要塞陥落
要塞攻防戦、決着です
野戦築城を終えるとそれを見計らったように敵兵が出撃してきた。第1から第4までの4個連隊か。まあ、予測通りだ。ちなみに渡河に使った筏もすでに材木となり、一つ残らず柵やら櫓に化けている。ガクブルしていた兵たちも腹が決まったのか目つきが変わってきた。頃合いか。
「ラーハルトの精鋭たちよ。一騎当千の我が戦士たちよ。私は知っている。諸君らがどれだけの血と汗を流し、今ここに立っているかを。フルボッコにされて骨が折れよーが回復魔法で即座に立たされ、ゲロ吐いて突っ伏してたら魔法薬で無理やり回復され、朝から晩まで山野を駆けまわり、アメニモマケズカゼニモマケズ、魔物の群れに突っ込まされ・・・ってあれ?」
調子に乗って演説してたらトラウマ刺激された兵が真っ青になっていた。なんか隅っこのほうでうずくまってるのもいる。
「閣下、戦いの前に兵にダメージ与えてどうするんですか……?」
カイルのジト目から目をそらす。
「あー、すまん」
気を取り直して話を続ける。
「うおっほん!ゲフンゲフン!あー、そう、諸君らほど過酷な鍛錬を耐えぬいたものはいないだろう!
そう言いたかったのだ!だからそう、あれだ、近衛騎士なんぞ敵じゃない!王都にぬくぬくとしていただけのへっぽこ共に目にもの見せてやろうじゃねえか野郎ども!」
うおおおおおおおおおおおおおお!
おお、なんかテンション上がった。
「閣下、野郎どもって・・・うちら何時から山賊になったんですか?」
「あー、すまん、アストリアの口癖が」
「ほう?ジェントルの極みの私がいつそのような口を聞きましたかね?」
「閣下、ごまかさないでいただきたい」
「だーもー、演説が締まらねえだろうが」
「最後の「野郎ども」である意味台無しです」
カイル、残念な人を見るような目線で俺を見ないで。地味にダメージでかい。
アストリア、何だそのやれやれって目線は、てめえら後で覚えてろ。
「おっしゃ!全軍配置につけ!ラーハルト軍の最強を証明するんだ!」
うおおおおおおおおおおおおおお!
敵軍はこちらが配置につくのを待って攻めかかってきた。随分余裕だな、だがその余裕がお前らの命取りだ。計画通りに事が進むのを確認し、俺は一人ほくそ笑んでいた。
「敵弓箭兵、前進を確認!魔導兵、障壁準備・・・今!」
雨あられと降り注ぐ矢は、息を合わせて張られた障壁を貫けず、パラパラと柵の中に落ちた。
角度をつけて展開することで真下に落ちるように調節している。即座に矢を回収するうちの手勢、見事だ。軍費かけ過ぎるとシャイロックが怖いんだよ全く。
「撃ち返せ!ラーハルトの強弓、存分に馳走せよ!」
回収された矢を即座に打ち返す。混じった魔導兵が矢尻に貫通の魔法付与を行っているので、
鎧ごと射抜かれる敵兵が出る。それを見て動揺が走る。普通は運悪く鎧の隙間とかにあたって負傷くらいだが、プレートメイルを貫通する程の強弓(と思っている)である。目に見えて動きが鈍くなった。
陣地を構築するとき普段は空堀だが、河が近い関係上掘り返すと結構な頻度で水が出るので、今回は水堀だ。そしてある程度の敵兵が入りこんだところで、トモノリの雷撃魔法が炸裂。おー、プレートメイル着てるから沈むな。
「助けてやらんと、戦場で溺れ死んだと不名誉を被るぞ、騎士道ではこのような時、苦難に飛び込んで友を救うのではないのか?」
こちらの挑発に乗って飛び込むやつ多数。トモノリ、もういっぺんかましといて・・・バチッ!
なんか卑怯なとか罵る奴がいるが、3倍近い兵力で取り囲んで攻め立てるのは卑怯じゃないのかね?ってまた口から出てたらしい。一騎打ちを挑まれる。それを受けることで1時間の停戦が成立した。負傷者の手当と兵糧を使う。敵さんには堀の敵兵の救助を許可した。朝から指揮で声を張り上げっぱなしの喉には温みきった水ですら極上の美酒よりも美味く感じた。
1時間後、陣の外で二人の騎士が向かい合っていた。
「我は近衛騎士、第3連隊第4大隊所属のギョームだ。いざ尋常に勝負!」
「いい度胸だ、死んでも文句言うなよ」
お互い徒立ちで剣を抜き構える。勝負は即座についた。一合で剣を斬り飛ばし、回し蹴りが相手の顎をとらえ、倒れたところを従いてきていたうちの兵がふんじばって捕虜にした。敵の動揺と味方のテンションアップを感じ取り、シリウスを呼び出した。更に動揺が広がる。黒狼の騎士って虚名も役に立つものだ。
陣にはカイルとロビンが残り、アストリア、トモノリ、ナガマサが兵を率いて出撃してきた。シリウスに跨った俺が一騎駆けで突き崩し、乱れた戦列にうちの兵が突っ込んで混乱させる。さすがの近衛騎士団も上級魔獣には近寄りたくないのか、腰が引けている。散々にかき回され蹴散らされ逃げ惑う。指揮官が変わっただけで、ここまでひどくなるのかといっそ悲哀すら感じる負けっぷりだった。
今まで動いていなかった第一連隊が動いた。どっかで見たおっさんが黒いオーラをまとって突撃してくる。潮時と判断して兵を陣に収容する。魔導兵の集中砲火にもめげずこちらに肉薄してくる姿は敵ながらあっぱれだった。いや、あっぱれじゃないな、厄介だ。
総司令官が前線に立ってからは敵軍の攻撃は熾烈を極めた。損害を顧みない猛攻に両軍の兵が倒れてゆく。憤怒、悲嘆、苦痛を再生産し、絶え間なくほとばしる感情が俺の心を切り裂いてゆく。もうやめろ、お前たちが死ぬ必要はないんだと口走りそうになるのを必死にこらえた。刻一刻と敵味方が死んでゆく。その意味を噛み締め、吐き気をこらえて指揮を執る。ともに決め手を欠いたままただ人命だけが消耗されていった。
そして日が傾きかけた頃、河の上流方向から現れた部隊が陣を包囲している敵軍の後方をついた。最初に攻撃を受け、混乱に陥った第3連隊がまず崩れ、要塞に向け潰走を始めたのである。それを見た第2連隊も大きく動揺している。要塞に目をやって俺は全軍に出撃を命じた。
敵の最後尾は第一連隊が立っていた。流石に近衛の最精鋭、こちらの攻勢を防ぎびくともしない。そのくせ、逃げると決めた時の逃げ足は速く、なかなか効果的な攻撃を加えられない。敵もさるもの、見事な駆け引きだ。だが、奴らは破滅に向かって突き進んでいることに未だ気づいていないのだろう。逃げこむ場所は既にないというのに。
城門にたどり着き、開門を呼びかけた第二連隊の頭上に城壁上からからバリスタの巨大な矢が降り注いだ。馬鹿な、俺達は味方だと叫びが上がるが、矢の雨は止まることなく混乱に拍車をかける。そして、唐突に城壁上に明かりが灯された。翻る旗は中央にラーハルト、左右にオルレアンとサヴォイの紋章。城壁上にサヴォイ伯フェルディナンドが現れた時、近衛騎士たちは我が目を疑い、半ば呆然と立ち尽くした。
「近衛騎士の諸君、久しいな。わしが解任されて以来か」
ワアアアアアアアアア!歓声が上がる。すげーなこのカリスマ。
「・・・・ぶったるんどる」
え?今何を言った?一言目は笑みすら浮かべていたのが、いきなり鬼の形相になってこれだ。え?なんでこうなってるの??
「貴様ら!それでもわしが鍛え上げた精鋭か!ええ?3倍以上でかかってこの体たらく、全く嘆かわしい!」
なんか話が変な方向に行ってる。あれおかしいな・・・投降を呼びかけるはずだったんだが・・・?
「我らは王族を守る最後の盾だ、王が倒れるということはこの国が滅びることだ、そのように骨の随まで叩き込んだはずだがの?なんじゃ!あの腑抜けっぷりは、情けなくて涙がでるわ!!」
うーむ、なんなんだ?なんか涙ぐんでる連中もいる、これはこのままでいいのか?え?
「聞けい!わしは王に直談判してでも近衛の任に戻してもらおう。この首にかけてじゃ!そ今すぐにでも王都に向かい談判する心づもりじゃ。わしの再訓練を受けたいものは今すぐ投降しろ!血反吐が出るまで素振りをさせてくれるわ!その後は足腰立たなくなるまで走りこみじゃ!楽しみじゃろう!?」
「「「「サー!イエスサー!」」」
えーっと、なんなんだこれ。剣を捨てるもの、鎧を脱ぎ始めるもの、五体投地するとかなに考えてんだ!うん、とりあえずこっちも一言付け加えとくか。
「要塞は我が手に落ちた!この戦いは我軍の勝利を宣言する!全軍、未だ投降せぬ敗残兵を掃討せよ!
降伏するならば身柄はサヴォイ伯に預けるゆえ悪いようにはせぬ!」
動きがなかった第一連隊からも投降するものが出だしてからは早かった。組織だった抵抗はもはや不可能で追撃を振りきってオーギュストは王都に落ち延びていったようだ。
ひとまずの戦いを終えてグラナダ要塞に入る。兵たちの歓呼に応えながら入城を果たした。兵たちを早めに休ませるように指示すると、自分に割り振られた居室へと足早に姿を消した。戦いの熱が冷めると忘れていた重圧と罪悪感が蘇る。平民出の俺が騎士になれれば上等だと思っていた。自分と仲間の命に責任をもっていればよかった。それが数千の領民の生活がのしかかり、俺が指先ひとつ向けるだけで兵が倒れてゆく。顔面を射抜かれて即死した少年兵の死に顔がまぶたから離れない。兵糧係からもらった強めの酒をあおり、無理矢理に意識を手放した。「くーん」シリウスが鼻を鳴らしながら俺の目元を舐めてきた。こいつの暖かさが今はひたすらありがたかった。
何で俺がこんな目に・・どうしてこうなった・・・
難産でした。次回は主人公以外の戦場の様子を舞台裏として書きます。閑話ということで。
脳筋熱血じーさん。書いてて指先がどんどん暴走・・・どうしてこうなった?