不正規戦は神経を削られる
なりふり構わず遅延戦術
我軍はグラナダ要塞を出撃、近衛騎士団を先頭に王都に向け進軍を開始した。東部連合にバルデン領も加わり、8000と要塞に2000と負傷兵を残した近衛騎士団は2000がこちらに加わっている。合計約1万。
そのなかで中核となるラーハルトの手勢は1500に過ぎないが、要塞攻防戦でその勇名を大きく上げている。そういえば、要塞でおっさんと話し合った時、うちの手勢の訓練メニューを話したらこめかみを汗が伝っていた。なんかこの戦いが一段落ついたら、近衛の訓練メニューを大幅刷新するとかなんとか。そして、それから近衛騎士団の俺を見る目つきが死んでいた気がした。いや、それって俺のせい?
行軍は順調に進むかに思われた。この混乱で王都周辺の治安が乱れつつあるようで、小規模な盗賊団などには近衛から中隊を派遣するなどし、住民の慰撫に努める。領内の治安が悪化しているため兵を出せないと言ってくる諸侯が出てきており、確認と場合によってはこちらからの派兵が求められる場合もあった。どうやらこれは遅延工作かと気づき方針の変更を決めた。近衛騎士団を中退規模に分割し、各地に派遣した。また、複数の街道を利用し、分進合撃を行ったのである。中央の街道をラーハルトとバルデン軍。北は移動距離が長いので機動力の高いオルレアン軍、南は人望の厚いアルフェンス伯に任せた。集合地点は先日案内のあった宿場町ベルティエ、期日は7日後。各方面が順調に進めば問題なくたどり着ける距離である。さて、王都側はこの手に乗ってくるかどうか・・・?
「エレス、浮気は許さない」
いつものミリアムのセリフにもはや苦笑を返すしか無い。ただ、今回は普段にない一言が加わっていた。
「シリウス、パパが変なことしないようにきちんと見ているんですよ」
ボムっと音を立てて頭上のわんこが犬耳少女の姿になった。ご丁寧に肩車をしている姿勢になっている。
「ん、承知した。主殿のお目付け役はおまかせあれ」
「お前らいい加減にしやがれ・・・」
「ってか、閣下」
どうしたカイル。そんな口をポカーンと開けていると虫が飛び込むぞ。
「その子供は?どっから現れたので?」
「あー、シリウスだ。こいつ」
「「「ほえ?」」」
「雌だったんですか」
カイル、突っ込みどころはそこか??
「上位魔獣にはそういった区別はない」
「へ?そなの?」
思わずマヌケな声を上げてしまった。
「じゃあ何でその格好?」
「この方が受けがいいし、市場のおっちゃんとかおばちゃんがおまけしてくれる」
「うぉい!?」
あまりな理由に思わずツッコミを入れる。
そしてなんかやたら生暖かい目でこちらを見る我軍の重鎮たち。
レックス卿、なにニヤニヤしてんだ?シメるぞ?
フェルナン卿、何ですかその息子が初めて彼女連れてきた時みたいな温かい目付きは??
ルドルフ卿、なんですかその目つき、ミリィちゃんだけに飽きたらず、そんな可愛い幼女を毒牙にっていやまて、誤解だ、話せば分かる。だからそのメイスを振り上げるのはやめましょうよ、ね?え?痛いのは一瞬で、その後はなにも感じなくなるって?それ死んでるよね?ハッハッハ、汚物は消毒だーじゃねええええ!!
一騒動あったが、進軍を再開した。緩やかな平野部が続き田園風景が広がっていた。戦時下ではあるがここで耕作をやめれば、次に飢えるのは自分たちだと考えているだろう。農民は強くたくましい。騎士なんぞはその上前をはねるだけである。彼らが命がけで作った食料をもらうのであるから、命がけで彼らを守る義務がある。そこの順序をわきまえねば国の根本は成り立たないだろう。領民を守らないのは、守れないのは領主たる資格も権利もないのである。彼らをいたわりつつ、情報を集める。王都方面から兵が現れ、略奪などの被害はいまのところ出ていないが、しきりに周辺の情報を集めてゆくらしい。そして、この少し先はやや見通しが悪い丘陵地帯になっている。街道自体は高低差が少なくなるよう構築されているが、その関係上やや曲がりくねっている。そして伝わってくる盗賊団の噂。あからさまに過ぎるが、その手を逆用させてもらうことにした。
村で一泊した際に村長からこの先の丘陵地帯に盗賊が潜んでいる。行商人が荷を奪われたとの噂が出ている。ぜひ討伐をお願いしたいと。レックス卿と相談のうえ、兵を派遣することにした。村長は感謝の言葉を述べてきたが、何となく白々しい。礼は不要と伝え宿舎として割り振られた建物に入った。
深更、ロビンを中心に斥候の派遣を命じた。地図をにらみ、敵の襲撃ポイントを予測する。切り立った斜面の下を通るところがあり、丘の上部では岩が露出しているところ。崖を城壁に見立てて弓兵を配置すれば、相手が回りこむまでに一方的に攻撃ができる。弓兵を排除に兵を動かして、手薄になった頃合いで別働隊に背後をつかせる。と言った策を予想した。まず外れることはないだろう。そこまで思索した頃合いで斥候が戻った。どうやら今の考えでほぼ間違いがないようだ。敵の伏兵にさらに伏兵攻撃を仕掛けるよう段取りを進めていった。
払暁、村長の見送りを受けながら軍を出発させる。打ち合わせ通りバルデン軍が別働隊として脇道にそれてゆく。念のため細かく斥候を出し、目線が切れるポイントに掛かる前に安全を確保してゆく。予定のポイントに差し掛かる頃、いきなりシリウスが変身した。
巨大な魔法陣が足元から出現し、ピンポイントで、俺と周辺の兵が結界に閉じ込められた。
「わははははははは、かかったな!その結界の中で我が偉大なる呪文を受けて息絶えるが良い!」
なんかやかましいのが出てきた。
「何者?」
「この国の歴史に名を残すことが確定した究極英雄!ギルバート様とは私のことだ!!」
なんだこれ、究極ドアホウの間違いじゃないのか?
そう思っていたら周辺に魔法を唱える兵50名ほどが現れた。
「さあ、我が手にかかって息絶えるがいい!」
巨大な火球が現れ、詠唱が進むにつれてものすごい大きさになっていった。
50人分の合体魔法を制御していることと、ピンポイントの結界で遮断し、呪文の威力を拡散しないようにしているあたり、魔道士としてはそこそこ優秀な部類に入るだろう。
「そうか、やってくれるじゃないか。シリウス、結界の解除はできるか?」
「少し時間がかかる。攻撃呪文をまず防ぐ」
「っておい、大丈夫なのか?」
「おまかせあれ」
【森羅万象の息吹よ 集いて万能の盾となれ! ファランクス】
シリウスが頭上にかざした手のひらから魔法の盾が多数放出され、頭上の崖に降り注ごうとしていた魔法攻撃を無効化してゆく。反対の手のひらから魔法弾が生成され、豪雨を逆流させたような勢いで敵陣に降り注いだ。連続して響く破裂音と敵兵の悲鳴が響く中、結界を破って軍に合流する。あの魔法攻撃を仕掛けてきた部隊が敵本隊だったようで、大将はあのギルバートという阿呆のようだ。反撃を相殺したことと結界を破られたことで、魔力欠乏でひっくり返っていたところを捕虜とした。
散発的に敵兵の抵抗はあったが、予め背後に展開させたバルデン勢の働きもあり有利に戦いを進めた。大将が既に捕虜になっていることもあり、撤退するまでの判断は早かったようである。
同行していたレイリアさんの確認で、襲撃してきた兵の紋章などを確認、および、兵士の出処を探った。どうもこれまで通ってきた街道沿いや、王都に向かう途中の領主が王都側にしっぽを振ってスタンドプレイに走ったのが真相のようである。腰の座らない味方は敵より始末に終えない。悪質と判断した領主の居館を降伏勧告すらせずに攻め滅ぼした。一罰百戒の効果を狙ったがうまく行ったようで、そこから先は特に妨害などもなく、順調に進んだ。
ベルティエまで後1日の行程で、野営の陣を張った。なんとかなったかと胸をなでおろしていたら、ベルティエ方面に火の手があり、黒煙が上がっているとの報告が入り、叩き起こされた俺は軍に急速前進を命じた。ああもう、休む暇もない・・・
ゲリラと焦土戦術にはナポレオンすら敗退したのです。