睨まれた。
「思ったことを声に出すのは陛下と同じですね」
あ・・・
とりあえず実家から持ってきた服に着替え、メイの住んでいる家に出向く。
親父さん、自由戦士マッセナはいつぞやのキマイラ騒動の時に森へ遠征した部隊のまとめ役をやっていた。人望も厚く、部下に確認させたところ、こちらのギルドでも顔役になっているようだ。
「こ、こりゃカイルのぼっちゃん!?」
「お父さん、カイルさんが力になってくれるって」
「お久しぶりです。マッセナさん」
「つーかメイ、最近領主様が代替わりされたじゃないか?」
「ええ、まさかと思ったんだけど」
「ああ、そうですね、改めて名乗りましょう。カイル・ベルトラン・トゥールーズ候爵です」
「ちょおおおおおおおおおおおおおお」
「お父さんうるさい」
「あーとりあえず、昔なじみの戦士ってことでよろしくです」
「あのプロヴァンスの戦いだが、わしも傭兵隊にいたんだよ」
「おお、そうなんですか」
「総崩れ寸前のさなか、雲霞の敵勢に単騎で切り込んだ勇者を見紛うとは、情けない」
「いやあの、単騎じゃありませんよ?レイリア率いる騎馬兵もいましたからね??」
「だが貴方が先陣を切って切り込んだのは間違いない。総崩れしていたらどれだけ損害が出たか・・」
「まー同じことを先代候爵に言われましてね。なんか、なし崩しにこうなってます」
「そうか、まあ、命の恩人には違いない。今回もスマンが迷惑をかける」
「いや、私もお世話になったじゃないですか?」
「カイルさん、ありがとう」
「メイ、抱きつかないで、誤解を受けるって」
「むう、誤解じゃありません」
そんなとき、ドアが大きくノックされた。
恰幅のいい中年男性が、護衛と思われる傭兵3人を率いて入ってきた。
「マッセナさん、お嬢さんを受け取りに来ましたよ」
なんか下卑た笑いを漏らしている。なんだこの豚。メイを自分のもののように見やがって。
「すいませんが証文を見せてもらえないですかね?」
「何なんだ貴方は、無関係のものは出て行っていただきたい」
「そうは行かない。私はこの親子に世話になったものでね。いざとなれば借金を立て替える用意がある」
「なっ、金貨2万枚ですぞ?」
「おかしいな、昨日聞いた時は1万枚といっていたぞ」
「う、うるさい、そんなことはどうでもいい。払えるのか?」
「まずは証文を見てからだ」
「金を先に用意しないとだ、今すぐに持ってこれるのか?」
「ということは、見せられない、後ろ暗いものってことと判断するが?」
「なんだと!おい、おまえら、こいつを叩きだせ!」
傭兵が剣を抜き、3方から俺に迫る。此方は平民が着るような服で、剣すら帯びていない。
まあ、普通に舐めてかかってくれたようだ。
正面のやつがニヤニヤしながら剣を突きこんできた。体を開き手のひらで剣の側面を押し出して軌道をそらす。バランスを崩した顔面に裏拳がめり込むと、あっさりと昏倒した。
もう一人はマッセナさんが軽く叩き伏せていた。腕は落ちてないな。
そしてメイの方を見ると・・・両手両足の関節を外された傭兵が悲鳴をあげていた。
阿呆が、素手の組み打ちならメイは俺より強いんだぞ。
「さて、実力行使に出たのはそちらが先で、私達は正当防衛になるな」
「くそ、役人に報告させてもらうぞ!」
「それには及ばん。入れ!」
ドアの外で様子をうかがっていた警備兵が入ってくる。
「捕縛せよ!」
「「「はっ」」」
「え・・なにが?いや、わしは悪くない、いきなり殴りかかってきたのはこいつらだ!」
「ほう、剣を抜いた傭兵が素手の素人に殴り飛ばされて伸びたのか。いい笑いものだな」
警備兵の隊長に目配せする。ネタばらしの時間だ。
「侯爵閣下、捕縛を完了いたしました!」
「コ、コココココ・・・コケッ」
意表を突かれた言葉に全員が少しずっこける。
「候爵だと!?」
「さて、お前には余罪がありそうだ。役所にもこいつとつながっている奴がいそうだな」
「いや、待って、わしは善良な商人で」
「まあ、諦めろ、ドアの外で警備兵が全部聞いていたんだよ。お前さんが空証文で、善良な市民を脅し、権力者の後ろ盾をほのめかして害を加えようとしたことをな。最後に傭兵をけしかけるあたり、三文芝居のようだったぞ」
「ヒィィィィィィ!」
警備兵に豚とその手下がしょっぴかれていった。一件落着でもないが、まあ、この親子がどうこうなることはあるまい。そう考えて、いつでも訪ねてきていいことを告げ、帰宅したのだった。
次の日には悪徳商人一派の壊滅が報告された。ギルドと役所、侯爵家寄子のなんとかという子爵が介在していることがわかり、関係各所に厳罰を指示し、領民への公表を行った。これまではこういう不祥事は隠蔽される傾向があったが、王が率先して情報公開を始めていた。当家でもそれに習い公表するようにしたのだ。
不正を許さない方針を領民に公開することで、領主と領民の信頼関係を構築する。領民本位の統治をすることで、結局は巡り巡って領主の利益となるのだ。
領内の問題を解決したことで、遠征の出られそうだと胸をなでおろしていると、来客の知らせがやってきた。
「おお、カイル様。この度はありがとうございます」
「マッセナさん、メイ。問題はなんとか解決したよ。なんかおおごとになっちゃったけどね」
「えと、あの、その、それで、一つお願いがありまして・・・」
「どうしたんだい?」
「あの騒ぎ、近くの住民に筒抜けでして、なんかいろいろと誤解を受けたようで・・」
「というと・・・?」
「まず、一介の自由戦士のために候爵が動くのはおかしいと。それで、実はメイが目当てじゃないかと」
「お、おう」
「というわけで、私、なんかお嫁に行けそうにないんです」
「なに、人の噂はそれほど長く続くものではない。メイは綺麗なんだから貰い手はいくらでも出てくるさ」
「失礼します」
「ああ、レイリア。此方はマッセナさん。トゥールでお世話になってたんだ」
「まあ、貴方が豪腕マッセナ様ですね。お噂はかねがね」
「いやあ、そんな大したもんじゃないですよ。力任せに戦斧を振り回すしか能のない男です」
「それでですね。マッセナさんにお話が」
「レイリア?」
「貴方に損のある話じゃないからちょっとまってね」
「わかった」
こういう時のレイリアに口を挟んではいけない。しかし、綺麗で有能な妻をもらって私は幸せものだ。
「マッセナさん。当家に仕えていただけませんか?旦那様直属の騎士の地位を提示いたします」
「え??わしが…騎士??」
「そうです。貴方の武勇、武名、ともに当家にふさわしいと思います。お願いできませぬか?」
「わしのことはいいのですが、娘のことが気がかりでして・・」
「そこも考えております。メイリアさん」
「ひゃ、はい!?」
あ、噛んだ。メイは緊張するとカミカミになるんだよなあ・・
「率直にお聞きします。貴女、カイル様のことをどう思っていますか?」
「え、その・・・お慕い・・しております」
「なにいいいいいいいい!!!」
思わず大声を出してしまい、スパーーーーンと私の後頭部にハリセンが振り下ろされた。
「メイリアさん。わたくしからの申し入れをお聞きいただけますか?」
「・・・はい」
「まず、カイル様直属の護衛騎士となっていただきます。それと、私室に入り込んでも問題にならない立場として、第二夫人の立場をご用意しましょう。いかがです?」
「お受けします」
即答された。
「えーと、メイ。今の話だと君は私の妻になるということだが・・・いいのか?」
「子供の頃からの夢でした」
メイは涙を浮かべている。横の親父さんもなんか嬉しそうだ。
うーむ、なんか俺の意思が置き去りで外堀を埋められた気がするが、まあ、仕方ない。
それに、嫌なことを強制されるわけでもないし、マッセナさんは俺の師匠だし。
「あなた、今回の遠征はわたしは領都を守ります。無理ができない事情ができてしまいまして・・」
「なにっ、なにか体調が悪いのか?病か?いかん、神殿から治癒魔法使いを呼べ!」
「人の話を聞きなさい!」
また振り下ろされる神速のハリセン。
「子供を授かりましたの」
「なん・・・だと・・・やったああああああああああああああああああああ」
なんかグダグダになったが、マッセナ親子はそのまま領主館住みとなった。
メイはレイリアにくっついて貴族婦人としての嗜みとかを学ぶとか息巻いている。
二人の仲はいいようで、それについては胸をなでおろすのだった。
そして、出陣の日がやってきたのである。
なんか思いつきで閑話をはさみました。
いつもの時間あたりでベルファスト会戦を投下・……できたらいいなー