夢のひとひら
俺は焦燥に駆り立てられながら走り続けた。王都が陥落した。家族が人質に取られている。アースガードの首都マグデブルグを落とし、ついに平定を完了し、王都への凱旋の途上、最悪の報告がもたらされたのだ。
極論を言ってしまうと、俺は別に王になりたかったわけじゃない。成り行き任せといわれてしまえばそれまでだが、歴史上の偉人の業績を紐解いても成り行きに任せた場面は多かったはずだ。俺の望みは家族の安泰である。だが、立場上狙われることも多く、結局外敵をすべて平らげれば俺と家族も安泰じゃないか?というのが動機である。そんな理由で滅ぼされたのかと敵国は思うだろうが、そもそも俺に敵対してきたのだ。笑って許してくれると思うのは虫が良すぎるだろう。
さて、親衛兵のみを率いてきたので、手勢はわずか500ほどである。王都に入り込んだのは、予想通りというか、教皇領の兵3000で、率いているのは枢機卿アルブレヒト。正直何を血迷ったのか?という心境だ。まだ敵国があった時点での反乱ならば勝機はあったはずだ。だが今となってはこの地方全てが敵となるのである。アースガードも首長は討ち取ったが、降伏してきた領主を中心に統治させており、亡国の一途をたどっていたころに比べれば安定している。重臣筆頭であるトゥールーズ候カイルをマグデブルグに駐屯させており、背後は安泰だ。王都周辺には義兄でもあるレックスが3000の黒騎士団を率いてとどまっており、城に入っているとはいえ、援軍の当てもない。勝機は全くないのだ。ある一点をのぞいては。
「陛下、申し訳ありませぬ」
「レックス卿、おぬしの責ではない。わたしの見通しが甘かったのだ」
「なれど、陛下のご信任をいただき、後方を任されながらこの有様です」
「重ねて言う。おぬしの責ではない。故に無謀な攻撃や力攻めは許さぬ。誇りがどうこう言うならばより多くの兵を家に帰すことで示すのだ」
「はっ、お言葉、肝に銘じます」
「して、どのような詐術を用いたのだ?」
「どうも少数の兵をもともと王都に潜り込ませていたようです。そのうえで、陛下が大敗したと偽報を流し、陛下の依頼で王都の守護に参ったと」
「なるほど。そりゃ門を開くわな。だがこの先行きのない籠城戦に何の意味がある?」
「正直、あ奴が何を考えておるのか一切わからぬのです」
「まあ、俺もだ。自殺志願としか思えぬが、傭兵がやつに付き従っている以上何らかの勝算があるはずだ」
いったん話を止め、情報収集を行った。後続の軍は続々と到着の予定だ。俺gタコの状況を打開するとなると、兵力差が開く前に打って出て強襲に掛ける。そう考えていると奇襲の知らせだ。同時に門を開いて打って出てきたらしい。アルブレヒト卿自ら先陣を切っているとの報を聞き、俺も前線に立って迎撃した。一騎打ちになったが、勝負はつかず。奴の口惜しそうな顔が印象に残った。
「陛下、城内から使者です」
「そうか。ここへ」
「はは!」
やたらふてぶてしい男が入ってきた。傭兵のようだ。とりあえずこの場で落ち着き払っていられる当たり只者ではなさそうだ。
「陛下には初めてお目にかかります。アルブレヒト卿の副官ヨハンと申します」
「うむ、口上を聞こうか」
「されば申し上げます。軍を退け、陛下おひとりで城内に入っていただきたい」
「うん、お前は何を言っているんだ?」
「さもなくば、城内の陛下のご家族すべてのお命を頂戴いたします」
その一言を聞いた瞬間、全身の血流が逆流した気がした。押さえていた魔力が噴出し、陣幕がはためいた。壮絶な殺気に近習の兵は青ざめている。だがこの殺気を叩きつけられても使者は表面上は平然としていた。大したやつだ。
「要するに家族の命が惜しかったら降伏し、この首を差し出せと?」
「おっしゃる通りです。どうぞご賢慮のあらんことを」
「期日は?」
「明朝、夜明けまでにて」
「わかった」
「では、私は帰還いたします」
「よかろう」
そう言い残して使者は立ち去った。
「陛下、いかがされるおつもりで?」
「考慮の余地もない」
「されば、城攻めを?」
「え?」
「いや、え?じゃなくて・・」
「どういうおつもりで?」
「うん、選択の余地はない、払暁を待って城に向かう」
「いやいやいや、陛下、あなたの御身はすべてに優先されます」
「じゃあ、俺の意思を優先してくれ。俺にとって家族はすべてに優先する」
「しかし・・・」
「もはや何も言うな。いざというときの切り札はある」
「わかりました。ご無事で・・・」
明朝を待って俺は城門に近づく。兵が近くにいないことを確認して城門をわずかに開く。さて、アストリアの部隊が近くにいるはずである。以前シャイロックがこんなこともあろうかととドヤ顔で報告してきた通路を使用して潜入を始めている頃合いだろう。王族の入る部屋には魔力の込められた土が仕込まれている。単純に魔法探知の防御や、攻撃魔法対策であるが、イリスがいるだけで意味が異なってくる。
【・・・・サモン・アース!】
ゴーレム兵に守られて王族は脱出を開始したようだ。同時にアストリアの兵たちがかく乱を開始する。そもそも王都の成り立ちが冒険者や自由戦士が集まるギルドの出張所だったのだ。カタギの住民のほうが少ないくらいで、荒事になれている住人のほうが多い。そこらじゅうでアルブレヒトの兵が袋叩きにあっている。俺自身もとりあえず連行しようと取り囲んでいた敵兵を叩き伏せ武器を奪う。城門が住民の手によって開かれる。城外から待ち受けていたレックスの兵がなだれ込む。形勢は完全に逆転した。
練兵場、比較的大きくスペースの空いていることと、出入り口が限られている。に立てこもったらしい。近くの建物にミリアムが入り、矢継ぎ早に狙撃したらしい。眉間を撃ち抜かれる兵が増えるたびに敵の士気はダダ下がりで、戦う意思がないものは武器を捨て壁に貼り付けと布告すると、ほぼすべての兵が降伏の姿勢を取った。
武装解除を行い、場内の兵を減らす。そのうえで、アルブレヒト卿にも降伏を促す。俺自身が出てきて剣を受け取れとの要求が来たので、イリスに弓を構えさせた状態で護衛の兵を率いて場内に入る。剣jを目の前の地面に突き立て、一歩下がって跪くアルブレヒトに声をかける。
「ふふ、今回もかなわなんだか。次に期待するか・・・」
なぜか遠い目をしている。そして意味不明なことをつぶやく姿に鬼気迫るものを感じた。もともとが得体のしれない奴だと思っていたが、もはやこいつ人間か? という印象に変わり果てている。内心恐怖すら感じながら、剣を振るい首を打った。すると体が徐々に崩れてゆき、塵一つ残さずに消えうせた。
最後にごたごたはあったが、俺の覇業は完成を見せた。最後に家族を守ることができて満足だ。備えあれば憂い、とはまさに至言である。今後の方針について話し合っていると、急使が飛び込んできた。教皇庁より光の柱が立っていると。テラスに出る。北東の方角に巨大な光の柱が突き立っているのが見える。そしてその頂点から無数の光の矢が地面に降り注いだ。その矢に撃ち抜かれたものは瞬時に消失し、魔力に還元される。そこでふと俺は思い出した。あ、これ夢だ・・・と。
降り注いだ光の矢はすべてを魔力に還元し、システムに吸収される。そして唐突に俺は意識を取り戻す。どうやら俺が望む世界の構築に失敗したようだ。もはや何度目の施行かすら覚えていない。
再び可能性のかけらを拾い上げ、未来に至るルートを構築し始めるのだった。
まさかの夢オチ?!
次回 夢の続きへ(仮
没プロットを再利用したわけではありません(ぉ